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2011年 ぼんぼち・劇場公開映画感想--外国映画編-- [感想文]
前回記事「2011年 ぼんぼち・劇場公開映画感想--日本映画編--」に引き続き、今年最後となる今日の記事は、私・ぼんぼちが この一年間で 劇場に足を運んで鑑賞した外国映画についての感想です。
春には、渋谷・アップリンクファクトリーに ロシア映画特集の一つとして上映された「不思議惑星 キン・ザ・ザ」を 観にゆきました。
私は、何年か前に上映された折りにも 二度 足を運び、ビデオでも 数え切れないくらい繰り返し反芻しているほど この作品は気に入っていて、今回も、是非とも 久々に大きな画面で愉しみたい と考えていました。
詳らかな感想は、過去記事「不思議惑星 キン・ザ・ザ」にも書いた通りですが、ペレストロイカ以前のソ連を寓意いっぱいに SF映画のパロディめいた方向から描き放った反体制映画で、遠い地の 全く別の体制下に生きる我々日本人にも、当時のソ連の人達に内在していたであろう感情が いつしか入り込んでしまう・・・といった 映画が映画であることの意義に満ちた大傑作です。
今回の鑑賞は、地震後 ほんの何週間か後でした。
つまり、日本が、高度成長を経て 得意になり、その後ぐずぐずとぬかるみに足をとられ、そして、日本近現代史の大きなシークエンスの一つが完全に終わりを告げたのを目のあたりにしている最中(さなか)でした。
ですから、必然、本作の展開と並行して、私の大脳の一部では、そのドキュメンタリー映像も マルチスクリーン上映さながらに カタカタとまわりました。
-------しょせん、如何なる体制も、面の皮一枚はがせば 大同小異なのかもしれない・・・・と。
また、このロシア映画特集では、もう一つ 日本初公開時に観にゆき、今回も迷わず足を運ぶぞと決めていた作品に カフカ原作・ワレーリィフォーキン監督の「変身」がありました。
けれど、観映を予定していた日が あまりにも地震直後だったために、電車に乗り繁華街に出向くのは控え、急遽、DVDを購入し、自宅で鑑賞することとしました。
-------この作品についても 細かな感想は、過去記事「映画『変身』にみる映画化の意義」で綴っています。
一方、ちょっとがっかりな作品もありました。
蘭・英合作の新作「むかで人間」です。
シャム双生児の分離手術の権威だった天才医師が、狂気にうねる夢の実現のために 三人の人間の口と肛門をつなげて合体させる というシノプシスだったのですが、発想は面白いのに 全ての部分に於いて 脚本の詰め・練り込みが甘く、期待が大きかっただけに 正直なところ 拍子抜けしてしまいました。
実力のあるブレーンが創ったら、「キン・ザ・ザ」に負けず劣らずの 逆説的でシニカルな 寓意映画に仕上げることも可能だと思うので、いつか、改訂版「むかで人間」が映られる日を 秘かに待ち望むところです。
そして、何よりも嬉しかったのは、私が海外で最も尊敬する映像作家 チェコのヤン・シュヴァンクマイエル氏の 新作及び旧作の上映があったことです。
新作は「サヴァイヴィングライフ」。
長編の劇映画で、主人公の男が 夢により自己の深層を追究する という話で、それ迄の氏の一連の作品と比較すると 極めて解り易い 万人受けするものでした。
手法的には、言わずもがなアニメーション技術を中心とし、しかし、オブジェクトアニメやクレイアニメを得意としてきた氏には珍しく 当作は カットアウトアニメ(切り画アニメ)が多用されていました。
-------カットアウトアニメ、ピンと来ないかたは コラージュがペタペタ動く とイメージしてくださると想像しやすいと思います。
旧作は-----
「自然の歴史」
「部屋」
「男のゲーム」
「闇・光・闇」
「対話の可能性」
「陥し穴と振り子」
「地下室の怪」
いずれも 勘定できないくらい何度も観、その度に圧倒され 感動にめまいを覚えてきた短編作品です。
-----この中の幾つかは、やはり過去記事「ヤン・シュヴァンクマイエル 不自由の中に広がる限りない自由世界」にて シノプシス・感想を綴っています。
そこでもふれていますが、シュヴァンクマイエル氏が 今もなお世界的に高い評価を受け続ける要因は、気の遠くなるような辛抱強さの末に完成させる 妥協を許さないアニメーション技術の緻密さや、時に悪魔的 時にユーモラスな 一度観たら忘れることのできない突出した個性や、美しさと汚らしさは表裏一体であることを認めざるを得なくなる残酷な美的感覚のみならず、「映画という手段を使って表現をするという事の意味」を 骨の髄から細胞の一つ一つから 直視し、取り組み、提示しているところに他ならないと思います。
私が 氏の仕事に敬意を抱き続ける最も大きな理由も そこにあります。
以上が、私・ぼんぼちが、今年 劇場で鑑賞した外国映画についての 概の感想です。
2012年も、様々な国・方向性の映画作品を鑑賞したいと考えています。
タグ:映画
2011年 ぼんぼち・劇場公開映画感想--日本映画編-- [感想文]
前回記事「2011年 ぼんぼち・音楽ライヴ感想」に引き続き、今日は、私・ぼんぼちが この一年間に劇場に出向いて鑑賞した日本映画作品の感想を 述べさせていただきます。
----なお、制作時代・役者さん別にくくりまとめたので、公開・鑑賞順序は 不同となっております。
先ず、私は熱烈な 山田孝之さんの演技のファンなので、山田さんが出演されている作品は 全て 劇場に足を運ぼうと決めています。
よって、今年は 以下を観るはこびとなりました。
「GANTZ」
「太平洋の奇跡--フォックスと呼ばれた男」
「アンフェア」
「指輪をはめたい」
この中で、特に観後感の尾を引いた作品は-----
「太平洋の奇跡」と「指輪をはめたい」です。
前者は、原作は米国人、脚本も日米共同という理由によるものだと察しますが、戦争モノでありながらも、べったりとした湿度の高すぎる押しつけがましさが無く、純粋に感動を覚えました。
兵隊中の兵隊といった役どころの山田さんの演技にも、ピッ!と全身に神経を張りつめさせて敬礼をするところや 憤りに呼吸を荒げるところなど やはり流石だなぁと 改めて観惚れました。
山田さん以外の役者さんについて 一言 言及すると----
私は、唐沢寿明さんの演技は 今回 初めて観ましたが、あれ程いい芝居をされる役者さんだとは想像だにしていなかったので、先入観というものを持っていないつもりでも 自分の中にそういったものが まだまだある事を少し恥じ、驚き 圧倒されました。
「指輪をはめたい」は、コマ落としや八ミリで撮った風な画も挿入されていて 映像的に 非常に私の嗜好に合い、観ていて心地よく、DVD化された折りにもくり返し愉しみたい と思える作品でした。
勿論、そういった映像表現が合う方向性か否か というのはある訳ですが、映画という手段を使って作品創りをするのであれば、商業の劇映画でも このくらい 映像ならではの手法を動員してほしいものだというのが、舞台よりも映画こそが好きな者の気持ちとしてはあります。
他に、商業映画の新作だと「あしたのジョー」を 友人と新宿に観戦にゆき、力石役の伊勢谷友介さんと段平役の香川照之さんの演技の完成度の高さに カウンターパンチをくらいました。
少し余談になりますが、その夜、友人は はしごの末のワインバーでダウンし、二時間後に奇跡の復活を遂げ、なんとか終電に飛び乗るも、中央線は大雪で止まり止まりで、この日は あらゆる意味でカウンターパンチでした。
又、高度成長期にもワープし、当時という時代を それぞれの作品の視点から再認識することで この 2011年を鳥瞰・考察できたことも 有意義であったと考えています。
己れの意志で頑張れば成し遂げられるのだ!という前向きなエネルギー溢るる 藤木悠さんが熱血若手サラリーマンを演ずる「ガンパー課長」。
ありとあらゆるアナログ特撮をギュギュッと詰め込んだ 三木のり平さん主演の「孫悟空」。
アイドルという存在が 現在(いま)からしたら笑ってしまうくらいに虚構性高く ファンも純朴だったことを裏打ちするような ザ・タイガースの「世界は僕らを待っている」。
----何たって、クライマックスの場面で スクリーンの中のジュリーが「映画館の皆さんも ご一緒に歌ってください!」と 呼びかけるのですから!
それと、今や日本を代表する名優・岸辺一徳(当時は おさみ)さんが 役者デビュー遥か以前のこの時、どんな演技をされているかも 気になるところでした。
他にタイガース映画は、同日「華麗なる招待」も観ました。
そして、何といっても 強烈だったのは、三島由紀夫主演の二作です。
「からっ風野郎」「憂国」。
前者は、ラストはぶざまに殺されてしまうサエないヤクザの役で、三島氏は、かねてからの汚穢願望を疑似体験することが叶い、カタルシスの海に浸れ、さぞや気持ちの良かったことと察します。
演技の巧さにも 目を見張るものがありました。
「憂国」については、過去記事「映画『憂国』」で すでに書いた通りに、日本映画史に残る貴重な達作だと認識していますが、もう一つ、記事にしたのとは別の側面からの意見を述べさせていただくと----
欲を言えば、白黒のコントラストはもっと強いほうが 作品のマチエールに合うと思いました。
商業映画のスタッフが撮ったから 白が飛ぶこと=マイナス という判断基準が根底にあったのでしょうが、あの作品の様式的表現やテーマからすると、白が飛ぶのは あるいは黒がつぶれるのは マイナスでも何でもなく むしろ 作品を力強く後押しする効果になる訳で、前衛映画を撮りなれているスタッフだったら 巧くやってくれただろうに・・・・と。
それが、私が「憂国」について 唯一 残念に感ずるところです。
極めて大雑把にまとめましたが、以上が、私・ぼんぼちが 2011年に劇場で鑑賞した日本映画作品に対する感想です。
○次回 12月29日は「2011年 ぼんぼち・劇場公開映画感想--外国映画編--」を公開しやす○
タグ:映画
2011年 ぼんぼち・音楽ライヴ感想 [感想文]
私・ぼんぼちは、音楽に明るいほうではないので、基本的に そうしばしば音楽ライヴに出向くこともなく、ついぞ今年は一本も生で鑑賞する機会なく終わるのか・・・と思いきや、11月に入り、偶然 それぞれ全く違う方向性のショーを 三本 聴きに行く結果となりました。
先ず 一本目は、「幸雀シャンソンライヴ」です。
これは、先日 過去記事「幸雀シャンソンライヴ そして『ノラや』にて打ち上げ」でも綴らせていただいたように、ギャラリー&ミュージックバー「ノラや」のオーナーさんが始められた多目的スペースの柿落とし公演にて 歌舞伎役者の松本幸雀さんが女形の扮装で シャンソンを歌ってくださる というものでした。
今まで私は、恥ずかしながら シャンソンは生で体感したことはなく、以前よくくつろいでいた喫茶店で ノイズの多いエディット・ピアフがくり返し流れていたのを 聴くともなしに聴いていた程度でした。
けれど、これを機に、シャンソンも「私はこれを聴きます」という音楽ジャンルの一つに数えられるくらいに、その 艶めかしく情感溢るる世界に 二歩三歩と踏み入ってゆきたい と思いました。
ふとしたきっかけで「ノラや」の扉を開け 行きつけにしていなかったら、幸雀さんライヴの情報を知ることもなく、私はシャンソンの魅力に気づかされなかったわけで、縁というか巡り合わせというか そういった観点からも 感慨深いライヴでした。
二本目は、八王子市芸術文化会館・いちょうホールに 「70S歌謡ヒットパレード」を。
これは、日頃からお世話になっているかたに招待されたので 同行することとなりました。
出演は、北原ミレイさん 三田明さん 平浩二さん 他 で、歌い手さんがサインボールを投げたり、歌いながら客席を握手し廻り歩いたり、皆で 当時のヒット歌謡を合唱したり と、私一人では絶対に行くことのないタイプの催しで 貴重な体験となりました。
バックは、オーケストラではなく 本来ジャズを演っているバンドが入っていました。
私の父は、私が物心つくかつかないかの頃までオーケストラのバイオリン奏者だったのですが、生活のために 不本意ながらも テレビや旅等 歌謡曲のバックの仕事もしていたので、必然、父の しかも 父が私に見せたくなかった悲しい後ろ姿を見てしまった感を 自分の内に否定することはできませんでした。
そして 三本目は「THE BAWDIES(ザ ボゥディーズ)日本武道館公演」です。
やはりこれも、過去記事「THE BAWDIESを聴きながら---嗜好に関する自問---」「THE BAWDIES ---PV---」でも述べたように、私は、CD・DVD全作品を購入しているほどのBAWDIESファンなのですが、ライヴに出陣するにあたっては かなりの逡巡がありました。
理由は幾つかありました。
録音されたものが素晴らしいミュージシャンが生も然り とは必ずしも限らないので、もしも落胆したら悲しさも大きいだろうな という不安。
ファンは若い女の子が多いようなので、黄色い声で演奏が聴こえなかったら腹が立つだろうな という思い。
それら若い女の子をターゲットに、メンバー全員の姿がカッコイイのを利用して アイドル的な演出がなされたら鼻白むだろうな という気持ち・・・・。
しかし、一曲目が始まるや、私の逡巡理由は どれも如何に 馬鹿げた見当違いの仮定であったか、尻尾を幾つもつけた連符の勢いで 日の丸の下がる天井に吹き飛んでしまいました。
何より、きっちり 高レベルの音を提供してくださったことに 敬服しました。
又、終わりかたも、「俺達 スターだゼ! イェ~~イ!!」というノリではなく、メンバー全員が深々と頭(こうべ)を垂れ おじぎをされたところにも いたく好感を抱きました。
冗談抜きで「長く生きてて良かったなぁ」とも思いました。
ビートルズ結成年に生まれ、すでに ライヴに行ける年齢時には ロックンロールではなくロックが主流になっていた世代の自分は、好きな方向性×踊れるジャンル×納得できる技術と感性 この三要素が重なるミュージシャンには リアルタイムでは永久に出逢えないものだと、つまり ライヴ参加は物理的に不可能だと 完全に諦めていたのですから。
来年三月には、BAWDIESが最も影響を受けたという THE SОNICS(ザ ソニックス)との対バンライヴもあるそうなので、それには もう寸分たりとも迷うことなく参加しよう という心づもりでいます。
非常に主観的なものですが、以上が、私・ぼんぼちが 今年出向いた音楽ライヴに対する感想です。
○次回、12月26日は、「2011年 ぼんぼち・劇場公開映画感想--日本映画編--」を公開しやす○
タグ:ライヴ
映画「H2О」 [感想文]
今日は、私が極めて見事だと思う実験映画を一つ 紹介したいと思います。
「H2О」。
米・写真家であり前衛映像作家としても活躍した ラルフ・シュタイナーにより、1929年に創られた 氏・初の映画作品です。
本編12分の中、ストーリーというものは無く、人物も登場せず ナレーションも字幕も入らず、ギターの爪弾きの流れに乗り、一貫して、水が 白黒で映し出されます。
雨が降り 樋などから溢れた雨水は 激流となり、そして、しだいに 穏やかな淀みへとたゆたい、水上に伸びる杭や草を逆さに揺らぎ映し、光の加減により 様々な水模様を創ります。
ですから、この作品には 別段 暗喩的な意味合いが込められている訳ではなく、言はむとしているのは、観てのとおりの「水の視覚的な美しさ」です。
「水というものが、流れることによって 淀むことによって 映ることによって 反射することによって観せる美しさ」そのままです。
一見、一寸した人になら撮れそうな映画です。
しかし、私は、この作品は そうそう誰れにでも撮れるものではない、80年以上昔に創られていながら 今もって 実験映画史上に残り続けるだけの明確な理由がある と認識しています。
その理由とは-------
水に対する捉えが、日常から非日常へ 具象から抽象へ 表層から奥底へと ぐーーーーーっとズームしてゆくところです。
冒頭の、雨や 樋から溢れる水は、「水が水であるということ」を 客観的に伝えています。
そして、映画中程の、棒が斜めに水に刺さっている辺りから 徐々に図案的表現になり、数多の杭や 葦かと思われる草が映り込むショットで、私達は、「水というものは こんなにも美しかったのか!」と、日頃 生活の中で接しているそれから少し離れ、「水の造形美」の世界に 一歩 引き込まれます。
その後、画面には 水面のみが揺らめき、その様は、日本画家・福田平八郎の代表作「漣」を思いおこさずにはおれなく、まさに、引き算にて構築された「動く絵画」さながらです。
「動く絵画」は、画面からはみ出すほどの楕円を 鱗のような幾つもの小さな楕円を 黒々とした太い曲線を 消え入りそうな淡い曲線をめくるめく展開させ、あるいは、またたく星のようにきらめき、いつしか 私達は、これが「水」であることを忘れ 一編の抽象美の世界に 完全に酔いしれてしまいます。
本編を観了ると、題名も いかに計算され尽くした 作家の自信に裏打ちされたものかが 納得できます。
これ以上はない無機質な 単なる化学式のみの題名。
この題からは予測もつかない 究極の図形美-------。
「H2О」。
実験映画史に残るべくして残った達作だと 改めて 深く頷かずにはおれない作品です。


「H2О」。
米・写真家であり前衛映像作家としても活躍した ラルフ・シュタイナーにより、1929年に創られた 氏・初の映画作品です。
本編12分の中、ストーリーというものは無く、人物も登場せず ナレーションも字幕も入らず、ギターの爪弾きの流れに乗り、一貫して、水が 白黒で映し出されます。
雨が降り 樋などから溢れた雨水は 激流となり、そして、しだいに 穏やかな淀みへとたゆたい、水上に伸びる杭や草を逆さに揺らぎ映し、光の加減により 様々な水模様を創ります。
ですから、この作品には 別段 暗喩的な意味合いが込められている訳ではなく、言はむとしているのは、観てのとおりの「水の視覚的な美しさ」です。
「水というものが、流れることによって 淀むことによって 映ることによって 反射することによって観せる美しさ」そのままです。
一見、一寸した人になら撮れそうな映画です。
しかし、私は、この作品は そうそう誰れにでも撮れるものではない、80年以上昔に創られていながら 今もって 実験映画史上に残り続けるだけの明確な理由がある と認識しています。
その理由とは-------
水に対する捉えが、日常から非日常へ 具象から抽象へ 表層から奥底へと ぐーーーーーっとズームしてゆくところです。
冒頭の、雨や 樋から溢れる水は、「水が水であるということ」を 客観的に伝えています。
そして、映画中程の、棒が斜めに水に刺さっている辺りから 徐々に図案的表現になり、数多の杭や 葦かと思われる草が映り込むショットで、私達は、「水というものは こんなにも美しかったのか!」と、日頃 生活の中で接しているそれから少し離れ、「水の造形美」の世界に 一歩 引き込まれます。
その後、画面には 水面のみが揺らめき、その様は、日本画家・福田平八郎の代表作「漣」を思いおこさずにはおれなく、まさに、引き算にて構築された「動く絵画」さながらです。
「動く絵画」は、画面からはみ出すほどの楕円を 鱗のような幾つもの小さな楕円を 黒々とした太い曲線を 消え入りそうな淡い曲線をめくるめく展開させ、あるいは、またたく星のようにきらめき、いつしか 私達は、これが「水」であることを忘れ 一編の抽象美の世界に 完全に酔いしれてしまいます。
本編を観了ると、題名も いかに計算され尽くした 作家の自信に裏打ちされたものかが 納得できます。
これ以上はない無機質な 単なる化学式のみの題名。
この題からは予測もつかない 究極の図形美-------。
「H2О」。
実験映画史に残るべくして残った達作だと 改めて 深く頷かずにはおれない作品です。
タグ:ラルフ・シュタイナー H2O
小春日和 [独り言]
ある午下がり------。
散歩がてら、近所の郵便局で 一寸した用事を済ませた。
帰りしなに、窓口の ふくよかな女性に
「お歳暮は いかがされていますか?」
笑顔を向けられた。
ひねりを効かせた時節のあいさつだなぁと思いながら
「頂きはしますが 差し上げることはありません」
と 普通に答えた。
すると彼女は、制服の上半身を揺らし
「そうでしたか・・・・それはそれは・・・」
ころころころころと笑った。
笑い上戸の人なのかな? と 小首を傾げつつも 自分もつられて笑み 局を後にした。
公園脇の 名残りの吹き寄せを踏みしめ歩く。
「頂いた干菓子の『吹き寄せ』も 残り少なくなったな。 あれは 頂いて嬉しかったから、いつか機会があったら 自分も誰れかに差し上げたいものだ」
などと 思いを馳せながら。
「あ!」
彩度鈍い葉々の上の 私の歩は止まった。
-------「お歳暮は いかがされていますか?」
あれは、「当郵便局を通して お歳暮を配送されませんか?」という 営業の文言だったのだ。
自分の返答を思い返し、笑いがこみ上げてきた。
柔らかく穏やかな陽の中を 揺揺(ゆるゆる)と すすみいった。
ころころころころと 一人 笑いころげつつ・・・・・


散歩がてら、近所の郵便局で 一寸した用事を済ませた。
帰りしなに、窓口の ふくよかな女性に
「お歳暮は いかがされていますか?」
笑顔を向けられた。
ひねりを効かせた時節のあいさつだなぁと思いながら
「頂きはしますが 差し上げることはありません」
と 普通に答えた。
すると彼女は、制服の上半身を揺らし
「そうでしたか・・・・それはそれは・・・」
ころころころころと笑った。
笑い上戸の人なのかな? と 小首を傾げつつも 自分もつられて笑み 局を後にした。
公園脇の 名残りの吹き寄せを踏みしめ歩く。
「頂いた干菓子の『吹き寄せ』も 残り少なくなったな。 あれは 頂いて嬉しかったから、いつか機会があったら 自分も誰れかに差し上げたいものだ」
などと 思いを馳せながら。
「あ!」
彩度鈍い葉々の上の 私の歩は止まった。
-------「お歳暮は いかがされていますか?」
あれは、「当郵便局を通して お歳暮を配送されませんか?」という 営業の文言だったのだ。
自分の返答を思い返し、笑いがこみ上げてきた。
柔らかく穏やかな陽の中を 揺揺(ゆるゆる)と すすみいった。
ころころころころと 一人 笑いころげつつ・・・・・
あっしが隕石だったころ [小説]
大気圏をくぐり抜ける一刹那 意識を失ったあっしは、再び 内なるまなこをカッ!と見開き、目前のちっぽけな青き星に ぐんぐん突進してゆきやした。
--------これは、あっしが前世で 隕石だったころのお話でやす。
ドーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!!!!!
あっしは 星深くにめり込み、星の地殻は津波のようにめくれ、地殻津波は 今しがたあっしが通過した大気圏を突き破り、再度 地上に あまたの岩石の矢と降りささりやす。
星は、あっしの落下エネルギーのもたらした灼熱の大気におおわれ、豊かな星中の水分は沸騰し みる間に一滴残らず干上がり、そして 星全体は メラメラと炎に包まれ ありとあらゆる生命体は焼け溶け、星そのものが マグマさながらに真っ赤にドロドロと渦巻きやす。
その後。
星は冷え、雨が降り続き------
青き星の歴史は もっかいゼロから始められるのでやす。
星々またたく宇宙空間を、隕石以前のあっしは こう 我が内側にシュミレーションしながら飛んでおりやした。
遥か先にポツンと見える 笑ってしまうくらいちっぽけな青い星に向かって。
これから必然的に起こる ちっぽけ星の災難を ちぃとだけ憂いてさし上げながら。
しかし、ここで遭ったが百光年目、あっしに選ばれたからには もう覚悟を決めるしかありやせん。
あっしは、そんじょそこいらにゴマンと降るチリのような隕石とは わけが違うのでやすから。
あっしこそが、隕石というものの破壊力の何たるかを知らしめることのできる 類い稀なる 宇宙より選ばれし存在なのでやす。
あっしは、己れの飛ぶ意志のみならず、何か大きな見えざる力によっても かの星に引き寄せられてゆくのを、黒に近い灰色でちょっとゴツゴツしたこの身すべてに感じていやした。
あっしがあの星の歴史を塗り替えるのは、運命・・・否、宇宙より与えられた 使命なのでやす!
あっしが あの星の歴史を変えねばならないのでやす!!
星の新たな歴史を 創世させねばならないのでやす!!!
そうこう思ううちにも、ちっぽけ青星は ぐんぐん近づいてきやした。
想定してたほどちっぽけじゃなさそうで ぶつかり甲斐があるな! と ふふんと笑いやした。
なかなか手ごたえがありそうで楽しめるな! と うなづきやした。
ちっぽけでも・・・・ない かな・・・・と 我が内の首を ちと傾がせやした。
けど、この あっしにかかったら・・・・
大気圏突入ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
意識を取り戻したあっしは、きょろきょろと辺りを見まわしやした。
あっしの周囲には、あっしと同じように 黒に近い灰色でちょっとゴツゴツした しかも大きさまであっしと同じくらいのが びっしり 諦めたような面持ちで どんよりと うち沈んでいやす。
-----------・・・・・・・・・・・・・・あれ?
視線を ぐっと上方に向けると------
何か 赤くてとんがった三角が いくつもそびえ立ち、黒と黄のしましまの横に長いものが あっしらを囲んでやす。
------------・・・・・・・は?
「砂利 敷き終わっだなーーーー、んなら いーーーぐでーーーーー」
-----------・・・えっっっっ?!
真っ黒なドロリとしたものが、熱とへんな匂いを発しながら、あっしらの上に ドローーーと かぶさりやした。
ド・ド・ド・ド・ド・ドドドドドドドドドドドドドドド・・・・・・
何か面状のもので押さえ叩かれ、あっしは 元からここにいたあっしそっくりな奴らと一緒くたに、完全に 真っ黒なドロリに覆いつくされやした。
---------・・・・・・な、な、なーーーーんだ、あっしのシュミレーションしてたより 想定外に 遥かに 大爆笑しちまうほどちっぽけな星だったんでやすなぁ。 こんなんじゃ、あっしのエネルギーをちぃとでも使うの 勿体無いでやすよ、馬鹿馬鹿しい・・・は・は・は・は・は・はははははははははは・・・・・
「よっしゃーーー、冷えるまんで メシ 行ーーぐかーーー」
「俺、マーボラーメン食いてぇ」
「自分、カツカレーがいいっす」
「んなら 昨日と同じ おかめ食堂だなやぁ」
----------ははははははははははは・・・・・・・・・・・・・・はぁ・・・・
プァップァー
チリンチリン
ブッブッブーーー


--------これは、あっしが前世で 隕石だったころのお話でやす。
ドーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!!!!!
あっしは 星深くにめり込み、星の地殻は津波のようにめくれ、地殻津波は 今しがたあっしが通過した大気圏を突き破り、再度 地上に あまたの岩石の矢と降りささりやす。
星は、あっしの落下エネルギーのもたらした灼熱の大気におおわれ、豊かな星中の水分は沸騰し みる間に一滴残らず干上がり、そして 星全体は メラメラと炎に包まれ ありとあらゆる生命体は焼け溶け、星そのものが マグマさながらに真っ赤にドロドロと渦巻きやす。
その後。
星は冷え、雨が降り続き------
青き星の歴史は もっかいゼロから始められるのでやす。
星々またたく宇宙空間を、隕石以前のあっしは こう 我が内側にシュミレーションしながら飛んでおりやした。
遥か先にポツンと見える 笑ってしまうくらいちっぽけな青い星に向かって。
これから必然的に起こる ちっぽけ星の災難を ちぃとだけ憂いてさし上げながら。
しかし、ここで遭ったが百光年目、あっしに選ばれたからには もう覚悟を決めるしかありやせん。
あっしは、そんじょそこいらにゴマンと降るチリのような隕石とは わけが違うのでやすから。
あっしこそが、隕石というものの破壊力の何たるかを知らしめることのできる 類い稀なる 宇宙より選ばれし存在なのでやす。
あっしは、己れの飛ぶ意志のみならず、何か大きな見えざる力によっても かの星に引き寄せられてゆくのを、黒に近い灰色でちょっとゴツゴツしたこの身すべてに感じていやした。
あっしがあの星の歴史を塗り替えるのは、運命・・・否、宇宙より与えられた 使命なのでやす!
あっしが あの星の歴史を変えねばならないのでやす!!
星の新たな歴史を 創世させねばならないのでやす!!!
そうこう思ううちにも、ちっぽけ青星は ぐんぐん近づいてきやした。
想定してたほどちっぽけじゃなさそうで ぶつかり甲斐があるな! と ふふんと笑いやした。
なかなか手ごたえがありそうで楽しめるな! と うなづきやした。
ちっぽけでも・・・・ない かな・・・・と 我が内の首を ちと傾がせやした。
けど、この あっしにかかったら・・・・
大気圏突入ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
意識を取り戻したあっしは、きょろきょろと辺りを見まわしやした。
あっしの周囲には、あっしと同じように 黒に近い灰色でちょっとゴツゴツした しかも大きさまであっしと同じくらいのが びっしり 諦めたような面持ちで どんよりと うち沈んでいやす。
-----------・・・・・・・・・・・・・・あれ?
視線を ぐっと上方に向けると------
何か 赤くてとんがった三角が いくつもそびえ立ち、黒と黄のしましまの横に長いものが あっしらを囲んでやす。
------------・・・・・・・は?
「砂利 敷き終わっだなーーーー、んなら いーーーぐでーーーーー」
-----------・・・えっっっっ?!
真っ黒なドロリとしたものが、熱とへんな匂いを発しながら、あっしらの上に ドローーーと かぶさりやした。
ド・ド・ド・ド・ド・ドドドドドドドドドドドドドドド・・・・・・
何か面状のもので押さえ叩かれ、あっしは 元からここにいたあっしそっくりな奴らと一緒くたに、完全に 真っ黒なドロリに覆いつくされやした。
---------・・・・・・な、な、なーーーーんだ、あっしのシュミレーションしてたより 想定外に 遥かに 大爆笑しちまうほどちっぽけな星だったんでやすなぁ。 こんなんじゃ、あっしのエネルギーをちぃとでも使うの 勿体無いでやすよ、馬鹿馬鹿しい・・・は・は・は・は・は・はははははははははは・・・・・
「よっしゃーーー、冷えるまんで メシ 行ーーぐかーーー」
「俺、マーボラーメン食いてぇ」
「自分、カツカレーがいいっす」
「んなら 昨日と同じ おかめ食堂だなやぁ」
----------ははははははははははは・・・・・・・・・・・・・・はぁ・・・・
プァップァー
チリンチリン
ブッブッブーーー