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味覚形成期と言語形成期 [独り言]
これはあくまで、ルポルタージュではなく 私個人を振り返っての考察であるが、味覚形成期と言語形成期は別の時期であると認識している。
私は、物心のついた三才から小学二年までを福岡に過ごし、その後はまた 生まれた東京に暮らしている。
私の味覚は、完全に 福岡のそれである。
煮物は、しょっぱさ控え目の甘さ強め、すきやきに至っては、先ず、肉の上に砂糖をエベレストのように盛り上げなければ気がすまない。
東京で売られている醤油じたいも 私の舌にはしょっぱいばかりなので、刺身などは 麺つゆにつけて食べている。
みなが認める「東京で旨い和食の店」のあちこちに出向き 何十ぺんも歩み寄りを試みたが、一歩、いや半歩も 東京人の舌に近づくことはできず、今では 表で和食を食べることからしてやめてしまった。
一方、言語のほうは-----
母親が群馬の出だったので 憶え初めしは群馬弁だったようだが、幼稚園に入ったら まわりの小さな口が「おかしい」と笑ったので、みなと同じ-----当時は そうと認識はなかったが------福岡弁を話すようにした。
そして、東京・国立に越したら、今度はその福岡弁をクラスメートにからかわれたので、やはり今度もまた 周りの仲間に合わせることにした。
正確に言うと、代々国立に住んでいる人が話しているのは多摩弁で、標準語とされている山の手言葉とは多少の違いはあるのだが、そう大差はなかったので、その後、都内の中学に進んでからも 言葉を指摘されることはなく、これが 私の母語になっている。
幼稚園や小学校で 群馬弁や福岡弁を否定された時、別段、怒りも反発心もプライドを傷つけられたという気持ちも起こらなかったし、今となっては どちらの言葉も殆ど忘れてしまい、リスニングは、聴きながら思い出し可能だと思うが、もはや しゃべることはできない。
言語よりも味覚の形成期のほうが早く訪れる というのは、脳の発達順序として納得のできる気がするが、冒頭に述べた通り これは あくまで「私の場合」である。
他の人達はどうなのだろう?
非常に興味深い。


私は、物心のついた三才から小学二年までを福岡に過ごし、その後はまた 生まれた東京に暮らしている。
煮物は、しょっぱさ控え目の甘さ強め、すきやきに至っては、先ず、肉の上に砂糖をエベレストのように盛り上げなければ気がすまない。
東京で売られている醤油じたいも 私の舌にはしょっぱいばかりなので、刺身などは 麺つゆにつけて食べている。
みなが認める「東京で旨い和食の店」のあちこちに出向き 何十ぺんも歩み寄りを試みたが、一歩、いや半歩も 東京人の舌に近づくことはできず、今では 表で和食を食べることからしてやめてしまった。
一方、言語のほうは-----
母親が群馬の出だったので 憶え初めしは群馬弁だったようだが、幼稚園に入ったら まわりの小さな口が「おかしい」と笑ったので、みなと同じ-----当時は そうと認識はなかったが------福岡弁を話すようにした。
正確に言うと、代々国立に住んでいる人が話しているのは多摩弁で、標準語とされている山の手言葉とは多少の違いはあるのだが、そう大差はなかったので、その後、都内の中学に進んでからも 言葉を指摘されることはなく、これが 私の母語になっている。
幼稚園や小学校で 群馬弁や福岡弁を否定された時、別段、怒りも反発心もプライドを傷つけられたという気持ちも起こらなかったし、今となっては どちらの言葉も殆ど忘れてしまい、リスニングは、聴きながら思い出し可能だと思うが、もはや しゃべることはできない。
言語よりも味覚の形成期のほうが早く訪れる というのは、脳の発達順序として納得のできる気がするが、冒頭に述べた通り これは あくまで「私の場合」である。
他の人達はどうなのだろう?
非常に興味深い。