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THE BAWDIES(ザ ボゥディーズ)を聴きながら--嗜好に関する自問-- [感想文]
音楽に関しては、専門的に学んだこともなく まるで疎い私ですが、一応 私なりに好き嫌いはあります。
映画やファッションのような視覚に多くうったえる分野の好きの範囲が くっきりとした輪郭の針の穴くらいとすれば、音楽へのそれは ぼんやりとした土管くらいに大らかで曖昧なものですが、ぼんやり土管はぼんやり土管なりに なんとなくその輪郭があります。
一年ほど前、ふとしたきっかけで THE BAWDIES(ザ・ボゥディーズ)の「I BEG YОU」というPVを 観・聴きました。
ビートルズに強く影響を受けていると誰れにも解る音と映像の中、しゃがれ声の攻撃的なボーカルがバツグンに上手いな!と 息を飲みました。
さっそく他の楽曲も聴いてみました。
ゴキゲンなアップテンポの中に 心はほぐれ はずみ出し 「このバンドの曲は順に買ってゆこう!」と いろめきたちました。
THE BAWDIESは、1983年生まれの4人の青年から成る ルーツミュージックを土台としてオリジナリティーを追究するロックンロールバンドで、2009年にメジャーデビューしたのだそうです。
そして 今現在は、音楽誌の表紙を飾ったり タワーレコードの広告に登場したりと、街なかのそこここで 全国区的な人気バンドにうねりふくらみつつあるのが如実に感じられます。
私は、自分の青春時代------70年代後半から80年代------に主流となっていた音楽には どうも心地よさを感じられませんでした。
------当時すんなりと受け入れられたのは ネオGSブームくらいだったでしょうか。
この中で唯一メジャーデビューしたファントムギフトは、CDは買いませんでしたが 古着をキメて何度か踊りにライブに行ったことがあります-------
今でも たまたま入った飲食店などで 私の青春期にヒットした曲が流れ始めると、正直なところ ちょっとがっかりしてしまいます。
逆にさかのぼると-------物心ついた頃からすでに耳に入っていたのはクラシックでした。
応接間の棚のすみからすみまでがクラシックのLPで、そのいずれかが流れていたのですが、いくらゆったりとソファに身を沈めて耳を傾けても 心はアルミのように硬くなるばかりでした。
中学生になると、よく学校帰りや日曜日に アンティークショップをのぞきひやかしていましたが、そこでこぼれていたペラッペラのラグタイム、あれには何だか安らぎを覚えました。
------勿論、私は それら 自分の耳が受け入れられない音楽を 決して否定してはいません。
単に 私の「嗜好」の問題としての話です------
私がこれまでの人生で 特に心地良さを感じたミュージシャンは、国内だと 憂歌団、上田正樹&サウストゥサウス、スパイダース、ゴールデンカップスです。
どれも バンド自体はとうに活動をやめて久しくしてから かすかなきっかけで耳に入ったのを、蜘蛛の糸をたぐるようにその存在を認識してゆき 聴くようになりました。
ということは、私のぼんやり土管の内側は、(土台としているのが)ある一定の時代の内なのかな、と 曖昧に 自己分析ともいえない自己分析をしてみたりします。
加えて、ボーカルがしゃがれ声だと なお心地良さを覚えるように思います。
ですから、BAWDIESのボーカルRОYさんの声は、憂歌団の木村充揮さん、キー坊(上田正樹さん)と並んで 私が最も安らぎを感ずる声質です。
------RОYさんは、元々あの声だったわけではなく ハウリンウルフのそれを目指して 日々の訓練の積み重ねによって創り上げていかれたのだそうです。
私は 国外ではハウリンウルフも聴いていたので、その旨のインタビューを聞いたとき「あぁ!なるほど」と思いました。
しかし------
何故、私のぼんやり土管の内側はそこなのか-------
それは、私自身にも 上手く説明ができないのです。
これが映画やファッションであれば、嗜好のくっきり針穴が何故ゆえそこなのか、如何なる「何故」を向けられようとも 必ず 間髪おかずに答えることができます。
バッサバッサと鮮やかな刀さばきで100人を切り倒し すっくと立つチャンバラ映画の主人公のように迎えうつことができます。
それらの方面は、歴史や構造など ある程度学んできたので 理論的に考察・分析することができるからです。
何故 心地良さを覚えるのか、何故 安らげないのか、嗜好に関する「何故」への答えというものは、所詮は後付けの理論なのかも知れません。
けれど、基本的に物事を理論的に考える私は、やはり それにも 探ればどこかに理由があるように思うのです。
疎い分野は自己分析できない というだけではないか と思うのです。
物事には必ず「理由」というものがあるように思うのです。
私は今、毎晩 一日の汗やホコリをシャワーで洗い流すことで心地良い自分にもってゆくように BAWDIESの音を浴びています。
そしてこのバンドには、耳心地の良さだけではなく 目にも同質のものを感じています。
モッズスーツで身をかためたメンバーの姿が全員イカす! というのもあります。
それもありますが、ビデオクリップをはじめとする映像が見事です。
映像作品として非常に優れたものが幾つもあります。
いい映像作家がついてくれているなぁと 感嘆せずにはおれないものがあります。
ということで、次回9月3日は、THE BAWDIES・PVの感想を述べたいと思います。


映画やファッションのような視覚に多くうったえる分野の好きの範囲が くっきりとした輪郭の針の穴くらいとすれば、音楽へのそれは ぼんやりとした土管くらいに大らかで曖昧なものですが、ぼんやり土管はぼんやり土管なりに なんとなくその輪郭があります。
一年ほど前、ふとしたきっかけで THE BAWDIES(ザ・ボゥディーズ)の「I BEG YОU」というPVを 観・聴きました。
ビートルズに強く影響を受けていると誰れにも解る音と映像の中、しゃがれ声の攻撃的なボーカルがバツグンに上手いな!と 息を飲みました。
さっそく他の楽曲も聴いてみました。
ゴキゲンなアップテンポの中に 心はほぐれ はずみ出し 「このバンドの曲は順に買ってゆこう!」と いろめきたちました。
THE BAWDIESは、1983年生まれの4人の青年から成る ルーツミュージックを土台としてオリジナリティーを追究するロックンロールバンドで、2009年にメジャーデビューしたのだそうです。
そして 今現在は、音楽誌の表紙を飾ったり タワーレコードの広告に登場したりと、街なかのそこここで 全国区的な人気バンドにうねりふくらみつつあるのが如実に感じられます。
私は、自分の青春時代------70年代後半から80年代------に主流となっていた音楽には どうも心地よさを感じられませんでした。
------当時すんなりと受け入れられたのは ネオGSブームくらいだったでしょうか。
この中で唯一メジャーデビューしたファントムギフトは、CDは買いませんでしたが 古着をキメて何度か踊りにライブに行ったことがあります-------
今でも たまたま入った飲食店などで 私の青春期にヒットした曲が流れ始めると、正直なところ ちょっとがっかりしてしまいます。
逆にさかのぼると-------物心ついた頃からすでに耳に入っていたのはクラシックでした。
応接間の棚のすみからすみまでがクラシックのLPで、そのいずれかが流れていたのですが、いくらゆったりとソファに身を沈めて耳を傾けても 心はアルミのように硬くなるばかりでした。
中学生になると、よく学校帰りや日曜日に アンティークショップをのぞきひやかしていましたが、そこでこぼれていたペラッペラのラグタイム、あれには何だか安らぎを覚えました。
------勿論、私は それら 自分の耳が受け入れられない音楽を 決して否定してはいません。
単に 私の「嗜好」の問題としての話です------
私がこれまでの人生で 特に心地良さを感じたミュージシャンは、国内だと 憂歌団、上田正樹&サウストゥサウス、スパイダース、ゴールデンカップスです。
どれも バンド自体はとうに活動をやめて久しくしてから かすかなきっかけで耳に入ったのを、蜘蛛の糸をたぐるようにその存在を認識してゆき 聴くようになりました。
ということは、私のぼんやり土管の内側は、(土台としているのが)ある一定の時代の内なのかな、と 曖昧に 自己分析ともいえない自己分析をしてみたりします。
加えて、ボーカルがしゃがれ声だと なお心地良さを覚えるように思います。
ですから、BAWDIESのボーカルRОYさんの声は、憂歌団の木村充揮さん、キー坊(上田正樹さん)と並んで 私が最も安らぎを感ずる声質です。
------RОYさんは、元々あの声だったわけではなく ハウリンウルフのそれを目指して 日々の訓練の積み重ねによって創り上げていかれたのだそうです。
私は 国外ではハウリンウルフも聴いていたので、その旨のインタビューを聞いたとき「あぁ!なるほど」と思いました。
しかし------
何故、私のぼんやり土管の内側はそこなのか-------
それは、私自身にも 上手く説明ができないのです。
これが映画やファッションであれば、嗜好のくっきり針穴が何故ゆえそこなのか、如何なる「何故」を向けられようとも 必ず 間髪おかずに答えることができます。
バッサバッサと鮮やかな刀さばきで100人を切り倒し すっくと立つチャンバラ映画の主人公のように迎えうつことができます。
それらの方面は、歴史や構造など ある程度学んできたので 理論的に考察・分析することができるからです。
何故 心地良さを覚えるのか、何故 安らげないのか、嗜好に関する「何故」への答えというものは、所詮は後付けの理論なのかも知れません。
けれど、基本的に物事を理論的に考える私は、やはり それにも 探ればどこかに理由があるように思うのです。
疎い分野は自己分析できない というだけではないか と思うのです。
物事には必ず「理由」というものがあるように思うのです。
私は今、毎晩 一日の汗やホコリをシャワーで洗い流すことで心地良い自分にもってゆくように BAWDIESの音を浴びています。
そしてこのバンドには、耳心地の良さだけではなく 目にも同質のものを感じています。
モッズスーツで身をかためたメンバーの姿が全員イカす! というのもあります。
それもありますが、ビデオクリップをはじめとする映像が見事です。
映像作品として非常に優れたものが幾つもあります。
いい映像作家がついてくれているなぁと 感嘆せずにはおれないものがあります。
ということで、次回9月3日は、THE BAWDIES・PVの感想を述べたいと思います。
タグ:THE BAWDIES
カンナと石炭貨車 [詩・詞]
八月になると わたしの頭蓋には 朱赤のカンナが燃え 石炭貨車がやってくる
わたしは五才にちぢんでゆく
五才のわたしは 踏切りに立っている
巨大な怒りのたいまつのようなカンナの朱赤と 山と盛られた悪のような石炭の漆黒の対比に
わたしは圧され 呼吸も動きもうばわれる
五才のわたしは立ちつくす
尽きなくカンナは燃えつづけ 切れなく貨車は石炭を運ぶ
五才のわたしは からだ全体が 小さな撮影機となる
そして 対比という主題の個人映画を 憑かれたように撮りつづける
遮断機の上がる九月まで


わたしは五才にちぢんでゆく
五才のわたしは 踏切りに立っている
巨大な怒りのたいまつのようなカンナの朱赤と 山と盛られた悪のような石炭の漆黒の対比に
わたしは圧され 呼吸も動きもうばわれる
五才のわたしは立ちつくす
尽きなくカンナは燃えつづけ 切れなく貨車は石炭を運ぶ
五才のわたしは からだ全体が 小さな撮影機となる
そして 対比という主題の個人映画を 憑かれたように撮りつづける
遮断機の上がる九月まで
あっしが育毛剤だったころ [小説]
「こないに増えても困るわ~!」
これは、あっしが前世で 育毛剤だったころのお話でやす。
どれほど絶望的に淋しーーくなった髪の毛も うっとうしいくらいのフッサフサによみがえらせ、使った人間に必ず「こないに増えても困るわ~!」と 言わせることのみを目指して製造された 育毛剤の一ビンだったころのお話でやす。
ドラッグストアの棚にて ジッと待機すること二週間------
あっしは、一人のおっさんに買われてゆきやした。
前頭部・頭頂部・後頭部のほとんどが素肌と化し、右耳の上にささやかに紐のれん状に残るものを もう反対側のささやかな耳上まで パラリと並べてなでつけた、あっしが思い描いていたイメージと一分一厘たがわぬおっさんでやす。
「わいかて、幸せになる権利あるやろ。 わいかて、ねぇちゃんに『まだ帰らんといて・・・』泣かれたいんや」
あっしは、よっしゃ!と 心の中に 両の手で拳をこさえやした。
あっしには自信がありやした。
あっしは 従来の「地肌に働きかける方法」ではなく、最先端のバイオテクノロジーによって、一本を二本、二本を四本、四本を八本、八本を十六本・・・・と 髪毛そのものを増やしてゆくという画期的な能力を培われた 我が製薬会社の誇りとするイチオシ商品だったからでやす。
そして あっしは、あっしを生み・育ててくれた製薬会社を心より愛し、この 母なる・・・否、神ともいえる祖製薬会社----主任さん、工場長さん、研究所長さん、そして社長さん----に忠誠を尽くすことを命のかぎりとする 誠実・実直・真面目分子でやした。
あっしが購入された日の夜------
おっさんは、あっしを風呂場の蛇口の脇に置き、ゴーーーーーーーーリゴリゴリゴリゴリバシャバシャバシャバシャバシャヂャッヂャッヂャッヂャヂャーーーーーーーーーッ!!!と、タイルの壁や そこに吸盤で貼り付けられた鏡や 湯舟のヘリや 湯の中に 白いあぶくをビシャビシャ跳ね飛ばしながら全身を洗い、ザッバーーーーーーーーーーーッッッ!!!と 湯を身体にたたきかけやした。
次に、今度は それまでとはまるで別人のように、掌にそーーーーーーっとシャンプーをたらし、頭の素肌と わずかに残っている頭髪を トーフに触れるように撫でまわしやした。
そして、首を右に傾がせ、美女がシャンプーのCМでやるように 紐のれんの部分を そーーーーっとそーーーーっと 両掌ではさみながらずらし、毛先の一本まで到達すると、シャワーの弱で サーーーーーーと 清めるように流しやした。
お清めが終わると、あっしに向き、両手を合わせ ポンポンとかしわ手を打ち、あっしを手に取り 裏側の「ご使用方法」を読み始めやした。
「・・・まず たっぷりとぬり、それから 一・・・一・・・んー? 何やろ? 老眼鏡取りに出るの しんどいわー、・・・・・たぶん、一分 やろな。 ・・・・んーー、きっと 一分や。 一分に違いない。 一分やない筈がない。 ん! 一分や! 当然一分に決まっとる!! 一分や一分や!!!」
あっしは、「どうしよう!」と 一瞬 呼吸が止まりそうになりやした。
一分で洗い流されたら、あっしはおっさんに「こないに増えても困るわ~!」と言わせられやせん。
書かれているのは、「一分」ではなく「一晩」なのでやす。
いくら最先端のバイオテクノロジー技術を以ってしても、一分で 一本を二本、二本を四本、四本を八本、八本を十六本・・・と 増やせるわけはないのでやす。
塗ってから そのまま四、五時間放置しておくと、夜明け前の若干気温が下がったところで 毛髪細胞が分裂を開始し、日の出の気温の上昇とともに ボワッ ボワッ ボワボワッと増える というしくみなのでやす。
おっさんは、あっしのうろたえなどよそに、ベッタベッタと 頭髪の一本一本にくまなく塗り、眉毛のあたりまであっしをだらだらとしたたらせながら、湯舟に浸かりやした。
「いーーーーーーーーーーーち、にーーーーーーーーーーぃ、さぁーーーーーーーーーん、しーーーーーーーーぃ・・・・」
あっしは、「やっぱり一晩かも知れん」と気づいてはくれまいだろうか?!、と ジッと祈るような気持ちでまなこをつむりやした。
「こないに増えても困るわ~!」 この言葉を言わせずして あっしは命を終えるなど まかり間違っても出来ないのでやす。
それでは、あっしが生まれてきた意義が 何一つとしてなくなってしまうのでやす。
育毛剤として これ以上の恥は他にありやせん。
・・・・・・サッザッザッザッ・・・
あっしの脳裏に、工場の生産ラインにいたころのことが 走馬灯のように流れやした。
------やや厚めのガラス製の容器の装備を与えられ、ちょっと恥ずかしいようなくすぐったいような気持ちで行進した あの時------
------フタは正しく閉まっているかどうか等 厳しく細かな品質検査に合格し、「こないに増えても困るわ~!」と書かれた真っ赤でピカピカなシールを左肩にペタリと貼られに 誇らしく 順順に 直立で一歩前へ進み出でた あの時------
-------直立姿勢のまま寝かされ 出荷の大箱の海へヒューヒューと投下された 闘志の塊へと いよいよ意志をかたくした あの時------
・・・ヒュー ヒュー ヒュー・・・・・・
「・・・・ごじゅーーろく、ごじゅーなな、ごじゅうはち、ごじゅきゅろくじゅっ!、よっしゃ!!!」
ザッバーーーーーーーーーーッッッ!!!
あっしは、絶望に ぎゅゅーーーーーっとまなこをつむりやした。
キュキュッと硬いものを軽く拭く音がしやした。
「・・・・・・・・・・・・なんや、ちぃぃぃとも増えてへんやないか・・・」
ピチョーーーーーーン
天井から 湯舟に水滴の落ちる音が響きやした。
と、シャワーに あっしはおっさんの頭部から引き離されてしまい、
「こないなもん! こないなもん!けったくそ悪い!!」
ビンの中のあっしも 激しく上下に振られ、ドボドボと 排水溝であるらしい冷たい場所に吸い込まれてゆきやした。
あっしは、恥と屈辱と悲しみに より一層まなこをぎゅーーーーーーっとつむりやした。
己れの存在を消しつぶすように ぎゅーーーーーーーーーっとつむりやした。
------主任さん、工場長さん、研究所長さん、そして社長さん!
あっしは、まことに恥ずかしながら 排水溝で 命を終えようとしておりやす。
「何故」とか「いいえ」とか「けれど」とか「どうして」とか「この場合に限っては」とか そんな思考になり得る素因は全て 「こないに増えても困るわ~!」へ突進するそれへ改良された それ以外に生きる道などあり得ないあっしが、そう言わせることなく 命を終えようとしておりやす。
許されるべきではないと 重々承知の上で申しやす。
あっしの恥をお許しください!!
------排水溝の中、あっしの身体のあちこちが 何かにまとわりつきやした。
ぼんやりと まなこを開けると・・・・そこには・・・
おっさんの頭にあったよりも遥かに多くの髪の毛が、ひっかかり からまり もつれ合っていたのでやす!!!
あくる朝------
排水溝の中の毛髪は、あっしの育毛剤生命をかけた働きにより、一本を二本、二本を四本、四本を八本、八本を十六本・・・と増やされに増やされ、一滴の水も通らないくらいのきっちきちで、口の部分からは、ちょうどアフロヘアのカツラを置いたように こんもり黒々とした塊が溢れ出してやした。
あっしは、まばたきもせず おっさんが起きてくるのを待ちかまえてやした。
大きなあくびとともに、風呂場の扉が ガラッと開きやした。
「・・・・・・・・こっ こっ こないに増えても 困るわ・・・・」
あっしは 嬉し涙にむせびつつ バンザイをしやした。
主任さん、工場長さん、研究所長さん、そして 社長さん!
あっしは、果たして ついぞ言わせることが出来やした!!
あっしの功(いさおし)をお誉めください!!!
あっしは、あっしというものが なーーーんにもない真っっっ白なところに 背中から墜落してゆくのを感じやした。
こうして、あっしが育毛剤だったころの生は終わりやした。


これは、あっしが前世で 育毛剤だったころのお話でやす。
どれほど絶望的に淋しーーくなった髪の毛も うっとうしいくらいのフッサフサによみがえらせ、使った人間に必ず「こないに増えても困るわ~!」と 言わせることのみを目指して製造された 育毛剤の一ビンだったころのお話でやす。
ドラッグストアの棚にて ジッと待機すること二週間------
あっしは、一人のおっさんに買われてゆきやした。
前頭部・頭頂部・後頭部のほとんどが素肌と化し、右耳の上にささやかに紐のれん状に残るものを もう反対側のささやかな耳上まで パラリと並べてなでつけた、あっしが思い描いていたイメージと一分一厘たがわぬおっさんでやす。
「わいかて、幸せになる権利あるやろ。 わいかて、ねぇちゃんに『まだ帰らんといて・・・』泣かれたいんや」
あっしは、よっしゃ!と 心の中に 両の手で拳をこさえやした。
あっしには自信がありやした。
あっしは 従来の「地肌に働きかける方法」ではなく、最先端のバイオテクノロジーによって、一本を二本、二本を四本、四本を八本、八本を十六本・・・・と 髪毛そのものを増やしてゆくという画期的な能力を培われた 我が製薬会社の誇りとするイチオシ商品だったからでやす。
そして あっしは、あっしを生み・育ててくれた製薬会社を心より愛し、この 母なる・・・否、神ともいえる祖製薬会社----主任さん、工場長さん、研究所長さん、そして社長さん----に忠誠を尽くすことを命のかぎりとする 誠実・実直・真面目分子でやした。
あっしが購入された日の夜------
おっさんは、あっしを風呂場の蛇口の脇に置き、ゴーーーーーーーーリゴリゴリゴリゴリバシャバシャバシャバシャバシャヂャッヂャッヂャッヂャヂャーーーーーーーーーッ!!!と、タイルの壁や そこに吸盤で貼り付けられた鏡や 湯舟のヘリや 湯の中に 白いあぶくをビシャビシャ跳ね飛ばしながら全身を洗い、ザッバーーーーーーーーーーーッッッ!!!と 湯を身体にたたきかけやした。
次に、今度は それまでとはまるで別人のように、掌にそーーーーーーっとシャンプーをたらし、頭の素肌と わずかに残っている頭髪を トーフに触れるように撫でまわしやした。
そして、首を右に傾がせ、美女がシャンプーのCМでやるように 紐のれんの部分を そーーーーっとそーーーーっと 両掌ではさみながらずらし、毛先の一本まで到達すると、シャワーの弱で サーーーーーーと 清めるように流しやした。
お清めが終わると、あっしに向き、両手を合わせ ポンポンとかしわ手を打ち、あっしを手に取り 裏側の「ご使用方法」を読み始めやした。
「・・・まず たっぷりとぬり、それから 一・・・一・・・んー? 何やろ? 老眼鏡取りに出るの しんどいわー、・・・・・たぶん、一分 やろな。 ・・・・んーー、きっと 一分や。 一分に違いない。 一分やない筈がない。 ん! 一分や! 当然一分に決まっとる!! 一分や一分や!!!」
あっしは、「どうしよう!」と 一瞬 呼吸が止まりそうになりやした。
一分で洗い流されたら、あっしはおっさんに「こないに増えても困るわ~!」と言わせられやせん。
書かれているのは、「一分」ではなく「一晩」なのでやす。
いくら最先端のバイオテクノロジー技術を以ってしても、一分で 一本を二本、二本を四本、四本を八本、八本を十六本・・・と 増やせるわけはないのでやす。
塗ってから そのまま四、五時間放置しておくと、夜明け前の若干気温が下がったところで 毛髪細胞が分裂を開始し、日の出の気温の上昇とともに ボワッ ボワッ ボワボワッと増える というしくみなのでやす。
おっさんは、あっしのうろたえなどよそに、ベッタベッタと 頭髪の一本一本にくまなく塗り、眉毛のあたりまであっしをだらだらとしたたらせながら、湯舟に浸かりやした。
「いーーーーーーーーーーーち、にーーーーーーーーーーぃ、さぁーーーーーーーーーん、しーーーーーーーーぃ・・・・」
あっしは、「やっぱり一晩かも知れん」と気づいてはくれまいだろうか?!、と ジッと祈るような気持ちでまなこをつむりやした。
「こないに増えても困るわ~!」 この言葉を言わせずして あっしは命を終えるなど まかり間違っても出来ないのでやす。
それでは、あっしが生まれてきた意義が 何一つとしてなくなってしまうのでやす。
育毛剤として これ以上の恥は他にありやせん。
・・・・・・サッザッザッザッ・・・
あっしの脳裏に、工場の生産ラインにいたころのことが 走馬灯のように流れやした。
------やや厚めのガラス製の容器の装備を与えられ、ちょっと恥ずかしいようなくすぐったいような気持ちで行進した あの時------
------フタは正しく閉まっているかどうか等 厳しく細かな品質検査に合格し、「こないに増えても困るわ~!」と書かれた真っ赤でピカピカなシールを左肩にペタリと貼られに 誇らしく 順順に 直立で一歩前へ進み出でた あの時------
-------直立姿勢のまま寝かされ 出荷の大箱の海へヒューヒューと投下された 闘志の塊へと いよいよ意志をかたくした あの時------
・・・ヒュー ヒュー ヒュー・・・・・・
「・・・・ごじゅーーろく、ごじゅーなな、ごじゅうはち、ごじゅきゅろくじゅっ!、よっしゃ!!!」
ザッバーーーーーーーーーーッッッ!!!
あっしは、絶望に ぎゅゅーーーーーっとまなこをつむりやした。
キュキュッと硬いものを軽く拭く音がしやした。
「・・・・・・・・・・・・なんや、ちぃぃぃとも増えてへんやないか・・・」
ピチョーーーーーーン
天井から 湯舟に水滴の落ちる音が響きやした。
と、シャワーに あっしはおっさんの頭部から引き離されてしまい、
「こないなもん! こないなもん!けったくそ悪い!!」
ビンの中のあっしも 激しく上下に振られ、ドボドボと 排水溝であるらしい冷たい場所に吸い込まれてゆきやした。
あっしは、恥と屈辱と悲しみに より一層まなこをぎゅーーーーーーっとつむりやした。
己れの存在を消しつぶすように ぎゅーーーーーーーーーっとつむりやした。
------主任さん、工場長さん、研究所長さん、そして社長さん!
あっしは、まことに恥ずかしながら 排水溝で 命を終えようとしておりやす。
「何故」とか「いいえ」とか「けれど」とか「どうして」とか「この場合に限っては」とか そんな思考になり得る素因は全て 「こないに増えても困るわ~!」へ突進するそれへ改良された それ以外に生きる道などあり得ないあっしが、そう言わせることなく 命を終えようとしておりやす。
許されるべきではないと 重々承知の上で申しやす。
あっしの恥をお許しください!!
------排水溝の中、あっしの身体のあちこちが 何かにまとわりつきやした。
ぼんやりと まなこを開けると・・・・そこには・・・
おっさんの頭にあったよりも遥かに多くの髪の毛が、ひっかかり からまり もつれ合っていたのでやす!!!
あくる朝------
排水溝の中の毛髪は、あっしの育毛剤生命をかけた働きにより、一本を二本、二本を四本、四本を八本、八本を十六本・・・と増やされに増やされ、一滴の水も通らないくらいのきっちきちで、口の部分からは、ちょうどアフロヘアのカツラを置いたように こんもり黒々とした塊が溢れ出してやした。
あっしは、まばたきもせず おっさんが起きてくるのを待ちかまえてやした。
大きなあくびとともに、風呂場の扉が ガラッと開きやした。
「・・・・・・・・こっ こっ こないに増えても 困るわ・・・・」
あっしは 嬉し涙にむせびつつ バンザイをしやした。
主任さん、工場長さん、研究所長さん、そして 社長さん!
あっしは、果たして ついぞ言わせることが出来やした!!
あっしの功(いさおし)をお誉めください!!!
あっしは、あっしというものが なーーーんにもない真っっっ白なところに 背中から墜落してゆくのを感じやした。
こうして、あっしが育毛剤だったころの生は終わりやした。
タグ:育毛剤
べったり [詩・詞]
夕刻になると いつも 掌がべったりしている
何にも触れたつもりはないのに
何かに触れた日は もっと べったりしている
夜中に べったりを カルキいっぱいの水道水で洗い流す
だが 次の夕には また べったりするのだ
掌があるかぎり べったりから逃亡することはできないと解っていても
自分にとって それが不快であることに 変わりはない


何にも触れたつもりはないのに
何かに触れた日は もっと べったりしている
夜中に べったりを カルキいっぱいの水道水で洗い流す
だが 次の夕には また べったりするのだ
掌があるかぎり べったりから逃亡することはできないと解っていても
自分にとって それが不快であることに 変わりはない
ジャンル分け変・映画編 [映画・演劇雑記]
このソネットブログを始めた当初から思い続けているのだが、選択形式により選択し 私の属することとなったブログテーマ「映画」の置かれている位置がおかしい。
「エンタメ」という集合体の中の一ジャンルに「映画」があるのだ。
エンタメの中に、音楽、演劇・・・・そして、映画 と。
映画の中に幾多あるジャンルの内の一つがエンターティメントなのに。
それは、音楽にしろ演劇にしろ同じである。
これでは、葉っぱの中に枝があると言っているも同然である。
シュールリアリズム植物図鑑である。
-----否、だからといって そのために困っていることは何一つとしてないのだが・・・・。
ソネットさんに改善してほしいところは別にある。
閲覧・書き込み障害を起こさないでいただきたい。
日頃から利用しているレンタルビデオ屋のTUTAYA吉祥寺店に、サスペンス、時代劇、コメディー、ホラー などに混じって 「感動モノ」というコーナーがある。
「感動」というのは、ジャンルではなく 個人個人の主観的感情である。
いくら名作と呼ばれる作品であっても、感動する人もいれば 必ず「ちっとも感動しなかった」という人も存在する。
スーパーの棚で、野菜、肉、魚、調味料、お菓子、おいしいもの と 分けてあるのに等しい。
店長が替わったら おいしいもの棚総入れ替えである。
菓子パンになったり ビールになったり 納豆になったり・・・・。
-----否、だからといって そのために困っていることは何一つとしてないのだが・・・・。
TUTAYAさんに改善してほしいところは別にある。
商業以外のジャンルも豊富に揃えていただきたい。
※写真は正しい分類の例※
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