この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。
俳句と短歌 [独り言]
憧れの表現者・寺山修司氏が 文学の仕事に於いては 歌人としての色が強かったので 短歌を創るようになった自分であるが、勿論 俳句にも 興味がないわけではない。
もう少し短歌を創りためたら、今度は 俳句にも 挑戦したいと考えている。
俳句も短歌も、どちらも現代は 季語にとらわれなくていいのだし、一寸 字数が違うだけの同じようなものなのだから その時々で 思いついた字数が、少なければ俳句 多ければ短歌にすればいいぢゃないか と 意見したくなる人もいるかも知れない。
確かに、俳句と短歌の違いは 「字数」である。 たった十四の。
しかし、この 字数の違いは 微妙に異なる結果を生む。
俳句は、情景への瞬間的な感嘆や 一息にほとばしる内的吐露や ぱっと視界に入った物事の状態の描写などを詠む場合が多い。
対して短歌は、瞬間 あぁ!と感じたのが じょじょに気持ちが落ち着いてきたとか 「私」は こういう理由でこう感じたとか 物事の状態が変化する様子や 細部にズームしてゆく経過などをあつかったりする。
無論 例外はいくらでもあるが、極めて単純に言い分けると こういう違いである。
つまり、映像に例えると、俳句は極めて短いワンショット、短歌は 少し長めのショット あるいはワンシーンに相当する。
そして どちらも 一人の作者が創った作品を 幾多 集結させると、おのずと ゆるやかな一つのテーマが浮かびあがり、それはまさに 一編の長編映画の如くである。
東京に育った自分は 今、長めのショットとシーンを集めて 「東京群像」なる映画創りに取りかかっている。
もう少ししたら、極めて短いショットも 効果的に そこここに挿入してゆきたい。
短歌づくりの面白さ [独り言]
何故、自分は 短歌を創ろうと思ったのか-----
理由は明確である。
歌人・寺山修司の存在があったからである。
憧れの表現者と同じことをしてみたい という 単純なファン心理である。
寺山氏は、文学の仕事に於いては 俳句も 散文詩も 流行歌の作詞も手掛けているが、やはり 歌人としての顔が最も知られているし 作品数も多い。
だから、自分も 短歌をやってみよう と 考えたのだ。
そんな 実に他愛のないきっかけですべり始めた 拙い日曜作歌であるが、創り始めてみると 読む という行為だけでは見えなかった魅力が、春初めの萌芽の如く 次々と 姿を現してきた。
それはまさに パズルを完成させる面白さである。
例えば、以前
電波空 すりぬけ遊ぶ燕(つばくらめ) 「ほ」といふ文字をさらひて消える
という歌を創ったことがある。
この最後の部分は、「消えむ」 でも 「消えて」 でもなく 「消える」 とするのが、燕が 虫をしとめるように ぱっと「ほ」をくわえて 瞬時に ついと飛び消えてしまった様、そして その空を ぽかんと観ている「私」が伝わる と 考えた。
地下通路 地上への路 幾多あり どのみち選べども 曇天下
は、あえて きっちり五七五七七に当てはめないほうが どんよりと地下を歩く「私」のどうにもならなさが 不協和音のように響いてくるかと思い こう決定した。
未だ寺山を知らなかった十代初めの頃は、詩は散文詩のみを創っていたのだが、現在 自分は この 三十一音のパズルの世界の魅力に しばしば風呂途中で飛び出しノォトに走るほどに とりつかれている。
いくら憧れの表現者と同じことをやってみたところで、人間 自分に根源的に向かないものにとりつかれることは ない。
自分は 何故、これほど パズルの完成にとりつかれるのか------
自分は 極めて理論的な人間である。
理論を 展開させ構築し 計算 時に逆算して答えを出すことが 肌に合っている。
これが最大の理由である。
タグ:短歌
ヤン・シュヴァンクマイエル 不自由の中に広がる限りない自由世界 [感想文]
国外の映画監督・映像作家では誰が好きか? と 問われれば、自分は 一も二も無く「ヤン・シュヴァンクマイエル」 と 答える。
ヤン・シュヴァンクマイエル-------
チェコ共和国(旧チェコスロバキア)プラハ出身の、アニメーション技法による 人間の奥底の心理や 不条理感や 反政治的意思をテーマとした 1964年より今も活躍を続ける シュルレアリストでもある映画人である。
シュヴァンクマイエル氏が 自身のアニメーションで扱う素材は、パペットやクレイ ----チェコは、その 抑圧 翻弄された歴史途中で 日常は 母国語であるチェコ語を話すことすらも禁じられ、唯一 伝統芸能である人形劇の中でだけは 許されていた という理由から、国民の人形劇に対する情熱や 創り手の隠喩的表現の緻密さには 並々ならぬものがあり、映画芸術が誕生してからも そのエネルギーは連綿と受け継がれ、幾多の優れた パペット クレイのアニメーターの存在する国である---- のみならず、日用品 食べ物 標本 ドローイング 果ては人間にも至り、悪魔的でありつつも ユーモラスに コマ撮り特有の動きで リズムを刻み 変化し 破滅し 再生する。
その様は、アニメーションの語源であるアニミズムという言葉 (全てのもの----無生物にまでも魂が宿っている という考え) を改めて認識させ、さらには 映画というものの根源的構造の何たるかを これでもかという程 つきつけてくる。
自分は、好きな映画監督の作品に於いて たいてい 「これが特に好きだ」 と 迷わず 何か一つ挙げることができるのだが、氏のものについては 長編よりも短編のほうが 密度が高いので より吸引される とは言えても、では 短編の中では何が と 問われると、一つ 否 三つ四つにしぼることも不可能である。
そのくらい シュヴァンクマイエル氏の短編は、自分にとって 魂の最も底の いわば細胞の部分に 強烈に響くものがある。
石とバケツという無機物により 生命の誕生を表現する 「石のゲーム」
はく製や骨格標本が 意思ある生物の如く動きまわる 「自然の歴史」
巨大なビアジョッキが 見るや リキュールグラスに、ゆで玉子が テーブルをも貫通する重い塊に変化し 男を翻弄する 「部屋」
食べ物で構成された顔と 台所用品で形作られた顔とが 戦い 粉々になり また新たな顔を誕生させる 「対話の可能性」
次々と ねんどのサッカー選手が ひしゃげ つぶされ 棺桶で運ばれ 歓声のあがる 「男のゲーム」・・・・・
そこに込められている隠喩的意味の解釈以前に 細胞の核の部分に 自分の体温と同じ温度のものが 瞬時に流れ込むような心地よさがある。
しかし----- と 自分は 考えたことがある。
しかし、何故 自分は チェコに生きるチェック人でもないのに 氏の作品に 自分と同じ体温を感ずるのか?
抑圧 翻弄され 言語までも奪われたチェック人の 氏 だからこその表現に、二つのねんどの塊が 一つに融け合うが如きの同化をみるのか?
この、日本という自由な国家に生まれ育った自分が?
------と。
否、自分は少しも 自由国家になど 生まれ育っていなかったのである。
-----最も小さな国家は 家庭である。
自分は、その家庭という国家の中で 抑圧 翻弄され 幾多の自由を奪われてきた。
母親という国王に、自分の意思とは関係なく 好きな食べ物も 好きな科目も 将来目指す職業も決定され、父親を 世の中で 最も 阿呆で軽蔑すべき人間であると思えと強いられ、そこから わずかでもはみ出す言動は 絶対に許されなかった。
唯一自由だったのは、想像力の中だったのである。
どんな膨大な力を持った権力も、想像力の中までも支配することはできない。
現実の世界から自由が奪われれば奪われるほど、想像力というものは 無限に拡張するものである。
自分は、限りなく広がる「想像」という自由世界で くる日もくる日も 身の回りにあるものを相手に 限りなく 奔放に 自由な演出を愉しんでいた。
これが、自分が ヤン・シュヴァンクマイエルに 細胞単位で吸引される要因に 他ならない。
映画について話すときの基準 [映画・演劇雑記]
初対面かそれに近い人は よく 「アナタの趣味は何ですか?」 と 聞いてくる。
自分は正直に 「映画鑑賞です」 と 答える。
すると、相手は 「私も映画は好きで よく観てますよ!」 と 前のめりになるので、「どんな映画が好きですか?」 と 問うと 「ホラー以外なら 何でも観ますよ!」 とか 「洋画は 殆ど全部といっていいくらい 好きで観てます!」 といった類の答えが はずんだ調子でくる。
それを言葉通りに受け取って 「ホラー以外なら観るんですね。 なら 実験映画では何が良かったですか?」 「洋画を殆ど観られるなんて すごいですね。 チェコの映像作家では 誰が嗜好に合いますか?」 などと返すと、十中八九 否 百中 九十八 九十九 の割合で非常に奇妙な顔をされ、「はぁっ? えっ・・・まぁ・・・」 と うやむやのうちに 話のシャッターを ずるずると降ろされてしまう。
自分は 三十歳くらいの頃までは、その度に 「何で あっという間に答えにつまるような嘘をつくのかなぁ」 と 不快な感情でいっぱいになっていた。
しかし もう少し歳を取り 様々な人間と接し 世の中を俯瞰できるようになった時、そう答えた彼らには 見栄も 強がりも 知ったかぶる気持ちも だまそうという気もなかったのだ と解した。
「ホラー以外は何でも観ます」 という人は、ホラーが 幾多ある映画のジャンルの中の 商業の劇映画の中のホラーである という認識は まず持っておらず、映画というものを考える時の基準が 商業の劇映画だけに無自覚に限定されており、「洋画は殆ど全部 観てます」 という人にとっては 現代 日本で観ることの可能な西洋の映画全てが 「洋画全部」 ではなく たいていは 米国のその中のハリウッドのものと 西ヨーロッパの有名作品が 何の疑問も持たぬままに 「洋画全て」 になっているのだな と。
だから、かつて自分の返した言葉は、彼らからしてみれば 「意地の悪い 重箱の隅をつつくが如くのへりくつ」 だったのかも知れない。
否、そう思われていたに違いない。
今 思い返すと、頭を下げたい気持ちである。
人間、己れの基準が当たり前と思ってはいけない。
という反省はしてみたものの、自分の好きな趣味の世界は 追求すればするほど 好みに偏りもでき、一般的基準というものが どこにあるのかを見極めるのは 逆に 難しくなるものである。
多くの人達が当たり前に知っている作品や俳優を 自分はまるで知らない ということも 益々増える一方である。
で あるから、最近は 相手を不快な気持ちに陥れてしまう可能性を無くしたいがために、趣味を聞かれたときに 「映画鑑賞です」 とは 絶対に答えないようにしている。


自分は正直に 「映画鑑賞です」 と 答える。
すると、相手は 「私も映画は好きで よく観てますよ!」 と 前のめりになるので、「どんな映画が好きですか?」 と 問うと 「ホラー以外なら 何でも観ますよ!」 とか 「洋画は 殆ど全部といっていいくらい 好きで観てます!」 といった類の答えが はずんだ調子でくる。
それを言葉通りに受け取って 「ホラー以外なら観るんですね。 なら 実験映画では何が良かったですか?」 「洋画を殆ど観られるなんて すごいですね。 チェコの映像作家では 誰が嗜好に合いますか?」 などと返すと、十中八九 否 百中 九十八 九十九 の割合で非常に奇妙な顔をされ、「はぁっ? えっ・・・まぁ・・・」 と うやむやのうちに 話のシャッターを ずるずると降ろされてしまう。
自分は 三十歳くらいの頃までは、その度に 「何で あっという間に答えにつまるような嘘をつくのかなぁ」 と 不快な感情でいっぱいになっていた。
「ホラー以外は何でも観ます」 という人は、ホラーが 幾多ある映画のジャンルの中の 商業の劇映画の中のホラーである という認識は まず持っておらず、映画というものを考える時の基準が 商業の劇映画だけに無自覚に限定されており、「洋画は殆ど全部 観てます」 という人にとっては 現代 日本で観ることの可能な西洋の映画全てが 「洋画全部」 ではなく たいていは 米国のその中のハリウッドのものと 西ヨーロッパの有名作品が 何の疑問も持たぬままに 「洋画全て」 になっているのだな と。
否、そう思われていたに違いない。
今 思い返すと、頭を下げたい気持ちである。
人間、己れの基準が当たり前と思ってはいけない。
という反省はしてみたものの、自分の好きな趣味の世界は 追求すればするほど 好みに偏りもでき、一般的基準というものが どこにあるのかを見極めるのは 逆に 難しくなるものである。
多くの人達が当たり前に知っている作品や俳優を 自分はまるで知らない ということも 益々増える一方である。
で あるから、最近は 相手を不快な気持ちに陥れてしまう可能性を無くしたいがために、趣味を聞かれたときに 「映画鑑賞です」 とは 絶対に答えないようにしている。
タグ:映画
芥川龍之介の うっかり [文学雑記]
芥川龍之介の作品に 「少年」というものがある。
氏が 自らの幼い頃に立ち戻り 子供の視点で観た世界を オムニバス形式で構成させた 私小説である。
その中、映画でいうと タイトルが出る迄の 冒頭のシークエンスに相当する第一話は 「クリスマス」という、バスの中で 外国人宣教師と少女との微笑ましい出来事に遭遇し 自身も幼い頃は----- と 二話以降を展開させる為の きっかけの章なのであるが、芥川は ここで 極めて初歩的な「うっかり」に 気付くことなく 作品をあげてしまっているのである。
「昨年のクリスマスの『午後』」 のこととして 話は始まっており、中程でも 少女は 「今日は もう家に帰るところなの」 と答える。
しかし、ラストでは 「少女は 夕飯の膳についた父や母に『けさ』の出来事を話しているかも知れない」 とある。
場所や人名や時刻などの設定を 「こうしよう・・・いやいや、やはり こうしよう」 と小さく逡巡するのは、一流のプロであれ 単なる素人であれ 物を書く人間に 必ずといっていいほど あることである。
設定が自身の中で最終決定したら 言わずもがな つじつまを合わせる作業にかかるわけだが、氏は それを直し忘れているのだ。
自分は、氏の このうっかりを発見した時、己れの心が 何か 心地よく温かい温水に放たれたような 安堵を感じた。
その脳髄は 通常の人間より大きかったが為に 幾多の秀作を残せたのに違いない という逸話もついたほどの 天才文士である。
その天才文士が このような初歩的なうっかりをしていたとは、氏が生前 踏みしめていた場所は それまで自分が思い込んでいた遥かな雲上よりも 少ぅしだけ 自分のいる地面に近い場所であったように思われた。
稚拙で無手勝流の 自己満足に愉しんでいるだけの日曜文士の自分も、こうして書くことが 天から許されているように思われた。