この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。

 金魚  [短歌]



         我れすくふ すくはるる身はこの我れか ビルの狭間の祭りの朱達




きん.jpg




ブックマークボタン
nice!(321)  コメント(25)  トラックバック(0) 
共通テーマ:映画

映画「太陽を盗んだ男」  [感想文]

う.jpg

「太陽を盗んだ男」は、戦後の一つの エポックメーキングを象徴する映画である。

学生運動が完全に終わりを告げ、その後 展開として必然といえる「シラケ」と呼ばれる時代が来た。
自分も その時代に青春期を迎えた「シラケ世代」の一人である。
「太陽---」は、シラケ時代の到来を これ以上はないという程 シンボリックに客観視した 日本映画史に残る名作である。

監督・長谷川和彦氏は、1946年生まれで、学生運動真っ只中に青春期を送っている。
これは、そんな氏が、1979年 まさにシラケ時代の幕開けの頃に創った 原爆をモチーフにした作品である。

虚無に生きる中学の理科教師・城戸誠は、ある日、遠足でバスジャック事件に巻き込まれ、山下満州男警部----劇中には説明されてはいないが、満州生まれ という設定であろう----を通し、体制の権力と狡猾さを 目の当たりにする。
その事件により、城戸の中に 自身にも説明不可能な「何か」が芽生える。

ぬ.jpg原子力発電所からプルトニウムを盗み出した城戸は、自室で秘かに原爆を作り 国家をも動かすことが可能な力を得る。
得るものの 「何をしたらいいか解らない。何したらいい?」 と、原爆所有を表向きジョークととらえるラジオのDJを通じて要望をつのり 実行するのである。
野球中継を最後まで放映しろだとか ローリング・ストーンズ日本公演を実現しろ だとか。
DJに問うところといい 要望のうち それらを選択するところといい、極めて個人主義的で子供じみていて これ程の シラケ世代のカリカチュアも他にあるまいと 苦笑せずにはおれない。

話全体は、自己にも他者にも明確な答えを見い出せずにいる 城戸誠から視た世界 として描かれているのであるが、その城戸という人形を操っている長谷川人形つかいの 強烈な反体制思想が、城戸自身も気付かずにいる深層心理 という形で チラリチラリと現われる。
す.jpg
城戸を演じているのが 当時30歳の沢田研二氏であるという点も、長谷川深層心理との距離を感じさせてくれて 最適である。
沢田氏のたたずまい・視線には、身体はそこに在るのに魂はそこには無い、物理的には目前の物を見ているのに 心は遥か彼方を見つめている といった 浮遊感・虚無感がある。
自分は当初、この役は 沢田氏に当て書きされたものだとばかり思っていたのだが、城戸という人物像がかなり固まってから 役者として色がついておらず 観客を呼べる という条件のもとに探した結果だったという。

城戸の 虚ろさ・孤独さは、沢田氏が演じたことのみならず、一人暮らしのアパートに 「ただいま」 とドアを開けるところや、「お前は誰れだ」と自問するところや、ナイター放映実現に一人喜ぶポーズが 丸くてピカピカの原爆に映るショットや、そして 何よりも、クライマックスの 国家を相手どったカーチェイスのシーンの 映像と相反する静かな音楽にも 裏打ちされている。

ラスト、山下警部との一騎打ちとなった城戸は、山下を死に追い遣るものの、自らも 原爆の時限スイッチにより 東京の街もろとも吹き飛ぶ。
城戸の心は、最期まで 虚ろで 空っぽで 寄るべなく浮遊し続けたまま 終わりを告げるのである。

自分を含め シラケ世代の者は、己れがどれ程シラケているか 自覚がないものである。
この 個人主義が 浮遊が 夢無きことが、人間として当たり前だと思っているところがある。
それを最も痛烈に感じ 客観的に描写できるのが、一つ前の長谷川氏世代なのかも知れない。

原爆に映る城戸の心さながらに シラケ時代は、「太陽を盗んだ男」により 可笑しくも哀しくデフォルメされ 鮮烈に映し出されたのである。

よ.jpg

ブックマークボタン
nice!(339)  コメント(38)  トラックバック(0) 
共通テーマ:映画

 憧  [短歌]

      

      夜を徹し燃ゆるカンナの根に添はむ蚯蚓(みみず)となりたし 泥にまぎれて



憧.jpg




ブックマークボタン
nice!(310)  コメント(28)  トラックバック(0) 
共通テーマ:映画

 反体制の男・ゴジ!!!  [映画・演劇雑記]

十年近く前、銀座の交差点地下の劇場に 監督であるゴジさん(長谷川和彦氏)の トークショー付き「太陽を盗んだ男」を観に行ったことがある。
その時は、相米慎二監督追悼特集の一作品として再映されたのだった。
相米氏は、若かりし頃「太陽を盗んだ男」の助監督の内の一人だったから という理由だった。

太陽1.jpg虚無に生きる男が原爆を作り 国家に挑戦状を叩きつけ、最後は主人公もろとも吹き飛ぶという シノプシスからして型破りな 今となっては「伝説のカルトムービー」と呼ばれるこの作品が 劇場初公開されたのは、1979年である。
自分は、公開早々 学校帰りに渋谷の劇場に 一人でトコトコと観に行っており、又 その少し前に創られ 氏が全話 脚本を担当した 三億円事件を元に起こされたTBSドラマ「悪魔のようなあいつ」も欠かさず楽しんでいたので、両作品から浮かび上がる 浮遊感 破滅に向かう幻想 そして 何よりも 並々ならぬ反体制のエネルギーに、「この表現者は どんな人物なのだろう?」と 興味を覚えずにはおれないものがあったのだ。

トークショーが行われるのは、その日のラストの上映の前 2、30分程ということであった。太陽2.jpg
舞台には焼酎が置かれ、ゴジさんが登場した。
サングラス姿で ノシノシと巨体を揺らしつつ「おぅ!みんな!!」と 客席に手を挙げた。
我々観客一同は 拍手で迎え、立松和平原作「遠雷」の脚本の荒井晴彦氏が聞き手となり、さっそくトークが始められた。

と、ゴジさんは 本格的にロックでガンガン吞み始めた。
そして、相米氏の想い出話しをちょっとだけし、自身の作品のファン層が気になるのか、観客に 世代や「太陽---」を観るのは何度めかを挙手させ 統計をとっていた。

する内、劇場の人が 「あの~ 長谷川監督、もうそろそろ 本編上映時刻なので・・・」と 舞台下から呼びかけると、「い~じゃね~か~~」と かまわず続けた。
荒井氏は、聞き手の仕事よりも ゴジさんのグラスを空にしない事に 忙しくなっているようだった。

話しは撮影秘話へ展開し、また劇場の人が 「あのぉ~ 上映終了予定時間から逆算すると、終電に間に合わなくなってしまうお客様が出てしまう可能性があるので、そろそろ・・・」と 来ると、「本編なんて DVDでいつでも観れるだろ~~」と ますます グラスと舌を独走させた。
その後の再三の 劇場側の呼びかけにも応じず、果ては、ゆうに200人以上は居ると思われる観客全員に向かって 「おぅ!おめ~ら!! この後、オレらがどこて吞んでるか ここに電話して教えとっから みんな 後で来いや!!!」 太々とした腕を ブン!と振った。

予定時間を2時間近く過ぎ ゴジさんが舞台からノシノシと去るや、劇場の人は 「大変申し訳ありませんっ! 本日、本編を最後までご覧になれないお客様には、次回 無料でご鑑賞できるチケットをお配りいたしますので お申しつけください。 本当に申し訳ありませんっっっ!!」と 深々と 頭を下げていた。
自分は 何とか終電に間に合いそうなので、ラストまで観て帰ることにした。

本編を観ることを目的に来た人や劇場の人には 気の毒だと思ったが、自分は 素のゴジさんの人となりを目の当たりにできて 何だか とてもラッキーな気持ちでいっぱいだった。
そして、特典映像として 今日のような裏話が延々入っているというDVDを 是非 購入しようと決めた。

ゴジさんの後にくっついていって 夜の銀座の飲み屋に場所を変えた話しの続きを 聞いてみたい気もちょっとあったが、自分には それを実行する勇気はなかった。
実際 ついていったファンは、どのくらいいたのだろう?

と、スクリーン前の暗幕が開かれ ブザーが鳴り 照明が落とされた。

太陽3.jpg

      ----「太陽を盗んだ男」本編感想は、一つ短歌を挟んで7月28日公開でやす----
ブックマークボタン
nice!(326)  コメント(39)  トラックバック(0) 
共通テーマ:映画

 ネット時代  [短歌]


ネット時代.jpg



          吾が命 削り燃やさむカンナ下に プラスチックの刃(やいば)刺さりて





ブックマークボタン
nice!(303)  コメント(24)  トラックバック(0) 
共通テーマ:映画

 反体制の男・ピース!!  [独り言]

歳若い頃に アルバイトを通して 様々な大人達と出逢うという経験は、青春期の貴重な糧である。

自分は、三年ほどの間 ショットバーで アルバイトをしていたことがある。
郊外の住宅街の小さな店だったので、客は 殆どが 地元の常連だった。

その中に、スーツを着てはいるものの どうも普通のサラリーマンの匂いのしない ひじきのような髭をたくわえた いつも穏やかな笑顔を絶やさぬ 中年紳士がいた。
本人に聞くと、科学雑誌を創る仕事をしていると教えてくれ、そして 他の常連客の話により、かつては 学生運動をしていた人だった と知った。
ピース.jpg
この文中 彼を何と呼ぼうか-----
あの穏やかな笑顔から・・・・
そうだ、仮に「ピース」と呼ぶことにしよう。
「ピースさん」
あくまで、仮の呼称である。

ピースさんの話しは、どんな価値あるスコッチよりも 幅があり 奥行きがあり 深さがあり、一昔前の英国のみならず あらゆる時空をまたぎ超え、似合わぬチョッキ姿の自分は、店員であるという立場を忘れて いつも カウンター越しに、発見させてもらい 笑わせてもらい 感心させてもらい、決して 説教じみた文句は何一つ仰らないのに その度に大きな勉強をさせてもらえるのだった。

ピース2.jpg自分は、ピースさんが来店するのを 秘かに心待ちにし、ピースさんとその他に客がいる時には、他の客は他の店員に任せて、自分はピースさんの前に立って その ひじきのような髭に囲まれた口からこぼるる言葉を 一つとしてとり落とすことなく 我が内に入れたいと思っていた。

ある時、ピースさんが かなり遅い時間に来たことや カラオケの話題になったことから、店が終わったら 二人でカラオケに行かないか と誘われた。
名誉店員に選ばれた自分の チョッキの内の心臓は 羽ばたいた。

店と同じ 駅前商店街の中にあるカラオケ屋で ひとしきり興じたピースさんと自分は、退室時間五分前を知らせるコールに 二人の合意で 延長はしない旨を伝え、歌っておきたい曲を入れた。

気がつくと、コールから十五分ほど過ぎていた。
「ピースさん、過ぎちゃってます。そろそろ出ませんか?」 
ほぼ同時に、退室を促すコールが 再び鳴った。
と、ピースさんは「いいんだよ」と 普通に笑いながら ガンガン曲を入れた。
自分は「よくないと思うけどなぁ」と 内心つぶやきながら付き合っていると、突然 音も画面も プッツリと消えた。
フロントから 電源を切られたのである。
ピースさんは「チィィィッッッ!!!」と 甚だ不機嫌そうに 鞄を持った。
自分は「反体制の人というのは、ちょっとした決まり事も守らないものなのだなぁ」と知った。

これもまた、ピースさんにより学ばせてもらった 大きな糧の一つであった。

ピース4.jpg

タグ:反体制
ブックマークボタン
nice!(365)  コメント(63)  トラックバック(0) 
共通テーマ:映画

 尺取虫  [短歌]



      

           ひたすらに測りすすみて立ち見れば 十三インチの断崖の空





尺取虫.jpg









ブックマークボタン
nice!(305)  コメント(33)  トラックバック(0) 
共通テーマ:映画

 豚食欲求  [独り言]

豚肉が好きだ。
酢豚にトントロ ラフテー 角煮 豚足からミミガーまで、およそ豚料理には とことん目がない。
考えてみると、週のうち四日は 何らかの形で その滋味を噛みしめている。

これはどうも 単なる嗜好よりも深い 身体が自身を良い状態に保つための 意識下の欲求であるように思える。

自分は貧血気味で、よく 座って人と話をしていて 世界がグラリと揺らいだり、風呂につかっていて 意識がかなたに遠のいたりするのだが、豚食欲求は そういった傾きを少しでも直そうという 本能的指令なのではないか と感じている。

無意識のうちに 精神的飢餓を埋めむがために 安堵を得られる表現者を求めるのと同じに、肉体にもまた 健やかであろうとする意識下の意識が働くのであろう。

あらゆる欲求が 自虐的な方向に向かっていないのは、生物として 先ず 安心して良いことかも知れない。

ぶた.jpg



タグ:豚肉
ブックマークボタン
nice!(350)  コメント(72)  トラックバック(0) 
共通テーマ:映画

 食  [短歌]



            十字架の形に臥して 我が内に 海の命の消ゆる音聴く



じゅうじか.jpg

ブックマークボタン
nice!(336)  コメント(34)  トラックバック(0) 
共通テーマ:映画

 映画 「寒天」  [感想文]

最近観た 笑みこぼるる 軽やかな余韻を与えてくれた映画に「寒天」がある。

1937年、荻野茂二氏により創られた、天草の収穫から 乾燥 寒地への輸送、洗い 煮 寒ざらしの作業、そして 様々な用途の説明が収められた 16分の短編である。

荻野氏は、戦前から戦後にわたり デパートの広報映画 抽象映画 アニメーション創りやアマチュア映画教室の開設など、個人映画の先駆的存在として活躍した人物で、この「寒天」も 単に記録映画というジャンルに収めるのには 余りに 芸術色豊かに 面白く仕上がっている。

先ず、白黒で 寒天の素材である天草を採る海辺の村の景から フィルムはまわるのだが、あてられているのが 勢いのある オーケストラのクラシック音楽であることに 意外性を受ける。
受けつつも、その勢いは アート系映像作家ならではの 緩急をつけた撮り方と同調し、そして 「がんばって 天草を収穫するぞ!」という村民の意思に重なる。
村民は、テンポよく 集めた天草を干し、絨毯のように丸め、寒い別の村へと送る。

オーケストラに乗せられてやってきた天草絨毯は、ここでも 前向きに待ち受ける山村民により 洗われ 煮られ 型に流し込まれる。
途中 音楽は短調となり、思わず「寒い中での作業は さぞ辛かろう」と 同情せずにはいられなくなる。
と 再び音符は弾み出し、寒ざらしを終え 乾物屋に並ぶ姿となった 大量の半透明のしわしわの棒達は、嬉々と その目的を果たすために 街へと運ばれてゆく。

ここで 画面は 突然カラーとなり、「寒天の用途は」と 字幕が出る。
我々は「待ってました! 美味しい寒天!!」と 前のめりになる。かんてん6.jpg
「医療に」と字幕は変わり、静止画で オブラートや実験用の培養シャーレが映る。
「ああ なるほど」と うなづく。
次に、生地の糊に使用されていると説明される。
「へーー 知らなかった」 と感心する。
感心しつつ 「あれはまだか、美味いあれは・・・」と 期待はふくらむ。
一方、オーケストラの全ての音達は いつしか 一つの方向を向き 巨大な風船のごとく膨張している。
ついに、「食用として」
ようかん ジャン!
かんてん4.jpgゼリー菓子 ジャジャン!!
ところてん ジャジャジャン!!!
あんみつ ジャァァァァァーーーーーーーーーーン!!!!
-----終わり-----

小気味いい 気持ちいい。
「寒天」 ただそれだけの題名も 単純化された図形のようで 絶妙に 作品のバランスをになっている大きな要素の一つであると 気付かされる。
実に見事な 記録映画的芸術作品である。

豆かん ところてん 牛乳かん・・・・・
今年も 寒天食品の美味しい時節がきた。
今年の寒天は、よりいっそう ぷるぷるとした食感と 淡い海藻の香りの余韻を 心地よく与えてくれそうである。

かんてん1.jpg

ブックマークボタン
nice!(349)  コメント(55)  トラックバック(0) 
共通テーマ:映画