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薄暮より白暮へ [独り言]
ある夕、隣街の喫茶店で 一人くつろいでいると 近くのテェブルから こんな声が聞こえてきた。
「ハクボって 薄く暮れるって書くんだねー。 俺 五十数年間 ずーーっと 白く暮れるとばかり思ってたよ。 だってさー 実際 白っぽーく暮れていくじゃない」
それがどれほどの驚きだったかが、勢いづいた調子と声量に乗って こちらのテェブルにも響いてきた。
自分は、コーヒーカップの手を止め 「なるほど」と思った。
なるほど 暮れ方というのは、あらゆるものの彩度が鈍り まるで 粒子の粗い昔の写真を観るような 独特の白っぽさに包まれるものである。
逆に、自分が もしどこかで「白暮」に出逢ったら それが間違いなどとはかけらも疑わず、何と相応しい表記であろうか と感嘆するに違いないと思った。
それから何週間か後。
自分は、友人の後に続き 井の頭公園へと下る坂を急いでいた。
穏やかな陽光に包まれ つい ふらふらと寄り道をしてしまったために いつか 影は長くなり、公園内の弁天様の写真を 日の落ち切る前に撮らねばならぬ という友と 同行する自分は、今度は 太陽と競争することとなった。
みるみる木々の若葉の彩度が鈍ってゆく。
同時に、あの日の喫茶店での男の話が浮かんだ。
自分は
「薄暮って 白く暮れるって書いたとしても・・・・」
と言いかけた。
と 友は
「えっ・・・白く暮れるじゃないの?」
せわしなく動かしていた足を止め 体ごとこちらに向いた。
自分が彼と一緒にいる時には 携帯版広辞苑を取り出さずとも疑問の解決に図れる というほどに 博学な友である。
白髪まじりの頭とアイボリーのジャケットの輪郭が ぼやけていた。
「ええっ・・・・白く暮れるじゃなかったんだ、白く・・・・」
自身の足元を見つめ 何度も何度もつぶやいた。
友は、体全体 ますます 白くあいまいになっていった。
言葉の意味や表記というものは、間違いであっても 慣用され続けると いつか そちらのほうが正解となる場合が少なくない。
近い将来、広辞苑に こう記される日も来るかも知れない。
「はくぼ・白暮 (本来は薄暮) 薄明かりの残る夕暮れ。くれかた」
この 美しく 的を射た誤りを皆が使うことを 密かに願う 自分である。


「ハクボって 薄く暮れるって書くんだねー。 俺 五十数年間 ずーーっと 白く暮れるとばかり思ってたよ。 だってさー 実際 白っぽーく暮れていくじゃない」
それがどれほどの驚きだったかが、勢いづいた調子と声量に乗って こちらのテェブルにも響いてきた。
自分は、コーヒーカップの手を止め 「なるほど」と思った。
なるほど 暮れ方というのは、あらゆるものの彩度が鈍り まるで 粒子の粗い昔の写真を観るような 独特の白っぽさに包まれるものである。
逆に、自分が もしどこかで「白暮」に出逢ったら それが間違いなどとはかけらも疑わず、何と相応しい表記であろうか と感嘆するに違いないと思った。
それから何週間か後。
自分は、友人の後に続き 井の頭公園へと下る坂を急いでいた。
穏やかな陽光に包まれ つい ふらふらと寄り道をしてしまったために いつか 影は長くなり、公園内の弁天様の写真を 日の落ち切る前に撮らねばならぬ という友と 同行する自分は、今度は 太陽と競争することとなった。
みるみる木々の若葉の彩度が鈍ってゆく。
同時に、あの日の喫茶店での男の話が浮かんだ。
自分は
「薄暮って 白く暮れるって書いたとしても・・・・」
と言いかけた。
と 友は
「えっ・・・白く暮れるじゃないの?」
せわしなく動かしていた足を止め 体ごとこちらに向いた。
自分が彼と一緒にいる時には 携帯版広辞苑を取り出さずとも疑問の解決に図れる というほどに 博学な友である。
白髪まじりの頭とアイボリーのジャケットの輪郭が ぼやけていた。
「ええっ・・・・白く暮れるじゃなかったんだ、白く・・・・」
自身の足元を見つめ 何度も何度もつぶやいた。
友は、体全体 ますます 白くあいまいになっていった。
言葉の意味や表記というものは、間違いであっても 慣用され続けると いつか そちらのほうが正解となる場合が少なくない。
近い将来、広辞苑に こう記される日も来るかも知れない。
「はくぼ・白暮 (本来は薄暮) 薄明かりの残る夕暮れ。くれかた」
この 美しく 的を射た誤りを皆が使うことを 密かに願う 自分である。
ポケットにはベケット [独り言]
遊具も ベンチも 花壇もない公園、中央に一本の木。
ぼうぼうの髪に 全身真っ黒に汚れの染みついた男が二人 茫然と座りこんでいた。
黒テントに入団できず、赤テントにも断られ、今は青テントに暮らす役者志望者の果てか?
人を待たせている自分は、足早に通り過ぎた。
これから・下 [作文]
今日だけ白い眼帯の人のあっしは、ガチャポンの丸みを指の腹に遊びながら、井の頭公園の池の西端 湧水を背にした石橋のらんかんに腰を下ろしやした。
と ほぼ同時に、ガイドマップとカメラを手にした 初老の四、五人の男女が、声を弾ませながら 「あっ!ここよ」「そうだ、そうだ」と 湧水に近づきやた。
この湧水は、神田川の源流であり 江戸時代には殿様が茶をたて云々という 歴史ある名所に数えられる名水でやす。
しかし、もう随分前に 公園のすぐ脇にマンションが建ったために湧かなくなり、今は 時間を限ってポンプで汲み上げている ということでやした。
この話は、いつか 駅近くで吞んでいて 隣の知らぬ者に聞いたことなので ほんとか嘘かは解りやせんが、後日 深夜に通りかかった時には、確かに 水は しんと 真っ暗な闇一色に ゼリーのように静まりかえってやした。
あっしは背後の感嘆をよそに、ぼんやりと 少ぅしだけぺたんこの池の遠景を眺めやした。
噴水 橋の上をまばらに行き交う人々 池に垂れる未だ茶色の桜の木・・・・・
眼帯のゴムを、右 そして左と外しやした。
この場所なら 誰にもまともに顔を見られずにすみやす。
空に向かって両目を痛いくらいギュッとつむり、そして ゆっくりと 向き直りやした。
左のまぶたは だいぶん開くようになってやした。
噴水 橋上の人 桜木・・・・・
先とは ほんの少ぅしだけ奥行きのある ほんの少ぅしだけ広々とした 三月終わりの井の頭公園がありやした。
うす茶色のケースの 赤道にあたる部分にぐるりと巻かれているテープを外しやした。
両端をひねるように回したあっしは、次の瞬間 思わず「あっっ!」と小さく声をあげ、やや上体を退かせやした。
あっしの腿の間 ねずみ色のらんかんには、どう見ても 生みたての生玉子が あたかも目玉焼きになるのを待つかのように 微かに黄緑色を帯びた透明が、不定形にどろりと広がり、中央には こんもりと 新鮮ですよと主張せんばかりの 山吹色のドームが盛り上がり、しかも その両端には 白いクチュとしたものまで付いてやす。
あっしは、恐る恐る 人差し指で バツグンに栄養のつまっていそうなドームを 軽く圧してみやした。
ドームは 凹み、そして あっしの指の戻るのに合わせて また 何事もなかったように プルンと脹らみやした。
人差し指の腹を 鼻へ近づけやした。
微かに しかし確かに ビニールというかプラスチックというか そんな化学物質の匂いがしやした。
生みたての化学物質を、左手で らんかんの縁に圧し出すようにして 右掌にすくいやした。
左手の人差し指と親指に 山吹色のニセ栄養を挟み、目の高さにかかげやした。
つやつやのニセ栄養は、トロン と はじけることなく静止しやした。
人差し指と親指に じょじょに力を込め、二つの指の腹がくっつくほどに圧しつぶしやした。
ニセ栄養は、相変わらず 親指の爪を隠したまま 静かに静止してやした。
つやつやの山吹色の鏡からは、やたらと横長のへんてこな顔が、こちらを見つめてやした。
足元には 餌を貰いなれているらしい鳩が、目前の水面には これも同じであるらしい鴨と鯉が、いつしか あっしを取り巻いてやした。
あっしは、この「本物そっくり生玉子」で ひとつ奴らを騙くらかしてやろうと、何処に放ろうか 指を丸め 勢いをつけ 肩を引きやした。
が、すぐに こんなものに騙されるのは人間だけであることに気づき、拳を下ろしやした。
笑いが 唇の内側からこぼれやした。
遠景の水面が、白くキラキラと きらめいてやした。
左の眉の下に触れると、まだ 腫れは完全には引いていないようでやしたが、けれど あっしは「殴られた人」でも別に構わないと思いやした。
帰ったら まっ先に捨てようと思っていた 蟹田氏からの謎の年賀状も、捨てようが捨てまいが そんなこと自体 どうでもいいように思えてきやした。
「文明」がどうとか「文化」がとうとか どうでもいいように思えてきやした。
のみならず、蟹田氏の存在そのものも もう なんだっていいように思えてきやした。
常にどこかに謎をはらんだあの男と あっしは ほんとうに遭っていたんでやしょうか?
「もうちょっと寄ってーー」
「だめだめ、それじゃあ 湧水が隠れちゃうでしょー」
背後では、声々が ますます弾んでやした。
「これから」 終わり


と ほぼ同時に、ガイドマップとカメラを手にした 初老の四、五人の男女が、声を弾ませながら 「あっ!ここよ」「そうだ、そうだ」と 湧水に近づきやた。
この湧水は、神田川の源流であり 江戸時代には殿様が茶をたて云々という 歴史ある名所に数えられる名水でやす。
しかし、もう随分前に 公園のすぐ脇にマンションが建ったために湧かなくなり、今は 時間を限ってポンプで汲み上げている ということでやした。
この話は、いつか 駅近くで吞んでいて 隣の知らぬ者に聞いたことなので ほんとか嘘かは解りやせんが、後日 深夜に通りかかった時には、確かに 水は しんと 真っ暗な闇一色に ゼリーのように静まりかえってやした。
あっしは背後の感嘆をよそに、ぼんやりと 少ぅしだけぺたんこの池の遠景を眺めやした。
噴水 橋の上をまばらに行き交う人々 池に垂れる未だ茶色の桜の木・・・・・
眼帯のゴムを、右 そして左と外しやした。
この場所なら 誰にもまともに顔を見られずにすみやす。
空に向かって両目を痛いくらいギュッとつむり、そして ゆっくりと 向き直りやした。
左のまぶたは だいぶん開くようになってやした。
噴水 橋上の人 桜木・・・・・
先とは ほんの少ぅしだけ奥行きのある ほんの少ぅしだけ広々とした 三月終わりの井の頭公園がありやした。
両端をひねるように回したあっしは、次の瞬間 思わず「あっっ!」と小さく声をあげ、やや上体を退かせやした。
あっしの腿の間 ねずみ色のらんかんには、どう見ても 生みたての生玉子が あたかも目玉焼きになるのを待つかのように 微かに黄緑色を帯びた透明が、不定形にどろりと広がり、中央には こんもりと 新鮮ですよと主張せんばかりの 山吹色のドームが盛り上がり、しかも その両端には 白いクチュとしたものまで付いてやす。
あっしは、恐る恐る 人差し指で バツグンに栄養のつまっていそうなドームを 軽く圧してみやした。
ドームは 凹み、そして あっしの指の戻るのに合わせて また 何事もなかったように プルンと脹らみやした。
人差し指の腹を 鼻へ近づけやした。
微かに しかし確かに ビニールというかプラスチックというか そんな化学物質の匂いがしやした。
生みたての化学物質を、左手で らんかんの縁に圧し出すようにして 右掌にすくいやした。
左手の人差し指と親指に 山吹色のニセ栄養を挟み、目の高さにかかげやした。
つやつやのニセ栄養は、トロン と はじけることなく静止しやした。
人差し指と親指に じょじょに力を込め、二つの指の腹がくっつくほどに圧しつぶしやした。
ニセ栄養は、相変わらず 親指の爪を隠したまま 静かに静止してやした。
つやつやの山吹色の鏡からは、やたらと横長のへんてこな顔が、こちらを見つめてやした。
足元には 餌を貰いなれているらしい鳩が、目前の水面には これも同じであるらしい鴨と鯉が、いつしか あっしを取り巻いてやした。
あっしは、この「本物そっくり生玉子」で ひとつ奴らを騙くらかしてやろうと、何処に放ろうか 指を丸め 勢いをつけ 肩を引きやした。
が、すぐに こんなものに騙されるのは人間だけであることに気づき、拳を下ろしやした。
笑いが 唇の内側からこぼれやした。
遠景の水面が、白くキラキラと きらめいてやした。
左の眉の下に触れると、まだ 腫れは完全には引いていないようでやしたが、けれど あっしは「殴られた人」でも別に構わないと思いやした。
帰ったら まっ先に捨てようと思っていた 蟹田氏からの謎の年賀状も、捨てようが捨てまいが そんなこと自体 どうでもいいように思えてきやした。
「文明」がどうとか「文化」がとうとか どうでもいいように思えてきやした。
のみならず、蟹田氏の存在そのものも もう なんだっていいように思えてきやした。
常にどこかに謎をはらんだあの男と あっしは ほんとうに遭っていたんでやしょうか?
「もうちょっと寄ってーー」
「だめだめ、それじゃあ 湧水が隠れちゃうでしょー」
背後では、声々が ますます弾んでやした。
「これから」 終わり
タグ:井の頭公園
これから・中 [作文]
まともに職らしい職に就いていないあっしは、平日だろうが土日だろうが 足早に目指す場所があるわけではありやせん。
アパートの玄関の鍵を閉め、しばしの逡巡の後、やはり今日も 吉祥寺の街中を ペタペタと徘徊することにしやした。
眼帯をしていないほうの一つ目玉に映る 西へと延びる井の頭通りは、いつもより少ぅしだけ両側の店々が削られて いつもより少ぅしだけぺたんこでやした。
三十メートルほど先の信号機が、まるで 手の届く所に置かれたミニチュアのようでやす。
吉祥寺駅北口のハモニカ横丁内「ちんらい亭」で お気に入りの油ラーメンをすすり----「いらっしゃーーい」と こちらに向いた店の姐さんは 瞬間 小さく「まぁ!」という顔をしやしたが、「きっと、モノモライにでもなっちゃったのね」と思ってくれたのでやしょう、すぐに いつもの溢れんばかりの笑顔に戻りやした。
そして、プレハブ仮設小屋に 週替わりの 嘘のように安い鞄やら靴下やらを売る 看板もかかげない店の最近目立つアーケードを ひやかし抜けやした。
桜には まだ早うございやしたが、-----あっしが今だ 真冬のいでたちに固めていたからでやしょうか----脳細胞の存在が稀薄に感じられるほどの暖かさに、あっしの足は 自ずと 井の頭公園に向きやした。
丸井の脇から公園への小路は エスニック店やカフェや花屋がひしめき合い、いつだって 祭りのようでやす。
そんな中に ガチャポンの並ぶ一角がありやす。
最近のガチャポンは、子供だましどころか、石膏像のミニチュアや 人体模型の縮小版など 大の大人をも魅了してしまうほどの小さなリアリズムがけっこうありやす。
そんな中、新しく「本物そっくり生玉子」というガチャポンを発見しやした。
しかし、ゆで玉子なら容易に想像のつくものの、果たして いくら近頃のガチャポンが精巧に出来ているからといって 「生玉子」の本物そっくりが可能なものでやしょうか?
まぁ、百円でもありやすし 期待というよりも どれくらいお粗末なシロモノなのか笑い飛ばしてやる といった気持ちで、ポケットから 小銭入れを探り出しやした。
そして、ハンドルを操作し、丸い うす茶色のプラスチックのケースを掌におさめ、また 坂を下りやした。
花見以前の平日の公園は、そこここのベンチの空く 日常の景でやした。
これが あと数日もすると、公園中の桜の木の下は言わずもがな 松の下だろうが杉の下だろうが べかべかの青いビニールシートが びっしりと ジグソーパズルの完成を見るが如くに敷きつめられ、一年分の社会的抑圧の吐露なのか 人間の声かと疑うほどの雄叫びが、夜中 響きわたりやす。
あっしは 両の手に だんごを丸めるように プラスチックのマチエールを確かめながら、狂気寸前の桜下を進み入りやした。
チャチなニセモノの正体への嘲笑を 唇の内側に用意しながら・・・・・
-----続き「これから・下」は、一つ短歌をはさんで4月17日の公開でやす-----


アパートの玄関の鍵を閉め、しばしの逡巡の後、やはり今日も 吉祥寺の街中を ペタペタと徘徊することにしやした。
眼帯をしていないほうの一つ目玉に映る 西へと延びる井の頭通りは、いつもより少ぅしだけ両側の店々が削られて いつもより少ぅしだけぺたんこでやした。
三十メートルほど先の信号機が、まるで 手の届く所に置かれたミニチュアのようでやす。
吉祥寺駅北口のハモニカ横丁内「ちんらい亭」で お気に入りの油ラーメンをすすり----「いらっしゃーーい」と こちらに向いた店の姐さんは 瞬間 小さく「まぁ!」という顔をしやしたが、「きっと、モノモライにでもなっちゃったのね」と思ってくれたのでやしょう、すぐに いつもの溢れんばかりの笑顔に戻りやした。
桜には まだ早うございやしたが、-----あっしが今だ 真冬のいでたちに固めていたからでやしょうか----脳細胞の存在が稀薄に感じられるほどの暖かさに、あっしの足は 自ずと 井の頭公園に向きやした。
丸井の脇から公園への小路は エスニック店やカフェや花屋がひしめき合い、いつだって 祭りのようでやす。
そんな中に ガチャポンの並ぶ一角がありやす。
最近のガチャポンは、子供だましどころか、石膏像のミニチュアや 人体模型の縮小版など 大の大人をも魅了してしまうほどの小さなリアリズムがけっこうありやす。
そんな中、新しく「本物そっくり生玉子」というガチャポンを発見しやした。
しかし、ゆで玉子なら容易に想像のつくものの、果たして いくら近頃のガチャポンが精巧に出来ているからといって 「生玉子」の本物そっくりが可能なものでやしょうか?
まぁ、百円でもありやすし 期待というよりも どれくらいお粗末なシロモノなのか笑い飛ばしてやる といった気持ちで、ポケットから 小銭入れを探り出しやした。
そして、ハンドルを操作し、丸い うす茶色のプラスチックのケースを掌におさめ、また 坂を下りやした。
花見以前の平日の公園は、そこここのベンチの空く 日常の景でやした。
これが あと数日もすると、公園中の桜の木の下は言わずもがな 松の下だろうが杉の下だろうが べかべかの青いビニールシートが びっしりと ジグソーパズルの完成を見るが如くに敷きつめられ、一年分の社会的抑圧の吐露なのか 人間の声かと疑うほどの雄叫びが、夜中 響きわたりやす。
あっしは 両の手に だんごを丸めるように プラスチックのマチエールを確かめながら、狂気寸前の桜下を進み入りやした。
チャチなニセモノの正体への嘲笑を 唇の内側に用意しながら・・・・・
-----続き「これから・下」は、一つ短歌をはさんで4月17日の公開でやす-----
これから・上 [作文]
三月二十七日 土曜日。
別に 気がかりな夢を見た というわけではないんでやすが、目覚めてみると 左のまぶたが重く 開ききりやせんでやした。
そっと 指の腹をやると、明らかに 尋常ではないのが解りやす。
ずるりと ふとんから抜け出し、恐る恐る 洗面所の 歯磨き粉のはねが点々と付く鏡を覗き込んだあっしは、「あっっっ!」 と 大仰な新劇の芝居のように 二、三歩後じさりしてしまいやした。
白い点々の向こうにいるのは、向かって左のまぶたのでろんと腫れあがった どう見ても「殴られた人」でやす。
が ややもして、「ああ、そうでやした・・・」 と、点々越しのアンシンメトリーのへんてこな顔に 軽く息を飛ばしやした。
何の事はないんでやす。
昨夜、風呂で 泡だらけの頭を流そうと 蛇口があるであろうほうに手を伸ばした時、つるりとつんのめり、蛇口に眉毛の下辺りを ぶつけてしまったんでやす。
酔っていた というのもあったのでやしょう。
さほど痛みも感じず、次の瞬間には もう 無意識の動きの流れに戻り、風呂からあがると サッとドライヤーをあて、鏡も見ずに床につきやした。
目が開ききらないほど といっても、こういう類の腫れは じきに----そう 今日の夕方くらいにはおさまるでやしょう。
しかし、何処へゆくにもネズミ色のゴムぞうりのあっしでも、この顔で表に出るわけにはいきやせん。
すれ違う人は 誰もが、「アイツは見るからに弱そうなのに ケンカに挑んで殴られたな、身の程知らずの阿呆めが」 と 腹で笑うに違いないんでやす。
誰かとすれ違うたびに 「いやはや、頭を洗っていて 蛇口に 眉毛の下をぶつけてしまうとは・・・・」 と 独白ではない独白を繰り返したところで、それは 余計に 殴られたことへの弁解としか聞こえやせん。
人間というものは そいう受け取り方をするものでやす。
あっしは、押し入れの奥の救急箱から 幸いに眼帯を発見し、表では今日一日 眼帯の人 でいることにしやした。
押し入れを閉めた時、擦り切れた畳の上 元日以来 壁に立てかけてある 蟹田氏の謎の年賀状が、ツィ とすべりやした。
毎日眺めているうちに この 年賀状ともいえない年賀状の言わんとしていることが 浮かび上がってくるかと思ったんでやす。
まっ青の絵の具の「文明」と真っ赤な絵の具の「文化」が、あっしを真上に見つめやした。
それは、「ぼんぼちぃ、お前、わいが こないにして ばちこーんと新の初めのごあいさつしたったのに なしのつぶてやさかい、おまけに どん底にも あれから一ぺんも顔出しとらんが、そら バチや! バチが当たったんや!!」 と、あお向けに寝っ転がり 両手を頭の後ろに組み 片足首をもう片方の立てた膝に乗せてプラプラさせながら 口の端をひんまげて笑う 蟹田氏そのものでやした。
蟹田氏も 底意地の悪い男でやす。
こんな どう解釈してよいやら まるで煙草の煙を掴むような謎をよこしてきて、返事はおろか 顔を合わせるなど ますますしづらくなるに決まっているじゃあないでやすか!
これから あっしは どうすればいいんでやしょう?
-----否、この年賀状は 届かなかったんでやす。 郵便局のミスで あっしのアパートの郵便受けには入らなかったんでやす-----
あっしは、「そういうことにしようかな」 と思いやした。
そういうことにしておけば、氏とあっしの関係は 皆さんに 「それから・前編・後編」 でお話した 宙ぶらりんのあの日のままで、あっしは ここまで うにょうにょとした訳の解らなさに思いわずらわされ 圧されることもないんでやす。
眼帯の白いゴムを、左 そして右 と 耳へ掛けやした。
やっかいなべかべかの謎を くずかごの真上へつまみ上げやした。
が、落下させるのは 帰ってからでもいいかな と思い、それをまた 畳の上に立てかけ、いつものネズミ色のゴムぞうりに 足をすべらせやした。
-----続き「これから・中」は ひとつ短歌をはさんで 4月11日の公開でやす-----


別に 気がかりな夢を見た というわけではないんでやすが、目覚めてみると 左のまぶたが重く 開ききりやせんでやした。
そっと 指の腹をやると、明らかに 尋常ではないのが解りやす。
ずるりと ふとんから抜け出し、恐る恐る 洗面所の 歯磨き粉のはねが点々と付く鏡を覗き込んだあっしは、「あっっっ!」 と 大仰な新劇の芝居のように 二、三歩後じさりしてしまいやした。
白い点々の向こうにいるのは、向かって左のまぶたのでろんと腫れあがった どう見ても「殴られた人」でやす。
が ややもして、「ああ、そうでやした・・・」 と、点々越しのアンシンメトリーのへんてこな顔に 軽く息を飛ばしやした。
何の事はないんでやす。
昨夜、風呂で 泡だらけの頭を流そうと 蛇口があるであろうほうに手を伸ばした時、つるりとつんのめり、蛇口に眉毛の下辺りを ぶつけてしまったんでやす。
酔っていた というのもあったのでやしょう。
さほど痛みも感じず、次の瞬間には もう 無意識の動きの流れに戻り、風呂からあがると サッとドライヤーをあて、鏡も見ずに床につきやした。
しかし、何処へゆくにもネズミ色のゴムぞうりのあっしでも、この顔で表に出るわけにはいきやせん。
すれ違う人は 誰もが、「アイツは見るからに弱そうなのに ケンカに挑んで殴られたな、身の程知らずの阿呆めが」 と 腹で笑うに違いないんでやす。
誰かとすれ違うたびに 「いやはや、頭を洗っていて 蛇口に 眉毛の下をぶつけてしまうとは・・・・」 と 独白ではない独白を繰り返したところで、それは 余計に 殴られたことへの弁解としか聞こえやせん。
人間というものは そいう受け取り方をするものでやす。
あっしは、押し入れの奥の救急箱から 幸いに眼帯を発見し、表では今日一日 眼帯の人 でいることにしやした。
押し入れを閉めた時、擦り切れた畳の上 元日以来 壁に立てかけてある 蟹田氏の謎の年賀状が、ツィ とすべりやした。
毎日眺めているうちに この 年賀状ともいえない年賀状の言わんとしていることが 浮かび上がってくるかと思ったんでやす。
まっ青の絵の具の「文明」と真っ赤な絵の具の「文化」が、あっしを真上に見つめやした。
それは、「ぼんぼちぃ、お前、わいが こないにして ばちこーんと新の初めのごあいさつしたったのに なしのつぶてやさかい、おまけに どん底にも あれから一ぺんも顔出しとらんが、そら バチや! バチが当たったんや!!」 と、あお向けに寝っ転がり 両手を頭の後ろに組み 片足首をもう片方の立てた膝に乗せてプラプラさせながら 口の端をひんまげて笑う 蟹田氏そのものでやした。
蟹田氏も 底意地の悪い男でやす。
こんな どう解釈してよいやら まるで煙草の煙を掴むような謎をよこしてきて、返事はおろか 顔を合わせるなど ますますしづらくなるに決まっているじゃあないでやすか!
これから あっしは どうすればいいんでやしょう?
-----否、この年賀状は 届かなかったんでやす。 郵便局のミスで あっしのアパートの郵便受けには入らなかったんでやす-----
あっしは、「そういうことにしようかな」 と思いやした。
そういうことにしておけば、氏とあっしの関係は 皆さんに 「それから・前編・後編」 でお話した 宙ぶらりんのあの日のままで、あっしは ここまで うにょうにょとした訳の解らなさに思いわずらわされ 圧されることもないんでやす。
眼帯の白いゴムを、左 そして右 と 耳へ掛けやした。
やっかいなべかべかの謎を くずかごの真上へつまみ上げやした。
が、落下させるのは 帰ってからでもいいかな と思い、それをまた 畳の上に立てかけ、いつものネズミ色のゴムぞうりに 足をすべらせやした。
-----続き「これから・中」は ひとつ短歌をはさんで 4月11日の公開でやす-----