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いきさつ・第九章 [作文]
「So-netブログへ ようこそ ぼんぼちぼちぼちさん」
という 光輝く文字がありやした。
プァップァ-------------ッ!!!!!
「死にてぇのかっ!!」
大型トラックから片肘を突き出した でっぷりと太ったオバチャンが睨んでいやした。
白い顔がパソコンをあっしに投げ渡し、いえ あっしのほうが奪い取ったのかも知れやせん。
気が付くと、あっしは 両腕を交差させノート型パソコンを抱きかかえ、ルノアールや魚民やビッグエコーの入る交差点の西側のビルの前に 息を切らせておりやした。
振り返ると --------------
山高帽の白い顔も 黒子二人も もう何処にも姿はありやせんでやした。
いつもの朝と同じく、車とビジネスマンの群れが行き交っていやす。
その後 -------------
あっしは 何度か挫折しかかりながらも、ようやっと あのジャグラーの如き姿勢を 一日一時間と四十分は維持出来る迄になりやした。
皆さんに 「予告でやす」から本編開始まで 半月以上かかってしまったのは、そんな お恥ずかしい理由によるものでやす。
人生 どういういきさつで 己れのたどり着きたい場所にたどり着けるか、人の数だけあるのかも知れやせん。
キーボードの F12 に 今も挟まったままになっている三角の雪を見つめつつ、そう感ずるあっしでやす。
--------------おしまいでやす---------------


という 光輝く文字がありやした。
プァップァ-------------ッ!!!!!
「死にてぇのかっ!!」
大型トラックから片肘を突き出した でっぷりと太ったオバチャンが睨んでいやした。
白い顔がパソコンをあっしに投げ渡し、いえ あっしのほうが奪い取ったのかも知れやせん。
気が付くと、あっしは 両腕を交差させノート型パソコンを抱きかかえ、ルノアールや魚民やビッグエコーの入る交差点の西側のビルの前に 息を切らせておりやした。
振り返ると --------------
山高帽の白い顔も 黒子二人も もう何処にも姿はありやせんでやした。
いつもの朝と同じく、車とビジネスマンの群れが行き交っていやす。
その後 -------------
あっしは 何度か挫折しかかりながらも、ようやっと あのジャグラーの如き姿勢を 一日一時間と四十分は維持出来る迄になりやした。
皆さんに 「予告でやす」から本編開始まで 半月以上かかってしまったのは、そんな お恥ずかしい理由によるものでやす。
人生 どういういきさつで 己れのたどり着きたい場所にたどり着けるか、人の数だけあるのかも知れやせん。
キーボードの F12 に 今も挟まったままになっている三角の雪を見つめつつ、そう感ずるあっしでやす。
--------------おしまいでやす---------------
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いきさつ・第八章 [作文]
何処で待機していたのか カイザー髭の口の閉じるか閉じぬ内に、黒子が二人 あっしの足元に音も無く走り寄
り しゃがみやした。
まぶしいアスファルトの上に、黒子は黒子である事が 非常に強い存在感を打ち出しておりやした。
向かって右の黒子は 靴みがきに使う時の台を、左側のは あっしのもう片っぽのゴムぞうりを、何か大事な物をささげ持つ様に持ち 片ひざを立てて静止しておりやした。
そして、そのポーズとは裏腹に、互いに 「三角だ!」 「四角だ!」 と、小声で主張し 睨み合っておりやした。
あっしは、「ははぁ、この奇妙な山高帽の白い顔と黒子は、昨夜の割烹と同じ経営下でショーを演る店の従業員で、あっしの忘れ物を届けに来てくれたんでやすな」 と、憶測しやした。
いえ、それ以外 あっしには思いつく理由が無かったので、無理にでもそう己れを納得させ、あっしの今おかれている状況のつじつまを合わせたかった、と言ったほうが正しかったかも知れやせん。
ただ 「三角」と「四角」の意味だけは、かいもく謎でやしたが。
「さあ、どうぞ!」
白い顔に促されるままに、左 そして右とぞうりを履き、いつものあっしが完成しやした。
「おめでとうございます!!」
白い顔が拍手をしやした。
同時に、目の前のその山高帽も見えぬ程の紙吹雪が あっしを包みやした。
いつの間にか黒子二人は、やや離れた所から 長い棒の先に付けたカゴを 「三角だ!」「四角だ!」と、矢張り睨み合いながら揺すっていやす。
「三角」「四角」というのは、どうやら 「三角形の雪のほうが美しく舞う」 「いや、四角形だ」 といった 黒子業界の論法の違いだった様でやす。
いえいえ、あっしに降りかかる雪は、三角も四角も どちらもとても美しく舞っておりやしたよ。
殿様の様にぞうりを履かせてもらった事と、紅白のトリを務めるサブちゃんさながらに紙吹雪に包まれた事に あっしは、単純に緊張がほぐれ、そして 気分が高揚してきやした。
と、唐突に 白い顔は真顔になり
「アナタのやりたい事は何ですか?」
と、あっしの顔を覗き込むのでやす。
あっしは、昨夜の己れの内を読まれた様な気持ちに やや気圧され、しかし同時に その気持ちにくすぐったさを感じつつ、そして 又一方では、こんな妙な奴に理解出来るのか という挑戦的感情を持って、ついぞ誰にも打ち明けた事の無い -------無論、蟹田氏にも------ 本心を答えやした。
「吐露でやす。内なるものの吐露でやす!」
「成程、それは良いですね」
白い顔は トロ を音ですぐ理解出来たと見え、その上 自身に共感するものがあったのか、大きくうなづきやした。
「--------- しかし、キミがそれを知ったところで・・・・・・」
黒子が既に用意していたのか、次の瞬間 白い顔は ノート型パソコンらしき物を左手に抱え、右手でその一部を クルクルと撫で回していやした。
「それを知ったところでどうなるんでやす? それは、パソコンでやしょう」
「ですから、これで 内なるものの吐露をなさるんですよ」
あっしは、馬鹿にしてやがる と思いやした。
こんな機械でもって、あっしの心の奥底の、淀みや 揺らぎや 苔を 伝えられる筈無いでやす、と。
もしかしたら 白い顔は、吐露の意味を間違って解釈しているのではないかしらん、と。
「だいたい、それには マウス という物が生えてないじゃあないでやすか。 パソコンにマウスが生えてる事位、あっしだって知っていやすよ」
こう突っ込んでやりやした。
「マウスのほうが宜しければお付けします」
すると、これも黒子が構えていたのか、即座にノート型パソコンにマウスが生やされ、山高帽の白い顔は、左手にパソコンを抱きかかえたまま 右足を九十度に上げ 右腿の上でマウスをクルクルと回しやした。
まるで、ジャグラーの様でやす!
「先日、デスクトップを購入したので これはもう必要ないのです。 一応、情報は全て消去したつもりなのですが、私は用心深いので オークション等で売って もしもハッカー並みに知識のある人間の手に渡ってしまったら、と思うと不安で仕方が無いのです」
カイザー髭の下から吐かれる言葉は 何が何だかサッパリ解からず、あっしの頭の中は ジャグリングの様にグルグル混乱しやした。
「ですから、私自身の判断する極めて正直なかたへと。 先程は試すような真似をしてしまって 大変失礼しましたが、アナタこそが それに相応しいかただと・・・・・」
あっしにゴムぞうりを選ばせたものは、別にあっしの正直さでは無く 単に あっしにとっての価値基準だったのでやすが。
とにかく、この白い顔は 自身のいらなくなった物を 自身の判断する安心安全な者に譲りたい、という事だけは理解出来やした。
「でやすが、そのパソコンで 吐露 が、本当に可能なのでやしょうか? あっしが表現したいのは・・・・・・」
「勿論! 否、むしろ最適といっていいでしょう」
白い顔は、ジャグラーの姿勢を続けやした。
------------ たとい物理的に可能だったとしても、平衡感覚の鈍いあっしに あんなジャグラーみたいな姿勢が 長時間続けられるものかどうか 自信がありやせんでした。
「ほら!!!」
紙吹雪のいっそうの舞いと共に パソコンの画面が、ぐうっと こちらを向きやした。
「わぁっっっっっ!!!!!」
余りのまぶしさに あっしは、子供向けの芝居の様に 両手の甲で己れの顔をおおいやした。
ゆっくりと手を下ろすと、そこには --------------
---------------次回に続くでやす--------------


まぶしいアスファルトの上に、黒子は黒子である事が 非常に強い存在感を打ち出しておりやした。
向かって右の黒子は 靴みがきに使う時の台を、左側のは あっしのもう片っぽのゴムぞうりを、何か大事な物をささげ持つ様に持ち 片ひざを立てて静止しておりやした。
そして、そのポーズとは裏腹に、互いに 「三角だ!」 「四角だ!」 と、小声で主張し 睨み合っておりやした。
あっしは、「ははぁ、この奇妙な山高帽の白い顔と黒子は、昨夜の割烹と同じ経営下でショーを演る店の従業員で、あっしの忘れ物を届けに来てくれたんでやすな」 と、憶測しやした。
いえ、それ以外 あっしには思いつく理由が無かったので、無理にでもそう己れを納得させ、あっしの今おかれている状況のつじつまを合わせたかった、と言ったほうが正しかったかも知れやせん。
ただ 「三角」と「四角」の意味だけは、かいもく謎でやしたが。
「さあ、どうぞ!」
白い顔に促されるままに、左 そして右とぞうりを履き、いつものあっしが完成しやした。
「おめでとうございます!!」
白い顔が拍手をしやした。
同時に、目の前のその山高帽も見えぬ程の紙吹雪が あっしを包みやした。
いつの間にか黒子二人は、やや離れた所から 長い棒の先に付けたカゴを 「三角だ!」「四角だ!」と、矢張り睨み合いながら揺すっていやす。
「三角」「四角」というのは、どうやら 「三角形の雪のほうが美しく舞う」 「いや、四角形だ」 といった 黒子業界の論法の違いだった様でやす。
いえいえ、あっしに降りかかる雪は、三角も四角も どちらもとても美しく舞っておりやしたよ。
殿様の様にぞうりを履かせてもらった事と、紅白のトリを務めるサブちゃんさながらに紙吹雪に包まれた事に あっしは、単純に緊張がほぐれ、そして 気分が高揚してきやした。
と、唐突に 白い顔は真顔になり
「アナタのやりたい事は何ですか?」
と、あっしの顔を覗き込むのでやす。
あっしは、昨夜の己れの内を読まれた様な気持ちに やや気圧され、しかし同時に その気持ちにくすぐったさを感じつつ、そして 又一方では、こんな妙な奴に理解出来るのか という挑戦的感情を持って、ついぞ誰にも打ち明けた事の無い -------無論、蟹田氏にも------ 本心を答えやした。
「吐露でやす。内なるものの吐露でやす!」
「成程、それは良いですね」
白い顔は トロ を音ですぐ理解出来たと見え、その上 自身に共感するものがあったのか、大きくうなづきやした。
「--------- しかし、キミがそれを知ったところで・・・・・・」
黒子が既に用意していたのか、次の瞬間 白い顔は ノート型パソコンらしき物を左手に抱え、右手でその一部を クルクルと撫で回していやした。
「それを知ったところでどうなるんでやす? それは、パソコンでやしょう」
「ですから、これで 内なるものの吐露をなさるんですよ」
あっしは、馬鹿にしてやがる と思いやした。
こんな機械でもって、あっしの心の奥底の、淀みや 揺らぎや 苔を 伝えられる筈無いでやす、と。
もしかしたら 白い顔は、吐露の意味を間違って解釈しているのではないかしらん、と。
「だいたい、それには マウス という物が生えてないじゃあないでやすか。 パソコンにマウスが生えてる事位、あっしだって知っていやすよ」
こう突っ込んでやりやした。
「マウスのほうが宜しければお付けします」
すると、これも黒子が構えていたのか、即座にノート型パソコンにマウスが生やされ、山高帽の白い顔は、左手にパソコンを抱きかかえたまま 右足を九十度に上げ 右腿の上でマウスをクルクルと回しやした。
まるで、ジャグラーの様でやす!
「先日、デスクトップを購入したので これはもう必要ないのです。 一応、情報は全て消去したつもりなのですが、私は用心深いので オークション等で売って もしもハッカー並みに知識のある人間の手に渡ってしまったら、と思うと不安で仕方が無いのです」
カイザー髭の下から吐かれる言葉は 何が何だかサッパリ解からず、あっしの頭の中は ジャグリングの様にグルグル混乱しやした。
「ですから、私自身の判断する極めて正直なかたへと。 先程は試すような真似をしてしまって 大変失礼しましたが、アナタこそが それに相応しいかただと・・・・・」
あっしにゴムぞうりを選ばせたものは、別にあっしの正直さでは無く 単に あっしにとっての価値基準だったのでやすが。
とにかく、この白い顔は 自身のいらなくなった物を 自身の判断する安心安全な者に譲りたい、という事だけは理解出来やした。
「でやすが、そのパソコンで 吐露 が、本当に可能なのでやしょうか? あっしが表現したいのは・・・・・・」
「勿論! 否、むしろ最適といっていいでしょう」
白い顔は、ジャグラーの姿勢を続けやした。
------------ たとい物理的に可能だったとしても、平衡感覚の鈍いあっしに あんなジャグラーみたいな姿勢が 長時間続けられるものかどうか 自信がありやせんでした。
「ほら!!!」
紙吹雪のいっそうの舞いと共に パソコンの画面が、ぐうっと こちらを向きやした。
「わぁっっっっっ!!!!!」
余りのまぶしさに あっしは、子供向けの芝居の様に 両手の甲で己れの顔をおおいやした。
ゆっくりと手を下ろすと、そこには --------------
---------------次回に続くでやす--------------
いきさつ・第七章 [作文]
息も切れ切れに 気が付くと、あっしは新宿西口ガード下脇 元ショんンベン横丁、現 思い出横丁端の交差点に へたり込んでいやした。
陽は既に高く、濃紺のビジネスマン達が、あっし等 まるで見えていないかの様に 目の前を 足早に行き交っていやす。
あの時 あっしを救ったのは、皮肉な事に あっしのあきらめの心でやした。
「最早、これまで」 と腰が抜けたあっしは、壁に体重をあずけ ずるずると沈みこんでゆきやした。
その時 背中に何やら突起物の様な物があたり、そのまま あっしの背中は それを押し下げたのでやした。
同時に店内は、墨を塗りたくった如く 闇一色となったのでやした。
あきらめの心が己れを救う ------------ 人生には、ままある事かも知れやせんね。
それにしても、あれだけ 割れたガラスの間を走りまわったのに、足の裏に破片一つ刺さらなかったのは 奇跡としか言いようがありやせん。 それと、ウニを踏まなかった事も。
あっしは 歩道の上にあぐらをかき、足裏を撫でまわしやした。
と、青信号の横断歩道の真ん中で、右手に白い靴 左手にはネズミ色のぞうりをはめ、こちらに向かって 大きくゆっくりと 何やら合図を送る者がありやす。
「あっ!」
左手のは、あっしの長年の伴侶 鼻緒の伸び切ったゴムぞうりかも知れやせん。
それにしても、靴とぞうりを手にはいたその者のいでたちといったら、遠目にも 何と奇妙な事でやしょう。
ひよろひょろと やたらに上背があり クモの様に長い手足は、安売り店で求めたツルシのものでやしよう、ありきたりの紺の背広から 思い切りツンツルテンに突き出ていやす。
髪は ぼうぼうに肩より長く、 山高帽をかぶり、 顔は どういう訳か 牛乳の様に真っ白で 口髭をはやしているようでやす。
あっしは、恐る恐る その奇妙極まりない者のほうへ近づきやした。
真っ白なわし鼻の下の ピンと跳ねかせたカイザー髭の一部も うっかり白くなっていやすので、その牛乳色の顔は、どうやら 水白粉かドーランのホワイトを べったりと塗りたくっていると見えやす。
歳は、間近で見ても かいもく解りやせん。
二十代半ばにも見え、又 五十と言われればそうとも思える堂々ぶりでやす。
山高帽の白い顔は、右の靴と左のぞうりを 一旦 手から外し、あっしのほうへ 二つのかかとをキチンと揃えて差出しやした。
「どちらがアナタのものですか?」
あっしは再び、その白い顔を まじまじと見上げやした。
何故ならその声は、西口ガード脇交差点中に うわんうわんと反響していたからでやす。
耳のすぐ上辺りの髪の毛の間から 小さなマイクがチラと見えやした。
「どちらがアナタのものですか?」
あっしは 八ッと気を取り直し、目の前の二つを見つめやした。
右のは、ピカピカの 未だ一度も履かれていないでやしょう、真っ白なエナメルでやす。
左のネズミ色のぞうりは、足の型の黒ずみといい 鼻緒のびろびろに伸びきった様といい、まごう事なくあっしのでやす。
それにしても この白い顔は、何故 あんなどさくさの内に無くしたあっしのぞうりを こうして持っているのでやしょう。おそらく 新宿中を探しまわり やっと裸足の者を発見した という事なのでやしょうが ------------ 今時は、浮浪者でも 靴くらいは履いていやすからね ------------ 又 何故、新品のエナメルの靴との二択を求めるのでやしょうか?
「どちらが・・・・・・・」
優しくも やや強い調子で、滑舌の良い低音は迫りやした。
・・・・・・・・・・・・
もし、新品のエナメルと答えたら 白い顔は、「はい、そうですか」 と、そっちをくれるのでやしょうか。
しかし、いくら値が張ろうと 格好が良かろうと、又 サイズがピッタリであろうと あっしは、白いエナメル靴なぞには からきし興味はありやせん。
貰ったところで、あっしにとっては ただのゴミでやす。
「こっちの・・・・・・この ネズミ色のゴムぞうりでやす」
テカテカ光るカイザー髭の口角がキュッと上がり
「三角!!四角!!」
西口中に響き渡りやした。
--------------次回へ続くでやす---------------


陽は既に高く、濃紺のビジネスマン達が、あっし等 まるで見えていないかの様に 目の前を 足早に行き交っていやす。
あの時 あっしを救ったのは、皮肉な事に あっしのあきらめの心でやした。
「最早、これまで」 と腰が抜けたあっしは、壁に体重をあずけ ずるずると沈みこんでゆきやした。
その時 背中に何やら突起物の様な物があたり、そのまま あっしの背中は それを押し下げたのでやした。
同時に店内は、墨を塗りたくった如く 闇一色となったのでやした。
あきらめの心が己れを救う ------------ 人生には、ままある事かも知れやせんね。
それにしても、あれだけ 割れたガラスの間を走りまわったのに、足の裏に破片一つ刺さらなかったのは 奇跡としか言いようがありやせん。 それと、ウニを踏まなかった事も。
あっしは 歩道の上にあぐらをかき、足裏を撫でまわしやした。
と、青信号の横断歩道の真ん中で、右手に白い靴 左手にはネズミ色のぞうりをはめ、こちらに向かって 大きくゆっくりと 何やら合図を送る者がありやす。
「あっ!」
左手のは、あっしの長年の伴侶 鼻緒の伸び切ったゴムぞうりかも知れやせん。
それにしても、靴とぞうりを手にはいたその者のいでたちといったら、遠目にも 何と奇妙な事でやしょう。
ひよろひょろと やたらに上背があり クモの様に長い手足は、安売り店で求めたツルシのものでやしよう、ありきたりの紺の背広から 思い切りツンツルテンに突き出ていやす。
髪は ぼうぼうに肩より長く、 山高帽をかぶり、 顔は どういう訳か 牛乳の様に真っ白で 口髭をはやしているようでやす。
あっしは、恐る恐る その奇妙極まりない者のほうへ近づきやした。
真っ白なわし鼻の下の ピンと跳ねかせたカイザー髭の一部も うっかり白くなっていやすので、その牛乳色の顔は、どうやら 水白粉かドーランのホワイトを べったりと塗りたくっていると見えやす。
歳は、間近で見ても かいもく解りやせん。
二十代半ばにも見え、又 五十と言われればそうとも思える堂々ぶりでやす。
山高帽の白い顔は、右の靴と左のぞうりを 一旦 手から外し、あっしのほうへ 二つのかかとをキチンと揃えて差出しやした。
「どちらがアナタのものですか?」
あっしは再び、その白い顔を まじまじと見上げやした。
何故ならその声は、西口ガード脇交差点中に うわんうわんと反響していたからでやす。
耳のすぐ上辺りの髪の毛の間から 小さなマイクがチラと見えやした。
「どちらがアナタのものですか?」
あっしは 八ッと気を取り直し、目の前の二つを見つめやした。
右のは、ピカピカの 未だ一度も履かれていないでやしょう、真っ白なエナメルでやす。
左のネズミ色のぞうりは、足の型の黒ずみといい 鼻緒のびろびろに伸びきった様といい、まごう事なくあっしのでやす。
それにしても この白い顔は、何故 あんなどさくさの内に無くしたあっしのぞうりを こうして持っているのでやしょう。おそらく 新宿中を探しまわり やっと裸足の者を発見した という事なのでやしょうが ------------ 今時は、浮浪者でも 靴くらいは履いていやすからね ------------ 又 何故、新品のエナメルの靴との二択を求めるのでやしょうか?
「どちらが・・・・・・・」
優しくも やや強い調子で、滑舌の良い低音は迫りやした。
・・・・・・・・・・・・
もし、新品のエナメルと答えたら 白い顔は、「はい、そうですか」 と、そっちをくれるのでやしょうか。
しかし、いくら値が張ろうと 格好が良かろうと、又 サイズがピッタリであろうと あっしは、白いエナメル靴なぞには からきし興味はありやせん。
貰ったところで、あっしにとっては ただのゴミでやす。
「こっちの・・・・・・この ネズミ色のゴムぞうりでやす」
テカテカ光るカイザー髭の口角がキュッと上がり
「三角!!四角!!」
西口中に響き渡りやした。
--------------次回へ続くでやす---------------
いきさつ・第六章 [作文]
「ひ、ひ、ひぇ------------------------------------------------------------っ!」
小上がりから転げ落ちたあっしには、最早 逃げるしか選択肢が残されていやせんでした。
と、唐突に アニメ 「キャンディ・キャンディ」のテーマ曲の電子音が 鳴り響きやした。
キュウリ男の胸ポケットが、ホタルでも入れているかの様に 点滅していやす。
しかし、男は そんな音など何一つ聞こえていないかと思われる程に クラブを振り上げたまま 土足で 小上がりを駆け越えて来やす。
あっしは、はじかれたビリヤードの玉さながらに 店の中を駆けめぐりやした。
ガシャ-------------------ン!!!
あっしの頭上すれすれに、クラブが打ち込まれやす。
サバやスズキやハマチが、滝に乗って飛び出しやした。
ガシャ-------------------ン!!!
右頬をかすめやした。
ガシャ-------------------ン!!!
今度は、左でやす。
----------最早、これまでか?!
あっしには、やりたい 否 やらなければならない事が、未だ 残されていやす。
それをやらずして、人生に終止符を打つ訳にはいかないのでやす。
人間は誰しも そういった「己れの星」に向かって 突き動かされる様に 歩を進めざるを得ないのでやす。
そして、その「星」にたどり着いた時に 初めて 「人生の帳尻」が合うとでもいうのでやしょうか、ほっと一息ついて 己れの人生をしみじみと振り返る 余裕の如き感慨に 身を置くことが出来るに違いないのでやす。
そこいら中にピチピチと跳ねる魚達をまたぎ走りながら、あっしの頭蓋に そんな思いが駆けめぐりやした。
あっしが未だ、それに着手せずにいた理由は 唯一、その「方法論」を見つけられずにいたのでやす。
その「方法論」が、世の中に存在すれば、の話でやすが。
と、穴子だったのでやしょうか、うっかり長い物の上に足を乗せてしまったあっしは すべり、コの字型のレジの囲いの内側に 体当たりしやした。
パッと振り返ると、ざんばらな髪に 片方のメガネのツルの外れた キュウリ男の勝ち誇った薄笑いが、その荒い鼻息がかかる程に おおいかぶさってきていやした。
キャンディ・キャンディが止まりやした。
ゆっくりと、クラブが 高々と振り上げられやす。
-----------さいなら、蟹田さん!
-----------さいなら、見付けられずにいた方法論!
-----------さいなら、あっしの星!
-------------------次回へ続くでやす-------------------


小上がりから転げ落ちたあっしには、最早 逃げるしか選択肢が残されていやせんでした。
と、唐突に アニメ 「キャンディ・キャンディ」のテーマ曲の電子音が 鳴り響きやした。
キュウリ男の胸ポケットが、ホタルでも入れているかの様に 点滅していやす。
しかし、男は そんな音など何一つ聞こえていないかと思われる程に クラブを振り上げたまま 土足で 小上がりを駆け越えて来やす。
あっしは、はじかれたビリヤードの玉さながらに 店の中を駆けめぐりやした。
ガシャ-------------------ン!!!
あっしの頭上すれすれに、クラブが打ち込まれやす。
サバやスズキやハマチが、滝に乗って飛び出しやした。
ガシャ-------------------ン!!!
右頬をかすめやした。
ガシャ-------------------ン!!!
今度は、左でやす。
----------最早、これまでか?!
あっしには、やりたい 否 やらなければならない事が、未だ 残されていやす。
それをやらずして、人生に終止符を打つ訳にはいかないのでやす。
人間は誰しも そういった「己れの星」に向かって 突き動かされる様に 歩を進めざるを得ないのでやす。
そして、その「星」にたどり着いた時に 初めて 「人生の帳尻」が合うとでもいうのでやしょうか、ほっと一息ついて 己れの人生をしみじみと振り返る 余裕の如き感慨に 身を置くことが出来るに違いないのでやす。
そこいら中にピチピチと跳ねる魚達をまたぎ走りながら、あっしの頭蓋に そんな思いが駆けめぐりやした。
あっしが未だ、それに着手せずにいた理由は 唯一、その「方法論」を見つけられずにいたのでやす。
その「方法論」が、世の中に存在すれば、の話でやすが。
と、穴子だったのでやしょうか、うっかり長い物の上に足を乗せてしまったあっしは すべり、コの字型のレジの囲いの内側に 体当たりしやした。
パッと振り返ると、ざんばらな髪に 片方のメガネのツルの外れた キュウリ男の勝ち誇った薄笑いが、その荒い鼻息がかかる程に おおいかぶさってきていやした。
キャンディ・キャンディが止まりやした。
ゆっくりと、クラブが 高々と振り上げられやす。
-----------さいなら、蟹田さん!
-----------さいなら、見付けられずにいた方法論!
-----------さいなら、あっしの星!
-------------------次回へ続くでやす-------------------
いきさつ・第五章 [作文]
そこには、ゴルフクラブを 「今すぐにでも殴りかかってやるぞ!」 とばかりに構えた男が、ものすごい形相で立っておりやした。
歳の頃は三十代半ばでやしょうか、ブルーのボタンダウンシャツにアイボリーのチノパン、短い髪を七三に分けた 銀縁メガネの 一見 公務員か銀行員、といった風でやす。
日陰になりそこねたキュウリの様なその顔は、元々青白いのか、その精神状態のためか、切ったら真っ青な血が流れるのではないでやしょうか?と思われる程 蒼白でやした。
あっしが瞬時に
「やっぱりこの店は、後で取り立てが来るシステム・・・・」
と、傍白するかしないかの内に、男は
「俺の愛しいマドンナに、酌婦をさせているのはどいつだ!!!」
と、甲高い声で叫び、ママさんを上目使いにチラと見やり、ゴルフクラブを ブンブン力まかせに振り回しやした。
「愛しい」 「マドンナ」 「酌婦」・・・・・・今時こんな台詞を吐く人間がいる事に、恐怖と訳の解らなさの中にも あっしは、ある種の「おかしさ」を感じてしまいやした。
特に 「酌婦」 は、聞いた後の二、三秒後に 「あ、そういう意味でやすか」 と納得した訳で、既に死語となっている熟語は 字面ではすぐ解るものの 音だけでは 前後関係の掴めていない者にとっては 非常に解り辛いものでやす。
キュウリ男の痩せこけた体は、振り回すゴルフクラブの勢いに その度、右に左にと回転し、回転しながらあっしの小上がりの脇を通過し、正面カウンターのまん前で止まりやした。
そして名古屋板長に、真っ直ぐクラブの先を向けやした。
「きさまか?」
「いえ」
板長は、顔色一つ変えずに まな板の上を片付けながら答えやした。
「ならば-----------」
クラブの先は、横の若い板さんに向けられやした。
「いえ」
「ならば----------」
「いえ」
「いえ」
「いえ」
「ならば、きさまだな-------------!」
男はくるりと振り返り、クラブの先をあっしの鼻先に突きつけやした。
指名制自己申告という 余りにも単純な消去法により 悪党と決定付けられてはたまりやせん。
あっしは、単なる一見の客である事を説明しようと
「あ、あ、あ、あっしは・・・・・・・・」
と、ママさんを すがる様な気持ちで見上げると
「そうよっ!この人よっ!! 私をこんな所に売り飛ばしたのは!!!」
と、美しい目を吊り上げて、キッ!と、あっしを指差すのでやす。
「そうだ!こいつだ!」
「こいつだ!」
「こいつだ!」
「こいつだ!」
「こいつだ!」
板さん達も一斉にあっしを指差し、あっしが悪党である事は、多数決という 極めて非論理的で理不尽な方法により 決定付けられてしまいやした。
「やっぱりな、ここに一歩 足を踏み入れた時から きさまだと目星は付いていたんだ!」
「自分が無い」 「他人に流される」 とは、こうこいう人間の事を指すのでやしょう。
男は、振り上げたクラブに じりじりと力を込め、あっしを小上がりの角へ追い詰めやした。
--------------次回に続くでやす--------------


歳の頃は三十代半ばでやしょうか、ブルーのボタンダウンシャツにアイボリーのチノパン、短い髪を七三に分けた 銀縁メガネの 一見 公務員か銀行員、といった風でやす。
日陰になりそこねたキュウリの様なその顔は、元々青白いのか、その精神状態のためか、切ったら真っ青な血が流れるのではないでやしょうか?と思われる程 蒼白でやした。
あっしが瞬時に
「やっぱりこの店は、後で取り立てが来るシステム・・・・」
と、傍白するかしないかの内に、男は
「俺の愛しいマドンナに、酌婦をさせているのはどいつだ!!!」
と、甲高い声で叫び、ママさんを上目使いにチラと見やり、ゴルフクラブを ブンブン力まかせに振り回しやした。
「愛しい」 「マドンナ」 「酌婦」・・・・・・今時こんな台詞を吐く人間がいる事に、恐怖と訳の解らなさの中にも あっしは、ある種の「おかしさ」を感じてしまいやした。
特に 「酌婦」 は、聞いた後の二、三秒後に 「あ、そういう意味でやすか」 と納得した訳で、既に死語となっている熟語は 字面ではすぐ解るものの 音だけでは 前後関係の掴めていない者にとっては 非常に解り辛いものでやす。
キュウリ男の痩せこけた体は、振り回すゴルフクラブの勢いに その度、右に左にと回転し、回転しながらあっしの小上がりの脇を通過し、正面カウンターのまん前で止まりやした。
そして名古屋板長に、真っ直ぐクラブの先を向けやした。
「きさまか?」
「いえ」
板長は、顔色一つ変えずに まな板の上を片付けながら答えやした。
「ならば-----------」
クラブの先は、横の若い板さんに向けられやした。
「いえ」
「ならば----------」
「いえ」
「いえ」
「いえ」
「ならば、きさまだな-------------!」
男はくるりと振り返り、クラブの先をあっしの鼻先に突きつけやした。
指名制自己申告という 余りにも単純な消去法により 悪党と決定付けられてはたまりやせん。
あっしは、単なる一見の客である事を説明しようと
「あ、あ、あ、あっしは・・・・・・・・」
と、ママさんを すがる様な気持ちで見上げると
「そうよっ!この人よっ!! 私をこんな所に売り飛ばしたのは!!!」
と、美しい目を吊り上げて、キッ!と、あっしを指差すのでやす。
「そうだ!こいつだ!」
「こいつだ!」
「こいつだ!」
「こいつだ!」
「こいつだ!」
板さん達も一斉にあっしを指差し、あっしが悪党である事は、多数決という 極めて非論理的で理不尽な方法により 決定付けられてしまいやした。
「やっぱりな、ここに一歩 足を踏み入れた時から きさまだと目星は付いていたんだ!」
「自分が無い」 「他人に流される」 とは、こうこいう人間の事を指すのでやしょう。
男は、振り上げたクラブに じりじりと力を込め、あっしを小上がりの角へ追い詰めやした。
--------------次回に続くでやす--------------
いきさつ・第四章 [作文]
健康保険証を提示し コピーを取られたあっしは、早速 正面のメインの水槽に一番近い小上がりに、かろうじて
片足に引っかかっていたゴムぞうりを脱ぎ捨て 駆け上がりやした。
腹がグーグー鳴っていやした。
あっしは、手と顔を冷たいおしぼりでゴシゴシ拭きながら、既に 水槽前の踏み台に片足を掛け、持ち手の長い網をかまえる若い板さんに
「まずは、鯛と平目を お造りでお願いいたしやす」
と、普段から自腹では まずありつけない二品を注文しやした。
それぞれのテーブルには、白と緑とえんじ色の観葉植物が、どういう仕掛けか ゆらゆらとゆらめいておりやした。
いえ、目をこらすと、ゆらめいているのは、観葉植物の鉢のみならず、白木の店内 ------------ 全てのものが、まるで 水中であるかの如くゆらめいていやした。
多分、あっしが、酔っていたからでやしょう。
毎夜ごと、酔いの底に堕ちてゆくあっしも、こんな酔いかたは初めてでやしたが、それは、先程 頭を打ったせいもあるでやしょう。
いえ、思いもかけぬ吉事の転がり込んだ 心の酔いのせいだったかも知れやせん。
防風とほじそで小粋に化粧をした 鯛のお造りが運ばれると同時に、名古屋板長は ぺらぺらの痩せっぽちになった鯛を 再び水槽へ移し、見事に泳がせてくれやした。
思わず拍手するあっしに合わせて、ママさんも 静かに微笑みながら手をたたいてくれやした。
平目でも同様にしてくれやしたが、すぐ底に張り付き、これは 泳いでいるのかどうか よく解りやせんでした。
ママさんのお酌で飲る熱燗と、透きとおる身のコリコリとした淡い旨みに あっし自身もゆらめきやした。
ママさんは
「飛び魚と太刀魚を焼かせましょうか」
と、サービスをアピールしてくれやしたが、福岡育ちのあっしにとっては、飛び魚と太刀魚は イワシと同じくらい日常的に食していた雑魚なので
「いえ、食べ切れないともったいないでやすから」 と、やんわり上手に断りやした。
「では・・・・・」
ママさんは、伊万里の染付けに乗った赤いものを 平目の横に置きやした。
「これくらいは召しあがれるでしょう」
それは、二つの 茹でた蟹爪でやした。
あっしは必然的に、蟹田氏を思い起こさない訳にはいきやせんでやした。
------------ 蟹田氏は今頃・・・・・・・
先とは別の意味で、あっしは 蟹田氏が急に気の毒な男に思えてきやした。
------------ バリバリと柿ピーを食みつつ、心理の勝利のほうを選ばざるを得ない業の元に生まれた蟹田氏を。
何故、あっしの内に こんな哀れみの感情が沸き出でたかというと、他でもない あっしが今 至福の山頂に立っている -----------ただで 鯛や平目や蟹爪にありつけた幸運 -----------からでやす。
決して、過去の蟹田氏の言動に 今 気付かされたものがあった という訳ではありやせん。
人間なんて、こんなものでやす。
蟹爪の、殻と身の間に 箸を差し入れやした。
その時
「くすぐったいがな」
という蟹田氏の照れ笑いの声が 聞こえてきた様でやした。
が、その声は 無理に明るく振舞っている風でもありやした。
あっしは、蟹爪の爪と爪の間から 店内を キャメラを構える様に覗きやした。
目の輪郭にも似た 紡錘型のフレームを、先ず 左に九十度回転させやした。
フレームはママさんをとらえ、彼女は蟹キャメラに向かって 小首を傾け 揃えた指で 美智子様の様にごあいさつをしてくださいやした。
次に 正面に戻り、板長や若板さん達のニッコリやピースを収め、そのままぐるぐると 右にパンを続けてゆきやした。
ただでさえ、これが現実とは信じかねる程の至福の中にゆらめいていた あっしの覗く蟹フレームの中の世界は、より一層 何か おとぎ話の如き 遠い遠い別世界の様でやした。
そのままキャメラを回し、あっしが真後ろに体をひねった時でやす。
蟹キャメラが、あっしが転がり落ちて来た入り口を捉えると 同時に、そこには -------------
-------------次回に続くでやす---------------


腹がグーグー鳴っていやした。
あっしは、手と顔を冷たいおしぼりでゴシゴシ拭きながら、既に 水槽前の踏み台に片足を掛け、持ち手の長い網をかまえる若い板さんに
「まずは、鯛と平目を お造りでお願いいたしやす」
と、普段から自腹では まずありつけない二品を注文しやした。
それぞれのテーブルには、白と緑とえんじ色の観葉植物が、どういう仕掛けか ゆらゆらとゆらめいておりやした。
いえ、目をこらすと、ゆらめいているのは、観葉植物の鉢のみならず、白木の店内 ------------ 全てのものが、まるで 水中であるかの如くゆらめいていやした。
多分、あっしが、酔っていたからでやしょう。
毎夜ごと、酔いの底に堕ちてゆくあっしも、こんな酔いかたは初めてでやしたが、それは、先程 頭を打ったせいもあるでやしょう。
いえ、思いもかけぬ吉事の転がり込んだ 心の酔いのせいだったかも知れやせん。
防風とほじそで小粋に化粧をした 鯛のお造りが運ばれると同時に、名古屋板長は ぺらぺらの痩せっぽちになった鯛を 再び水槽へ移し、見事に泳がせてくれやした。
思わず拍手するあっしに合わせて、ママさんも 静かに微笑みながら手をたたいてくれやした。
平目でも同様にしてくれやしたが、すぐ底に張り付き、これは 泳いでいるのかどうか よく解りやせんでした。
ママさんのお酌で飲る熱燗と、透きとおる身のコリコリとした淡い旨みに あっし自身もゆらめきやした。
ママさんは
「飛び魚と太刀魚を焼かせましょうか」
と、サービスをアピールしてくれやしたが、福岡育ちのあっしにとっては、飛び魚と太刀魚は イワシと同じくらい日常的に食していた雑魚なので
「いえ、食べ切れないともったいないでやすから」 と、やんわり上手に断りやした。
「では・・・・・」
ママさんは、伊万里の染付けに乗った赤いものを 平目の横に置きやした。
「これくらいは召しあがれるでしょう」
それは、二つの 茹でた蟹爪でやした。
あっしは必然的に、蟹田氏を思い起こさない訳にはいきやせんでやした。
------------ 蟹田氏は今頃・・・・・・・
先とは別の意味で、あっしは 蟹田氏が急に気の毒な男に思えてきやした。
------------ バリバリと柿ピーを食みつつ、心理の勝利のほうを選ばざるを得ない業の元に生まれた蟹田氏を。
何故、あっしの内に こんな哀れみの感情が沸き出でたかというと、他でもない あっしが今 至福の山頂に立っている -----------ただで 鯛や平目や蟹爪にありつけた幸運 -----------からでやす。
決して、過去の蟹田氏の言動に 今 気付かされたものがあった という訳ではありやせん。
人間なんて、こんなものでやす。
蟹爪の、殻と身の間に 箸を差し入れやした。
その時
「くすぐったいがな」
という蟹田氏の照れ笑いの声が 聞こえてきた様でやした。
が、その声は 無理に明るく振舞っている風でもありやした。
あっしは、蟹爪の爪と爪の間から 店内を キャメラを構える様に覗きやした。
目の輪郭にも似た 紡錘型のフレームを、先ず 左に九十度回転させやした。
フレームはママさんをとらえ、彼女は蟹キャメラに向かって 小首を傾け 揃えた指で 美智子様の様にごあいさつをしてくださいやした。
次に 正面に戻り、板長や若板さん達のニッコリやピースを収め、そのままぐるぐると 右にパンを続けてゆきやした。
ただでさえ、これが現実とは信じかねる程の至福の中にゆらめいていた あっしの覗く蟹フレームの中の世界は、より一層 何か おとぎ話の如き 遠い遠い別世界の様でやした。
そのままキャメラを回し、あっしが真後ろに体をひねった時でやす。
蟹キャメラが、あっしが転がり落ちて来た入り口を捉えると 同時に、そこには -------------
-------------次回に続くでやす---------------
いきさつ・第三章 [作文]
一瞬間記憶を失ったあっしは、------------ いえ、それは数時間だったかも知れやせん。
とにかく、頭といい 肘といい ひざといい 尻といい したたか打ちつけたあっしは、真っ暗やみの中に ズキズキ痛むそれらをさすりながら のろのろと 体を起こしにかかりやした。
と、パッ! と目の前がスポットライトを浴びた様にまばゆくなると同時に
「いらっしゃいませ-----------!!!」
勢のいい声に囲まれたのでやした。
「ようこそ、当店をお選び頂き ありがとうございます」
あっしの真正面には それはそれは美しい 生まれてこのかた 未だ一度も陽に当たった事が無いのではないでやしょうか と思われる程の色白の女性 ------------ おそらく ママさんなのでありやしょう ------------ が、黒目勝ちな目で こちらを覗き込みながら 品良く微笑んでおりやした。
ママさんは、------------ これが、新宿の最新流行なのでやしょうか ----------- 黒々とした長い髪の一部を 頭のてっぺんで二つの輪の形に結い、韓国の民族衣装にも似たドレスを ふわふわとまとっておりやした。
見まわすと、あっしがいるのは ------------
人一人がやっと通れる程の間口の店がひしめき合っていた地上からは およそ想像もつかない 十づつの座椅子に囲まれたテーブルを乗せた小上がりが、九つ 島の様に浮かぶ 広々とした店内なのでやした。
そして、壁の三面には、水族館かと見まごう程の大きな水槽がしつらえられ、鯛や 平目や 鯖や ホウボウや 飛び魚や 太刀魚や ウニや 蛸や 烏賊や・・・・・・・それはもう ありとあらゆる海の魚が、重なり ゆきかい きらめいていやした。
水槽の前はカウンターになっており 名古屋章似の板さんが、あっしと目が合うや
「へい! 何でも お好きなものをおっしゃって下さい!」
掌を ポポン!と打ちやした。
両脇に従える 四人の若い板さんも、いっせいに 「どうぞっ!!」とばかりに 水槽に両手を向けやした。
「持ち合わせもカードも無いんでやす」 とは言いづらいあっしは
「あ・・・・・・一寸、間違って・・・・・・・・」
と、何か格好の付く言い訳を とっさに考えやした。
今 思い返すと、本当に間違って転がり落ちたのでやすが。
その時のあっしは 余りにも慌てていた為、その言葉も ママさんや板さん達には 「モゴモゴ・・・・」 としか聞こえなかったかと思いやす。
すると、ママさんが
「当店は、本日 プレオープンでございます。 会員登録をして下さったお客様に限り、本日は 全て無料で提供させて頂きます」
と、軽く会釈しやした。
「えっ・・・・・・いくら飲んでも食べても 後払いでもなく・・・・・・・でやすか?」
「はいっ!!!」
ママさんと板さん達は 満面の笑顔で声をそろえやした。
--------------次回に続くでやす---------------


とにかく、頭といい 肘といい ひざといい 尻といい したたか打ちつけたあっしは、真っ暗やみの中に ズキズキ痛むそれらをさすりながら のろのろと 体を起こしにかかりやした。
と、パッ! と目の前がスポットライトを浴びた様にまばゆくなると同時に
「いらっしゃいませ-----------!!!」
勢のいい声に囲まれたのでやした。
「ようこそ、当店をお選び頂き ありがとうございます」
あっしの真正面には それはそれは美しい 生まれてこのかた 未だ一度も陽に当たった事が無いのではないでやしょうか と思われる程の色白の女性 ------------ おそらく ママさんなのでありやしょう ------------ が、黒目勝ちな目で こちらを覗き込みながら 品良く微笑んでおりやした。
ママさんは、------------ これが、新宿の最新流行なのでやしょうか ----------- 黒々とした長い髪の一部を 頭のてっぺんで二つの輪の形に結い、韓国の民族衣装にも似たドレスを ふわふわとまとっておりやした。
見まわすと、あっしがいるのは ------------
人一人がやっと通れる程の間口の店がひしめき合っていた地上からは およそ想像もつかない 十づつの座椅子に囲まれたテーブルを乗せた小上がりが、九つ 島の様に浮かぶ 広々とした店内なのでやした。
そして、壁の三面には、水族館かと見まごう程の大きな水槽がしつらえられ、鯛や 平目や 鯖や ホウボウや 飛び魚や 太刀魚や ウニや 蛸や 烏賊や・・・・・・・それはもう ありとあらゆる海の魚が、重なり ゆきかい きらめいていやした。
水槽の前はカウンターになっており 名古屋章似の板さんが、あっしと目が合うや
「へい! 何でも お好きなものをおっしゃって下さい!」
掌を ポポン!と打ちやした。
両脇に従える 四人の若い板さんも、いっせいに 「どうぞっ!!」とばかりに 水槽に両手を向けやした。
「持ち合わせもカードも無いんでやす」 とは言いづらいあっしは
「あ・・・・・・一寸、間違って・・・・・・・・」
と、何か格好の付く言い訳を とっさに考えやした。
今 思い返すと、本当に間違って転がり落ちたのでやすが。
その時のあっしは 余りにも慌てていた為、その言葉も ママさんや板さん達には 「モゴモゴ・・・・」 としか聞こえなかったかと思いやす。
すると、ママさんが
「当店は、本日 プレオープンでございます。 会員登録をして下さったお客様に限り、本日は 全て無料で提供させて頂きます」
と、軽く会釈しやした。
「えっ・・・・・・いくら飲んでも食べても 後払いでもなく・・・・・・・でやすか?」
「はいっ!!!」
ママさんと板さん達は 満面の笑顔で声をそろえやした。
--------------次回に続くでやす---------------
いきさつ・第二章 [作文]
あっしは、戦利品の ファミリーマートじか巻きおにぎりの 山頂に飾られたイクラを、舌先で ひとつぶひとつぶ絡め取る様に享楽しながら、要通りから靖国通りへと ゆらゆら歩いておりやした。
「どん底」の飲み代を払ったあっしには、も早 切符を買う小銭すら無く、徒歩で 西荻窪のアパートへ帰るしかないのでやした。
まぁ、これは いつもの事なのでやすが。
蟹田氏は、哀れといえば哀れな男でやす。
ジャンケンに 異常な程の執着を燃やしているものの、その執着ゆえに いつも敗北し、己れの人生に於いての大切なものを切り捨ててゆかざるを得ないのでありやした。
それを切り捨てさせているのは、まぎれも無くこのあっしであり、氏から何かを奪い 勝利の喜びに溺れる為に、あっしは氏と仲良くしている といっても過言では無いのでやした。
人からは 「お人良し」 と失笑されるあっしも、蟹田氏の前にだけは 狡猾な切れ者である己れに酔い、そういう意味で 氏は、あっしにとって 唯一無二の 貴重な存在なのでやした。
表通りの性に合わないあっしは、ネオンと ヘッドライトと 騒音のひしめき合う靖国通りを越え、花園神社の脇道へと入りやした。
しかし------------
ふと、あっしの頭蓋の側面に 「蟹田氏には、全てを見抜かれているのではないでやしょうか?」 という思いがかすめやした。
------------氏は、あっしのこの思惑を何もかも見抜いた上で、負けると承知で 毎度 勝負に付き合ってくれているのではないでやしょうか?
だとしたら、二人の関係に於いての敗者は 言わずもがなあっしでやす。
あっしは、薄暗いゆるやかな坂の小路に立ち止まり、山頂に残った二つぶのイクラを見つめやした。
------------このおにぎりも、あっしへの哀れみに あらかじめ用意されていたのかもしれやせん。
氏は、物理的勝利よりも遥かに高いところに在る 心理という勝利に 今頃、舌鼓を打っているのかも知れやせん。 いや、そうに違いないでやす。
あっしの内に、ふつふつと 氏への憎しみの情がたぎってきやした。
瞬間、このおにぎりを 吐寫物で汚れたアスファルトの上に 叩きつけてやろうかとも考えやしたが、内部にも トロリとしたイクラをたっぷりと秘めているに違いない ファミリーマートじか巻きおにぎりは、あっしの今夜の 代償のきかない 特上ディナーに他ならないのでやした。
次 蟹田氏に逢った時には、「あの時のおにぎりは、食べようとした矢先 汚いものの上に落としてしまいやしたよ。 美味しそうだったのに 残念でやす」 と、大きな落胆の芝居を打つ事にし、朱色に輝く 二つぶの玉を乗せた頂に向かって 思い切り 「あ」 と 口を開けやした。
「邪魔だよ!」
黒いベストに黒い蝶ネクタイの バーテンと思しき中年男が、ジョボジョボと水を吐き出すホースを持って すぐ脇に立っておりやした。
「あっ!すいやせん」
あっしは、慌てて二、三歩退きやした。
と、吐寫物と混じり合ってヌルリとした水が、鼻緒のびろびろに伸びきり すり切れた あっしのネズミ色のゴムぞうりの下にも 既に流れ込んでいたのでやしょう。
あっしは、ツルリとすべり、同時に あっしの特上ディナーは中高く舞いやした。
特上ディナーは、青いホースの二軒隣の 真っ暗な地下への階段へ、「あ」という間無くころがり消えてゆきやした。
それを追うあっしの気持ちは、自ずと あっしの体をも その方へひっぱりこんでゆきやした。
「バチ」というものが世の中に存在するとしたら、正に これは あっしの蟹田氏への感情に対する「バチ」でやしょう。
日頃から信心深さのまるで皆無の 理論派のあっしも、この時ばかりは そう思わない訳にはゆきやせんでやした。
地下階段の最初の一段で ゴムぞうりの脱げかかったあっしの足は、既に 完全にバランスを失っていやした。
「うわぁ---------------------------------------------------っ!!!」
-------------次回に続くでやす--------------


「どん底」の飲み代を払ったあっしには、も早 切符を買う小銭すら無く、徒歩で 西荻窪のアパートへ帰るしかないのでやした。
まぁ、これは いつもの事なのでやすが。
蟹田氏は、哀れといえば哀れな男でやす。
ジャンケンに 異常な程の執着を燃やしているものの、その執着ゆえに いつも敗北し、己れの人生に於いての大切なものを切り捨ててゆかざるを得ないのでありやした。
それを切り捨てさせているのは、まぎれも無くこのあっしであり、氏から何かを奪い 勝利の喜びに溺れる為に、あっしは氏と仲良くしている といっても過言では無いのでやした。
人からは 「お人良し」 と失笑されるあっしも、蟹田氏の前にだけは 狡猾な切れ者である己れに酔い、そういう意味で 氏は、あっしにとって 唯一無二の 貴重な存在なのでやした。
表通りの性に合わないあっしは、ネオンと ヘッドライトと 騒音のひしめき合う靖国通りを越え、花園神社の脇道へと入りやした。
しかし------------
ふと、あっしの頭蓋の側面に 「蟹田氏には、全てを見抜かれているのではないでやしょうか?」 という思いがかすめやした。
------------氏は、あっしのこの思惑を何もかも見抜いた上で、負けると承知で 毎度 勝負に付き合ってくれているのではないでやしょうか?
だとしたら、二人の関係に於いての敗者は 言わずもがなあっしでやす。
あっしは、薄暗いゆるやかな坂の小路に立ち止まり、山頂に残った二つぶのイクラを見つめやした。
------------このおにぎりも、あっしへの哀れみに あらかじめ用意されていたのかもしれやせん。
氏は、物理的勝利よりも遥かに高いところに在る 心理という勝利に 今頃、舌鼓を打っているのかも知れやせん。 いや、そうに違いないでやす。
あっしの内に、ふつふつと 氏への憎しみの情がたぎってきやした。
瞬間、このおにぎりを 吐寫物で汚れたアスファルトの上に 叩きつけてやろうかとも考えやしたが、内部にも トロリとしたイクラをたっぷりと秘めているに違いない ファミリーマートじか巻きおにぎりは、あっしの今夜の 代償のきかない 特上ディナーに他ならないのでやした。
次 蟹田氏に逢った時には、「あの時のおにぎりは、食べようとした矢先 汚いものの上に落としてしまいやしたよ。 美味しそうだったのに 残念でやす」 と、大きな落胆の芝居を打つ事にし、朱色に輝く 二つぶの玉を乗せた頂に向かって 思い切り 「あ」 と 口を開けやした。
「邪魔だよ!」
黒いベストに黒い蝶ネクタイの バーテンと思しき中年男が、ジョボジョボと水を吐き出すホースを持って すぐ脇に立っておりやした。
「あっ!すいやせん」
あっしは、慌てて二、三歩退きやした。
と、吐寫物と混じり合ってヌルリとした水が、鼻緒のびろびろに伸びきり すり切れた あっしのネズミ色のゴムぞうりの下にも 既に流れ込んでいたのでやしょう。
あっしは、ツルリとすべり、同時に あっしの特上ディナーは中高く舞いやした。
特上ディナーは、青いホースの二軒隣の 真っ暗な地下への階段へ、「あ」という間無くころがり消えてゆきやした。
それを追うあっしの気持ちは、自ずと あっしの体をも その方へひっぱりこんでゆきやした。
「バチ」というものが世の中に存在するとしたら、正に これは あっしの蟹田氏への感情に対する「バチ」でやしょう。
日頃から信心深さのまるで皆無の 理論派のあっしも、この時ばかりは そう思わない訳にはゆきやせんでやした。
地下階段の最初の一段で ゴムぞうりの脱げかかったあっしの足は、既に 完全にバランスを失っていやした。
「うわぁ---------------------------------------------------っ!!!」
-------------次回に続くでやす--------------
いきさつ・第一章 [作文]
平成二十一年、九月十八日 金曜日。
新宿東口裏通りにも、しっとりと どこか懐かしさを覚える初秋の暮れかたの匂いは、隙なく流れ込んで来ていやした。
あっしは、共に 現代の裏街道 「アナログ人生」を歩み続ける 唯一の呑み仲間である蟹田氏と、「どん底」という店で、一寸した勝負に興じておりやした。
いえ、勝負といっても、「有刺鉄線を強く握れるか」 とか、「アルミホイールを思い切り噛めるか」 といった類の、酔っ払いのよくやる他愛ない武勇伝の掛け合いをしていたに過ぎやせん。
「金閣寺へは何度行った事があるか勝負」では、蟹田氏は一度 あっしは二度で あっしの楽勝でやした。
と、蟹田氏は
「己れの中での最も古い記憶は幾つや?」
と、既に茹であがった様な真っ赤な顔をややこちらに向け、黒い目をテラと光らせやした。
あっしは、余裕の内に
「三つでやす。東京から福岡に引っ越した日、今日から住むという家の玄関に向かって 父に抱かれて庭を進んだのを憶えておりやすよ」
と、即答しやした。
あっしは、この勝負だけは 未だ誰にも負けた事が無かったものでやすから、「連勝でやす」と、心の中の両の拳に軽く力がこもりやした。
すると、蟹田氏は、「ふふん」と ごつい顎をしゃくり
「わいは、もっと幼い頃の記憶があるで。 これも、わいの勝ちや」
と、ますます テラテラと、その小さな目を光らせるのでやす。
あっしも
「なら、幾つの時で、どの様な状況でか、具体的に聞かせてもらおうじゃないでやすか!」
と、大人気無い感情に つい強い言葉が出てしまいやした。
すると、早くも気圧されたのか
「・・・・・なんや、コワい服 脱いだったの憶えとる。・・・・・・あれは、確か・・・・・・0歳や!産まれてすぐや!!」
蟹田氏は、やたら 瓶ビールを注ぎ足しては飲み 注ぎ足しては飲みし、口の周りを泡で真っ白にしやした。
あっしは、蟹田氏の平たい横顔を、椅子の背もたれに体重をかけ、ぼんやり眺めやした。
記憶とは、捏造されるものでやす。 言葉とは、創作されるものでやす。 歴史とは、書き換えられるものでやす。
しかし、それが 捏造や 創作や 書き換えだと明確に証明出来る術は、大抵の場合 何所にも無いのでやす。
一瞬でも 子供じみた感情に陥ってしまった己れの阿呆さを恥じつつも、蟹田氏だけには負けたくないあっしは、いつもの如く 視覚に於ける数学的勝負の手段を提案しやした。
----------- ジャンケンでやす。
蟹田氏は、いつもの如く 前のめりに乗ってきやした。
「今日は・・・・・」
と、あっしは、昼間 ドンキ・ホーテ歌舞伎町店で五本指ソックス五足組みを求めた折り、衝動買いした 「お得用・柿ピー 小袋三パックサービス」 の、小袋の一つを、己れの冷や酒の前に ペシッ!と放りやした。
「蟹田さんも、何か食べ物をお願いしやす」
「・・・・・しゃーない。これしか無いがな」
氏は、独白めいた調子で ボロボロに破けたボストンバックから、てっぺんをきちんと結わえたレジ袋を取り出し 解きやした。
ファミリーマートの じか巻きおにぎり、しかも イクラでやす!
今日の夜食用にと 大切に取ってあったのでやしょう。
あっしは、心の中の拳に、再び しかも先ほど以上に力がこもりやした。
あっしは、さっきから小腹が空いているものの お茶漬けや 焼きおにぎりを頼むほどの現金は、既に持ち合わせていなかったのでやす。
又、クレジットカード、銀行のカードの類も持たない、いえ 持てる程の身分でも無いのでやす。
蟹田氏は、興奮のためか景気付けのためか よりいっそうビールを意味無くあおり、口の周り中を泡だらけにしながら 大仰に 骨太で毛むくじゃらの腕を振りやした。
「ジャ--------イ ケ----------ン・・・・・・」
------------次回に続くでやす-------------


新宿東口裏通りにも、しっとりと どこか懐かしさを覚える初秋の暮れかたの匂いは、隙なく流れ込んで来ていやした。
あっしは、共に 現代の裏街道 「アナログ人生」を歩み続ける 唯一の呑み仲間である蟹田氏と、「どん底」という店で、一寸した勝負に興じておりやした。
いえ、勝負といっても、「有刺鉄線を強く握れるか」 とか、「アルミホイールを思い切り噛めるか」 といった類の、酔っ払いのよくやる他愛ない武勇伝の掛け合いをしていたに過ぎやせん。
「金閣寺へは何度行った事があるか勝負」では、蟹田氏は一度 あっしは二度で あっしの楽勝でやした。
と、蟹田氏は
「己れの中での最も古い記憶は幾つや?」
と、既に茹であがった様な真っ赤な顔をややこちらに向け、黒い目をテラと光らせやした。
あっしは、余裕の内に
「三つでやす。東京から福岡に引っ越した日、今日から住むという家の玄関に向かって 父に抱かれて庭を進んだのを憶えておりやすよ」
と、即答しやした。
あっしは、この勝負だけは 未だ誰にも負けた事が無かったものでやすから、「連勝でやす」と、心の中の両の拳に軽く力がこもりやした。
すると、蟹田氏は、「ふふん」と ごつい顎をしゃくり
「わいは、もっと幼い頃の記憶があるで。 これも、わいの勝ちや」
と、ますます テラテラと、その小さな目を光らせるのでやす。
あっしも
「なら、幾つの時で、どの様な状況でか、具体的に聞かせてもらおうじゃないでやすか!」
と、大人気無い感情に つい強い言葉が出てしまいやした。
すると、早くも気圧されたのか
「・・・・・なんや、コワい服 脱いだったの憶えとる。・・・・・・あれは、確か・・・・・・0歳や!産まれてすぐや!!」
蟹田氏は、やたら 瓶ビールを注ぎ足しては飲み 注ぎ足しては飲みし、口の周りを泡で真っ白にしやした。
あっしは、蟹田氏の平たい横顔を、椅子の背もたれに体重をかけ、ぼんやり眺めやした。
記憶とは、捏造されるものでやす。 言葉とは、創作されるものでやす。 歴史とは、書き換えられるものでやす。
しかし、それが 捏造や 創作や 書き換えだと明確に証明出来る術は、大抵の場合 何所にも無いのでやす。
一瞬でも 子供じみた感情に陥ってしまった己れの阿呆さを恥じつつも、蟹田氏だけには負けたくないあっしは、いつもの如く 視覚に於ける数学的勝負の手段を提案しやした。
----------- ジャンケンでやす。
蟹田氏は、いつもの如く 前のめりに乗ってきやした。
「今日は・・・・・」
と、あっしは、昼間 ドンキ・ホーテ歌舞伎町店で五本指ソックス五足組みを求めた折り、衝動買いした 「お得用・柿ピー 小袋三パックサービス」 の、小袋の一つを、己れの冷や酒の前に ペシッ!と放りやした。
「蟹田さんも、何か食べ物をお願いしやす」
「・・・・・しゃーない。これしか無いがな」
氏は、独白めいた調子で ボロボロに破けたボストンバックから、てっぺんをきちんと結わえたレジ袋を取り出し 解きやした。
ファミリーマートの じか巻きおにぎり、しかも イクラでやす!
今日の夜食用にと 大切に取ってあったのでやしょう。
あっしは、心の中の拳に、再び しかも先ほど以上に力がこもりやした。
あっしは、さっきから小腹が空いているものの お茶漬けや 焼きおにぎりを頼むほどの現金は、既に持ち合わせていなかったのでやす。
又、クレジットカード、銀行のカードの類も持たない、いえ 持てる程の身分でも無いのでやす。
蟹田氏は、興奮のためか景気付けのためか よりいっそうビールを意味無くあおり、口の周り中を泡だらけにしながら 大仰に 骨太で毛むくじゃらの腕を振りやした。
「ジャ--------イ ケ----------ン・・・・・・」
------------次回に続くでやす-------------