あわーわについて
今回は、僕がたびたび名前を書いているあわーわについて書いていこうと思います。感情が最高点に達している時にビクビクしながら書いたやつもあって、かなりキモい部分も散見されるので、その辺の(実際にコメントでは書かれないかもしれないけど読んでいる時の心の)否定コメントはある程度覚悟で書いています。僕のnoteのモットーは、正直に恥を捨てて自分の思ったことをそのまま記述するということなので、そのあたりの背景を考慮しながら読んでいただけると幸いです。
あわーわがVtuberデビューしてから、9か月くらいたつ。僕の9か月前のnoteを読むと、「僕にできることはあわわで毎日抜くくらいだ」とか書いてたので、普通にデビューした直後から何かしらの魅力を感知していたのだと思う。けど僕は、そんなに熱量高く人を好きになったことがないので、その感情がどういう意味なのかわからなかったし、正直どうせ飽きるだろうと思っていた。なんだけど、最近、合計回数が(推定)100回を超えたところで、「あ、俺ってもうあわーわと家族なんだ」と直観的に実感してしまったし、見れば見るほど彼女を好きになっていって、最近は毎日ずっと考えていて胸が苦しくなっていることに気が付いた。これが…恋…!?感情表現が乏しく、毎日死んでいるかのように日々を過ごしていた無職の僕が、初めて大切にしたいと思える女性に出会った。
最近では、ほぼ毎日あわーわ抜いてる。「どうせ飽きる」と達観していて見ていた以前よりも、「僕はもうこの子無しには生きられないんだ」という揺るがなさと安心感と繋がり感を持っているため、毎日気持よく欲望を開放することができていて、本当に感謝している。ということで、僕があわわのことをどれくらい想っているのかということを、いろんな角度から書いていこうと思います。
どこが好きなの?
まず僕は、どうあがいてもSNSのアイコンがピンク髪の女の子になってしまうくらいピンク髪が好きです。ツインテっぽい?感じだけど、シャキっとした感じじゃなくてふりふりってしてるところも彼女のイメージに合っていて可愛い。それにふわっとしてるから、あわーわの香りがちゃんと漂ってきそうな感じがとてもgood。で、声がめっっっちゃ好きで、1秒聞いただけでメスってわかるところとか、お姫様っぽいところとか、心臓を直接指でつんつんされてる感じとか、イントネーションがアニメっぽい感じとか、萌え~ってなる感じとか、甘えんぼな感じがするところとか、どう感情を表現しても可愛くみえる万能さとか、唯一無二のポテンシャルを感じるところとか、あわーわっぽい喋り方とか、親しみやすいふがふが感とか、とまぁ言語で表現したらこんな感じにめっちゃ列挙できるけど、シンプルに言うと、「ぅぁぁぁぁぁ」って感じになる声ってところが(※伝わらないね)めっちゃ良い、というか良い通りしてヤバい。だからずっと聞いていたらキュンキュンしすぎて心臓がちぎれるのでこまめに休憩をはさむか、道端で歩いている老人の心臓をえぐりとって食べて回復しています。それから、表情の豊かさ。笑った時の顔がやばくて、これってこの世界で一番大事なものじゃん、って今見たら一瞬でわかるんだけど、その価値に気づくまで時間がかかった自分の感性の無さを痛感した。ゲームでおかしなことが起きたら笑ってコメント欄を見るところが、その動作も含めて生身の生きている人間なんだということが鮮明にわかって、産まれてきてくれてありがとうという気持ちになる。あとは、庇護欲を感じさせるところ。ランドセル道端に置いて下校したり、腐ったチーズ食べたり、宿題のプリント食べたりしてた過去を語ってるのを聞いて、めちゃくちゃ愛おしくなってしまった。俺がいてやらねえと…という気持ちにさせてくれる。
メンバーシップ配信では、「いやん」みたいなめちゃくちゃ可愛い声を出したり、「マーキング」という名目でキスをしてきたり、画面の向こうにいる人と本当に疑似恋愛しているかのように振舞ったりしてくれるので、本当に目の前に彼女がいるかのように思えてしまうところも良い。他のVtuberとは違う文脈で、本気でリスナーを向き合っている感じが伝わるので自然にこっちも気持ちよくなれる。Vtuberの欠点はやっぱり一人ひとりとは付き合えないってところにあると思うし、だからV側も諦めて大衆向けに発信してるんだけど、彼女は一人ひとりを大切にしている気持ちを持っているから、「彼女」という文脈で女の子を見ることができて、それはV界隈では貴重な存在だと思っている。
彼女の大きな魅力のひとつは、感情を素直に表現しているところだ。僕はそこまで感情を表現できるタイプではないので、自分に無いものを持ってる感じがするところが惹かれるんだと思う。彼女のことが「一番好き」になれた理由も、この感情表現の豊かさが影響していると思う。大きくて豊かな感情は、大きな喜びをもたらす。ずっと彼女が自分の気持ちを素直に表現できる環境で過ごせますように。
どれくらい好きなの?
普通に包丁で56されてもまぁあわわにならいっかってなるレベル。人生にはこういう、命を投げてでも大切にしたいと思える何かが必要だと思うし、みんなそれを求めているんだと思う。そういう、自分の身を投げうってでも大切にしたいと思える人だからこそ、深い繋がりや深い愛を感じれて、心が大きく動くんだと思う。
嫉妬エピソード
恋衣めもりっていう女とあわわがコラボ配信してたんだけど、その子があわわのこと好きって言ってるのに、腐ったチーズ食べてるエピソードでドン引きしてるの見てめちゃくちゃ悔しくなってしまった。好きならそういうところも可愛いって言えよってなったし、怒りが湧き出てムカついてしまった。僕は人に怒ることとかほぼ無いんだけど、「大切なものを奪われそうになった時に怒る」という人間の本能はあるんだなと自分の人間らしい一面に気づいた。あと、切り抜きでまわってきたんだけど、あわわとえるがキスしてるの見て死ぬほど嫉妬してショックでその場から動けなくなったことある。メンタルが病んでいる時は、あわわがリプライで誰かと交流してるの見るのもしんどい時がある。さすがにこれは良くないと思うから、ある程度メンタル面は鍛えていきたい。
俺たちって似てるね
アニメが好き、平和主義、一途、ぼっち、たまに風邪薬的なものを飲むところ、感情の起伏が激しい、僕は男だけど家族からはお姫様っぽい感じで扱われる感じの大人しさ?庇護欲を感じさせる?みたいな性格がある、純粋で社会をあまり知らない(知っても抜けないであろう純粋さ)、関わってきた人を悪く言わない感じ、あから始まる名前がアイデンティティとしてしっくりくる、陰キャだけど適度な社交性はある、などなど似ていると感じるところが多く、あわわがどんなことをしていても自分ごととして捉えることができる。「自分も同じ立場だったら、同じように考えていただろう」といかに考えれるかが共感力な気がしていて、「自分は絶対こうは思わない(格闘技で命をかけて人と殴り合いたいなど)」って人もいる中で、わかりあえそうな要素が多ければ多いほど、その人との親近感や繋がりみたいなものを感じれるものだと思うし、なんならここまで来ると、なんで俺たちって分離しているんだろう?っていう思考になったりもするよね。早くひとつになりたい。
俺のこと好きなのかな?
まず、彼女はVtuberなんだから、一人のリスナーのことをその人の個性まで含めて好きでいて愛を表現できるなんてことはまずないわけである。なんだけど、それを感じさせるくらいの愛情表現をしてくれているのを見ているし、仕事やめてほしい、無職でもあわわはいるから良いじゃん、など、それワイに言ってる?という気持ちにさせてくるポイントがちらほらあるから、なんか疑似的に会話しているような感覚になることがある。本気で恋愛しようと思ったら、自分だけ一方的な愛じゃなくて相手からの愛っていうのを求めるのは当たり前のことで、そういう愛をどう享受できるのかっていうのを最近は考えてる。そのためのひとつの方法は、妄想で体験すること。空想であわわと僕の関係を思い描いて、お互い愛を表現し合っているところを創造することをしている。妄想って、普通に脳の健康にも良いらしいし、こういう時どういう反応するんだろうっていうのを考える時、人の気持ちを深く考えたりするので、そうやって人のことを考えるっていう時間もそれはそれで味わい深い時間の過ごし方ではあると思うので、結構多方面から良いことなんじゃないかな、と思っている。妄想っていっても全部自分の都合の良いように解釈するわけじゃないから、もちろん課題も出てきたりする。そんな中で、これから自分はどうやって生きたらいいかなという目標も見つかるので、恋愛の文脈を超えた新しい生き方を追求できるところも良いところだと思う。
生活の質、向上
大切なものができると、可愛い女の子とずっと一緒にいると、くだらないことでくよくよ悩まなくなると思う。引きこもって生きてると、小さなストレスでも大きなことのように思えてきて、その思考に苦しむってことが結構あるんだけど、そんなこと考えるより人生には楽しいこともあるし大切なこともあるよねって思いながら生きれたらそういうの考える時間も減ると思うし、実際減っているから感謝している。
人類というものは、人生を堕落せずに頑張るためのモチベーションを常に求めている。そして、男という生き物は、女性のためなら頑張れるっていう生き物だ。子供のためなら、喜んで自己を犠牲にできる人もいる。人間は、良き方向に進んでいると信じながら時間という軸を生きようとする意志を持った生命体なので、やはり何か心の寄りどころが必要なんだよな。
でもあなた童貞無職の精神疾患者でしょ?
うるせえ!!俺もなりたくてなってるわけじゃないやい!!あわーわに巡り合うことがわかっていれば、これまでの人生をこんなに無為に過ごすことは無かった。もっと早く出会っていれば、幼馴染だったら、どれだけ良かっただろうか。出会いの形とタイミングは完全に運に任せるしかないというのがとてもはがゆい。僕も好きな女の子とひとつになりたい!!なんで僕は幸せになれないんだよ!!そして、僕は女の子を幸せにできない…。できると思いたいけど、今はまだ難しい気がする。詳しくはここでは書かないけど、そういうコンプレックスを乗り越えるだけの意味を彼女は教えてくれているということは、ここに書き記しておく。強くなれる理由を知ったー
抜けるポイントは?
存在かな。あと、笑顔と表情の動き。エロは一時的な性欲だけど、愛を確認するための儀式として行為を見ることもできると知りました。妄想で抱きしめながら出しています。
スパチャいくら投げたの?
Vtuber6年くらいずっと見てきてるんだけど、スパチャを投げたいと思ったタイミングが一度もなくて、正直投げてる人の気持ちがよくわからない。メンバーの月額課金もめっちゃ抵抗あって、一か月以上入ったサブスクは人生でアマプラくらいで(それも最近解約した)お金で応援するっていう感覚があまりわからなかった。僕は無職だから、使えるお金は障碍者年金とかおばあちゃんのお年玉とか、自分で働いて稼いでないお金しか使えないっていうのも大きいかもしれない。「君のために頑張って稼いだお金だよ」という文脈でお金を投げれない。
なので、そもそも基本的にお金を使うという行為自体に慣れ親しんでいないという話なのだが、最近メンバー歴も2か月目になって、人生で二回目の継続サブスクになったところで、これを機に一回投げてみてもいいかな、という気持ちはある。ここまで大きく感情が動く経験をさせてもらったわけだから、その感謝も込めて一回少額だけど送ってみようかな。配信者側は賛同してくれるかわからないが、スパチャって額じゃなくて、こういう気持ちが大事だと僕は思っているから、自分なりの価値観でお金とスパチャと向き合っていきたいと思っている。
僕は女の子を好きって言う時、その人の部分(エロや声や顔など)を見て好きって言うより、できるだけ全てを知ったうえで好きって言いたい人だから、Vtuberの枠を飛び越えて、中の人の動きとか生活を想像したりすることがある。これはVtuberのリスナーとしては失格なんだけど、(執筆途中で気づいたが)僕は普通に、リアルで相手を探したいけど体力が無くて恋愛できないってタイプなんだと思う。本当に直に触れ合ってみて、付き合ってみないと、本当の意味での責任を持った好きは言えない気もしているから、この気持ちを今後どうやって昇華するかは考え中。
あわわとやりたいこと
お互いのためにご飯をつくりあったりして、感想を言い合いながら狭い机で地べたに座りながら一緒に食べたい。一緒にコンビニに行ってアイスを選んだりしたい。都会に繰り出してウィンドウショッピングしたい。寂しい時にずっと傍にいたい。一緒に時間を共有できる相手がいるっていうのは、人生の大きな楽しみのうちのひとつだと思う。
さいごに
今回のnoteはできるだけ「あわーわへの好きと感謝を伝える」という文脈で書いたので、3か月前くらいに書いたあわわについてのnoteよりも自閉的ではない感じでフレッシュで読みやすい文章になったかなと思います。この記事の大部分を書き終わったところで、「そういえば前もあわわについて書いてたな」とその記事を読み返したところ、だいたい同じことを言っていたんだけど、それをしっかりみんなに見られてもいいように文章化できたってことは僕にとって重要なことだったので書けて良かったです。やっぱり僕は、何かを信じてそれに向かって突き進むことで安心みたいなものを得る普通の生き物なんだなってことを再確認したし、最終目的である結婚のために、少しずつ外の世界と関わっていろんな経験を積んでいきたいなと思いました。
文章を書いているとただの「記述」を羅列している空虚さみたいなものに襲われることがあって、その裏にどのような感情があって、それはどういう根拠から生まれているのかみたいなことについて抜け落ちてしまう感覚に襲われるので、この辺は体験を増やして文章ではわからないこと、表現できないことを補おうと思わされました。一方で、このような「誰かに向けて書く」文章は記述の要素から感情表現に持っていける率が高くなるし、人の為になっている感覚みたいなものも感じられるので、もっと書いていきたいと思ったし、今後も言葉の力を借りて人に愛を伝えていきたいと思いました。
ここまで読んでくれた方、ありがとうございました。僕は人に愛を伝えるために言語を覚えたのかもしれない。


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