労働判例を読む#635
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今日の労働判例
【慶應義塾(無期転換)事件】(横浜地判R6.3.12労判1317.5)
この事案は、Y大学で第二外国語の授業を担当していた非常勤講師Xが、第二外国語の廃止に伴い更新拒絶された事案です。Xは、雇用が継続している、などと主張しましたが、裁判所はXの請求を否定しました。
1.論点
Yは、任期法7条が適用され、無期転換(労契法18条1項)は5年でなく10年経って可能になる、しかしXは10年経過していない、と主張しました。そのうえで、労契法19条の更新拒絶の有効性のルールに照らして、更新拒絶は有効、と主張しました。
これに対してYは、同法7条の適用はなく(例えば、同条の前提となる同法5条2項・同4項・4条1項1号の適用がない、等)、5年経過で無期転換される(実際、Xは5年以上継続勤務している)、仮にそうでなくても、労契法19条のルールに照らして更新拒絶は無効、と主張しました。
2.大学の教員等の任期に関する法律(任期法)
先に、関連する条文を確認しましょう(一部漢数字を洋数字に変えています)。
第7条 第5条第1項(前条において準用する場合を含む。)の規定による任期の定めがある労働契約を締結した教員等の当該労働契約に係る労働契約法(平成19年法律第128号)第18条第1項の規定の適用については、同項中「五年」とあるのは、「十年」とする。
(後略)
ここで裁判所は、任期法の適用を否定しました。その主な理由は以下のとおりです。このほかにも、細かい論点が議論されていますが、主な①~③は、いずれも同法7条の適用の前提になる条件とされました。
① 任期法5条2項
事前に規則が作成されており、「あらかじめ」が満たされる。
② 同5条4項
イントラなどで規則が閲覧可能であり、「公表」が満たされる。
③ 同4条1項1号
「多様な人材の確保が特に求められる教育研究組織の職に就ける」が満たされる。
・ Xの研究内容(文学作品を通した社会問題の研究)から、人材の流動性が必要である。
・ XはYを研究拠点として研究費を申請し、受領している。その研究費で買ったパソコンで在宅研究している。大学では授業だけだが、Yで研究していると評価できる。
裁判所は、このような検討から、無期転換(労契法18条1項)されない、と判断したのです。
ここで注目されるのは、任期法7条の適法に関し、「有期契約労働者の雇用の安定という労契法18条の趣旨の重要性に鑑みると」、任期法7条などの適用は「慎重に判断されるべきであ(る)」と示している点です。
更新拒絶されかねない不安定な状態が5年から10年に延びる、というこの規定の合理性自体、どのように説明されるのかわからないのですが、少なくとも、教員の立場を不安定にするマイナス面について配慮し、適用範囲を制限的にする、すなわち同条適用のハードルが高くなる、としたのです。
一方で、結果的に同条の適用を肯定しており、ハードルが高くても、Yの対応はこれをクリアするものだった、ということになります。
このように、任期法のルールの解釈と、実際にそれに対応する際に留意すべき点について、参考になる点です。
2.更新拒絶の有効性(労契法19条)
裁判所は、❶更新の期待がない、としたうえで、本当に更新の期待がないのであれば検討する必要はないはずなのですが、❷更新拒絶の合理性がある、と判断しました。理論的に❷の検討が不要だからと言って、実際に訴訟手続きの中で議論された重要な論点について、判断を示さなければ、何のために議論したのだ、ということになるでしょうし、❶❷いずれも結論としてはXの主張を否定する方向で一致しており、両方を検討して記載しても混乱させるものではなく、むしろ判決の説得力を増すことになる、というあたりがその理由でしょうか。
あるいは、最近の裁判例の多くで❶❷を関連付けて検討していることが影響しているかもしれません。それは、❶について、〇か×か、百かゼロか、の二者択一ではなく、❶は程度の問題であり、❶が認められる程度に応じて、❷のハードルも変化する、という相対的な評価がされることが多くなっているからです。つまり、本事案でも❶が完全にゼロとは言えない(表現上は❶を否定していますが)こと、あるいは高裁でゼロとは言えないと評価される可能性が否定できないから、❷も検討しておく、ということかもしれないのです。
❶ 更新の期待(労契法19条1号2号)
ここでは、Xの担当科目は選択科目であり、実際にその科目自体廃止されていて、恒常的ではないこと、更新手続きも形骸化していないこと、非常勤と常勤の間で大きな違いがあること、大学のカリキュラム作成に関しYに大幅な裁量権があること、Xの給与は低額であり、安定的な雇用継続を予定していないこと、Xも他の仕事で収入を得ていたこと、等を、様々な事実に基づいて評価しています。
特に1号と2号を区別せず、一体として「更新の期待」を検討しており、その際、事案に即した事情を整理して議論している点が、「更新の期待」の検討方法について参考になります。
❷ 更新拒絶の合理性(労契法19条本文)
ここでは、大きく3つの理由が示されました。
・ Xの担当科目が廃止されたこと。
・ Yは、Xへの他学部での委嘱も検討したが、それができなかったこと(労使交渉)。
・ Xの授業態度が高圧的で、学生からの評判も悪かったこと(アンケートなど)。
それぞれの理由について、さらに様々な角度から分析がされており、法廷でかなり議論がされた様子がうかがわれます。
また、ここでの3つの論点への整理は、いわゆる「整理解雇の4要素」に倣ったもの、評価できそうです。というのも、「整理解雇の4要素」は、人員削減の必要性、解雇回避の努力、人選の合理性、解雇手続の妥当性、と言われますが、このうちの最初の3つが上記3つの理由(+上記❶)に相当し、最後の解雇手続の妥当性が、上記❶の検討内容のうちの更新手続きが形骸化していないことなどに相当する、と評価できるからです。
さらに、同じ解雇であっても、一般的な解雇は従業員側の能力や意欲、言動などを問題にするのに対し、整理解雇は、経営側の事情(少なくとも、従業員側の事情が主な理由ではない)を問題にするものであって、「整理解雇の4要素」が適用される場合には、その判断も慎重となり、有効とされるためのハードルが高くなるのですが、本事案も、Xの授業態度が問題になっているとはいえ、Xの担当科目の廃止、という経営上の理由が大きな要因となっているからです。
このようにみると、更新拒絶の場面であっても、経営側の事情が問題になる場合には、「整理解雇の4要素」と同様の判断枠組みが応用され、有効性が厳しく判断されることが示された、と評価できそうです。
3.実務上のポイント
任期法については、まだ裁判例も少ないのですが、本判決は、様々な論点を検討としており、任期法に関するルールがより広く議論され、明確になっていくことが期待されます。
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