ベルを送り届けた後、黄昏の館に戻ると、外の訓練場前でベートに話しかけられた。
「…おい、レイ」
「ベート。何だ、恨み言なら聞かないぞ」
「別にそんなんじゃあねえ。あのトマト野郎が弟ってのは本当なのか聞きに来ただけだ」
「事実だ」
「…ッ、そうか…1つ聞きてぇ、あんな雑魚に、テメェは期待してると言いやがったが。俺はあんな情けなく逃げ回るやつが、強くなるとは思えねぇ。何を見てテメェは、そう思った」
…流石に、主人公だからと言えるわけも無い。
とは言え、ベルの強さは冒険者としての資質でも、達人に届くような武の才でもない。どう言ったものか…
「俺は、付き合いが長いからこそ言えるものがあるとしか言えないが……そうだな、実はあの時お前は気付いてなかったが、あの場所にアイツは居たんだ。…だからついカッとなってキレてしまったんだが…馬鹿にされて直ぐに店を飛び出して、どこに行ったと思う?」
「…あぁ?」
「ダンジョンだよ。お陰で死にかけてたが…アイツは、ベルの強さはそこにあるんだ。俺が訓練で何度ぶっ飛ばしても、それで気絶しても、最後にはアイツは立つんだよ。それは、俺の求めてる強さ…いや、何でもない」
「……そうか」
ベートは少し考え込み、そしてそのまま何処かに行ってしまった。
その顔は納得したような、そうでないような…。
「あ、レイー!」
ベートを見送っていると、後ろから凄い勢いで少女が飛んでくる。
Lv5の少女の激突は相応の威力であり、「ぐっ…」声が漏れてしまう。
「ティオナ…流石に不意打ちで突っ込まれると効くんだが」
「えへへ〜」
天真爛漫に笑う少女は、こちらの顔を見ながらながら甘えるように抱き締める力を強めていく。
「…何か用でもあるのか?」
「ちょっとー、約束したじゃ〜ん!遠征終わったら全力で模擬戦してくれるって!」
俺は、定期的にロキ・ファミリアの面々と模擬戦を行う。
戦闘力の増加は、黒龍討伐に繋がるからだ。
しかし、全力でやれば下手すれば死人が出るし、周りへの被害も計り知れない。そういった理由で断ってきたのだが、あまりにもしつこいので了承してしまった。
「正確には、遠征後休養を十分にとったら、だ。しばらく遠征が無いことを前提にしないと、全力で模擬戦なんてダメージがデカすぎてやれないからな…でも良いのか?」
「んー?何が?」
「明日は
「大丈夫!アミッドの所でたっくさんポーション買ってあるから!」
「お前、
「いーのいーの!ほらほら、早く訓練所いこー!」
ティオナは強くレイの腕を引き…引きずっていった。
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「…得物はこれでいいか」
ファミリアの倉庫に放置されてた適当な剣を持ってきた。
多分、バベルの下層で買われたヘファイストス・ファミリアの武器だろう。
ヘファイストスの銘は刻まれていないが、質は上々。剣は軽く、丈夫さも申し分ない。
ティオナは無手。ティオナは対モンスターにおいては高いパワーと重く鋭い武器を振り回す方が効果的であるが、こと対人戦においては、状況によっては無手の方が素早く強い。
「ひっさしぶりだなー!レイと全力で戦うの!」
「あくまで死なない程度に、だけどな」
ティオナはストレッチしながらケラケラと笑う。
見た目はただの可愛い少女であるので気が抜けそうになるが、例えランクに差があっても油断すれば怪我では済まない。何より全力という約束なので、手は抜けない。
「大丈夫だよー!暇だった
「……一応言っておくが、フィン達には内緒でやってんだからな?全力の模擬戦なんて、やる前に止められる」
「あ」
「相変わらず、深く考えないと言うか…」
「うーん…………後で一緒に謝ろ!」
「…まあ、約束だしな」
ティオナのストレッチが終わり、お互い何も言わずに俺は剣を、ティオナは拳を自然に構えた。
数秒の見つめ合いの後、ティオナが正面から突っ込んで来た。
「…いっくぞー!」
膂力の加速から繰り出される蹴り。
レイは剣を持たない腕で最低限の防御をした。
軽く仰け反ったレイに、着地したティオナが拳を打ち込むのを、剣の腹で受け止め、逸らす。
まともに受ければ剣が持たない。防御を誤れば剣が折れ、負けみたいなものだ。
今度はレイが脇腹に蹴りを放つ。
攻撃を逸らされてバランスの崩れていたティオナは、まともな回避も防御も出来ずに蹴りを食らった。
地面を何度もバウンドしながら、何とか姿勢を取り直すティオナに、レイは追撃の為に跳躍し、斬撃を放つ。
初撃を躱されたが、二撃目が命中する。
「いっ……ッ」
三撃目は躱され、今度は反撃の拳が来る。
それを手のひらで受け止め、今度はこちらの反撃。
段々と接近戦のやり取りが加速していく。
剣と拳の衝突音が響く中、遂に両者のの攻撃が同時にまともに入った。
「づぁっ…」
「うっぐ…」
すぐ様レイは手をティオナに向ける。
「“響け”
至近距離で放たれた音塊が、ティオナを吹き飛ばし、壁に叩きつける。
「“響け”
再び創り出された3つの音塊がひとつに纏まり、特大の音塊が生み出される。
「かっ…ふ…」
ティオナはめり込みだ壁から脱出すると、ボロボロの状態で立ち上がる。
「いくぞ」
本来、Lv7による成長した魔力の
そして、三つ音塊を束ねる追加詠唱によって上昇する速度、威力は倍以上。
「…ッグ、まだまだぁッ!!」
ティオナは闘志をむき出しにして、こちらに疾走する。
そこに迎撃して音速の音塊をティオナに放った。
ブォォォォォォン!!
ティオナは防御の姿勢で受けきった。
可能な限り力の
「…驚いた、耐えるとは思ってなかったな……少し、失敗した」
「
「また一段と丈夫になったんだな。悪い、少し甘く見てた」
ティオナは、打たれれば打たれるほど攻撃力が上がり、瀕死に近づくほど強くなる。だから、ティオナを確実に倒すには一気に決める必要があった為、やり過ぎるぐらいの力で戦っていた。
しかし、ティオナと長らく模擬戦が無かったこともあり、ティオナの耐久を…いや、戦闘力を完全に見誤った。
「いっ…くよ…!」
ギラギラと闘志を持った目を向け、ティオナは必殺の拳を構える。
今のティオナの攻撃力は、Lv差を覆し、Lv7の耐久を貫くだろう。
この剣では、どれだけ完璧に受け流してもまず折れる。
「…分かった。俺も、正真正銘全力だ……“
”……クレッシェンド」
もう1つの魔法を発動したレイの周りが、空間が歪むほどの振動を起こす。
両者構えを完全にし、互いの目が合ったその刹那……
「「ウオオオオォッ!!」」
「やめんかぁっ!」
「やり過ぎだ馬鹿者共!!」
お互いが駆け出そうとし、それを妨害された。
ティオナはガレスに後ろから羽交い締め、レイはリヴェリアに杖を向けられ、フィンの槍で進路を塞がれた。
「ンー…訓練所が使用してる気配があると思ったら、君の魔法の音が聴こえてね。遠征明けの誰も訓練しないような時期を態々狙ったね?」
「……前々からの約束だったんでな」
「同じファミリアの者に魔法を放つ者が何処にいる!!死人を出す気か!?」
「ちょっとー!ガレス!離してよぉ!?邪魔しないでー!!」
「落ち着けぃバカ娘……ぬぐっ…力が強いなっ!?どんだけダメージ受けとるんじゃ!」
「…とにかく、ティオナを落ち着かせてからだね」
「ティオナ!もう終わりだ、直ぐに治療するぞ!」
「やーだー!!」
ティオナは駄々っ子のように叫んでガレスの拘束を解こうとするが、意に介さずにガレスが引きずって連れて行き、リヴェリアもそれに着いて行った。
「さて、レイ。申し開きはあるかい?」
フィンは笑顔で聞いてくる。それほど怒っている雰囲気は無く、腹を割って話そう、と言った感じだ。
「無い」
「ンー…もしかして、遠征で温存してあまり戦闘に出さなかったことに不満があったかい?でも君は僕らの最高戦力だからね。あまり迂闊に消耗はさせたくない気持ちも分かって欲しい」
「フィン。さっきも言っただろ、約束だったんだ…向こうからのな」
「おや、ティオナから?」
フィンは大層意外そうな顔をして、少し考え込む。
「まあな。だいぶ前から、全力で戦って欲しいとお願いされてた。あんまりにもしつこいから、遠征後にやってやるって約束しちまった」
「…君なら短期決戦も可能だったんじゃないかい?」
「それじゃあ模擬戦の意味が薄れる…とは言え、ここまでやる気は無かった。しっかり全力でやったんだ俺は。防具や武器に縛りはあれどな。ただ、小手調べから徐々に上げていったら、思いの他ティオナも強くてな。知ってたつもりだったが、強くなってた。決めるつもりで撃った魔法が、ティオナに大きなダメージを与えた上で耐えられたから、俺も後には引けなくなった」
「……さて、仲間の成長を喜べば良いのか、容赦の無さを責めればいいのか…」
「俺が言ったところで向こうは止まらなかったさ。熱意を持ったアマゾネスのぼうそ……情熱的な行動力は知ってるだろ。ましてや双子だぞ
「………ああ、身をもってね。とにかく、しばらく訓練所は使用禁止にして貰うよ。それと、仮に使う場合は二級以上の冒険者を1人を立ち会わせること」
「じゃあ、ラウルだな。チョロそうだ」
「……全く。後で始まるリヴェリアの説教には変な事を言わないでおくれよ?」
「分かってる。……それにしても、何でティオナは俺との戦いに拘るのかね。普段はただの元気な少女なのに、思考がアマゾネスよりになると理解出来ないな」
「ああ、それはきっと……いや、何でもない」
「?」
フィンは何かを言おうとし、途中で口を閉じた。
俺は疑問に思いながらも、ティオナが用意したポーションを取りに歩いた。
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「むぅー……」
良いところで邪魔されてしまった。決着がつきそうだったのに!
ティオナは治療を受けた後、一通り説教されて自室に戻った。
ベットの上で枕に顔を埋めて、足をバタバタと暴れさせる。
「やっぱ、強かったなー」
ステイタスによる強さもそうだが、技、駆け引き、判断力、読みなど、あの数分の戦いでも感じられるほどにレイの凄さは圧倒的だった。
「……んへへ…」
思い返すのはあの魔法。
音による衝撃波は全身に渡って痛みを与えた。
それを、チョット、ほんのチョットだけ嬉しく感じてしまった。
私に全力を向けてくれるあの感じが、癖になりそう……ダメダメ、何か変態みたいだ。
ティオナはその感覚を忘れようと頭をブンブンと振るう。
……掘り起こされるのは、昔の記憶。
レイも私も、まだ第二級冒険者だった頃。
恋する乙女になりたてだったあの日。
『レイ!デートしようよ!』
目をキラキラと輝かせて、ティオナはレイの腕を引いた。
そんなティオナに、レイは面倒くさそうに対応する。
『…これからダンジョンだ』
『えー…いーじゃん!1日ぐらいさ!』
『…はぁ。じゃあ、少しだけ付き合ってやる。ただし、後で模擬戦に付き合え。最近やってくれる奴が少ないんだ』
『いーよ!』
『もし、負けたら…デートでも何でも、幾らでも付き合ってやるよ』
『ホント!?』
『うおっ……お、おう』
過剰に食いついたティオナの反応に、驚いたレイは少し仰け反る。
『約束!約束だからね!』
『分かった分かった…』
『じゃあ、準備してくるから待っててね!ふんふふんふふーん♪』
ティオナ鼻歌交じりに上機嫌な様子で去っていき、レイはそれを困惑しながら見守った。
『負けたら、デートでも何でも付き合ってやる』
『負けたら、幾らでも付き合ってやる』
『負けたら、付き合ってやる』
恋したての乙女なアマゾネスには、正常な脳機能は働かなかった。
この約束から、ティオナは97戦96敗1無効と負け続けている。
然し、アマゾネスの恋は冷めず、しつこく、諦めない。
割と意味不明の変換を挟んで取られた言質。
仮に、ティオナが勝利した時にこの約束を引き出されたら、果たしてどうなってしまうのだろうか……。