「わふわふ!」
「じゃあ、次は『こいぬポケモン』のガーディですけど……アリーゼさん、大丈夫ですか?」
ベルは足元にじゃれついてくるガーディを撫でながら、リューに介抱されているアリーゼに声を掛けた。
「私はもうだめ……『正義』を頼んだわよ、リオン……」
「アリーゼ! しっかりしてください! 傷は浅いです!」
……なにやら小芝居をしていたが、ベルに呼ばれるやいなやアリーゼはすくっと立ち上がり、ベルに駆け寄った。
あっさり置いて行かれたリューが手を伸ばしたまま固まる。
「フフーン! 呼ばれて飛んで来たわよ! 私を呼んだってことは、この子が私のポケモンになるのね! ……わっ! 懐っこい子ね! 可愛くて美しい私にピッタリだわ!」
「わんわん!」
今度はアリーゼにまとわりつくガーディをあやしながら、バチコーンとウインクしていつもの自身満々の口上をたれる。
ここにアストレア・ファミリアの面々がいたら「イラッ☆」というリアクションが返って来ただろうが、この場の眷属は固まって動かないポンコツエルフしかいなかった。
「この子はガーディといって炎を操るのが得意なポケモンです。『もらいび』という、冒険者のスキルに値する特性を持っていて、炎を吸収して炎技の威力を上げられます。アリーゼさんの魔法と相性ばっちりです。向こうの世界では治安を守る職業の人が好んで使っていて、『正義』を司るアストレア・ファミリアに相応しいポケモンだと思います」
「おおお! 凄いわ、ベル! まるで私のためのようなポケモンね! あんな短時間しか話していないのに、ここまで相性の良い子を選んでくれるだなんて……さてはベル、私に惚れたわね!」
またもやバチコーンとウインクしながらの自惚れたセリフに、後ろのリューが信じ切っていた存在に手酷く裏切られたような顔をしていた。
『正義』とはなんだとかいいながら出奔しそう。
そんなリューに気づいた訳ではないが、ベルは曖昧に笑ってアリーゼの発言を流し、代わりに衝撃的な言葉を告げる。
「ちなみにこの子は『テレポート』を覚えられません」
「ええっ!? まさかのうちだけ『テレポート』なし!?」
「だから今から覚えられるようにしますね」
そういってベルが取り出したのは、燃え盛る炎を閉じ込めたかのような黄色い石であった。
慌てるアリーゼを余所に、『ほのおのいし』をガーディにかざす。
その瞬間、ガーディが眩い光に包まれた。
アリーゼが思わず目を細める中、ガーディのシルエットがどんどん大きくなる。
光が収まり切ると、そこにいたのは姿が変わった別のポケモンであった。
「ポケモンの中には進化するものがいます。こんな風に姿が変化して、大概の場合大幅に能力が上がって強くなれます。……とはいえ、進化しないと強くなれない訳じゃないんですけどね。レッドさんのピカチュウとか……」
……ボルテッカーでルギアを一撃で落とされたりしたなあ。弱点とはいえマルスケで実質等倍だったのに。
かつてのトラウマを思い出し遠い目になっていたベルだが、すぐに意識を取り戻して話を続ける。
「えっと、進化方法は千差万別で、この子の場合は『ほのおのいし』を当てると進化します。名前はウインディです」
「ウインディ……! 小さな足で私をいつも追い掛け回していたのに、すっかり大きくなったのね! もう簡単に追いつかれちゃうわ!」
「わふーん」
アリーゼが存在しない記憶を回顧しながら、子犬からもはや猛獣になってしまっても気にも留めずに、ウインディの身体を撫でまわす。
ウインディは見た目の凛々しさにそぐわぬ仕草で、ガーディの時のように撫でられるがままでいた。
「ウインディに進化すれば『テレポート』を覚えることができます。この技マシンを翳して……」
ベルが真ん中に穴が空いた円盤をウインディの頭上にかざすと、一瞬だけバチリと何かが弾けたような音がした。ウインディが軽く身じろぎする。
次の瞬間、ウインディの姿が一瞬で消え去った。
驚く皆がウインディを探して辺りを見渡すと、いつの間にやらリューの背中にのしかかっていた。
「お、重いです……」
「わふ」
リューの文句をどこ吹く風で、ご満悦そうにウインディは一声吠えた。
「なるほど! これが『テレポート』なのね! 姿が全然追えなかったわ。ホントのホントーにワープしているのね! リオンにマウントとってるのは、犬だから序列を決めて下に見ているからかしら? でもまあ、リオンはアストレア・ファミリアの末っ子だもの。下っ端扱いも仕方ないわね!」
「私は下っ端ではない!!」
怒りの妖精が勢いよく立ち上がってウインディを払いのける。しかし、地面に転がり落ちる直前にまたもや姿を消して、今度はアリーゼの傍に戻ってきた。
「凄いわウインディ! カッコいいわよ!」
「わんわふ!」
アリーゼに褒められて、ウインディが嬉しそうに身体を摺り寄せる。その際、リューの方をちらりと見て、勝ち誇ったかのように頬を上げて牙を見せた。
「わ、私はこの駄犬と仲良くできそうにありません……!」
ありえない屈辱に正義の妖精が怒りに震えた。
いつか必ずわからせてやると正義の妖精は決意した。
ウインディに対してマジになっている可愛い眷属に、アストレアは困った笑みを浮かべる。
「そ、それにしても、進化したり、こんな道具でスキルを簡単に覚えられるなんて、つくづく不思議な生き物ね、ポケモンって」
「僕は小さな頃からずっと一緒だったので、当たり前に思ってましたけど、確かに客観的に見たら本当に不思議ですよね」
醜態をさらすリューから目を逸らすために話を振ったアストレアにのって、ベルが同意する。
「ベル、先ほどのラルトスやケーシィも進化できるのか?」
「はい、できますよ。進化するしないは、のちほどポケモンについて詳しく説明しますので、その時にどうするか決めてもらいますね。――でも、この子は進化させないほうがいいかもしれません」
シャクティの質問に答えたベルは、続けて物語に出てくる妖精のようなポケモンを抱き抱えた。
そのポケモンはまるで縫いぐるみのように大人しくベルに抱かれている。
「この子の名前はピッピ。特性は『フレンドガード』。その場にいるだけで味方のダメージを減らす強力な特性を持っていますが、進化してしまうとその特性が変わってしまうんです。相手の強化を無視する『てんねん』も強力なんですけど、オラリオの治安を守るガネーシャ・ファミリアにはこちらの方が合ってるかなと思いまして。……あっ、もちろん強制ではないですよ!」
慌てて手を振って否定するベルに、アーディは笑って許した。
「大丈夫、わかってるわかってる。それに、私気に入っちゃった。皆を守れる力なんて素敵だよね」
「ピピッ!」
そういって指先でピッピをつつく。ピッピはくすぐったそうに身じろぎした。
「確かに守ることに関しては、他の追随を許さないかもしれませんね。攻撃を自分に引き受けたり、両壁張って更に守りを固めたり、味方を回復したり。とにかくサポートが大の得意なんですよ」
「おおー! すごいよ君! ちっちゃい身体にこんな力を持ってるなんて!」
「ピピー……」
アーディがもてはやすと、ピッピは少し照れながらも自慢気にドヤ顔をしてみせた。
さらに拍手して囃し立てると、今度は調子に乗ってふんぞり返り始めてベルの腕から落ちかけた。
慌ててベルにしがみつくピッピを見て、アーディが微笑む。傍で一緒にピッピを眺めていたシャクティに振り向いた。
「ねえ、お姉ちゃん。この子を私のポケモンにしてもいーい?」
「ふむ……。まあ、たしかにお前向きのポケモンではあるな。かまわんぞ」
シャクティはずいぶんとあっさり了承した。
それは姉の優しさでもあり、絶望の未来を見ても他者を案じた妹への敬意でもあった。
――それにきっと、この子は妹の力になってくれる。
なによりもの理由は冒険者としての直観であった。
「やった! ありがとう、お姉ちゃん。これからよろしくね、ピッピ!」
そんな姉の想いも知らず、アーディは無邪気にピッピに抱きついて頬ずりした。
必然的にベルとアーディに挟まれ、ピッピがわたわたと腕を振って助けを求める。
「おっと、ごめんごめん」
いったん抱きつくのをやめ、ピッピをベルから受け取る。
「ピピーッ!」
文句ありげにピッピが鳴いたが、それでも暴れることなく大人しくアーディに抱かれていた。
「よし! お前も今日から
かと思えばガネーシャがいきなり叫びだし、ピッピは仰天して落ちそうになった。笑いながらアーディが支え、シャクティが平謝りする自身の主神に呆れている。
なんだかんだでうまくやれそうなピッピ達を見て一安心したベルは、最後にポケモンを託すことになるアスフィに向き合う。
「お待たせしました、アスフィさん」
「いえ。なかなか面白いものを見せてもらいましたので、退屈せずにすみました。それより、私に託してくれるポケモンは……」
アスフィの視線が、ベルの後ろへ向けられる。
正確にいえば、ベルの後頭部辺りでふよふよ浮いている、とても生物には見えない不思議なポケモンに。
アスフィの視線に気づいたのか、どこか無機質な瞳をアスフィに向けてきた。臆することなく、アスフィは興味深げに見つめ返す。
「ふむ。なんというか……無機物な感じのするポケモンですね。失礼かもしれませんが、一風変わったゴーレムにも見えます」
「アスフィさん、良い勘してますね。この子はポリゴンといって、実は人工的に作られたポケモンなんですよ」
「へえ、向こうの人の子の手で作られたポケモンか。面白いなあ。他の子は卵から産まれたみたいだけど、このポリゴンは作りたてってところかい?」
アスフィの隣で話を聞いていたヘルメスがベルに訊ねる。
肯定が返ってくると思われたが、神の思惑を外れてとんでもない回答が返ってきた。
「いえ。ポリゴンもちゃんと卵から産まれた子ですよ?」
「……………………えっ? 人工ポケモンなんだよな?」
「はい、そうです」
「……そうか! 実は生体パーツで構成されてるから卵を産めたり――」
「身体がプログラムでできていますから、生身なんて一切ありませんね。メタモンってポケモンといっしょにいる時にだけ、卵ができるんですよ」
「マジかあ…………。もうなんでもありだな、ポケモンって」
あんまり深く考えると泥沼に嵌まりそうだと直観したヘルメスは、投げやりに流した。
アスフィも同じ気持ちだよなと見ると、なんだか目を輝かせてベルの話を聞いていた。
「身体がプログラムでできている、ですか。クラネルさん、プログラムとはなんですか?」
「そうですね……どう説明すればいいか難しいんですけど。こう、ポリゴンを動かすための具体的な指示を科学の力で作って、それをいっぱい組み合わせたというか……。意味がずれてるかもしれませんが、魔法を発現するための詠唱みたいなもの……ですかね?」
「なるほど。つまり正しく詠唱すれば魔法が発動するように、プログラムが正しければ正常にポリゴンが活動できる。しかし詠唱をしくじれば暴発するように、プログラムがおかしければポリゴンの活動に支障が出る。そんな考えで間違ってないでしょうか」
「おおー。さすがアスフィさん。呑み込みが早いです」
すっかり適応しきっている眷属に、ヘルメスはこいつ本気で向こうの世界に行きかねないなと危惧した。暗黒期が終われば留学したいと駄々をコネまくる未来が零落した身でもわかる。
そんなヘルメスの懸念を余所に、ベルが不思議な形をした薄い板を取り出した。
「ポリゴンも進化できるポケモンで、このアップグレードを持たせてポケモン交換するとポリゴン2になります。ポリゴン2はとても頼りになるポケモンなんですけど、一つ提案がありまして」
「なんでしょう?」
「アスフィさんは凄い
「……っ!?」
ベルのとんでもない提案に、アスフィが硬直する。
そわそわしながら思わずポリゴンの方を見ると、相も変わらず無機質な目でこちらを見つめていた。
「それは……魅力的な提案でありますが、なにぶんプログラムについて何も知らないので、難しいかと――」
しかし、やりたいけども自信がない。
そんなアスフィの気持ちを見切ったのか、ベルはさらに追撃をしかける。
「このアップグレードは参考にお渡しします。それと、ヘルメス・ファミリアだけこのままだと一匹しかポケモンを譲らないことになってしまいますので、追加でアスフィさんにロトムというポケモンを後日お譲りします。向こうの世界の電子機器に入り込めるポケモンで、予備のスマホに入っているので戦闘能力はありませんが、科学知識も豊富でお喋りもできるのでお役に立てると思いますよ」
「………………」
ベルの誘惑に喉をごくりと鳴らす。
とどめとなったのは
「オラリオ初のリージョンフォームのポケモン、作ってみたくはありませんか?」
「やりましょう」
アスフィはベルとがっちり握手した。眼鏡の奥の瞳が純粋な輝きに満ちていた。
ヘルメスはもうお手上げだといわんばかりに、頬を引きつらせて変な笑い方をしていた。
日頃副団長に無茶ぶりをしまくったツケが返って来たともいう。
ポケモンを譲り渡される光景を見守っていたフィンは、感慨深げに口にした。
「これで、ここにいる全てのファミリアにポケモンが譲られたという訳か。なんだか壮観だね」
リヴェリアに嬉しそうに抱かれているラルトス。
大きく船を漕いで落ちそうになるのをヘディンに支えられているケーシィ。
リューにちょっかい出しながらアリーゼの隣を確保するウインディ。
アーディに高い高いされて何故か得意げな顔をしているピッピ。
アスフィにぺたぺた触られながらもふよふよ浮き続けているポリゴン。
出会って間もないというのに、すっかり冒険者たちに馴染んでしまっている。
向こうの世界では良き隣人と呼ばれるのも納得の光景であった。
「団員たちの説得が大変そうやけどな」
「その辺りを何とかするのが団長の役目さ。……ただ一人、大きな懸念があるが」
「アイズたんかあ……。あの子がポケモンにどんな反応を示すのか、見当もつかんなあ……」
避けられない邂逅に不安を隠せない団長と主神であった。
アイズのモンスターへの憎悪はよく知っている。ポケモンは別世界の生き物で、モンスターとは異なる生命だと説明しても納得するかは全くの未知であった。
たとえ忌避感がなくても、関係なく斬り殺そうとするかもしれない。
その時はどう宥めればよいか頭が痛かった。
そんな風に二人が悩んでいると、突然アルフィアが突拍子もないことを言い出した。
「……そろそろ雑音をとめるとするか」
ぼそりと呟かれた物騒な発言に、周囲の神々と冒険者たちが凍り付く。
騒がしいのが臨界に達して、とうとうキレてしまったのかと戦々恐々とした。
ロイマンは頼むからギルドを壊すのだけは勘弁してくれと祈りを捧げた。
しかし、ロイマンの願いは無常にも叶えられなかった。
「
いつもの超短文詠唱が唱えられ、脅威の音の魔法が放たれる。
主神を庇いつつも防御姿勢をとる冒険者たちであったが、魔法が放たれたのはなにもない壁であった。
応接間の分厚い壁が、当たり前のように粉砕される。
何故壁を急に壊したのだという疑問は、すぐに判明した。
壊した壁の先に、ギルド職員が呆然とした顔で立ち尽くしていた。絶妙な力加減をされたのか、その身に傷は一つとしてない。
「な、なんだ? どうして職員がこんなところにいる?」
「……見てわからんか豚。盗聴されていたのだ」
突然現れた部下に疑問を投げかけるロイマンに、ヘディンが吐き捨てた。その苛立ちは気づけなかった自身へのものも含まれている。
「……『信者』か」
耳飾り型の魔道具を見てオッタルが呟く。
その内容に驚いたリュー達だが、すぐに気を取り直して臨戦態勢をとった。
「な、なぜ気づかれて……?」
「いくら息を潜めようと、私の耳には煩わしい雑音として入ってくる」
ギルド職員、否、『信者』の疑問にアルフィアが理不尽な返答をした。
レベル7の非常識さに足がふらつき座り込んでしまうものの、その瞳は死んではいない。
「…………私はなにも喋らない」
そもそも碌な情報も握っていないのだが、邪神を信奉する矜持から彼女は気丈にも言い切った。
「お、お前! お前ええええええ!! ギ、ギルド職員が!! よりにもよって
間諜が紛れ込んでいた事実に、ロイマンが激高する。五年も勤務し続けておきながら裏切られたのだ。その怒りもひとしおであろう。
「だまれ雑音。消すぞ」
「あっ、はい……」
アルフィアの一言であっという間に消沈した。ロイマンも命は惜しかった。
「喋らない。喋らないか。その気概だけは買ってやる」
ザルドはそういいながらも、その言葉には哀れみが含まれていた。
「まあ、無駄なんだがな」
ザルドが視線をベルに配る。ベルは強く頷き返すと、モンスターボールを二つ、『信者』の前に投げた。
その中から出てきたのは、奇妙なポケモンだった。
「…………桃とクラゲ?」
アーディの言葉通りに、そのポケモンは空に浮いている桃のようなポケモンだった。
身体は桃色だが顔の部分だけは黒く、ジト目のような瞳で『信者』をじっと見つめている。
もう一体もまるで水中に漂うクラゲのように浮いており、白い触手をゆらゆらと揺らしている。
「……ひっ」
その不気味さに『信者』が短い悲鳴を上げた。
「本当はこんなことしたくないんですけど、悪いことをするなら仕方ありませんよね」
二体の不気味なポケモンの間にベルが立つ。
まだ幼さを残す可愛らしさが勝る容貌が、たったこれだけで悪魔のように見えた。
「く、来るな…………来るなああああああ!!」
……『信者』の懇願は無慈悲に踏みにじられる。