疾風に一目惚れするのは間違っているだろうか


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作:如月皐月樹
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21/22 

8:二億ヴァリス


「みんなより早く終わっちゃった。時間も持て余してるし……これからどうしよう。みんなまだ忙しいだろうし」

 

 『竃火の館』で自分にあてがわれた一室。

 ベルはそこで自分のベッドに腰かけていた。

 

 故郷の村でも廃教会の本拠でも自分の部屋というものを貰ったことがないので、ベルはどうすればいいのかわからず、少し戸惑ってしまう。

 

 自分の部屋なので自分の好きなようにしていいのだが、英雄譚が好きという以外に特にこれといった趣味もない。

 英雄譚は部屋の本棚に置き、自分の装備は取り敢えず邪魔にならない場所に置いた。

 その他にあるのはベッドや机などの簡単な日用品だけ。

 

 これから物は増えていくのだろうが、それでも引っ越しの後片付けはすぐに終わってしまった。

 それはきっとリリも同様だろう。

 一時的に泊めさせて貰っていた『星屑の庭』に置いてあった私物は少なく、二人とも一回の移動で運び終わってしまったのだから。

 

 そしてそれはリューもベル達と同様のようだった。

 長年『星屑の庭』で暮らしていたリューではあるが、それでも私物と呼べる物は多くはないらしく、一、二回の往復で引っ越し作業は終わったそうだ。

 といってもリューは一年後には『星屑の庭』に帰るつもりと言っていたので、ある程度は物を残してきたのだそう。

 すぐに作業が終わるのも当然かと思う。

 

「一年……一年かぁ」

 

 そこまで考えてベルは頬を紅潮させる。

 一年と、長いようで短い期間ではあるが、リューと同じ【ファミリア】で過ごすのだ。

 一つ屋根の下、三百六十五日、ほぼ二十四時間、共に暮らすことになったのだ。

 ベルの想い人と共に。

 

「はぁ」

 

 熱っぽい幸せの溜息が出る。

 今になって胸がドキドキと高鳴り始めた。

 

 戦争遊戯の前からそのことは分かってはいたが、いざこうして新しい本拠に移り住み一息つくと、そのことを改めて実感する。

 

 リューと出会ってからおよそ二か月。

 その短期間で弟子になったどころか男女二人で同居(ベルの中から他の団員はすっぽり忘れられている)まですることになるなんてと、先程のように実感もするが、それと同時に現実味も帯びない。

 きっとこれから一緒に過ごしていくうちに、次第に慣れてはいくのだろうが。

 

「夢じゃないんだよね」

 

 あまりに都合が良すぎて夢のようだと思い、自分の頬を思いっきりつねる。

 痛い。夢ではないようだ。

 

「これが『幸運』の発展アビリティの効果なのかぁ? いや、もしそうだったら教会を壊されてなんかないか。やめよう、そういうことを考えるのは」

 

 戦争遊戯のおかげでリューと一緒に住めることになったと、そこまで考えて思考を止める。

 そんな事を考えてしまえば義母に怒られてしまうし、自分にも嫌悪感を抱く。

 なによりも自分の為に一緒になって怒ってくれて、改宗までしてくれたリューに失礼だ。

 

「……でも、一年間ずっと一緒に暮らせるなんて……僕の身体が持つのかなぁ?」

 

 今までも毎日のように会っていたのだから今更のようではあるが、今までとこれからは似ているようで全く違うのだ。

 リューが一緒の本拠に住んでいるのだ。

 きっと今まで見られなかったようなリューの姿も見る事ができるのだ。

 

「例えば……お、お風呂あがり……とか」

 

 乾ききってないしっとりとした美しい長い金髪、温まって少し上気した白い頬、下ろされた髪の隙間から見えるうなじ。

 ちょっと想像しただけでボッと顔を真っ赤にする。

 

 戦争遊戯前に『星屑の庭』に一週間近く泊まらせてもらったが、その時はついぞ見る事が叶わなかった。

 なにせ毎日身体が動かなくなるまで鍛え上げられて、その後は疲労困憊ですぐに寝てしまっていたから。

 だが今はそうではないため、きっといつかはそういう姿を見ることもあるだろう。

 

 色々と嬉しすぎて幸福すぎてしかし恥ずかしさもあって、そんな姿を直接見てしまうことになる自分の身体がそれに耐えられるのか不安になる。

 

「そ、それに……朝起きて最初に見る顔が、りゅ、リューさんだったりするだろうし……そうなるだろうし……」

 

 朝起きたらおはようの挨拶をして、庭で朝稽古をしてもらい、朝ごはんを一緒に食べる。

 その後はきっとそのまま一緒にダンジョンに行って、探索が終われば一緒に帰ってくる。

 帰ってきたら夕飯を食べて、お風呂に入っておやすみなさいと言って就寝する。

 ダンジョンに行かない日には一緒に買い物なんかにも行くだろう。

 

 そんな日常を毎日繰り返すのだ。

 きっとその日常の中ではあんなことやこんなことも……。

 

「……お義母さんが出てきたからやめておこう」

 

 色々と変な妄想をしていたら、背中からゴゴゴという効果音が鳴っていそうな義母の姿が脳裏をよぎった。

 ベルだって十四歳のお年頃の少年。

 好きな人と一緒に暮らせることになって、少々お花畑過ぎる脳内であった。

 そういうことを考えてしまうのは仕方がないとはいえ、あの義母はそれを許さないだろう。

 

「お義母さんといえば……もうすぐオラリオに来れるって手紙にあったし。またお義母さんと一緒に暮らせるのも嬉しいな」

 

 もうすぐというのが具体的にどの程度の日数かは分からないそうだが、恐らくはアポロンへの拷問が終わってからだろう。

 オラリオから去ったにも関わらず、こんなところでベルが義母と再会する時期を遅らせるような真似をするとは。

 アポロン許すまじ。そのまま天界に送還されてしまえ。

 

「都市外にいる強力なモンスターをもう少しで倒せそうってあったし。お義母さんが苦労するぐらいだから、かなりヤバイモンスターなんだろうけど……多分アポロン様達にも付き合わせるんだろうなぁ。それが罰の一つだろうし」

 

 義母からの手紙にはベルのオラリオでの日々に関する感想や、義母の現状が綴られていた。

 やはりというか、ベルの異常なステイタスやたったの一か月半でランクアップしたことには、流石の義母も驚いたようだ。

 しかし同時に喜んでもくれていて、手紙越しとはいえ褒めてもらえたことはとても嬉しかった。

 まあこんな真似をしてしまったので、もっと早く次のランクアップができるだろうとか、後が恐いようなことも書いてあったが。

 

「お義母さんがオラリオに来たら、きっと今までの修行が可愛く思えるぐらいのことをされるんだろうな……」

 

 その未来を想像し、ベルはブルッと体を震わせる。

 村にいた頃は義母と一対一での修行だった。

 それでも『最後の英雄』になるんだと思い、耐えてみせた。

 だが今は以前ベルと同じようなことをされていたリュー達がいる。

 

「……うん。リューさん達が一緒なら、全然耐えられるよね。どうせお義母さんのことだから、全員纏めて鍛えてやるとか言うんだろうし」

 

 そうなったらなったで余計にキツイ内容になりそうだが、それでも鍛錬(ごうもん)仲間が一緒にいるというのは心強い。

 

「……ん? 何だか外が騒がしいような」

 

 と、そんなことを考えていたら、なにやら『竃火の館』の外から賑やかな声が聞こえてきた。

 気になったので外に出ようとベッドから立ち上がったところで、コンコンと扉がノックされる。

 

「クラネルさん、ヘスティア様が貴方のことを呼んでいますよ」

 

「え、リューさん? 今開けますね」

 

 自室の扉を開けると、部屋着姿のリューがなにやら一枚の羊皮紙を片手に扉の前に立っていた。

 

「神様が僕を呼んでいるんですか?」

 

「はい。どうやら外が騒がしくなっていることと関係があるようで、【ファミリア】の団員全員に集まって欲しいそうです」

 

「そうなんですね。ちょうど外の様子が気になって見に行こうとしていたところです。リューさんも一緒に行きましょう」

 

「そうですね」

 

 部屋を出てリューと横に並び、一緒にヘスティアが待っているという玄関口まで歩いて行く。

 二人が着いた時には既に他の三人も集まっていた。

 命はなにやら若干体から湯気のようなものを立ち昇らせており、どうしても我慢できずに朝からお風呂にでも入っていたのだろう。

 

「ヘスティア様、いきなり呼び出してどうされたのですか? リリやベル様、リュー様なんかはともかく、ヴェルフ様と命様はまだ片付けが終わってませんよ?」

 

「それについてはすまないね、ヴェルフ君、命君。ちょっと急用でね」

 

「いえ、急いで片付けなければならないものはもうありませんし。自分は問題ありません、ヘスティア様」

 

「俺もだな。もう少しで工房の整理が終わるところでしたから、ヘスティア様」

 

「そうだったんだね。それでもすまなかったね」

 

「えっと、それで神様。いったい何の用事なんですか?」

 

「そうですねヘスティア様。私も気になります。これのことも含めて」

 

 ベルとリューが揃ってヘスティアに何事なのかを聞く。

 リューはなにやら他にも知りたいことがあるようだが、ヘスティアはそれには答えず今優先するべきことの方に答えた。

 

「えっとね、実は新しい団員の募集をかけたんだ。ギルドの掲示板とかに貼ってもらってね」

 

「新しい団員の募集、ですか?」

 

 ヘスティアの言葉をベルが繰り返し、他のメンバーの顔を見る。

 リリ、ヴェルフ、命は納得といった模様。

 リューはというとやっぱり相変わらずの無表情。

 ただどこか残念そうで、しょんぼりしているようにベルには見えた。

 どうしたんだろうとベルは思うも、ヘスティアは詳しい事情を説明してくれた。

 

「そうだぜベル君。あれだけ戦争遊戯で派手に名前を売ったんだ。今なら新しい子供も来てくれると思ってね。今『竃火の館』の外に集まってくれてるのがそうなんだ」

 

「なるほど。それで外が騒がしかったんですね」

 

 そういえば、今朝ダフネとカサンドラが忘れていった枕を取りに来た時、気になることを言っていたなと思い出すベル。

 「また後でね」とはこういう意味だったのかと、一人納得した。

 そしてヘスティアは「ああ」と頷き、全員を集めた理由を話す。

 

「それで君達に集まってもらった理由なんだけど、君達にも新しく入ってくる子を見極めて欲しいんだ。勿論ボクも見るんだけど、相性の悪い子が入って来て嫌な思いをするのは君達も嫌だろう?」

 

「そうですねヘスティア様。リリなんかは特に。ベル様達以外の冒険者は未だに嫌いですから」

 

「リリルカ君ならそう言うと思ったよ。それで、ヴェルフ君と命君は大丈夫みたいだけど、ベル君とリリルカ君、リオン君は今、時間は大丈夫かい? 外の様子を見るに、結構時間がかかりそうだしね」

 

 確かに館の中まで騒がしい声が少し聞こえてきたのだ。

 かなりの入団希望者が集まっているのだろうから、それを見るのには時間がかかる。

 ヘスティアの確認にベルは頷いた。

 

「はい、大丈夫ですよ神様。ちょうど時間を持て余してましたから」

 

「リリも大丈夫です、ヘスティア様」

 

「……私も問題ありませんよ、ヘスティア様」

 

 リューだけなんだか間を空けたのが気になるが、ヘスティアは気にせず玄関の扉を開けた。

 

「それじゃこれから入団試験だ。試験といっても少し話をするだけだけどね。それだけでボクはだいたい子供の性根を見抜けるから」

 

 そう言って主神含めて六人で外に出る。

 館の門の前は凄い数の冒険者、または冒険者希望の人だかりができていた。

 

「す、凄い人の数ですね」

 

「……そうですね。これだけの数と話をするのは骨が折れそうです」

 

「いや~、今までが何だったんだってぐらいの数だね。よしっ、ボクはちょっと掛け声でもかけてくるよ」

 

 ベルとリューがあまりの入団希望者の数に驚き、ヘスティアは嬉しそうに口角を上げる。

 そして言うが早いがヘスティアは館の門を開けて冒険者を玄関前に案内し、変な掛け声を始めた。

 何回か掛け声をし、さあ入団試験を始めようというところで、なんだか意を決した様子のリューが口を開く。

 

「あの、ヘスティア様。今、少しだけお聞きしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」

 

「ん? なんだいリオン君? もしかしてその羊皮紙についてかい?」

 

「はい、ヘスティア様。なぜヘスティア様の名義で()()()()()()()()()なる羊皮紙があるのですか?」

 

 そうリューが言った途端だった。

 さっきまで掛け声をして盛り上がっていた入団希望者達の熱い空気が、サーっと冷えていく。

 

「……カサンドラ。やっぱりやめておきましょう」

 

「え!? ダフネちゃん!? ダフネちゃんから言い出したことなのに!?」

 

 やっぱり来ていたのか、ダフネとカサンドラがそんなことを言ってその場から去っていく。戦争遊戯の時のように、ダフネはカサンドラを引っ張っていった。

 それをきっかけにして続々と他の人達もその場から去っていき、結局は人っ子一人残らなかった。

 さっきまで自分も盛り上がっていたヘスティアはその光景を見てワナワナと震え出し、そして怒声をリューに浴びせかける。

 

「なっ、ななな、なんてことしてくれるんだリオン君!! あれだけいた入団希望者が全員いなくなってしまったじゃないか!?」

 

「ですがヘスティア様。これだけ重要なことを隠して新しい団員を引き入れるというのは、彼等に対して少々不義理なのでは? 少なくとも私ならそのような真似はいたしません」

 

「だとしてもだよ!! 今この場で言う必要なんてなかったじゃないか!!」

 

「寧ろいつこのようなことを伝えるのですか? 毎回聞いていてはキリがありませんし、纏めて伝えてしまった方が合理的だと思ったのですが。あれだけの数でしたし」

 

「だああー!! やっぱり君は頑固だね!! 融通も利かないし!! ポンコツエルフだなんて呼ばれてたのにも納得だよ!!」

 

「頑固なのはもう認めますヘスティア様。ですが、私はポンコツではありません」

 

「……二億、ヴァリス」

 

 そこでベルはそれだけの金額がするものに心当たりがあったことを思い出す。

 そう、高品質な魔導書と同じぐらいの金額がするのではないかと思っていた、あの黒いナイフ。

 ヘスティアがお金は気にしなくていいと、義母の資産に頼る真似はしないと、そう言って渡してくれた黒いナイフ。

 今だって、怪物祭の一件の後から、常に護身用の武器として身に着けている、あの黒いナイフ。

 ズシリと、腰のあたりに身に着けているそのナイフが、重くなったような気がした。

 

「ふあぁ……」

 

 あまりの金額の高さにベルはふらっと眩暈がして気を失った。

 義母から生活費としてもらっていたお金がはした金だと思えてしまうような、それだけの金額だったから。

 

「く、クラネルさん!? しっかりしてくださいクラネルさん!?」

 

 そんな師匠の慌てる声はもう弟子には届いていない。

 ベルの身体を支え、なにやらペシペシとリューがベルの頬を叩く光景が、しばらくその場で続いたそうな。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

「二億……二億ですってよ、リューさん」

 

「そ、そうですね、クラネルさん。確かに新人の冒険者が持つ武器としては高すぎる気もしますが……」

 

「高すぎどころじゃないですよ。分不相応なまでありますって。リューさんの武器だって結構高そうですけど……僕のよりかは安いですよね?」

 

「え、ええ。私のアルヴス・ルミナはだいたい二、三千万ヴァリスぐらいでしたか」

 

「それでもかなりいい武器なのに……いったい何等級の武器なんでしょう、僕のナイフ。第一等級だとは思いますけど……」

 

「これからクロッゾさんに教えて貰えばいいのではないでしょうか? 彼ならば元【ヘファイストス・ファミリア】ですし、よくわかるのでは?」

 

「それもそうですね……あ、そろそろ着きますよ、リューさん」

 

 ベルとリューはそんな会話をしながらヴェルフの工房に向かっていた。

 ベルとリューは二人揃ってヴェルフに武器に関してのお願いがあった。

 といってもベルは武器の整備ぐらいなものだが。

 

「ヴェルフ? 入ってもいい?」

 

「ベルと【疾風】か。入っていいぞ。俺に何の用だ?」

 

「僕は武器の整備と、あとは僕とリューさん用に訓練用の刃を潰したナイフとか剣を作ってもらいたくて」

 

「私は副武器の作成をお願いに来ました」

 

「おう、了解した。武器の整備と作成はともかく、訓練用だったら俺が前に作った作品が余ってる。それの刃を潰しちまえば問題なく使えると思うぞ。丁度整理が終わってその辺の箱に入ってるから、二人で適当に見繕ってくれ」

 

「ありがとうヴェルフ」

 

「感謝しますクロッゾさん」

 

 そう言うヴェルフにベルは自分の武器のヘスティア・ナイフと牛若丸を渡し、リューと一緒にお礼を言う。

 

 ベルが牛若丸を作ってもらったのは本当につい最近のことで、ヴェルフがランクアップをした後、戦争遊戯の前に渡された。

 やっぱりアリーゼがドロップアイテムを拾ってくれていたらしく、ミノタウロスの角を18階層から帰還した後に渡してもらい、その後ヴェルフにお願いして短刀にしてもらった。

 

 【ファイアボルト】を使って倒したからか、その角は炎のように赤く染まっていた。

 その名残があるのか牛若丸も赤い短刀で、今は第三等級武装のベルの主武器として活躍している。

 

 ベルはリューとガサゴソと箱の中身を漁って訓練に使えそうな武器を探しつつも、今は武器を研いでくれているヴェルフに、先程リューと会話して気になった事を聞いてみる。

 

「そうだヴェルフ。僕の黒いナイフって第何等級の武器か分かる? 僕は第一等級だと思ってるんだけど」

 

「ん? あーそうだな。前に見せてもらった時は刀身が死んじまってよくわかんなかったが、俺も今はヘスティア様の眷属だし……ただ、この武器には等級とかあんま関係ないな」

 

 なんだかよくわからないヴェルフの説明。

 それを聞いたベルとリューは二人揃って首を傾げる。

 等級が存在しない武器などあるのかと、ベルよりも先にリューが尋ねた。

 

「それはどういった意味ですか、クロッゾさん?」

 

「俺も不思議に思ってヘファイストス様に聞いてみたんだ。こんな物鍛えられるのはヘファイストス様だけだからな」

 

 ヘスティアは自分が作るのを手伝ったとは話してくれたが、まさかヘファイストス直々に鍛えてもらったものだったとは。

 それならあの金額にも納得だと思いつつ、ベルはヴェルフに先を促す。

 

「それで、ヘファイストス様は何て言ってたの?」

 

「このナイフは使い手と一緒に成長して、勝手に至高に辿り着くんだとよ。ヘファイストス様は鍛冶師からしたらあんな邪道な武器はないって言ってたが、それでも俺はこのナイフはすげえって思うぜ。今の俺じゃ逆立ちしてもこんな物は鍛えられねえからな」

 

「そういえば神聖文字も刻まれてるし、神様も作るのに協力したって言ってたし……そういう面では仕方ないんじゃない?」

 

「んや、そういうことじゃねえんだ。俺が言ってるのは純粋な鍛冶の腕のことだからな。やっぱりすげえお方だよ、ヘファイストス様は」

 

 そう話すヴェルフはなんだか悔しそうでもあり、同時に絶対に同じ領域に行くと、そんな決意をしている顔をしていた。

 その顔を見たリューが思わずといったように、オラリオにいない【アストレア・ファミリア】の団員のことを話す。

 

「以前に少しだけ話しましたが、セシルという名の鍛冶師を覚えていますか? 今はオラリオにはいませんが」

 

「ああ、ゾーリンゲンにいるんだったな。あそこも腕のいい鍛冶師がたくさんいる」

 

「ええ。それで、そのセシルも今の貴方と同じような顔をしていたのを思い出しまして。やはり、明確に目指すべき場所があるのはいいことだ」

 

「そうだな。いつか絶対に、俺も至高の領域に辿り着く」

 

 目指すべき場所。

 そう言ったリューの顔を、ベルはチラっと横目に見る。

 

 ベルもレベル3になって、リューと同じ第二級冒険者と呼ばれる存在にはなった。

 前に話したようにベルの潜在値(エクストラポイント)は相当なもので、ステイタスだけなら既にレベル3でも上の方らしい。

 なんならリューからは、力のアビリティならレベル3の間に追いつかれるかもしれないと言われている。

 

 リューには力に補正をかけるスキルがあるため、それを使われれば分からない。

 だが、それでもレベルが一つ下で、純粋なアビリティ勝負になると勝てるかもしれないというのは、やはりベルのステイタスは規格外だろう。

 だとしても依然として勝てる気がしないが。

 

 視線を箱の中に戻したベルは、丁度よさげな短刀を二本見つけた。

 それをヴェルフに渡そうと立ち上がったところで、ヴェルフはリューにセシルについて聞いていた。

 

「そういや、そのセシルって団員に武器は鍛えてもらわないのか? 上級鍛冶師なんだろ? オラリオにいないとしても、何かしら作ってもらえたんじゃねえのか?」

 

「それが……何故だか私だけセシルには嫌われているようでして。私に直接『武器を鍛えない』とまで言ってきたのです」

 

「なんだそりゃ? 同じ【ファミリア】の団員なのに武器も鍛えてもらえないぐらい嫌われてんのか? 俺も嫌われてはいたけどよ……そりゃちょっと極端すぎる気がするぞ」

 

 初めてそのことを知ったが、ベルからしてもヴェルフと同様意外だった。

 【アストレア・ファミリア】というと全員が仲の良い印象だったため、まだ会った事のないセシルという人ともそれなりに仲が良いと思っていた。

 

「そうだねヴェルフ。なんだか意外です。【アストレア・ファミリア】の団員同士が仲が悪いっていうのは」

 

「一応アリーゼが私達の仲を取り直そうとはしてくれたのですが、それでも彼女は頑なでして……私は何か嫌われるようなことをした覚えはないのですが」

 

「まあ人それぞれ何かしら気に食わないって部分があるもんだからな。鍛冶師とかだと頑固な職人気質の奴らも多い。セシルって奴もそうなんじゃないか?」

 

「そうですね。彼女の家は鍛冶師の家系らしく、家族そろって職人気質の人達でしたから」

 

「そうか。まあ少なくとも、一緒の【ファミリア】にいるうちは俺が武器を鍛えてやるし、そうでなくなった後も頼ってもらえると俺は嬉しいがな。さて、ベル、研ぎ終わったぞ」

 

「ありがとう、ヴェルフ。それと、この短刀をお願いできる?」

 

 ヴェルフから牛若丸とヘスティア・ナイフを受け取り、今度は二本の短刀を渡す。

 リューも既に彼女にとって丁度いい長さの剣を選んでおり、それをヴェルフに渡す。

 

「任せろ。【疾風】もそれでいいか?」

 

「ええ、お願いします」

 

「おう。それと【疾風】は副武器を作って欲しかったんだよな。何か要望はあるか?」

 

「小太刀を二本ほど、対になるような物が欲しいと考えてます」

 

「わかった。採寸は……肌には触れないよう気を付けるが、今からしてもいいか?」

 

「それぐらいは当然です。ただ手だけには絶対に触れないよう、気を付けてください。私も分かってはいるのですが、それでも投げ飛ばしてしまうと思うので」

 

「ああ、俺も投げ飛ばされたくはないからな。十分すぎるぐらいに気を付ける」

 

 そうしてヴェルフは慎重に、しかしささっとリューの手や腕の長さを計り終えた。

 その後は素材のことでも悩んでいたのだろうか、なにやら腕を組んで考え込むような仕草を見せると、ベルにお願いをしてきた。

 

「なあベル。あのミノタウロスの角が余ってるってのは言ったろ? あれを【疾風】の武器に使ってもいいか?」

 

「え? リューさんの武器に? 僕は全然いいけど……何か理由でもあるの?」

 

「それが、ヘファイストス様から宿題として色々と素材をもらってるんだが、鉱石系の素材以外で他に丁度良さそうなのがあの角ともう一つぐらいしかないんだ。角の残りだけだと少しばかり長さが足りないが、それは別の素材で補えるし、そういう練習もしてみたくてな。お前が許してくれるんだったら、使わせてもらうぞ」

 

「うん、わかった」

 

「さんきゅーな。それじゃ【疾風】二、三日待ってくれ。出来上がったら俺から渡しに行く」

 

「わかりました、クロッゾさん。お待ちしています」

 

「それと、刃を潰す作業はすぐに終わるから、少しだけ待っててくれ。その格好を見るに、これから修行でもするつもりだったんだろ?」

 

 ベルとリューは今は部屋着から着替えて、二人ともいつも修行している時の動きやすい格好だ。

 ヴェルフの問いにベルは頷く。

 

「うん。今までは木剣とか自分の武器でやってたけど、流石にレベルが近くなったから。それでお願いしに来たんだ」

 

「そうか。そんじゃあこっちもちゃちゃっと終わらせるか」

 

 そうしてものの数十分とかからず刃を潰したヴェルフから二人はそれぞれの武器を受け取り、その日はそのまま訓練をすることで一日を終えた。

 レベル3になったとはいえ、やっぱりいつも通りボコボコにされた。

 むしろ以前よりも加減がなくなり、より激しい稽古だった。

 

 結局のところ普段とそこまで変わらない日ではあった。

 しかし、寝る最後の瞬間までリューと同じ空間に当たり前のようにいられることが、ベルはとても嬉しかった。

 

 

 

──────────────────

色々捕捉

 

はぁ、愛弟子との二人の時間が減るかと思って、こんなことをわざとその場で言うなんて。

なにやら合理的な理由を探していたようですが、これだからムッツリポンコツなエルフは困るんだ。

書いていて楽しかったです。原作万歳。

 

牛若丸は弐式は作りませんでした。

最初のをヴェルフがレベル2になるまで待ってから作ってもらったので。

 

セシルとリューが初めて会った時のセシルの反応。

 

「あんな『私はもう、死んでいる』なんて顔をした人に武器なんて鍛えたくない。鍛えたとしても渡したくない。武器っていうのはその人を守るためにあるから。自分から死んでしまいそうな人には渡したくない。アストレア様からの宿題だから、全力でやるけど。渡すのはあの人の顔が変わってから。それまでは渡さないし、私はあの人を先輩とも姉とも認めない。それで納得してください、アリーゼお姉さま」

 

セシルちゃんはなんとなく、お姉さまとか呼びそう。

 

アルヴス・ルミナの値段は覚えていなかったので勘で書きました。

たしか原作には記載されてましたよね?

どなたか感想欄か誤字報告で教えて貰えるとありがたいです。

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