大学生作家が紡ぐ沖縄
タイトルは「月ぬ走いや、馬ぬ走い」。沖縄のことばで「光陰矢のごとし」という意味です。この小説が有名文学賞をダブル受賞する快挙を遂げました。作者は、豊永浩平さん。琉球大学に通う現役大学生です。
(NHK沖縄 佐野圭崇)
【本を構成する14人の語り】
(日本兵)
「米兵は鏖(みなごろし)にしなければならない」
(女子高校生)
「前髪に汗くっついてべたべただし、マジウザい」
(ラッパー)
「命どぅ宝(ぬちどぅたから)のことばが、月(ちち)ぬ走(は)いや、馬(うんま)ぬ走いさ!」
「月ぬ走いや、馬ぬ走い」は、沖縄戦から現代までを14人のモノローグで構成した群像劇です。型破りな展開に読者からはこんな声が寄せられます。
(読者)
「いろんな要素がみんなある。一緒に共有したくなる」
「沖縄から若い人材が出てきた」
【新人賞ダブル受賞の豊永さん】
作者は現役の大学生、豊永浩平さんです。野間文芸新人賞と群像新人文学賞を受賞しました。去年12月、都内で野間文芸新人賞の贈呈式が開かれました。
(作家 豊永浩平さん)
「沖縄という場の力みたいなものにちょっと急かされるというか、力をもらう形で書き上げることができたのかなと思います」
(選考委員 川上弘美さん)
「沖縄という場所の本当の魂のようなものを、この小説は私たち読者に強く感じさせます」
【どんな作品?】
年齢も立場もバラバラの人物がときに時代を超えて交わりながら物語は進みます。
(少年の語り)
「ぼくが、かなちゃんを好きなのは愛じゃないの?」
最初に登場するのは、現代のおませな男の子。好きな女の子とやって来た浜辺で日本兵の亡霊と出会います。
(少年の語り)
「兵隊さんは、私は七八年前に死んだのだ、と言いました。兵隊さんは低いうめき声で、私は」
文章はここでぷっつりと切れ、今度は浜辺で戦死したその日本兵が語り始めます。
(日本兵の語り)
「今や、あらゆる肩章を喪失した単なる海の藻屑の一ト片(ひとひら)に過ぎない」
生理痛に苦しむ現代の女子高校生が続き、時代は戻ってアメリカ統治下で兵士に体を売る男性。2行の改行で、名もない14人の語りが継ぎ目なく展開していきます。
(男性の語り)
「ぼくはアメリカが嫌いだしそれにいいようにしてやられている日本と沖縄も嫌いだった。こいつらはぼくを酷く虐める」
作品で描かれるのは、「暴力」と「痛み」です。
【書く資格あるのか 葛藤も】
作者の豊永さんは2003年、那覇市に生まれました。中学生のころからミステリーなど読書に没頭。その後、作家の道を志しました。戦争を知らない自分に沖縄戦を書く資格があるのか、葛藤もあったといいます。
(豊永浩平さん)
「その時代に生きてきた人が、持っていた何かを取りこぼしてしまったり、あるいはそれをちょっと何か、ゆがめて書いてしまっていたりそういう事が起こりうる」
一方で、沖縄で生まれ育った豊永さんにとって戦争は「遠い存在」でもなかったといいます。
(豊永浩平さん)
「日常と一体になった戦跡。やっぱりここで昔戦争があった、そういう生の姿がまだ残されている」
向き合う覚悟を決め構想を練る中で、大きな出来事がありました。
大好きだった祖父が93歳で亡くなったのです。
(豊永浩平さん)
「90年分の記憶がなくなってしまう。それを継承する手立てが小説の中にもあれば、どうにか自分なりの“おじいへの応答”になる」
【“重み”をてこにして書く】
豊永さんは戦跡を再び訪れ、見つめ直しました。日本軍の攻撃拠点「トーチカ」の跡が残る激戦地「嘉数高台」もその1つです。こうした「場」で感じる重みが、書き進めていく力になりました。
(豊永浩平さん)
「重みが、てこになるというか、やっぱり重要なのかなと、その重みを感じないまま、ただ野放図に書いてしまったら自分も何ていうかどこにかじを切っていいのか分からなくなると思うし、そういう重みを手応えにしながら書いていく」
(日本兵の語り)
「第七〇高地の戦火はすでに轟々と燃えさかっており、憎(にっく)き米兵相手に激戦を展開していた」
「天皇陛下万歳、天皇陛下万歳。私は息巻きながら些(いささ)かの躊躇もなくトーチカを飛び出した」
【沖縄戦から連なる“今”】
作品には沖縄戦と、そこから連なる「地続きの今」が描かれています。戦後も、沖縄を覆い続けてきた不条理とそこで生きる1人1人の息づかいを作品に込めました。
(娘と確執を抱えるシングルマザーの語り)
「夕方はオスプレイの轟音、夜になると馬鹿な不良たちがバイクをがならせて走っていって眠れず、うるさくいやな場所でおもえばわたしはずっといやな場所で生きてきた」
(豊永浩平さん)
「“痛み”として沖縄の近現代史がある。その痛みを背負った人々がどう生きるかということで、自分なりの“今の沖縄”を捉えてみたい。歴史と並走して、いろんな人たちが生きてきた80年だったと思うし、その中で起こった傷が、まだ今も沖縄の現状として残されている。その中にも実際に人がいて、そこから被った傷が、歴史の中に刻まれているんだってことを小説を通じて、語ることができていればいいのかなって思います」
【佐野記者の取材後記】
豊永さんは、本の裏表紙にこんなメッセージを寄せてくれました。
「すべての美しい書物はある種の外国語で書かれている」フランスの作家のことばですが、沖縄の黄金言葉をデビュー作のタイトルに据えた豊永さんの思いが伝わってきます。豊永さんは3月大学を卒業し、活動の拠点を東京に移して引き続き、執筆活動にあたるということです。