出版から10年が経ち、時効だと思うから書きます。『うさこの手作りスチームパンク&クラシカルドレス』に関して、当時は裏切られたような悔しい気持ちでいっぱいでした。もう怒りの感情は薄れましたが、出版社と編集者に対して今も複雑な感情を抱いています。以下長文。
「次はスチームパンクファッションを手作りできる本を書きたい」とグラフィック社の編集者に提案したのは、『ネオ・ヴィクトリアンスタイルDIYブック』を出版して、オカダヤさんで出版イベントを行った2014年の10月。オカダヤさんの近くのレストランで昼食を取っている時のことでした。
その当時はまだ「スチームパンク」という言葉さえ一般に浸透しておらず、スチームパンク的な服を売っているお店が大都市でさえほとんどない状況でした。
そこで、スチームパンカーが自分で洋服を手作りしてスチームパンクファッションを楽しめる本を作りたいとお話しました。
その時に以前ナイトキャップの型紙を使わせていただいた、うさこさんを編集者にご紹介しました。洋裁のプロとして優れた技術を持つうさこさんにご協力いただければ、きっと良い本になると思ったからです。
編集者はうさこさんのことを最初ご存知なかったのですが、かなり熱心にいろいろと質問されたのを覚えています。
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編集者がかなり乗り気だったので、何枚もドレスやベスト、シャツ、パンツなどスチームパンクファッションのデザイン画を描きました。
スチームパンクの基礎知識や、手芸のための様々なアイデアや工夫を盛り込んで、誰でも簡単にものづくりができるための原稿をしたためました。
それらの資料を編集部に送ってから結構な時間が経ちましたが、一向に音沙汰がありませんでした。結局あのお話は没になったのだろうかと思った頃に、うさこさんと編集者から突然連絡がありました。
以前私が送ったデザイン画をもとに型紙を作っているので、デザインの詳細をつめたいというお話でした。前作のように私自身が作り方の原稿を書くものだとばかり思っていたので、とても驚きました。
それに提出したデザイン画のごく一部しか使われていないようでした。編集部の方針で大部分が没になったのなら仕方ない──と、うさこさんとデザインの細かい部分の修正を数週間続けました。
しかしながらデザインの修正にOKを出した後も、一向にコラムやハウツーの原稿依頼が来ないし、編集者から連絡も途絶えたので、やっぱりもう出版のお話はなくなったのかもしれないなと諦めていました。
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それから数ヶ月経った2015年の5月に、突然編集者から連絡が来ました。本の著者近景撮影があるとのことで上京してほしいと。お話が二転三転するなと訝しみつつも、東京へ向かいました。
撮影の時、大変ショックなことがありました。
スタッフの一人に「ところであなたはどなたなんですか? なぜ今日は撮影にいらっしゃったんですか?」というようなことを尋ねられたのです。
まさか本の著者である私のことを、グラフィック社のスタッフが何も聞かされていないということがあるのでしょうか?
でもその時は撮影でバタバタとしていましたし、若いスタッフの方だったから事情もよく知らなかったのなと思い直しました。
また編集者の方に「本のタイトルは決まりましたか?」と聞くと、まだ会議で決まっていないとのことでした。今思うと嘘をつかれていたのだと思います。
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そして2015年の7月に出版された時、初めて『うさこの手作りスチームパンク&クラシカルドレス』というタイトルだと知りました。
本の内容も当初考えていたものとは違っていました。もっとグラビア写真を少なめで、スチームパンクの解説コラムや、着こなしのハウツーなど情報満載の本にしたかったのに……。
最も屈辱的だったのは、私の名前でなく、うさこさんの名前がタイトルに入っていたことでした。
洋服のデザインをしたのは私だったにもかかわらず、五十嵐麻理の名前はタイトルの下に、小さく「企画原案」と書かれていました。
ファッションショーは服のデザインをした人の名前で開催されるのではないですか? ブランドもその服を生み出したデザイナーの名前がついていますよね?
本書に掲載された服は私がデザインしたにもかかわらず、私の名前は単なる添え物だったのです。
うさこさんに何も罪はないことは分かっています。美しい型紙に、分かりやすいハウツー。ベストな仕事をしていただいたことは心から感謝しています。本書はうさこさんのご協力なしには実現できませんでした。
けれどもアイデアを盗み、情報を伏せて、騙すような形で、このようなタイトルで出版したグラフィック社の編集者には強い怒りを覚えました。あまりにやり方が汚い。
しかし私の夢は「スチームパンク」という言葉を少しでも日本に広めることでしたので、憤りに耐えて何も反論せず告知や宣伝に努めました。自分の感情よりも、スチームパンクの発展を優先させたのです。
本当に本当に当時は辛かったです。
本書は苦々しい思い出が蘇る、忌むべき作品になってしまいました。
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もう10年が経ちましたので、すべて吐き出すことにしました。
冒頭に書いたように、もう激しい憤りは消え失せています。編集の彼女たちのことは今でも軽蔑してますが。
この苦い経験から得られた教訓は、今後ビジネスの場では全ての会話を録音し、弁護士に書類を作ってもらってから契約し、何かあったらいつでも相手を訴えられるように、万全の準備を整えておくべきであるということでした。
そういう点で大変勉強になりました。
ありがとうございました。