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吉田 健一
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沖縄戦における渡嘉敷島での「集団自決」(強制集団死)について、「軍命はなかった」とした曽野綾子氏の著書や主張は、1970年以降、住民の強制集団死を殉国死として美化する歴史修正主義の「理論的支柱」(石原昌家沖縄国際大名誉教授)として利用されてきた。
日本政府は88年、歴史教科書検定における「集団自決」の記述を巡る家永教科書裁判で、曽野氏を国側(被告)の証人として起用。曽野氏は著書「ある神話の背景」の取材で「自決命令があった証拠はない」と証言した。一方、原告側は、軍による強制、命令、誘導などによって住民が集団死「させられた」と訴えた。
教科書裁判は最高裁(97年)で、「集団自決」の原因に日本軍の存在と誘導があったと認定し、「崇高な犠牲的精神によるものと美化するのは当たらない」として国側の主張を一部退けた。
家永教科書裁判で証言に立った石原氏は曽野氏について「沖縄戦での被害住民を、国のために殉じた尊い死であり、決して軍の命令による死ではないと論陣を張ってきた」と指摘。「日本軍は『軍官民共生共死』の方針により、住民の投降を許さなかった。住民が軍により集団死に追い込まれた真実を直視する必要がある」と語った。2011年に最高裁判決が確定した、作家大江健三郎氏の著書「沖縄ノート」の記述を巡る訴訟では、「集団自決」において「軍命」「軍関与」があったことが認められている。
(吉田健一)
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