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◆英語と日本語の時制ですね?専門的な議論としては「そもそも日本語の動詞に時制はあるのか?」というところから始まるのでしょうが、ここでは日本語の動詞にも時制があり、「~した」は過去時制であると仮定して議論を進めましょう。 ◆感覚のずれは、「時制の一致」を習っているときにお感じになったのかもしれませんね。結論的に言いますと、英語の動詞の時制はすべて 「話し手がしゃべっている【今】から見て、いつやったか」 で決まるのに対して、日本語の時制は、 ①主節の動詞は「話し手がしゃべっている【今】から見て、いつやったか」で決まる。 ②従属節の動詞は「【主節の動詞を行なった時】から見て、いつやったか」で決まる。 という複雑なルールなのです。 ◆例を挙げましょう。あなたが今、次の2つの文を口で言うとします。 ●I knew that Kumi was a teacher. ●「私はクミが先生であることを知っていた。」 ◆事実を思い浮かべてみましょう。あなたが「知っていた」のは【今】から見て【過去】です。そしてクミが「先生である」という行為を行なったのも【過去】です。ここまではよろしいですね? ◆そこで、英語では「知っていた」も「先生である」もどちらも【今】から見て【過去】に行なった行為ですから、どちらも動詞は過去時制にします。よって I ‘knew’ that Kumi ‘was’ a teacher. となります。 ◆これに比べて日本語では、主節「私は知っていた」の中の「知る」は【今】から見て【過去】に行なった行為ですから、過去時制にします。「知っていた」でOK。 ところが従属節「クミが先生であることを」の中の「~である」という行為は、【知っていた時】(つまり【過去】)から見て【現在】に行なっていますから「~である」というように、現在時制で表わすのです。 ◆もしも 「私はクミが先生『であった』ことを知っていた。」 と言うと、先生『であった』のは【知っていた時】(つまり【過去】)よりもさらに【過去】だ、ということになり、正しい日本語ではありますが、言っている意味内容は別になります。 ◆もう1つ日本語の例を。 「あした雨が降ったら、野球は中止となるでしょう。」 雨が降るのは【未来】のことなのに、「降った」というように過去時制になっています。これは主節「野球は中止となるでしょう」の「なるでしょう」という行為が行なわれる時(つまり【未来】)から見て、雨が「降る」のが【過去】だから、「降った」というように過去時制にしているのです。 ◆こういう時制の決定を、あなたも私も日本語話者は瞬間的に行なっているのですが、実はこれはアクロバットみたいにすごいことです。 「私はクミが先生であることを…」と言い始めたとしましょう。実はこの時点で、結びの言葉を「知っていた」と、【過去】で言うはずだと、頭の中ではわかっているのです。もしも結びを 「私はクミが先生であることを『知っている』」と言ってしまうと、クミが先生「である」のは【現在】だ、ということになってしまいますから。いかがですか、kyamada… さん、驚いていただけました? ◆以上、旺文社『必修 英文法問題精講』著者の小池浩でした。 http://www9.plala.or.jp/eigowine/
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