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2009/7/3 12:13

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英語と日本語の時制の感覚が違うのは何故?

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英語などは、主語-述語-目的語を母音としています。 ですが日本語は、主語を使わなくても分かるように成り立っています。 例えば「好きです」という言い方にはIもyouも存在しません。 主語も目的語もなく、あるのは動詞だけです。 これは、主語-述語-目的語を文型とした母音語とする人たちからすると、動詞だけで伝わる日本語は、特異な言語に写るらしいです。 逆に日本人からすれば、主語をわざわざ明確にしなくても、「誰が誰を好きなのかは状況や話の流れで分かるはず」 という事になるんです。 一般的に日本語は、主語がなくても通じるように出来ています。 それなのにわざわざ主語を冠する事は、「自己主張が強すぎないか」「相手に嫌な気持ちをさせないか」という心配を生じるさせることになります。 彼らからしてみると、主語、主体を明確にして話すことより理論的に話すために必要な事ですし、相手の理解をより容易に役立つことのできることだからです。 なので、わざと相手の理解度を弱めるような「ぼかした」言葉を使うメリットが理解出来ないんだそうです。 なので、日本語の「結構です」という肯定にも否定にも使われる独特の言い回しは、世界でも珍しい表現です。 もちろん、英語にもこのような言い回しは存在しますが、それでも日本語と比べると相対的に少ないと言っていいです。 欧米の言語のほうが、より直接的で自己表現も明確であり、悪く言えば「露骨」という事なんです。 それで日本人は、ビジネスの場面でも、日本特有の言い回しで外国人にはつかみどころだ無く、主張の要点がどこにあるのか分からないとたびたび指摘される事も少なくないと聞きます。 それで、「日本人は言う事と思っている事が違う。何を考えているのかさっぱり分からない」と評されることも多いんです。 それを差し引いても、欧米基準から見た日本人の「自己主張の弱さ」は、国民的特徴と言えます。 議論や対立は好まず、「どうか穏便に」「その場を丸く収めよう」とするのが日本人の特徴で日本語でもあります。 その言葉を通じて、欧米人などには奇異なものに感じられると言われますね。

英語と日本語とでは言語の成り立ちや構造がまったく違うので、時制についても共通項目もあれば、非共通項目もあります。日本語では時制よりもアスペクト(相―動作や出来事がどの段階まで来ているかを示す文法手段)が優勢なので、英語の時制を日本語に当てはめて理解すると違和感がありますし、その逆も同じです。東洋の言語はアスペクト重視の言語が多いと言われています。中国語やタイ語には英語の時制にあたる項目が極端に少なくて、アスペクトが重視されています。

文法構造がちうからです。英語の文法に無理やり当てはめて日本語に訳そうとすると不自然な日本語が避けられないのはそのためです。仮定法などの用法において特に違いが出ます。「買ったらいいんじゃない」はそのまま翻訳機にかけたりすると過去形として認識されます。英語の文法としては当然なのですが日本語としては違う例です。