美神の眷属が女神そっちのけで酒場に入り浸っているのは間違っているだろうか


メニュー

お気に入り

しおり
作:ぴえんふー
▼ページ最下部へ


4/4 

3話 豊穣の女主人


 

 

 

「【今は遠き森の空】」

 

 

 ――――破滅の唄が聞こえる。

 

 

「【無窮の夜天に鏤ちりばむ無限の星々 】」

 

 住み慣れた家が燃えていた。

 歩き慣れた街路は屍山血河。小さな喧騒と長閑な空気を生み出した街の雰囲気は、悲鳴と断末魔によって塗りたくられ、それこそ暴風が通り過ぎたみたいに何にもなくなっている。

 

 襲撃があったのだ。

 何者かも不明。人数も不明。

 ただ名前の無い街で徒党を組み、しらみつぶしに一つ一つの家を、殺して回っていたのは知っていた。

 

 道中の死体。断末に彩られた真っ赤な死に化粧。虚ろな瞳には、残酷なまでに『死』が浮かぶ。

 

 その中には一緒に暮らし、生きて来た家族()()()存在も居た。

 

「【愚かな我が声に応じ、今一度星火の加護を。汝を見捨てし者に光の慈悲を】」

 

 奪われるべきものは、既に十分奪われていた。

 奪われて欲しくなかったものは、既に奪われた後だった。

 俺が欲していたもの、俺が手に入れたもの。

 

 それを必要以上に、既に『暴風』によって吹き飛ばされている。

 

 それでも――言霊は紡がれる。

 

 

「【来れ、さすらう風、流浪の旅人】」

 

 

 やめてくれ、と動かぬ身体で叫ぶ。

 声になったかなんて知る由もない。

 ただ、これ以上何を奪うというのか。

 

 やっと手に入れた平穏以上のものは、何も望んでいなかったというのに。

 そんな疑問に意味なんてないから、こうして動かない身体で声にならない叫びに悶えている。

 

 

「【空を渡り荒野を駆け、何物よりも疾とく走れ。星屑の光を宿し敵を討て】」

 

 

 いやだ。

 

 いや、だ。

 

 もう、何も殺さないでくれ――。

 

 

 

「【ルミノス・ウィンド】」

 

 

 

 視界を霞ませる光の奔流が、紡がれた唄より放たれる。

 伸ばした手は届くこともなく、虚しく空を切り。

 

 

 

 

 眩い緑の閃光が、唸る風と共に俺の身体を呑み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すっかり日没ですか」

 

 日中と変わらぬ、それでいて別種の賑わいを見せるメインストリートをひた歩く。

 昼の明るい喧騒は、眠らない夜の盛況さへ。

 目に沁みる光は昼の名残すら塗り潰す橙色で染まり、街全体が酒気を帯び始める頃合い。

 

 運が悪いのか良いのか、都市を徘徊中のフレイヤ様と遭遇した俺は彼女の散策に気が済むまで付き合っていると、時間はすっかり夜へと突入していた。

 指定された時間までにフレイヤ様をオラリオの南にある本拠地(ホーム)まで半ば強引に送り届けてすぐ、俺はようやく指定されていた場所へと足を向けていた。

 

「……ここが『豊穣の女主人』と……これは、酒場?」

 

 辿りついたその場所は……意外と言えば意外な、酒の気配を纏う明るい雰囲気を放つカフェテラスであった。

 窓から漏れる暖色系の灯かりには、後ろ暗い雰囲気など微塵も感じさせない。

 一見すると宿屋にも見えなくもない奥行きを持つ大きな建物に、客が絶え間なく入り込んでる。

 聞こえてくる喧騒はまさしく大繁盛と言った具合で、大らかに客を歓迎するであろう閉じられた扉越しからでも伝わってくる歓声の如き活気は、夜の酒場であるということを忘れそうになる。

 

「……ああ、どこかで聞いたことがあるかと思えば」

 

 このオラリオで仕事をこなすうちに、過去の記録を漁る機会が多くあった。

 それは現状の問題に対して正確に対応する為だったり、俺の個人的な理由の為だったり色々だ。

 

 それは当然、『闇派閥』がもっとも精力的に活動していた『死の七日間』だって例外じゃない。

 何を隠そう、その事件はオラリオの創設より千年を誇る歴史の中でも最悪の被害とされている、ほんの数年前に起きた派閥同志の大抗争。

 

 その記録を探る中で、こんな酒場の名があったことを今更になって思い出した。

 

 曰く、オラリオ随一の安全圏。

 困った時、助けて欲しい時、腹が減った時。いずれの、どれが一つでも良い。

 立ちはだかる『闇派閥』に対し矢面に立って、この酒場に逃げ込んだ民間人を護り続ける。

 『暗黒期』の動乱であってもその傷を最小限に抑え、オラリオ市民を元気づけていた酒場があったと何度も耳にしていたな、と。

 

「……なんといいますか、うん」

 

 ワケありなんだろう、ということが否が応でも察せられた。

 それもきっと余人には知る由もない、知られちゃ困るような理由に違いない。

 神か、冒険者か。あるいはどちらもか。何にせよ深く関われば碌なことにならないのは目に見えている。

 

 けれど。

 

 俺が抱いた感慨は、そんな理屈っぽいことじゃなくて。

 

「――そんな場所、本当にあったんですね」

 

 本当に、知らなかった。

 俺の時にあったらなぁ、なんて。

 もしあったとしたら、今とは違ったんだろうか、とか。

 何に羨んでるのかすら我ながらわからない、子ども染みた感慨のみ。

 

 

 ――唯一遺った、街の広場に掲げられた義母の生首。

 

 ――悪い夢だと、愚かにも目を覚ましてくれると思って、蛆が湧くまで抱え続けた女性の顔。

 

 ――それが独りだった俺の、最初の家族になってくれた人の末路。

 

 

「……くっだらない。仕事しましょう」

 

 ちりり、と思考に黒い火花が散った。

 ふと顔を出した己の弱さに物凄く虫唾が奔り、思わず舌打ちを――しようとして、行儀が悪いと噛み殺す。

 

 感傷に浸る暇なんて俺にはない。

 弱かったから奪われた。弱かったことに甘んじてたから護ることが出来なかった。

 これはただ、俺が愚かだったから起きてしまったことなのだから。

 

 

 だからこそ――今もこうして手掛かりを追っている。

 

 

「――よし」

 

 

 胸から混み上がってきた黒い感情を振り払う様に酒場の扉を開けて――。

 

 

「あ、いらしゃいませー! 冒険者さんですか? お一人様でよろし――」

 

 

 ――バタン、と扉を閉めた。

 

 

「………………」

 

 ふぅ、と一息つく。

 この酒場についてから、妙な感慨を抱いたこともあってかどうやら調子を落としているらしい。

 

 立て札を見ると、そこには『豊穣の女主人』と共通言語(コイネー)によって綴られている。

 場所は間違いではない。覚えた地図にも誤植は見られない。

 よって、俺の訪れた場所は正しい。

 間違いではないのだが、だが。

 

「……疲れてるんでしょう、うん」

 

 にしたって酷い幻覚もあったものである。

 こう、銀色で、綺麗なのだけどそれはかとなく隠せないおっかなさがあるそんな感じの女性。

 

 それこそ、数刻前まで都市を共に巡っていた女神のような。

 

 そんな人が確かにこの扉の向こうに居た気がした。給仕のエプロンを纏いとお盆を持って。

 

 念のため、もう一度扉を開けることにする。

 

 

「いらっしゃいませ! お一人様でしたらとっておきの席が――」

 

 

 ――バタン、と扉を閉めた。

 

 

「……? ……?? …………????」

 

 

 ――――ナンカ、居た。

 

 馬鹿丸出しなはてなが頭の外へ浮かんでは消えていく。

 脳みそを支配したのはどういうわけか困惑。目の前の事象に、訳も分からず理解が追い付いていない。

 

 扉を開けて最初に見た光景。

 もう一度扉を開けて見た景色。

 そのどちらでも銀髪の女性が、恐らく店の指定であろう黄緑の制服を纏ってお盆を手にして俺を迎えていた。

 

 その背後では、同じ様に制服を着た猫人やエルフ、ヒューマンの女性がが忙しなくホールと厨房を行ったり来たりしている。

 

 何も違和感はない。

 此処は酒場。店員は然るべき対応をするし、俺はそれに応えるだけで良い。

 

 だが、なんだろうか。

 この拭いようの無い、既視感は。

 

「………………フレイヤ様?」

 

 直感でそんな言葉を口にするが、そんな筈はないとすぐに否定する。

 顔も気配もまるで違う。目の前にいたのは間違いなく我々と同じ下界の人間特有のものだった。

 

 神としての気配は抑え込もうとすれば抑え込める。

 一部の神はそうして下界に住まう人々の生活に紛れ、その不自由を楽しんでいる者も居ると耳にしている。

 

 だが、たとえ群衆に紛れこもうとも神は神。気が遠くなる様な歳月を積み重ねた不老の概念をその身に宿し、悠久の命を以て得た価値観と神格は零能に身を堕とそうとも本物である。

 

 身体から滲み出る『異質感』はとてもじゃないが隠せるものじゃない。

 

「何らかのスキルか魔法……いや、冒険者の気配じゃなかった」

 

 ……しかし万が一、億が一で神が人に成れる外法があったとしよう。

 そんなちょっとアレなことをやる(ひと)か、そうでない(ひと)かで言ったら彼女は間違いなく『やる』側であることは間違いないのだが、どうであれ彼女なりに理由があってのこと。

 

 そして何よりも、俺が何よりも疑問を覚えたのは、此処が『酒場』であるという点であり。

 

 ほんの一瞬、開かれた扉から見えた光景にあった。

 

「……店員の脚運びも普通じゃない。給仕をしながらも音が限りなく抑えられてる歩法と気配……動きにも相当の使い手としての技量が見てとれる――最低でもレベル4クラス…………酒場……酒場???」

 

 なんてヤバめの独り言で自問自答をするくらいには、ちょっと混乱している。

 やはり最近碌に睡眠を取っていないのが大きな原因の一つだったりするのだろうか。

 でも寝てたら仕事は終わらないし、それに恩恵持ちの身体はそれほど軟ではない。

 というか過労で倒れるくらいなら俺自身とっくのとうにくたばっている。

 

 よって、体調不良による白昼夢という線はあり得ない。

 

 そもそも、驚く俺を誰が責められようか。 

 下手をすれば現在のオラリオでも『上位』に食い込む戦力がその酒場に集中してるのだ。

 しかもその全員が女性。中でもとりわけ強いのは、厨房に立っている恰幅のいい女将。

 

 ……あの人がヤバい。一番ヤバい。

 

「間違いなく、レベル6」

 

 冒険者としての強さの指標、眷属の器の格であるレベルの概念。

 

 現在のオラリオにおける最高到達点であるレベル7 ――その手前。

 

 過去にはレベル7、8がゴロゴロと存在し、果てにはレベル9というちょっと意味がわからない領域にまで達していたらしいが、俺からすればレベル7と大差がない。

 

「ヤバい酒場の元締めはもっとヤバいということか」

 

 酒場の概念が崩れそうだ。

 オラリオの一角の酒場はいつからそんな修羅場となったのだろうか。

 もしや食い逃げ対策? にしても行きすぎである。

 

「猛烈に入りたくなくなってきたんですが……特にあの女将さん、強さで言えば副団長、いや下手をすれば団長でもワンチャン――」

 

 入ろうか、入るまいか。

 そんな風にうんうんと唸っているのがいけなかった。

 

 

「――まどろっこしいから早く入るんだよこのアホンダラァッ!!!」

「え」

 

 

 ぼかぁん、と。

 直後、開かれた扉から何やら黒くて固い円盤状のナニカが顔面へと飛来した。

 

 

 

 

 

 

 

 




 調査開始と『洗礼』を並行して一年。
 アルノは『疾風』の存在は知っていますが、一部の情報は色々な事情が込み入っていて追い切れていません。
 具体的には
・義母の所属していたファミリアは不明
・下手人の情報が冒頭の『緑の光』のみ
 こんな感じ。

 感想と評価はモチベに繋がるんで、よろしくお願いします。
4/4 



メニュー

お気に入り

しおり

▲ページ最上部へ
Xで読了報告
この作品に感想を書く
この作品を評価する




【CV.熊谷健太郎】Sleepless Night Sheep(スリナイ) ~浩夢といっしょにいいユメを~ [あにまるぷらねっと]
  女性視点 トランス/暗示ボイス ラブラブ/あまあま 日常/生活 ほのぼの 恋人同士 純愛