美神の眷属が女神そっちのけで酒場に入り浸っているのは間違っているだろうか


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作:ぴえんふー
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1話 女神の白鷹


 

 

 

 

 

 

 薄汚く、顔色の悪い餓鬼。

 

 アルノ・レンリという男について語るのであれば、この認識だけでこと足りる。

 薄っぺらく、面白味の無い。

 それこそ、『神』が求める享楽はおろか、余人が望むような清廉さすらも、この身には何一つ宿っちゃいない。

 

 生まれも知らなければ、今の自分がどう成り立ったのかすらも覚えていない。

 ボロ布を屋根代わりに、腐りかけの木板を使った小屋とすら言えない『家』で雨風を凌ぐ毎日。

 

 当然、肉親なんているわけもなく、そんなやつが真面(まとも)である道理もない

 食い扶持にもならず、痩せっぽちで、どこにでもいる脆弱な只人(ヒューマン)の子どもなど路頭に放り捨てられていて当然だと、幼いながら理解していたのだろう。

 

 だから、自分なんて死んで当然の人間であり。

 欠伸が出るほど触れた悲劇の中で運良く生きてただけの、取るに足らない存在でしかない。

 

 特に――義母が死んでからは殊更にその事実を実感するようになった。

 

 だからこそ、希望なんて持てやしなかった。

 自分は物語の英雄なんてものには程遠く、誰かを助けられるような高尚な人間でもない。己すら自分の手から零れ落してしまった価値無き弱者。

 

 仇も取れず。

 何も残せず。

 何も出来ないまま物言わぬ腐肉として生を終えるのだと確信していた。

 

 

 ――――そんな時だ。

 

 

 

「ねぇ、貴方――独り?」

 

 

 

 腐りかけていた(こころ)に。

 

 

 脳が痺れるような、声が届いた。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 蒼い空に向かって伸びる白き摩天楼が、見下ろす様に街の中心でそびえ立つ。

 太陽は頂点を通り過ぎ、様々な種族が織りなす人混みが生み出す大通りの喧騒はやや落ち着きを見せ始めている。

 

 ドワーフ、ノーム、獣人、小人族(パルゥム)、そしてエルフ。

 世界の中心たるこの場所で、見ることが叶わない種族などそういやしない。

 

 街の名を迷宮都市オラリオ。

 

 人を喰い殺し、魔物が住まう穴倉に構えられた『蓋』にして最前線の街。

 世界で唯一『ダンジョン』と呼称される地下迷宮の上に構えられた巨大都市の名を余人はそう呼んでいる。

 

 夢と浪漫。それらには現実と妥協を。

 それらが華々しく無慈悲に混ざり合う『冒険者』という職業を世界へと浸透させたこの街は、事実として世界の中心であり、ヒューマンのみならず多くの亜人(デミ・ヒューマン)が生活をしている。

 

 そんな街で俺は冒険をするでもなく商売をするでもなく――紙袋片手に幼女の手を握っていた。

 

「お兄さん、お母さんはどこ……? ここ……?」

「大丈夫ですよ。もう少しです」

 

 今にも嗚咽が混じりそうな小さい声音はすぐ隣。

 その声の主は、また齢二桁にも満たないヒューマンの女の子である。

 弱々しく俺の手を、もう片方の手で俺の外套の端っこを固く握り締めるその姿はまごうことなく親から離れた不安に揺れる幼児そのもの。

 

 見ている此方が思わず不安になってしまいそうなその子の様子に、少しでも安心してくれれば良いという思いで握られた手を小さく握り返す。

 

 そう、不肖の冒険者アルノ・レンリ。

 

 ワケあって現在、迷子のお守りを承っていた。

 

「……いましたよ。あそこです。買い物籠を持ったあの人」

「え、どこに――いた! ほんとに居た!」

 

 その視界に捉えた姿を本人に見て貰うべく、膝をついて目線を合わせて指を差し向ける。

 ぴょんぴょんと子どもらしいバイタリティを以て俺の指さした方向を跳んで確かめているのをどうにか諫めつつ、伝え聞いていた特徴に合致する姿を本人に視認させた。

 

 そこには、どことなく必死な形相を浮かべて俺の隣ではしゃぐ女の子に向けている母らしき女性の姿がある。

 

「お兄さんスゴイ! 冒険者って本当だったんだ!」

「嘘だと思われてたんですね……ここまでで良いですか?」

「うん、ありがとうお兄さん! なんか最初怖かったけど、とーっても優しい人!」

「……次から気を付けるように。早く行って、お母さんを安心させてあげてください」

「うん!」

「それと」

「?」

 

 元気に手を振る幼子の繋いだ手を離して、そっと背中から優しく促す……前に、ごそごそと片手に持った紙袋の中身を漁る。

 昼食用に取っておいたソレを見た瞬間、疑問符を浮かべていた女の子の顔はぱぁっと輝き、爛々とした子どもらしい無邪気な笑みと瞳を見せつけた。

 

 香ばしいきつね色の衣を纏った丸状の揚げ物。

 迷子探しからしばらく時間が経過していてもなお、出来立て時の温もりを保ちつつ味の一つである歯を打ち鳴らす衣の感触を残しているであろうソレ。

 

 オラリオ名物、ジャガ丸くんである。

 

「わー! ジャガ丸くんだっ!」

「コレはほんのおまけです。お母さんと仲良く分けて食べるように」

 

 うずうずと今にも駆け出さんとした小さな背中を、そっと背中から促した。

 溌剌に、嬉しさではち切れた満面の笑みで手に持ったジャガ丸くんを見せつける女の子。

 だが、それを見た母親の表情は芳しくない。

 

「おかーさーん、冒険者のお兄さんからジャガ丸くん貰った! 抹茶クリーム味! しかも二個!」

「貰った、じゃないでしょ……! 勝手に傍を離れてっ! 最近なにかと物騒なんだから……!す、すいません冒険者様、なんてお礼を言ったら良いか……!」

「……お礼は不要です。今後は迷った時にはお子さんの行先をギルドに指定してみると良いでしょう。事情を説明すれば受付からギルドで保護していただけると思いますので」

「……あなたは、都市の憲兵(ガネーシャ)様の……?」

「……いえ、俺は――」

 

 母親のその言葉に一瞬、自分がこのオラリオにおいてどんな主神(あるじ)の眷属であるかを思い浮かべ、どのように答えたかと思考を巡らせた、その直後だった。

 

 

 母親の視線は俺と――右の籠手に刻まれた女神の紋章(エンブレム)を見て、表情を一変させていた。

 

 

「ッッ――――!」

 

 息を呑む声が聞こえるとほぼ同時。

 本能か。理性か。反射めいた反応で、女の子は母親の胸に抱え込まれた。

 今にも上がろうとしている悲鳴を、懸命に抑え込もうとしているのが手に取る様にわかる。

 抱え込まれる女の子はそんな母の豹変に首を傾げ、意味を求めて宙を彷徨っていた視線が俺のものとかち合った。

 

 俺はそれに、下手くそながらも曖昧に笑うしかない。

 

「お兄さん、お母さんはどうしたの……?」

「……」

「お兄さん……?」

 

 親子へ近付く。

 母親の視線は腰に携えた刀に向けられている。

 歩を進める度、少女を抱える母親の顔は引き攣り、この先起こりうるであろう展開への恐怖で染まっていく。

 

 その瞳に映る自分は、一体どのように認識されているのか。

 そして親から子へ。親の持つ感情は子へ伝播し、先程までの子どもらしい言動を引っ込めてその視界に立つ俺の姿を変貌させている。

 

 怯えるその姿はこれから喰い散らされる被食者のソレと大差ない。

 

「お母さんはですね、実は――」

「……実は?」

 

 

 よって、ここで俺がすべき選択は――。

 

 

「――子どもにしばらく会えなくなると病気になるんです」

 

 

 ――――気合で状況を吹き飛ばす。

 

 

「そーなのっ!?」

「え、えっと……?」

「病名、ゲソニンムルゴボング病。症状に掛かった相手は死ぬ――」

「え、死ぬっ!?」

「――ほどジャガ丸くんを食べたくなる病気です」

「そーなのっ!? お母さん大丈夫!? ジャガ丸くん食べる!?」

「い、いや、その、私は――」

「それでは、その辺りは俺じゃ手の施しようがないので、失礼」

 

 しゅぱーっ、と足早にその場から去る。

 虚を突いたあの一瞬で緊張と恐怖は霧散し、周囲にはいつものオラリオの街道の様子へ戻った。

 とはいえ、これはこれで最適解。

 

 話は簡単だ。

 あの親子は民間人で、俺は『冒険者』だから。

 

 冒険者とは『神』より恩恵を授かり、その眷属として人外染みた力を得た人間達の総称である。

 その中には暴漢もいるし、このオラリオにおいて恩恵を持たぬ住民たちの持つ世間一般のイメージとしてモンスターじみた力を持った人間、という印象を抱くものも少なくはない。

 

 そんな存在が、自身の娘と一緒に居たという事実を当事者となって考えれば、心配するなというのは一人の人間としても、一人の親としても酷というものだろう。

 

 もっとも、その前提とは別に俺へ向けられた恐怖はこの都市ならではの理由があるのだが。

 

「親子、か……」

 

 きっと二度と会うことはないであろう親子二人の姿を思い浮かべる。

 女の子は本当にいい子だった。

 きっと教育が良いのだろう。

 人見知りを発揮しても違和感のない年頃だろうにお礼も言って、動転していた母親をあの場で誰よりも心配して手を差し伸べられる優しい子。

 

 自分とは大違いだな、と思わず苦笑いが浮かぶ。

 

 ――別に、今の生き方に疑問を思ったことはない。

 むしろ生まれを考えれば、主神(あるじ)のお陰で贅沢とすら言える生を送れている。

 冒険者になった理由も目的もある。

 そのための手段も手筈も、この都市で確立していた。

 

 

 だけどそれは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 そんなことばかりを、この都市に来てからずっと考えている。

 

 

「――――いつか、殺す。必ず、殺す」

 

 

 ――――黒ずんだ心が言葉を覆い尽くした。

 空を見上げる。

 天に向かって伸びる白亜の塔。

 彼方に広がる蒼穹が少しでもこの嫌な感覚を和らげてくれることを願って、平和な都市の喧騒を耳に沈黙する。

 

 

「――――」

 

 

 だが、鎮まらない。

 肺が震えている。吐き出す空気は熱く、瞼の裏に浮かぶ光景に胸が凍っている。

 

 背中に刻まれた恩恵が、ぎりぎりと金切り音を上げて『忘れるな』と叫んだ。

 忘却を許さない、零度の焔。

 澄んだ空色を染め上げる、赤黒い怨嗟。

 かつての悲鳴が聞こえる。聞き届けた断末魔が、平和な昼の街通りの喧騒を塗り替える。

 

 胸に嵐が渦巻いた。

 忘れるな。忘れるな。忘れてなるものか。

 

 かの『暴風』に相応の報いを――。

 

 

「――――そんなに『家族』が恋しいの? アルノ」

 

 

 ――――かちん、とその声の主の主を一瞬で察して思わず硬直する。

 

 振り返れば――そこには『美』がたまたま人のカタチに収まっているだけの超越者がいた。

 息を呑むような銀糸の髪は腰まで伸び、簡単には人を寄せ付けない、神話的と表現してもよいほど触れ難い美しさを放っている。

 

 氷原の雪化粧を思わせるきめ細やかな白い肌は周囲から忍ぶために隠されてもなおその流麗さを損なわない。黒いケープに隠された肢体はその体のラインの大半を覆っているにも関わらず、完成された調度品が如き均整のとれた美を放つ。

 

 それは、このオラリオにおいて『最強』と呼ばれる眷属を率いる者。

 

 豊穣と魔性。

 愛と戦場。

 生と死を司る女神にして我が主神(あるじ)

 

「……なんで此処に居るんですか。フレイヤ様」

「ふふふ……なんでかしらね、アルノ」

 

 女神の名をフレイヤ。

 オラリオに存在する『美』を司る神々の頂点に座するその女神は、昼時をやや通り過ぎた人通りの少ない街の一角にて、都市の群衆の一柱(ひとり)としてそこに居た。

 

「団長はどうしたのです。あの人の護衛を掻い潜るなんてどんな手品を……聞いても無駄でしょうけど」

「どうかしら……百聞は一見に如かず、と言うじゃない?」

「つまり見に来ちゃったと……どうせ上から()()()()()()

 

 世間で言うところの魅惑の笑みを浮かべているフレイヤ様だが、発言がどうにも白々しいというか、こちらをどう揶揄おうかと考えを巡らせているのが透けて見える。

 急に目の前に現れた理由も皆目見当がつかないために、その疑念はひとしおだ。

 文句の一つや二つくらい言ってやりたいところなのだが、この神を前にしたらそうもいかない。

 

 何せ()()()()()()紛れもない、俺の主神(あるじ)として力を授かっているのだから。

 

 だがもとより、誰が思いつこうか。

 

 地上に清濁併せ持つ混沌を、平穏と災禍をもたらしたその存在は例外はあれど、その多くが今この目の前に居る『遊びに来た』と言わんばかりに戯れで地上での生活を謳歌しているなど。彼女とて、大枠として見ればその例に漏れない。

 

 ……もっとも、彼女に限って言えば得も言われぬ理由がある事が余計に質が悪いのだが。

 

「それで、主神(おや)である私より優先することがあったとは思えないのだけれど……その程度のことでアルノが奔走することはないでしょう? まさか本当に家族探しでもしてたのかしら」

「迷子を届けるのは仕事の一環ですよ、真っ当な」

「母性愛は私の権能(かんかつ)じゃないのだけれど、試してみる?」

「マジでやめてくださいよホント……!」

 

 流石にいい年こいて主神に対して母性(バブみ)を抱くのは抵抗がある。

 それだけじゃない。

 我がファミリアの運営は中々に忙しい。それこそ裏方に回っていただいてる眷属に申し訳なくなる程度には。

 

 だから、俺から手伝いを申し出たのだ。

 

 具体的には、ファミリアで使用するポーションの発注、必要なアイテムの調達および納品。

 

 『洗礼』で莫大な量の食材の消費報告を受けたため、食材の納品日の調整の連絡と値段交渉。

 

 我らが女神の眷属がやらかした被害に対しギルドや他のファミリアへの対応および交渉。

 

 ギルドが御するアドバイザーが扱う冒険者に対する生存マニュアルへの改善提案と会議。

 

 ギルドのトップ(ロイマン)から持ち掛けられる都市外の問題に対する相談と愚痴の傾聴。

 

 個(じん)的にフレイヤ様と付き合いのある神との次の会合の予定共有、日程調整。

 

 その他、雑務を含めた致命的な人材不足によって生じた膨大な事務処理。

 

 他にも、他にも、他にも、他にも他にも他にも他にも他にも他にも……。

 

「………………頭痛くなってきました」

「ふふふ、大変そう。ヘルメスのとこの眷属()みたい。この前デメテルが心配してたわ」

「引っ叩きますよ」

 

 その豊穣の女神(デメテル様)との会合という名のお茶会すらも、俺が他の眷属に悟られないようセッティングしたものだというのに。

 

 どこかの誰かの影響で眷属すら好き放題やるから、各所から俺にお鉢が回って来てるのだ。

 

「もしかしてまたロイマンの相手? 私の眷属()なのに貴方は扱いが雑で嫌になりそう……あ、都市の外に『伴侶(オーズ)』を探しに行きたくなってきたわ」

「今それだけはやめてください……!」

「今じゃなかったら良いのね」

「今じゃなければ良いです」

 

 半ば懇願するように口にする。

 別に伴侶(オーズ)……好きな人を探す為に各地を巡るのは大いに構わないのだ。

 

 この広い世界でオラリオにのみ留まるというのも、彼女の気質を考えれば酷な話というもの。

 

「ただ今は都市から離れるわけには行きません。あなたのやりたい事に、()()()()()()別にとやかく言うつもりはありません。彼らの護衛が息苦しいのも正直理解できますし同情しますが、出歩くのならそこはご容赦を」

「なら、それ相応の見返りが欲しいのだけれども。私を留めるに足る理由を」

「……今から昼食なので、それで手を打っていただけますか」

「及第点」

「ハァ……」

 

 心なしか、紙袋の中のジャガ丸くんは時間経過以上に萎びている気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 




◇美神ととある眷属の一幕

「……『女神の白鷹』、ですか」
「あら、気に入らない? 『神会』じゃ面白味がないくらい真っ当な二つ名だけれども」
「冒険者としての『格』の話です。鳥に例えられるほど俺は高尚な冒険者じゃないでしょう」
「私はそうは思わないわ」
「少なくとも泥を啜って生きて来た人間には勿体ない二つ名です。『火喰(エルダー)』でも過分だというのに」
「わかったわ。じゃあ次の神会(デナトゥス)では『鬼★滅★剣』で採用しておく」
「はっ倒しますよ」

思いついたらこんな感じで眷属とのやり取りを書いていきます。
感想と高評価もモチベに繋がるんでよろしくお願いします。
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