第297号(2025年3月4日) 日本も核武装すべきかと問われるならば…
【インサイト】日本も核武装すべきかと問われるならば…
問題は服を着ているかどうかなのか
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さて、その間に何があったかは既にメディアでも報じられまくり、SNS上でも熱く論じられまくったので、今更ここで繰り返さなくてもいいかなと思います…というわけにもいかないかと思い直したので一応ひとことだけ触れておくと、28日にウクライナのゼレンシキー大統領が訪米してトランプ米大統領と会談。最初は一応なんとか儀礼的にやっていたものの、終盤の方でJ.D.ヴァンス副大統領なんかも加わってきて口論になってしまったというあの事件です。会見でのやりとり全文はNHKが日本語訳した上でサイトに掲載してくれています(流石の公共放送!)。
この件を巡っては、ゼレンシキーがスーツを着ていなかったかどうかとか、通訳をつけなかったから、といった極めてわかりやすいポイントがクローズアップされる傾向にあります。実際、こういう話は話題に載せやすいわけですね。
ところで、私たちの世代が国際関係論を勉強するときの標準的な教科書であったジョセフ・ナイの『国際紛争』は「反実仮想」をやってみろ、と教えています。もしもある出来事が起きていなかったら?私たちが知っているようには起きなかったら?事態の進展に大きな影響はあっただろうか?もしそのように考えられないなら、その出来事のインパクトはそんなに大きくないのでは?というふうに考えるわけです。
重巡筑摩のカタパルトが故障していなかったら?とかそういう話ですね(スパナを持った時間犯罪者の首根っこを捕まえながら)。
そこでナイ先生の教えに従って、こんなふうに考えてみましょう。2月28日、ゼレンシキーはこの戦争が始まってから始めてスーツ姿で公の場に姿を表す。ノンネイティブの英語だと誤解が生まれるかもしれないので通訳をつけて、まずはバイの会談会場へ。その後、記者の前でヴァンス副大統領も交えた懇談を…。
いや、どうかなぁ、と思うわけです。あんまり変わらなかったんじゃないかな、と。というのは、あのトランプとヴァンスの敵意に満ちた態度は、ゼレンシキーがスーツを着ていたかいなかったとかによるものでは明らかにないからです。
ヒルビリー・エレジー
私がJ.D.ヴァンスの著書『ヒルビリー・エレジー』を読んだのは5年前の今頃です。今にして思うと「よく時間あったなー」という感じですが、当時はまだ世の中がこうもピリついていなくて、私のような軍事屋がそう忙しいということもなく、しかもコロナによる社会の麻痺が始まっていた頃でした。大学も出勤してくるなというもんだから、「じゃあ買っといた本を片っ端から読んでくか」というようなことを考えて手に取った一冊であると記憶します。
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