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【往復書簡】自分をあっさり裏切ろう。

壇珠さんの記事へのお返事です。

壇珠さん、おはようございます。ビックリマークの多い自分の文章を恥じ、今回はおとなの渋みたっぷりでお届けしたい。俺にだってできるんだ。勢いだけじゃない、意外とまともな部分があるんだぜということを、自分に見せてやりたい。そんな気持ちで筆をしたためております。春ですね。

壇珠さんのお返事はクリティカルで、焚き火に薪をくべながら、同時に火消しも行うめ組のパワーを感じました。赤い炎は消えるけど、青い炎はより燃える的な、自分の未熟さが浮き彫りになる、夜明けの喝を受け取りました。祖国ジャパンは朝の六時。朝さ。自分の浅さが、恥ずかしい朝さ。

世の中にはダメ人間ではない優れた人がいる、という前提があると、じ、じ、実は自分は優れた側ではなく、ダメな人間側なんです!!という告白をする人の正直な姿は感動的なものですが、私が全員ダメ人間だという前提のもとにいるがために、そんな素敵な姿を見ても、じゃああなたはそれを認める前は自分を何者だと思っていたのだい?とすげえ意地悪なことを思ってしまう始末なのです!!嫌な奴!!ダメな上に嫌な奴ですね俺!!

だけれども、全員ダメ人間という前提を持つのにもひとつ良いことがあるとしたら、それはもういちいちダメかダメじゃないかと考える必要がなくなることだと思います。俺たちゃ所詮、ダメ人間!ヒカキンさんだってイーロン・マスクだってシェイクスピアだって、ダメ人間。大差があると思うのは、その差を寄り目になるくらい近くから見ているからだよ。遠く遠く、月から見たら、彼らと我らに差なんかない。だから安心しろ、これを読む君もダメ人間。俺たちゃもれなく、ダメ人間!!まったくもう、愛くるしいぜ地球人!!と思えるところが便利です。

昨日の俺は今日の他人。まったくもって壇珠さんのおっしゃる通りだと思いました。私も、自分で「ダメ人間ならダメ人間のまま誇らしく生きろ」的なことを書いた後に、そんな区別なんてないからと思いました。自分が言ったことを、十秒後には「なに言ってんだこいつ」みたいに感じることがしばしばです。自分を全開に曝け出す人を見ても「だからなんだよ」とか「お前に足りないのはセンスだ」と思っちゃいます。ダメかダメじゃないかよりも、センスの好き嫌いだと思いました。

世間的には「嘘はよくない」「愚痴はよくない」「欲はよくない」「暴力はよくない」「嫉妬はよくない」的なことを言われておりますが、私は、全部センスの問題なのかなと思います。つまらない愚痴を聞くのは嫌いですが、面白い愚痴を聞くのは好きです。嘘は嫌いですが、私は自分に嘘をつき続けてきました。自分を気持ちよく酔わせてくれる嘘を信じて、自分も自分に嘘の魔法をかけて、大丈夫でもなんでもないのに「俺が来たから大丈夫だ」などと、こんな言葉を言えたらかっこいいだろうなあと思う言葉を無責任に放ち続けていたら、なんとなく板についてきて、やがて、矛盾こそが自分の実体だと思うようになりました。

言いたくなったことを言い、言った後に「あれ、今のセリフは結構イカしているんじゃないか?」と自分でニヤつき、時の洗礼に耐えたものが私にとっての信念らしきものになりました。信念と言うとかっこいいですが、信念って、自分にとって都合のいい言い訳みたいなものなのかなと思います。言い訳はよくないと言われていますが、私の人生は、自分にとって都合のいい言い訳を探す人生でした。この言い訳を、楽しく生きて、楽しく死ぬ言い訳を、死ぬまで続けるのだと思います。

これは私の個人的なチャレンジの話になってしまうのですが、自分のひとつ憧れというのは、みんなと同じような人として、大量生産の安い鶏肉みたいな(圭吾さんの言っている意味とは違ってきてしまうと思いますが)存在になり、それなのに、素晴らしき哉、人生!と思っていることなのです。それができたら、どんなに素敵だろうと思います。わたしゃ、こういった常識に対する裏切りといえるものにしびれちまいます。特別に経済的に成功しているわけでもなく、特別に目立つ存在でもないのに、人生を心から愛している人には敵わないと思ってしまいます。

逆に言えば、そのあとにその人が経済的に成功したり、著名な人物になったり人類にすごい貢献をしたとしても、それを特別だとは思わずに、大量生産鶏肉だったころの自分とまったく同じ感覚で、素晴らしき哉、人生!と思えたらめちゃくちゃ素敵だと思うのです。(その暁には自分も、そんなふうに自分のことばかり考えるのは卒業して、ボロを着ても心は錦で、でくのぼうと言われながら誰かのために奔走できるような人間になりとうございます。。)

私も、大量生産の安い鶏肉みたいな生き方をするなと書いた直後に「大量生産の安い鶏肉みたいな生き方でもいいじゃない」と思いました。自分が言ったことを、光の速さで罵倒する自分が好きです。良識的な方々からは「なんなんだお前は」とか「もっと自分の発言に責任を持て」と怒られてしまいそうですが、これがまた、意外と責任を持っているのです。責任とは、自分が言ったことに対して生まれた反動を、引き受けることだと思います。若かりし頃は「一貫していないと信用を失う」などと思ってビクビクしていましたが、絶対矛盾の自己同一、それでもいいじゃないかと思って生きていたら、意外と世界も「君は素直でいいね」と、矛盾を抱えた私を生かしてくれました。

私の中には「迎合するな」「忖度するな」と思っている自分がいると同時に「人生即迎合」「人生即忖度」と思っている自分もいます。言ってることとやってることがめちゃくちゃだと怒られることもありますが、めちゃくちゃなのが人間だろ、めちゃくちゃなのが自然だろと思います。俺たちは、機械でもなければ家畜でもない。俺たちは、心を持った人間なんだぜと不敵な笑みです。不敵な笑みの裏に「機械でもいいじゃない」「家畜でもいいじゃない」と思う自分もしっかりいます。

壇珠さんがおっしゃる「自分のひとつ憧れというのは、みんなと同じような人として、それなのに素晴らしき哉人生!と思っていることなのです。それができたらどんなに素敵だろうと思います。わたしゃ、こういった常識に対する裏切りといえるものにしびれちまいます」という感覚は、私の憧れと一致します。私の不幸は、すべて、私が家でじっとしていられないことにあると思います。調子がいい時は「大根を干している時間は至福」とか「庭の草木の成長を眺めることが喜び」とか「日光浴を超える快楽はない」などと思えるのですが、持続せず、外に飛び出してしまいます。私は、ここに己の未熟さを感じます。要するに、落ち着きのない馬鹿なのです。落ち着いているっちゃあ落ち着いているのですが、あまりにも落ち着いていると「落ち着いている場合じゃない!もっと死ななきゃ!」と飛び出してしまう病気なのです。いつでも帰れる天国を飛び出して、地獄で遊びたくなるのです。そして、何よりも厄介なことに、私は私という病気を気に入っているのです。

私は和菓子が好きなのですが、素朴な和菓子屋さんのおじちゃんが、大福よりも美味しそうな顔をしているのを見るのが大好きです。きっとこの人は、自分の仕事を心から愛しているのだろうなと勝手に感じて、こっちまでおこぼれをいただけた気持ちになります。家の近所の風呂屋には、毎回必ず口笛を吹くおじちゃんがいます。人の目なんか気にしないで、気持ちよさそうに口笛を吹くおじちゃんを見ると「最高だな」と思います。自分の生活に充実している人特有のオーラに触れると「敵わないな」と思います。特別なものから生きる刺激をもらってきたことと同じくらい、私は、素朴なものから生きる力をもらってきたのだなと思います。素朴の代表が、父であり、母でした。

違うの。愛って難しくないよ。などという人のこともクッソ嘘つきの二枚舌か考えなしの真のアホなんだろうと思っています。一枚のクッキーを二人で分けて食べる。それも愛なんだから。とかね。うるせーよ。それを言うなら、風俗嬢のサービスだって愛だし、税金だって愛だし、この世のすべては愛なんだよ。この宇宙を創っている素材は愛なんだよ。だからって、なにに対しても安直な答えを出すんじゃねえ!!すぐに楽をしようとするな!!噛まずに飲める粥ばっかり食ってんじゃねえ!!五年前の、カッチカチの、竹より堅いスルメを噛め!!

「人間失格って読んだ?あれ別に難しい文学じゃないよ。ある人がね、お酒に溺れちゃうし、鬱だし、すぐに人に頼っちゃうの。それで悩んで死んじゃうんだよね」ってさ。いや、お前は文字を追っただけ、出来事を覚えただけ、活字を噛まずに飲んだだけで、なにも読んではいない!!そういうことと同じだと思うんです。

せい!!ここにきてせい!!やっぱり飛び出すビックリマーク!!おとなになんてなれないよ!!ふぉ〜!!こう言う壇珠さんが大好きです!!なにに対しても安直な答えを出すんじゃねえ!!すぐに楽をしようとするな!!噛まずに飲める粥ばっかり食ってんじゃねえ!!五年前の、カッチカチの、竹より堅いスルメを噛め!!ふぉ〜!!まいったか!!いつまでもウジウジしている暇があったら、上記の言葉をお経のように唱えやがれってんだい!!ふぉ〜!!私の本質はクソガキなので、威勢の良い言葉を見るとキャッキャします。

壇珠さん、あたしゃ思うんですがね、欲深さが罪なんじゃなくて、欲の浅さが罪なんだと思うんでござい。欲深いのはいけねえよと言われますが、欲が浅いからいけねえんだと思うんでござい。煮え切らねえのは、欲が深いからじゃなくて、欲が浅いからだと思うんでござい。家庭でうまくやるとか、職場でうまくやるとか、小せえ、小せえ、魚たちも小さい水槽に詰め込むと喧嘩をするって言うじゃありませんか。そんなことより、世界。社会より世界。世界より宇宙。宇宙よりもっと宇宙。小さな欲におさまるよりも、人類全体を包み込むようなでっかい欲を抱きやがれってんだいと思うんでござい。小欲よりも大欲だろと思うんでござい。青年よ、大欲を抱けと思うんでござい。

昨日気づいたのですが、歌舞伎の顔真似をすると元気になることを発見しました。体の動きも添えるとよし。声も出すと尚よし。表情筋も鍛えられて一石二鳥。世の中が合理的にもっともらしくなると、歌舞伎の顔真似をしただけで「そんなことをやってなんになるの」と言われます。役に立つこと、金になることだけが善で、あとは無駄ということになります。そして、我々は遊びを忘れていくのです。あたしゃ、そこに中指を立てたい。そんなことをやってなんになるのと言われたら、俺は「風神になるんだよ」と言ってやりたいと思います(※雷神も可)。君雷神なら俺風神。君風神なら俺雷神。これが真のずっ友(ずっと友達)だと言いたい。ちっちゃい見栄を張るよりも、でっかい見得を切りやがれ!!歌舞伎のように!!踊れ!!玉砕ダンス!!散れ!!千本桜の吉野の山よ!!ニイタカヤマノボレ!!最後までご覧いただきありがとうございました!!!!(爆死)

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坂爪圭吾
バッチ来い人生!うおおおおお〜!

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【往復書簡】自分をあっさり裏切ろう。|坂爪圭吾
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