JAL123事件の真相の最終結果。
アメリカ政府に関わった内部告発者
ジムから、元CA凛子さんへ涙の報告です。私も泣いてしまいました。
最終的には、日本の自衛隊が追撃したのではなく横田基地の米軍すら把握してなかったアメリカの特殊部隊ステルス機F22による命中です。
ここには3本立ての計画実行がありました。私の中で全て繋がりました。
①日本のトロン技術を世界の
OSにされてしまっては困るから
プラザ合意をさせるための半年以上前からの
の計画
(これは文書がconfidentialが解除されてみれるようになってます。
以下ポストリンク先の前回のCA凛子さんの動画を見てください)
②米軍と日本の合同演習
設定はロシア機が攻めてきたことを
想定した爆弾が入ってないオレンジ色のデモ機による演習
→この時、JAL123便の
垂直尾翼に命中。
→保江教授の証言に繋がりました。
「米軍の命令によりあれはロシア機だから打て!と言われてボタンを押した
自衛隊員は罪の意識で後に自殺した。
と一致。
③アメリカの別班
ステルス機F22がトドメとして
撃った。
→小学生の目撃と一致。
JAL123便に付いて追ってく
ステルス機2機を目撃と一致。
計画
相模湾の底に沈める予定だった
結果
JAL123便の機長が優秀で相模湾に
落ちるのではなく、
航路を変えて、横田基地に
降りるようにスコークの
信号を横田基地に送った。
横田基地は受け入れ体制に入った。
ところが別班のF22ステルス
戦闘機から、横田基地に、
JAL123 便の着陸を
受け入れたら今すぐJAL123を
撃ち落とす
と脅迫され
受け入れを断念。
結果、JAL123便は横田基地にも
降りられず、不時着できる
レタス畑を目指したが、
ステルス機に邪魔されて
御巣鷹山へ囲い込まれて不時着。
JAL123便の機長の運転技術は
世界から見ても高い技術を持っていた。機長は最後まで乗客の命を
助けようと闘っていた。
泣きますよこれ‥
youtu.be/5-uAdyBftCs?si
Quote
@RoseVivienelove
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JAL123事件 米軍陰謀説は否定されています。
jspmi.or.jp/system/l_cont.…
dailyshincho.jp/article/2018/0…
F-22の試験機であるYF-22の初飛行は1990年9月30日で事故当日の1985年8月12日には時系列的には間に合いません。
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majo44.sakura.ne.jp/etc/TOF22/stea…
ja.wikipedia.org/wiki/F-22_(%E8…
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