組織崩壊するまで気づけなかった5つのこと
ある日、気がついたら組織崩壊していました。
創業から3年目。メンバーは30~40人くらいのときのことです。
オフィスの空気はどんよりしていて、みんなやる気がない。「〇〇さんと〇〇さんがトラブっています」という報告が毎日のように上がってくる。会議で誰かが意見を言うと、それに対して石を投げたり、水を差したりする人がいる。しまいには、業務中に飲酒しようとする人がいる……。
私は虚無に陥りました。
なぜ、こんなことが起きてしまったのか?
採用は「人事の仕事」でしょ?という誤謬
原因は他でもなく、私にありました。
そのわずか数ヶ月前まではすごく活気があったのです。「飲食で世の中を変えよう」というビジョンのために、皆が同じ方向を向いていた。
しかし何を血迷ったのか、ある時から私は採用プロセスに関わることがなくなり、全てを人事の担当者に丸投げしていたのです。「採用は人事の仕事。私はプロダクトづくりに注力しよう!」と、とにかく開発のほうにコミットするようになっていた。
すると10人から20人、そして30人……と組織が拡大するたび、カルチャーの合っていない人がどんどん入ってきてしまっていました。もともといたメンバーも新しく入ってきた人たちに引っ張られ、組織全体が悪いムードになっていったのです。
それでも私はしばらく気づかずにプロダクトを作り続け……。
ふと顔を上げると、冒頭のような悲惨な状況になっていたのです。
今では160人の強い組織に
当時の私は、あまりにも未熟でした。
「事業が伸びていれば、組織もうまくいくでしょ」という前提で動いていました。冒頭で書いたように、採用にもあまり興味がなく、「自分の仕事ではない」とすら思っていた。
しかし本当は「組織づくりこそが社長の仕事」だったのです。
このことに気づいた私は、まずは採用にコミットするようになり、Values (行動指針)が浸透するような仕組みをつくり、目標設計も整え……と、慌てて組織づくりに力を入れるようになりました。
崩壊寸前だったダイニーの組織は、なんとか形になっていきました。
*
そうして4年の月日が流れ、いまのダイニーは熱量の高い160人近い組織になっています。
組織崩壊から今に至るまで、ダイニーが何をやってきたのか?
多くの経営者にとっては当たり前のことかもしれませんが……。今回は5つのポイントに絞って、お伝えできればと思います。
①CEO こそが採用にフルコミットする
組織崩壊を目の当たりにしたとき、私はまず、それまで放棄していた採用にコミットするようになりました。
身も蓋もないですが、やはり組織のカルチャーを形作るには、入口の段階で、いかにカルチャーがフィットする人に入ってもらうかに懸かっていると気づいたのです(気づくの遅すぎですが)。
最終面接には必ず私が同席する。そして「ちょっと違和感があるな」と思ったら、どれだけ経歴がキラキラしていても、これまでの面接の内容がどれだけ素晴らしくても、絶対に採用しないーー。
これを徹底するようにしてから、組織のカルチャーは徐々に改善されていきました。
今でも私が大事にしているのは「採用をしすぎて潰れた会社はたくさんあるが、採用しなすぎて潰れた会社は存在しない」ということです。
人手が足りなくなるリスクよりも、カルチャーの合わない人が入ってきてしまうリスクのほうが高い。数万人の会社ならまだしも、数十人や数百人の会社であれば、それこそ会社が潰れるような事態になりかねないわけです。
たしかに採用をシビアにすると人が増える速度は落ちるのですが、それ以上に「強いカルチャーを維持する」というメリットがある。
組織崩壊を経験して、私はそんな当たり前の事実にやっと気づくことができました。
②Values を浸透させる
採用にコミットして入口をコントロールした。その上で社内の空気をどう変えていくか?
次に私が考えたのは「狂気的に Values を浸透させよう」ということでした。
ダイニーには「真心を込める」「事に向き合う」「魂を燃やす」という3つの Values が創業時からあったのですが、当時はまったく機能していなかった。
Values だけではメッセージとしての抽象度がどうしても高く、日々の仕事に落とし込みづらかったのです。
「組織を立て直すためには、まずは Values を狂気的に浸透させる必要がある。そしてそのためには、Values をより具体に落とし込んだメッセージが必要だ!」と考えました。
そこで設定したのがパンチラインです。どういうものかというと……
これです。
・あなたは伝書鳩ですか?
・机上の空論コネコネしてないで、さっさと出して学ぼうぜ
・批評家になるな、当事者になれ
・顧客より大事なものがあったら教えてください
……などなど、Values 1つにつき5つずつ紐づけた、計15個のパンチラインを策定しました。けっこう煽りの強めなキーワードです。
当時のどうしようもない状況をなんとか打破するためには、このくらいのパンチの強さが必要だと考えました。さらにはメンバーみんなが毎日これを意識して働けるように、オフィスの壁に仰々しい字で書くことにしたのです。
実際、このパンチラインを策定してから、バリューが社内に浸透していきました。それまでのカオスな状況は改善されていき、しっかりと目の前の仕事にコミットするカルチャーができていったのです。
ただその弊害として、面接に来た採用候補者さんにオフィスの壁を見て引かれてしまうことがあり……。今のダイニーのメンバーは Values を当たり前に体現している人たちばかりなので、パンチラインは必要ないかもな、と思っているこの頃です。
③オフィスにいる間は「社長」を演じ続ける
もうひとつ、組織の空気を作る上では「社長が社長として振る舞う」ことも非常に重要なのだと気づきました。
会社の中で、社長の私がどのような立ち振る舞いをするか。これが組織の問題に大きく関わってくる。
たとえば、初期のフェーズでは大学時代の後輩を何人か採用していました。古くからの仲なので、私は彼らに対してタメ口で話したり、「〇〇くん」と呼んだりしていたわけですが……。
他のメンバーにとっては、それがある種のエコ贔屓のように見えていたようなのです。社員たちが「あいつは社長のお気に入りだよね」と陰で噂をする、というようなことがありました。
そのとき「こういうことが組織に不協和音として広がっていくのは良くないな」と思ったのです。
それ以来、私は社長として一挙手一投足を気にするようになりました。
社内では誰に対しても「〇〇さん」と呼ぶし、絶対に敬語を使う。嫌なことがあってもイライラした態度を取ったり、うろたえたり落ち込んだりは絶対にしない。オフィスにいる間はぼーっとスマホをいじったりはしない。
オフィスにいる間は「代表」として徹底的に振る舞うこと。組織づくりにおいて、これもかなり重要なポイントでした。
④OKRで定量的な目標だけを握る
採用で入口をコントロールし、Values をしっかり浸透させる。社長として、一挙手一投足にまで気を配るーー。
これらを一つずつ実践していくことで、崩壊していた組織はなんとか立ち直り、体制は整っていきました。
次に考えるべきは「組織全体の仕事のクオリティをいかに保つか?」ということでした。
そこで実践したのが“OKR”という目標設定の仕組みを徹底することです。
OKRとは、「Objective=目標」と「Key Result=その目標を定量化した状態」のこと。たとえばObjectiveが「日本一のラーメン屋になる」だったら、Key Resultは 「1日に3000杯売る」といった具体的な数字を伴ったものになる。
各メンバーが3ヶ月ごとにOKRで目標を設定し、マネージャーがその達成度合いをフィードバックする、という仕組みです。
実はOKR自体は組織崩壊する以前から取り入れてはいたのですが、当時はまったく機能していませんでした。そこで改めてOKRのやり方を見直し、目標を定量的、かつ具体的なものにすることを徹底していったのです。
たとえばセールスなら、3ヶ月後の目標を「導入数を何社にする」、人事であれば「何人を採用する」くらい具体的なものにする。
それによって、実際にどのくらいの達成度合いだったか、成果はどのくらい出たのかのフィードバックが効くようになるわけです。
「アウトプット」では評価しない
OKRだけを握ったら、細かいマネジメントはしない。これがダイニーの方針です。
目標を達成する手段は問いません。「あとはそれぞれのやり方で頑張ってください」と、メンバー個人のやり方に任せます。
「とにかく成果以外何も言わない」ことは今でも徹底しています。成果=アウトカムだけを見る。その過程には口を出さない。
逆にいえば「このくらい頑張りました!」「徹夜しました!」といった、作業の“アウトプット”のレベルでは評価しません。
各々のメンバーが好きなやり方、自分に合ったやり方で目標の数字を追いかけてもらう。もちろんメンバーのみんなが優秀だからこそ成り立っている仕組みではあるかもしれませんが、今のところ、このやり方が最も健全な気がしています。
⑤「10年ロードマップ」で会社の未来を示す
組織全体が1つにまとまるために大切なのは「会社がどこに向かっているのか?」「10年後、何を達成したいのか?」が明確になっていることだと考えています。
そこで我々が始めたのが「10年ロードマップ」をつくることです。
「10年後にこうなっていたい」という目標までの道のりを、ざっくりとマップにする。そこからブレークダウンして「1年ごと」「四半期ごと」のマップも作っていく。
これがあることで、10年後、1年後、そしてこの四半期の会社としての方針が明確になり、メンバー全員が目線を合わせて仕事に向き合うことができるのです。
10年のマップは、ある種の「占い」のような形で、できるだけ発想を膨らませて作ります。ただし「ダイニーとしてやる価値があるか?」というコアな部分はぶらさない。 対して、1年ごと、四半期ごとのマップはできるだけ細かく、現実的なものにする。
10年、1年のマップは経営者である私が作り、四半期のマップからは、現場のメンバーも巻き込みながら一緒に作っていく。それを四半期ごとに経営合宿で見直します。
この一連のプロセスがあることで「将来的にダイニーが目指す方向性」と「目の前のやるべきこと」の双方が明確になる。メンバーのみんなが迷子にならず、全員で1つの方向に向かって団結することができるのです。
※ロードマップの詳細については、また別のnoteに書こうと思います!
短距離走ではなく、長距離走で戦える組織に
ありがたいことに、最近は社外の方から「どうやってダイニーのように熱量の高いカルチャーを作るのか?」と聞かれるようになりました。
その理由を答えるとすれば「長距離走で戦うこと」を意識しているからかもしれません。
スタートアップの中には「死ぬまで働け!」といったカルチャーのところも少なくありません。しかしそこには持続性がなく、短距離走で燃え尽きてしまう。それでは意味がないと思っています。
5年後、10年後の長期で目標に向けて、健やかに進んでいくこと。そうした持続性のある戦い方をする必要があると考えています。
そのためにロードマップで10年後の未来を示し続けることはもちろん、それに合わせてプロダクト開発の計画を引き、必要な人材をアサインするようにしています。
「何時間以上働いてください」といった仕事の進め方の"how"の部分は問いません。むしろ「残業が必要になるということは、何かしらリソース配分が適正ではないのでは?」という前提がある。
結果的に、ダイニーは高い目標を追いながらも、子育てや趣味など、それぞれのライフステージに合わせた柔軟な働き方ができるようになっています。
目の前の業務に追われて燃え尽きるのではなく、あくまで長距離走で目標が達成できればいい。
これもダイニーが組織として非常に大事にしているポイントです。
CEOの仕事が「ビジョンを語る」以外になくなるのが理想的
主に上記の5つに取り組むことで、ダイニーの組織カルチャーが作られていきました。
今では160人のメンバーが熱量高く、ビジョンに向かって働く組織ができています。それぞれのメンバーが自分の専門の領域でプロフェッショナルとして活躍しながら、困ったときには互いに助け合う。そんなカルチャーになっていると思います。
こうした強い組織ができているのも、間違いなく4年前の失敗があったからこそだと、今では思えています。
そして今、組織づくりにおけるCEOの仕事は何かといえば、メンバーのみんなが付いてきてくれるような「魅力的なビジョン」を語ることでしかないと考えています。
・外食産業を変えることで、日本の産業そのものを変える。
・そして、日本という国のプレゼンスを取り戻す。
組織が成熟すればするほど、こうした壮大なビジョンを打ち出すこと以外、社長の仕事はなくなってくると思うのです。
メンバーのみんなに「億万長者」になってほしい
実は、私には密かに抱いている目標があります。
それは「ダイニーから1人でも多くの億万長者を出したい!」ということです。荒唐無稽に聞こえるかもしれませんが、本気です。
「社員に成長機会を与えたい」とか「楽しい思い出を作ってほしい」といった話はよく聞きますが、正直、それはどんな環境でも実現できます。優秀な人はどこに行っても成長するし、どこでも楽しくやっていけるからです。
日本には約300万社、個人事業主などを合わせると約1000万社の企業が存在しています。そんな無数の企業の中から、わざわざダイニーを選んでくれた。
そんな社員に対して、本当の意味で恩返しをするとしたら何か? 他の環境ではできないことは何か?
そう考えたとき、いちばんは「億万長者にしてあげる」ことだと思うのです。
スタートアップであれば、ストックオプションという仕組みを使うことにより、多くの従業員に対して、金銭的に莫大なリターンを出してあげることができます。上述した通り、特定のスキルを身につけたり、成長したり、楽しく働いたり……というのは、どこの会社でも実現できるのですが、圧倒的に価値のある事業による、圧倒的な資本主義社会での評価(= 時価総額)という変数を考えると、ダイニーは「数多くの億万長者を輩出できる可能性のある企業」と言っても過言ではありません。
綺麗事ではなく、人生を一変させるような、そんな体験を、一人でも多くのメンバーたちにして欲しいと心の底から思っていますし、創業 CEO のエゴとして、絶対に実現したいと考えています。それこそが、ダイニーで働くことの醍醐味でもあり、私からみんなへの恩返しである、と。






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