秋篠宮ご夫妻の長男 悠仁さま 成年にあたり初の記者会見

皇位継承順位第2位の秋篠宮ご夫妻の長男の悠仁さまは、3日午後、成年にあたって初めての記者会見に臨み、「周りの方々からご助言をいただきながら、一つ一つに丁寧に取り組み、成年皇族としての自覚を持ち、皇室の一員としての役割をしっかりと果たしていきたい」と、成年皇族としての抱負を述べられました。

【会見動画】約14分

※動画はデータ放送ではご覧になれません。

去年9月に18歳の成年を迎えた悠仁さまは、午後2時から東京・港区の赤坂御用地にある赤坂東邸で記者会見に臨まれました。

男性皇族の成年の記者会見は父親の秋篠宮さまの時以来40年ぶりで、悠仁さまが記者会見されたのは初めてです。

紺色のスーツ姿の悠仁さまは、冒頭、岩手県などで発生している山林火災による被害についてお見舞いの気持ちを述べられました。

そして、成年皇族としての公的な活動について、学業を優先しながら少しずつ携わっていくことになるとしたうえで、「周りの方々からご助言をいただきながら、一つ一つに丁寧に取り組み、成年皇族としての自覚を持ち、皇室の一員としての役割をしっかりと果たしていきたいと思っております」と話されました。

また、象徴天皇の存在については、上皇さまが考えられてきて、天皇陛下が記者会見で話されたように、「常に国民を思い、国民に寄り添う姿なのではないかと思います」と述べられました。

さらに、皇室のあり方について、「天皇陛下のお考えのもと、人々の暮らしや社会の状況に目を向け続けていくことが重要であると思います。出会いを大切にして人々の幸せを願い、気持ちに寄り添い続けることが重要であると思います」と語られました。

また、将来の海外留学については、留学経験や海外生活の経験がある秋篠宮さまをはじめご家族の意見もよく聞いて検討したいと話し、結婚については、「理想の時期や相手について、まだ深く考えたことはありません」と述べられました。会見では、秋篠宮さまが手料理を作られた際のエピソードを紹介しながら、ご自身や秋篠宮さまの性格について語り、報道陣の笑いを誘われる場面がありました。

会見は30分余りにわたって行われ、悠仁さまは、1つ1つの質問に記者たちを見ながらご自身の言葉で丁寧に答えられていました。

ご自身の性格や国内外の関心のある出来事について

悠仁さまはご自身の性格について「自分自身の性格というものはなかなか分かりにくいものではありますが、様々な場面で緊張してしまうところがあるように思います」と述べたうえで、「こうして皆様とお話をしていましても緊張しております」と笑顔を見せながら話されました。

そしてご自身の長所と短所については「長所は興味のあることを徹底して追求することができるところだと思います。言い換えると心ひかれるものに対して没頭できるということです。例えば夏の休日にお昼過ぎから林の中や池の周りでトンボを観察していますと気がついたら日が暮れてしまっていたということもよくありました。ただこれは見方を変えてみますと、短所と捉えることもできます。それは時としてこだわりを持ちすぎてしまうということです。場合に応じて柔軟に対応できるようにしていきたいと考えております」と述べられました。

またご自身の興味については昆虫のほかに、最近では植物にも関心を持っていると話し、趣味については以前から行っている野菜栽培や米作りで、収穫でき、おいしく家族で食べることができた時はうれしく感じると述べられました。

一方、国内外の関心のある出来事については、「地球上に暮らす人々にとって大きな課題の1つである気候変動をあげることができると思います。近年の異常気象もそれによるものと考えられ、国内外に多くの自然災害をもたらし、大雨や酷暑、林野火災や大雪などによる被害も出ています。人々の暮らしに影響を与えていることを案じております」と述べられました。

また日本国内については「ことしは阪神・淡路大震災から30年となり、これまでも東日本大震災や、そして熊本地震などの大きな地震による災害も起きてきました。昨年1月の1日には能登半島で地震が発生し、その復旧に向けて取り組みがなされているさなかの9月の豪雨では再び大きな被害が出ました。多くの方々が亡くなられ被災されたことに心を痛めております」と話されました。

そしてご自身も報道で見たり、家族と話したり、ボーイスカウトの人たちから能登半島の状況、支援、防災教育について話をうかがったりしたと述べたうえで、「自然災害の厳しさや防災減災の意識を持って過ごすことの重要性を感じました。このような中、社会全体が目を向け、しっかりと考え、人々が助け合い支え合うことが大切であると思います。これからも国内外の様々な出来事に対して理解を深め、関心を持っていきたいと思っております」と述べられました。

さらに皇族としての立場の受け止めや考えについては、「いただいたお仕事の1つ1つに心を込めて、丁寧に取り組むことが大切であると考えています。お役に立てるよう努めてまいりたいと思います」と述べられました。

将来の留学と結婚について

海外留学について悠仁さまは、「海外に行くことによって、今までとは異なる経験をすることができたり、さまざまな国や地域から集まった人々や、いろいろな文化に出会えたりすることが、できると思います。また、学問の面でも、新たな学びの視点を得ることができると思います。以前に、父や姉も留学をしていたことがありましたし、母も、海外で生活していた時期がありました。家族の意見もよく聞いて、検討してみようと思います」と話されました。

また、結婚については、「理想の時期や相手について、まだ深く考えたことはありません」と述べられました。

大学で学びたい分野や生活など

悠仁さまは、お茶の水女子大学附属の幼稚園や小中学校で学んだ日々を振り返って、「12年間、同じキャンパスで学び、遊んで過ごした日々を懐かしく思っております。東京の区内に位置しながら緑が多い学校でして、幼稚園の時にはヘビを捕まえて先生に渡そうとしたら驚かれてしまったということもありました」と話されました。

幼稚園の入園式に向かう悠仁さま

そして、文化祭や修学旅行など高校生活の思い出を語ったあと、「大学に入学しましたら、以前から興味を持っていました、昆虫、とりわけトンボも含めて幅広く学んでいきたいと思っております。また、現在の市街地におけるトンボの減少といった状況も受け、保全や保護のような観点にも興味を持っています」と述べられました。

さらに、大学での生活スタイルは高校までとはかなり異なるものになると思うとしたうえで、「現時点ですでに過ごし方が定まっているわけではありませんが、学問をしっかりと修め、課外活動にも取り組めたらと思っております」と話されました。

ご家族の存在やそれぞれの性格について

悠仁さまはご自身の家族について「家族は1人1人が大切な存在であると考えています」と述べられました。

そしてそれぞれの性格についてはひと言で表すのは難しいと述べた上で、始めに父親の秋篠宮さまについて「父は植物に気をかけたり、ほこりがたまっているところの掃除をこまめにしたりと几帳面でまめな一面があると思います。時には卵料理を作ってくれることもあり、そのかたさにこだわるなどそのような一面を垣間見ます」と話されると会場の報道陣からは大きな笑いが起きました。

そして「気難しい一面がある一方で、時には家族で話している時に冗談を言って楽しませてくれることもあります」と述べられました。

次に母親の紀子さまについては「母は休日に室内で刺しゅうやキルトをしていることもあれば、庭の果実を使ってシロップやジャムを作っていることもあります。時には高校の花壇を整備するグリーンボランティアに参加して緑に触れる機会を楽しむなどアクティブな一面もあると思います」と話されました。

そして2人の姉、小室眞子さんと佳子さまついては、「姉たちは年が離れていますので、両親が国内や海外に出かけているときに一緒に遊んでくれたり、本を読んでくれたりして世話をしてくれることがありました。御料牧場に家族で行った時にはいちごを収穫して、一緒にパフェを作ったことも忘れられない思い出です」と話されました。

一方、成年にあたって家族からかけられた言葉については、「特にはなかったように思いますが、これまでも1つ1つのいただいたお仕事に、心を込めて丁寧に取り組むことを大切にするようにと言われることがありました」と述べられました。

秋篠宮さまの卵料理と性格

悠仁さまは父親の秋篠宮さまの卵料理へのこだわりのエピソードを披露したあと、記者から、どのような料理だったのか追加で質問されると、「卵料理についてですけれども、スクランブルエッグを作っていました。かたさもやはりふわふわにできるようにというところでこだわりを見せていたように感じます」と話し、こだわりという点で父親と似ているところがあると感じるかという質問には、「そうですね。時には似ていることもあるというふうに思います」とこたえられました。

またかつて2人の姉が記者会見で父親の秋篠宮さまについて「導火線が短い」などと述べられたことを念頭に、記者が悠仁さまの導火線の長さについて尋ねると、「時にはやはり導火線の長さが短くなってしまうことがあるといいますか、かっとなってしまう部分もあるようには思います」と述べられました。さらに秋篠宮さまの導火線の長さについて聞かれると、悠仁さまは「そうですね。以前よりはいくぶんか、はい、丸くなったといいますか、と思います」と話され、会場からは大きな笑いが起きていました。

戦争の歴史について

沖縄県糸満市の平和祈念公園(平成25年)

ことし、戦後80年の節目となるなか、戦争の歴史とどう向き合ってきたかについて悠仁さまは、「私は幼少の頃から、戦争に関する資料館を訪れたり沖縄、長崎、広島といった地を訪問したりする機会がありました。そのなかで、戦争について詳しく学んだり、戦争を経験された方のお話を伺ったりするなかで、戦争によって多くの方々が命を失い、また、つらく苦しい思いをされたことは、言葉で言い表すことができないほど、痛ましいものであると考えました」と話されました。

そして、2月、京都府舞鶴市にある「舞鶴引揚記念館」を訪問した際のことに触れ、「当時の人々の思い、当時の状況をしっかりと深く受けとめ、次の世代に語り継いでいくことの重要性を感じました」と述べられました。

そのうえで、「1人1人が、お互いの立場を理解しあい、学びを深めて、平和の実現に向けて、努めていくことが大切であると思いました。これからも平和について、実際に書籍を読んだり、その場所を訪れたりすることを通して、考えていきたいと思っています」と話されました。

また、上皇ご夫妻から戦争の話を聞かれたことがあるかについては、「上皇上皇后両陛下にお会いした際に戦争についてのお話を伺う機会はございました。詳細について詳しくはお話は控えさせていただきたいと思います」と述べられました。

好きな音楽「広く音楽を聴いたりすることも」

好きな俳優やアイドル、音楽については、悠仁さまは、「具体的にどれという、どの曲だったりどの方っていう訳ではないですけれども、広く音楽を聴いたりすることもございます」と話されました。

悠仁さま これまでの歩み

悠仁さまは、平成18年9月6日に、秋篠宮ご夫妻の長男として誕生されました。

皇位継承権を持つ男子の誕生は秋篠宮さま以来41年ぶりで、紀子さまとともに退院された際には、誕生を祝おうと沿道に大勢の人が集まりました。

悠仁というお名前は、「ゆったりとした気持で長く久しく人生を歩んでいくこと」を願ってつけられました。

年の離れた姉の小室眞子さんと佳子さまにかわいがられて過ごし、平成22年に東京・文京区のお茶の水女子大学附属幼稚園に入園されました。

秋篠宮ご夫妻は、早い時期から同世代の子どもたちと交流する機会を増やすことが大切だという考えから、2年教育の学習院幼稚園ではなく、3年教育の幼稚園を選ばれました。

悠仁さまは、戦後の皇族では初めて、小学校、中学校、高校と、いずれも学習院以外の学校で学ばれました。

小学校は、お茶の水女子大学附属小学校に進み、さまざまな学校行事や学習を通じて、社会や自然に対する理解を深められました。

また、学校の休みを利用して沖縄県の平和祈念公園や長崎市と広島市の平和公園など戦争の悲惨さを今に伝える場所も訪ねられました。

平成31年には、お茶の水女子大学附属中学校に進学し、入学式では新入生を代表して「それぞれが持っている力を大事に伸ばし、可能性や視野を広げていきたい」と宣誓されました。

この翌月には、天皇陛下の即位に伴い、皇位継承順位が皇嗣の秋篠宮さまに次ぐ第2位となられました。

この頃から、秋篠宮ご夫妻とともに、記者の仕事を体験する「豆記者」として東京を訪れた沖縄の小中学生たちと懇談したり、中学生が参加する「少年の主張全国大会」に佳子さまと出席したりするなど、公的な活動に加わられるようになりました。

中学1年生の夏休みには、初めての海外経験としてご夫妻とともにブータンを旅行し、国王夫妻を表敬訪問したほか、現地の子どもたちと交流されました。

新型コロナウイルスの影響で登校できない期間が続く中でも、学校から出された課題に熱心に取り組み、オンラインによる授業に臨まれたということです。

令和4年にはお茶の水女子大学と筑波大学の提携校進学制度を利用して、全国有数の進学校として知られる筑波大学附属高校に入学されました。

高校ではバドミントン部に入り、友人たちとともに学習や行事に積極的に取り組まれました。

高校生になってからは、毎年、夏に開かれる全国高校総合文化祭の開会式に出席し、同世代の高校生たちと交流されてきました。

おととしの夏には地方での公務に初めて同行して鹿児島県を訪問し、去年の夏も秋篠宮ご夫妻とともに岐阜県を訪ねられました。

そして、去年9月6日に18歳の誕生日を迎え、成年皇族となられました。

皇位継承権を持つ男性皇族が成年を迎えたのは、父親の秋篠宮さま以来39年ぶりのことでした。

悠仁さまは、18歳の誕生日を前に文書で感想を寄せ、「今は最終の学年として、進路実現に向けて努めつつ、学校行事を含め、残り少ない高校生活を大切にしたいと思います。今後も一つひとつ経験することを通して学びを深め、さまざまなことを吸収して、成長していきたいと思います」とつづられました。

さらに、誕生日の祝賀行事では、宮内庁と側近部局の代表者らを前に、「今は、高校生としての学業もありますが、この先は、広い視野を持ちながら学びを深め、さまざまな出会いや関わりを通して経験を積み、自らの務めについて考え、成年の皇族としての役割を果たせるよう努力していきたいと思っています」などと述べられたということです。

悠仁さまは、幼い頃から昆虫やその生育環境に強い関心を持ち、お住まいがある赤坂御用地などでトンボ類の生態調査を続けて、おととしには、前の年まで11年にわたる調査の成果を国立科学博物館のトンボ研究者らと共著の論文にまとめて発表されました。

また、去年8月には、京都で開かれた昆虫に関する世界最大規模の学術会議に主催者側の招待を受けて参加され、翌日には、論文の共著者でもある国立科学博物館の研究者が、悠仁さまとともに行っている皇居でのトンボ調査の中間報告をポスターの形で発表しました。

悠仁さまは、こうした自然誌の分野が学べる大学への進学を目指し、独立した学群で生物を中心とした分野を専門的に学べて、昆虫に関する研究室もある、筑波大学の生命環境学群生物学類を学校推薦型選抜で受験し、去年12月に合格されました。

大学合格後の近況

悠仁さまは、筑波大学に合格したあと、皇室の一員としての活動に臨むとともに、さまざまな経験を積み、進学に向けた準備を進められてきました。

新年祝賀の儀が行われた元日と2月23日の天皇誕生日には、成年式前のため皇居・宮殿での儀式には参列しませんでしたが、宮殿や天皇ご一家のお住まいの御所を訪ねて天皇陛下や皇后さまに新年や誕生日のお祝いのあいさつをされました。

2月22日には、去年11月に亡くなられた三笠宮妃の百合子さまの「墓所百日祭の儀」に参列されました。

2月にはこのほか、12日に、京都府舞鶴市の「舞鶴引揚記念館」を私的に訪問して、歴史を語り継ぐ活動をしている同学年の地元の高校生などから終戦後の海外からの引き揚げの歴史や旧ソビエトによるシベリア抑留に関する資料などについて説明を受けられました。

悠仁さまは、こうした中で都内の自動車教習所に通い普通自動車免許を取得するなど、大学進学後の新生活に向けた準備を進められてきました。

今後の予定は

悠仁さまは、3月18日に筑波大学附属高校の卒業式に出席し、4月5日には筑波大学の入学式に臨んで大学生活を始められます。

悠仁さまが進学する生命環境学群生物学類は、1学年80人の学生に対し70人余りの教員がいる「国内最大規模の生物学科」で、関心を持たれている昆虫を研究する教員も複数いて、御用邸もある静岡県の下田や長野県の菅平高原にある実験施設などで野外実習なども行われています。

東京・港区の赤坂御用地にあるお住まいから60キロ近く離れた筑波キャンパスへの通学方法について、側近は、学生とも交流を深めながら安全に充実した大学生活を送るのにふさわしい方法を考えられると思うとしたうえで、「いずれお知らせできることをお伝えしたい」としています。

成年を迎えたことを内外に表明される「成年式」は、大学の夏休み期間中、19歳の誕生日のことし9月6日に、前例に沿った形で行われることになりました。

その後は、学業を優先しながら可能な範囲で宮中行事や宮中祭祀に臨まれるということです。

宮内庁が映像を公開

宮内庁は、今回の記者会見にあわせて、悠仁さまが、2月18日に皇居にある宮内庁書陵部を初めて訪ねられた際の映像を公開しました。

皇居・東御苑にある宮内庁書陵部には、皇室の文書などが保管されています。

宮内庁によりますと、ことし9月に成年式を終えたあとは、新春恒例の歌会始などに歌を寄せることになり、秋篠宮さまが継承された「有栖川御流」の書道に関する資料も所蔵されていることから、書陵部にある和歌に関する資料6点をご覧になったということです

悠仁さまは、歌会始の起源の根拠とされる室町時代の公卿の日記について、職員に現在の歌会始の形式と同じかなどと質問されたということです。

公開された中には、皇室ゆかりの貴重な古典籍などを守り続けている職員が活動する「修補室」で作業の様子をご覧になった際の映像もあります。

悠仁さまは、補修のための紙をつくる作業に使う道具を手にとって感触を確かめたり、それぞれの工程で気をつけていることやコツなどを尋ねたりしていて、側近によりますと、貴重な資料を守るため幅広い仕事があることに感銘を受けられていた様子だったということです。

稲作をされる悠仁さま

宮内庁は、記者会見にあわせて、お住まいのある赤坂御用地内の水田で稲作をされる悠仁さまの写真も公開しました。

平成28年9月、小学4年生の時に稲刈りをする様子と、平成30年4月、小学6年生の時に代かきと田植えをされる様子の、あわせて3枚です。

小学4年生の時

小学6年生の時

小学6年生の時

宮内庁によりますと、悠仁さまは、幼い頃から稲や野菜の栽培などを通じて農作物への関心を深め、中学生の頃からは稲の交配について研究されています。

秋篠宮さま 悠仁さまへの思い

秋篠宮さまは、去年11月、ご自身の誕生日に際して記者会見した際、悠仁さまが成年を迎えられたことについて、18歳で成年となる現在の法制度にまだ慣れておらずいまひとつ実感が湧いていないとしたうえで、「恐らくこれで成年式があると成人になったんだな、ということを感覚的に分かるようになるのではないかと思っています」と述べられました。

そのうえで、「親の立場で見ると、本当についこの前までチャイルドシートに乗っていた子供が、もう成年なのかと思うと実に時の流れが速いということを実感いたします。そのような中で、いろいろな思い出を作ってくれました。国内の旅行をしたことも度々にありましたし、海外もブータンだけですけれども、一緒に行ったのもとてもいい思い出です」と振り返られました。

そして、小学校6年生くらいの頃に、地震などの緊急時に親が子どもを学校まで迎えに行って引き取る訓練に参加した際のことを振り返り、「ある一定の距離は徒歩で帰らなければいけないのですね。私もそうしたのですが、残念ながら私は空間認識が非常に悪いんです。いつもエレベーターを降りても大体逆に行くようなことが多くて、方向が定まらないから、息子を引き取ったのはいいけれども、道を歩いて、二つに別れた所をどっちに行っていいか分からないのですね。そういうようなことがあったもので、ほとんど帰り道は長男に手を引かれて、彼が行くままに従って行ったということがありました。その時に随分成長したんだなということを感じました。それが一番強い思い出ですかね」と語られました。

さらに、将来皇位を継承されるお立場の悠仁さまへの期待を問われ、「一つ一つ自分が関わる仕事を大事に思って、取り組んでほしいということですね」と述べられました。

秋篠宮ご夫妻 悠仁さまの将来の留学への考え

秋篠宮ご夫妻は、去年11月、トルコ公式訪問を前に記者会見した際、悠仁さまの将来の留学への考えなどを述べられていました。

この中で秋篠宮さまは、ご自身のイギリス留学経験に触れたうえで、「私は長男には、海外で学ぶ機会を得てほしいと思っています。それはもちろん、今暮らしているところと違う場所で、また違う文化のところに行って、そこから日本を見つめ直すこともできましょうし、またその機会を使っていろいろなところを回って見聞を広めるという意味でも大事だと思います」と話されました。

また、紀子さまも、「長男には、若い時に、もし機会があれば、海外生活を送り、またそこの大学で、学校で、学ぶ機会があれば良いのではないかと話すことがあります」としたうえで、「遠く海の向こう側から、日本を見て考える、そしてそこからまた学んでいく、そういう機会もあってもいいのではないか」と述べられました。

紀子さま 成年皇族として期待していること

紀子さまは、去年9月、ご自身の誕生日にあたって記者の質問に文書で回答を寄せた際、悠仁さまに成年皇族として期待していることについて、「しばらく先におこなわれる予定の成年式を終えてから、学業に支障がない範囲で、成年の皇族として宮中の行事や祭祀に参列するようになります。家族と一緒に行事に出席することもあれば、一人で参加する機会も出てくることでしょう。公的な仕事においても、勉学に励む場や、それ以外の取り組みでも、それぞれに大切な学びがあり、役割があるように思います。成年の皇族としての務めをひとつひとつ大事にして、経験を重ねてほしいと願っています」と述べられました。

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