奥田真悟(2008)修士学位論文要旨
相互作用論から大衆社会論への再接近--T.シブタニの準拠集団論--
The Sociological Implications of T.Shibutani's Reference Group Theory: An Interactionist Analysis of "Modern Mass Society"
本論は、シンボリック相互作用論(=SI)の観点から「(近代以降の)大衆社会」における人間の社会化と社会統制の問題を論じたT.シブタニの「準拠集団と社会統制」(1962年)論文を検討し、その社会学的意義を解明することを目的としている。そもそも社会学には、その誕生以来、個人と社会の関係を如何に捉えるかという問題がその根本問題として在り続けた。こうした課題を巡っては、社会名目論と社会実在論という二つの相反する立場が互いに論争を展開する形で存在してきた。本論が依拠するSIとは、こうした過度の分極化の傾向に対する第3の立場として、H.G.ブルーマーによって提唱された理論の一つである。とはいえ、このブルーマーのSIもまた、主観主義批判に晒され、数々の論争に巻き込まれてゆくことになった。Kuwabara & Yamaguchi, 2007(『経済学論集』67)は、この主観主義批判に対するブルーマーの反論を詳細に展開したが、依然として不十分な点が残された(1)適応の内実とは如何なるものか?2)制約の内実とは如何なるものか?3)パースペクティヴとは何か?4)パースペクティヴは如何にして獲得されるのか?5)他者たちの集団の内実とは?6)パースペクティヴはどのようにその人間を方向づけるのか?)。この問題を解明することが第1の課題として提示された(第1章)。次に第2の課題として、先のKuwabara & Yamaguchiの現実遊離性が指摘され、これを克服するためには上記のシブタニ理論が、近代以降の大衆社会を捉える視点としてどれほどの有効性を持っているのかを検討する必要があることが示された(第2章)。第3章では、上記のシブタニ論文の詳細なテキストクリティークが行われ、その際、先行するブルーマーの言説やGHミードの言説に逐一言及が行われた。本論の考察の結果として、次のことが明らかになった(第4章)。すなわち、大衆社会的状況において個人は、そのパースペクティヴを、何らかのコミュニケーション・チャンネル(=CC)に参与することを通じて獲得する。故に、パースペクティヴとは、CCの所産に他ならない。従って、パースペクティヴとは、個人が参与するCCの文化に拘束された「見地」であり、また、参与するCCも人によって異なるため、各々が有するパースペクティヴは必然的に多種多様なものとなる。また「他者たちの集団」とは、具体的か抽象的かを問わず、人々がそのパースペクティヴを獲得する際に準拠しているCCのことを指す。そして、個人のパースペクティヴは、たとえその人が、同時にいくつもの準拠集団に属し、様々な社会的世界に属していようとも、その人が観客として想定している対象に対する行為を方向付けるものであり、適応とは、個人が有している既存のパースペクティヴのうち、その時々の場面に、最も「適切」と判断するパースペクティヴを選択し、それに基づいて行為することに他ならない。そこにおける制約とは、まさに、そうしたパースペクティヴの選択を迫られるという事態を指している。