日顕は宗教ではなくただのゴロツキ? 有名なカマシ発言を確認
 
日蓮正宗において、猊下を引退してからも、法華講や妙観講達に「生き仏」のごとく、あがめ奉られているのが日顕です。
 
宗門は、法主である日顕に逆らう創価学会員は大謗法であり、堕地獄は必定だと脅すのですが、少し中身をみれば、日顕は宗教者ではありません。
 
宗教の目的は、信徒の幸福であり、信徒の幸福を誰よりも祈るのが、一宗を教導する法主の役目です。
 
しかしその役目を自ら否定する発言をしたのが、他ならぬ日顕自身なのです!
 
この記事では、あの有名な「かます発言(かまし発言ともいう)」を紹介し、その極悪ぶりを確認したいと思います。
 
★ ★ ★
 
これは1991年8月29日、総本山において行われた全国教師指導会(僧侶の中でも教師の資格を持った方を対象として行なわれる会合)でのやりとりです。
 
当時宗門は、創価学会を切り崩し、二十万は山につくだろうとふんだ檀徒作りのもくろみが完全にハズれ、脱会者がなかなか出ないという現状でした。
 
そんな中、「脱会者ゼロ」の話に日顕は激高し、一人の質問者へ叱責を飛ばしたのが以下の内容です。

質問者 私のところでは、いま脱会者はおりませんが、今この宗門問題に対しまして、きちんとこの掌握をして、お寺のほうについておられる方が、約百三十世帯おります。
 そのなかにおいて、この宗務院なり、きちんとした、この方針というか、公式文書といったら申し訳ないんですけれども、そういうものがない故に、そういうこのご理解をいただいておる、また、自分の信心をきちんともっておる方々が、この学会の幹部の者のミニ座談会というんでしょうか、そういう方々の集中攻撃を受けて、反対に信心がだんだんイヤになってくる。両方、この悪口を聞いているのがイヤだから、「もとの信心にもどろうかな」というようなことが、往々にしてあるわけでございます。
 そういうなかで、どうしても言われることが、この「宗務院の中にも、宗門の中にも後ろめたいことがあるんじゃないか。そのもちつもたれつで両方とも腐っておる。だから、この信心やんなってきたな」という方が徐々に増えてきていることも事実でございます。そういう意味で、できれば、こういうご理解をいただいている、また、そうやってこの大聖人様の信心をきちっと守っていこうという者を、守っていく指導をしていきたいと思うわけでございます。
 そういうわけで、やはり宗務院のきちんとした、この、そういう方々を教導していける方針なりを、この、指示していただけるとありがたいなと思っておるんですが、その点、ご理解をいただきたいと思いまして、ちょっと余計なことではございますが、ご質問させていただきました。
 
 
ここで日顕は、それほど怒ることでもないのに、聞いているうちにだんだんと怒りが込みあげてきたようで、口をはさんだ。
 
日顕 なあ、おいおい、あのなぁ、そこに立ってなさい。
 あのー、さっきから聞いるとなぁ、あのー、そのー、信者がなんだって。だんだん学会からいろんなことを幹部から言われて、そしてそのまた、お寺の信心がイヤになってきて、少しずつまた、向こうのほうの考え方にもなったりするっていうようなことが出てきてるってんだろう。
 
質問者 いえ、そういうことじゃなくてですね、信心がイヤになってきておる……。
 
日顕 信心自体がイヤになったの?
 
質問者 はい。結局、悪口をもう聞くのがイヤなんだという方が増えてきておるんです。
 
日顕 何人くらい出てんの?
 
質問者 いちおう、今、現状で私のところに名簿があるのが約百六十世帯でございまして……。
 
日顕 百六十人脱会者がいるのか。
 
質問者 いや、脱会してはおりません。
 
日顕 えっ?
 
質問者 学会におりながら、お寺に、この……。
 
日顕 脱会者じゃないんだね、それは。なんだ、脱会させなさいよ! 
脱会を君がさせるのが、君の、君の一番の責務なんだ! 
そんなことを質問する前にな、どんどんさっきこの、ここに立った人のように、一人でもいいから脱会しなさいってやりなさいよ、それを。
 
 
質問者 はい。
 
日顕 いいか! そしてその人が、二人でも三人でも脱会させていく。それが君の責務の方針なんだ。宗務院の方針もそのとおりなんだ。わかったか!
 
 
質問者 はい。ただ、わかっておるんですが……。
 
日顕 うん? そのなぁ、いつまでたっても学会にいるから、(学会に)籍を置かしておいて、どうのこうの君がブーブー言ったってねぇ、そんなことは問題解決しないよ! それをはっきりしろ! いいか!
 学会を脱会させて、君のところのお寺の信者にして、きちっとして、君がその指導教師として指導していくということなんだ。まだ、法華講の結成はないにしてもだな。そういうことにおいて問題があるということなら、あれだけど、そうじゃないなら、学会にいてどうのこうの、言いたい放題のこと言っているんだから。
信心がイヤになろうが、なにしようがそんなことは関係ないんだ! 君にとっては!
 そんなこと、そんなくだらないことを言っておってはだめだってことを、頭から少しかましてやればいいんだ、そんな者に対しては。
そんなことを君がいちいち心配するのは、「他人の疝気を頭痛に病む」っていうんだ、そういうの。わかったかい、よー!
 だから方針は決まってるじゃないか、さっきから、宗務院で何回も何回も、ここへ二人、さっき出たのはなんのためだ、えー!
あれはだねぇ、みんなにこういうとおり、さっきの二人が、真剣に創価学会のあの狂った中から、一人でも多くの脱会者を出して、お寺の信徒にきちんと正しい信者にして、そして成仏させようとして、一生懸命やってんじゃないか! それを君もやったらいいんだよ! わかったかい!
 
質問者 ただ、あのー、すいません……、あのー……。
 
日顕 一人の脱会者もいないで、なにが「ただ、あのー」だ! なんだ、言ってみろ! ほら!
 
質問者 あー、ただ、……
やめときます。結構です。
 
日顕 なに!
 
質問者 あのー……、まー、あのー……、グチでございますので結構でございます。
 
総監 文書があるとかないとかっていうことはねぇ、君の言い訳だよ。
 
質問者 いえ、文書が……。
 
総監 あったって、なくたって、みんなやってるじゃないか。どんどんやって、そして一人でも多くの直属信徒をつくって、一生懸命、頑張っているじゃないか!
 
日顕 直属信徒を一人でもつくることが、いいか! 宗門の方針であり、宗務院のやっぱり、あの方針でありね、各末寺の方針なんだ! それをよく腹に入れろ! わかったか!

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・・・・・さて、これを読んで、日顕に人々の幸せを願う大慈悲を感じる人がいるでしょうか。
 
赤の太字で示した箇所に、
「信心がイヤになろうが、なにしようがそんなことは関係ないんだ! 君にとっては!」
とあります。
 
信徒に正しい信心を確立させるために学会を脱会させよと言っているのなら分かりますが、信徒が信心をイヤになろうが僧侶にとって関係ないとはどういうことでしょうか。
 
信徒の信心こそ、僧侶は最も重要なことのはずです。
 
ところが日顕は、信心よりも脱会させることの方が大事だというのです!
 
信心がイヤになろうが関係ないと言い放った時点で、日顕が宗教者ではないことが確定しました。
 
そのうえ、信心が揺らいでいる信徒に対して
「そんなくだらないことを言っておってはだめだってことを、頭から少しかましてやれ」
と言えと、指導しているのです!
 
これが「かまし発言」「かます発言」と言われるゆえんですが、「法」を根本とした道理ではなく、威嚇して言うことを聞かせろということです。
 
これで日顕は、ただのゴロツキであることがはっきりしました。
 
このような人間を、未だに崇拝し、ぬかずいている法華講や妙観講は、およそまともな神経をしているとは思えません。
 
「信心なんて関係ない」と断言する信仰心なき日顕を崇拝し、根本にする。
 
彼らはこれで自分たちを信仰者と信じて疑わないのですから、なんとも滑稽な話です。
 
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ネットを検索すると、愚かなことに、この「かまし発言」に対して、
 
相手が〝信心がイヤになってきた″と言ったとしても、元々、それ自体が正しい信心の在(あ)り方ではなかったのだから、そのような言葉にとらわれずに、どこまでも謗法を嫌い折伏していく信心を教えなくてはならない-――、しかるに、教師指導会での質問には、こうした教師御僧侶としての在るべき姿・道念というものが欠如(けつじょ)している、として、猊下は質問に立った御尊師を叱責なさったのであります
 
などと、意味不明の反論をしているのを目にしました。
 
どうやらこの「かまし発言」は、質問に立った御尊師への厳しき叱責”であって、決して“信者の信心など関係ない”ということではないと言いたいらしい。
 
しかし上記のやりとりで、
なんだ、脱会させなさいよ! 
脱会を君がさせるのが、君の、君の一番の責務なんだ! 
そんなことを質問する前にな、どんどんさっきこの、ここに立った人のように、一人でもいいから脱会しなさいってやりなさいよ、それを。
と、とにかく創価学会員を脱会させることを強調したうえで、
 
 学会を脱会させて、君のところのお寺の信者にして、きちっとして、君がその指導教師として指導していくということなんだ。まだ、法華講の結成はないにしてもだな。そういうことにおいて問題があるということなら、あれだけど、そうじゃないなら、学会にいてどうのこうの、言いたい放題のこと言っているんだから。
信心がイヤになろうが、なにしようがそんなことは関係ないんだ! 君にとっては!
 そんなこと、そんなくだらないことを言っておってはだめだってことを、頭から少しかましてやればいいんだ、そんな者に対しては。
そんなことを君がいちいち心配するのは、「他人の疝気を頭痛に病む」っていうんだ、そういうの。わかったかい、よー!
と続くのですから、誰がどう読んでも信徒の信心なんてどうでもよいので、とにかく脱会させろと言っているとしかとらえることができません。
 
そもそも、どんなに奇怪な解釈を展開しても
「信心がイヤになろうが、なにしようがそんなことは関係ないんだ! 君にとっては!」
と、明確に言っているのを
「信者の信心など関係ないということではない」
と、解釈することに無理があります。
 
いったいどういう頭の構造をしているのでしょうか。
 
これほどの曲解をしてまでも、日顕をあがめようとするその奴隷根性は、私にはとても理解できません。
 
日蓮正宗は、日顕を日蓮大聖人のごとくに敬わなければ、「三宝破壊である」「謗法である」「堕地獄疑いなし」といいますが、日顕が仏法に背けば、敬う道理などありません!!
 
「かまし発言」は、まぎれもなく信徒の信心を軽視するものであり、破和合僧を勧める仏法破壊の大謗法です。
 
日蓮正宗の信徒たちは、もう少し普通の判断力を養って頂きたい!
 
信徒の信心を軽視し、「法主という肩書きがあるんだから、上からガツンと言えば信徒はだまっていうことをきくだろう」と、民衆をバカにしているのが日顕です。
 
法華講や妙観講がいつまでもぬかずいている限り、彼らは大きな顔をし続けるでしょう。
 
これが極悪日顕がのさばり続ける要因であり、まじめに信仰に励みたい人間にとって、これほど迷惑なことはありません。
 
「肩書きというものに、からっきし弱い」という、信念なき自分を改め、一刻もはやくゴロツキ信仰から、目覚めるべきではないでしょうか。
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