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【往復書簡】愛はいらねえ。恋をくれ。

壇珠さんの記事へのお返事です。

壇珠さん、おはようございます!!朝からゲラッゲラ笑いながら読みました。文章を読みながら爆笑するだなんて久しぶりで、ああ、俺はこういうのが大好きだったんだなと思いました。意味なんかいらねえ。元気になれば正解。元気にならなければ、どれだけ常識的でも、俺にはゴミです。世間に言わせれば「お前がゴミだ」となるのでしょうが、黄金色に輝くゴミになったろうじゃねえかごるぁ的パワーをいただきました!!しゃす!!

この書簡をそのストーカー氏本人が読んでいる可能性もあると思いますので、私めからご当人氏にこの場を借りて一言お伝えしようかと思います。
今のあなたを、ご先祖様が見ているぜ。あなた自身も見ているぜ。あなたは自分の中にくすぶっている善良さに気づいていて、まだその自分と手をつないでいるはずなのだから、その手を放さずに進んでおくれ。どうか自分を愛してあげてくれ。あなたが愛さないから、あなたが泣いてるよ。
そして、何より大事なのは、北斗の拳、鬼滅の刃、新少林寺(映画)のどれか、あるいはすべてを、全編読むか見るかするのだ!!わかったな!!

ブラボー!!ブラボーです!!ふぉ〜!!聞いたかストーカー!!俺に付きまとう暇があったら、自分の善良さに付きまといやがれ!!そしてセルフ成仏しろってんだい!!ふぉ〜!!壇珠さん、あたしゃ思うんですが、我々の祖国ジャパンは、自分の好きを簡単に自分から切り離しちまう輩が多過ぎると思うのです。映画を見ても小説を見ても「それは◯◯さんだからできたことだ」とか言って、せっかく受け取った感動を自分自身から切り離して、自分とは関係のないものにしちまうんです。あたしゃ、これに我慢がならないのです。

何かに感動したってことは、それが既に自分の中にあるってことなんです。だから、雲の上の存在だとか言って憧れるのは違うと思うんです。それは感動を受け取ったことにはならなくて、感動を消費しちまっているんです。「それはそれ、これはこれ」とか冷静ぶって、自分は合理的に現実を見て生きてますよアピールをしている間に、自分が自分を切り捨てて、自分が自分を諦めちまっているんです。あたしゃ、これに我慢がならない。自分を見限ったり、自分を責めたり、自分を切り離すことは、人間に対する冒涜だと思うのです。

真の感動に上とか下とかないんです。全員横に一列になって、一緒になって並走して、一緒になって生きるんです。老いも若きも関係ない。有名も無名も関係ない。死者も生者も関係ない。何かに感動した瞬間、自分もその列に加わって、ジョンレノンやガンジーやジャックニコルソンやケンシロウと同じ列に並ぶのです。それが感動を受け取ると言うことだと思うのです。私は最近『テルマ&ルイーズ』という映画に大感激しました。大感激したってことは、登場人物と同じ世界を生きるってことなんです。ただただ憧れるだけではなくて、彼らが冒険したように、自分も冒険をするってことなんです。それが感動ってことなんです。

SNSを通してこうした正解らしきものを大量に見ていると、なにが良いのかわからないし、全部良いような気も全部怪しいような気もしてきてしまいます。それで、なによりも恐ろしいのは、無数の多くの人がなにもかもをうまくやっている気がしてきて、自分が間違っちゃダメな気がしてくることだと思うのです。うまくやらなきゃいけない、と。
早く、上手に、器用に、エネルギー消費少なめで、頑張らないで、健康に、成功して完璧に愛されて自己実現して尊敬されて人格者として毎日幸せに。そんな風に生きられるはずだと、つい思っちまうような気がするのです。

私は言いたい。んなわきゃねえだろ?!?!と。

んなわきゃねえだろ?!?!人間をなめるなってんだい!!俺たちの魅力はバグだろ?!?!バグってるから愛しいんだろ?!?!べらぼうめ!!俺たちの愛しさを、勝手に殺すなってんだい!!壇珠さん、あたしゃ思うんですが、俺たちが受け取ってきた感動って奴は、うまいとかへたとか、できるとかできないとか、そんなもんを超えていると思うんです。テストで良い点数を取れる人を見ると、すごいなとは思います。たくさんカネを稼げる人を見ると、すごいなとは思います。すごいなとは思うのですが、同時に「だからなに?」とも思うんです。感心はするけど、感動はしていないんです。俺が欲しいのは、感心ではなく、感動なんです。優等生に感動することは皆無なんです。優等生になんてなれない、劣等生にしかなれない、こんな風にしか生きることができない、そんなダメ人間がダメ人間のまま「これが俺だ」と曝け出す姿に、俺の胸はときめいてきたのです。

こう考えると、正解ってなんだろう、間違いってなんだろうと思います。それらを隔てる境界線は、その人がなにかを学んだかどうかで決められるもののような気がしました。朝からお酒を飲む、という行為を単品で取り上げたら、良くないことで間違いだと言えるのでしょう。そりゃあそうだぜ。
が、我ら人間の歩む人生を物語だと捉えたら、何ひとつ間違いとも正解とも断言できなくなると思います。この物語は間違いだとか、この物語は正解だとか言えなくなるのと同じように。圭吾さんは、どう思いますか。

壇珠さん、聞いてください。あたしゃ、今日、十六歳の女の子から「会いたい」と連絡をもらい、横浜駅のジョイナス3階にあるナナズグリーンティーでお茶をして来たんです。十六歳の女の子から「お年玉がまだ残っているので、今日は私にご馳走させてください」と言われて、私は「いいのかい?」とか言いながら、抹茶白玉フロートラテをご馳走になりました。三十九歳の男が十六歳の女の子から奢れる構図のやばさは一旦無視して、そこで聞いた彼女の話が素晴らしかったのです。

学校というシステムが体に合わなかった彼女は、不登校になりやがて外に出るのも怖くなった時期がありました。その時に、イタリアのモッフォというオペラ歌手を知り、モッフォを好きになり、モッフォのレコードが欲しいからと外に出てレコード屋さん巡りをするようになったのです。外に出なきゃと思って外に出たのではなく、好きなものとの出会いが彼女を外に飛び出させたのです。モッフォのことをもっと知りたい、モッフォについて書かれていることならなんでも読みたいと思った彼女は、モッフォの自伝が一冊だけイタリアで出版されていることを知りました。彼女は、イーベイを使ってその本を取り寄せて、モッフォの自伝を読むためにイタリア語を勉強しています。

私は、これこそが勉強だよなあと思いました。モッフォは過去に二回だけ来日したことがあり、その時に日本語の歌詞の曲をレコードにして発売していたことを知った彼女は、現在、そのレコードを見つけるために日夜奔走しています。レコード屋さんのおじちゃんとも会話をするらしいのですが、レコード屋さんのおじちゃんは「おじちゃんもずっと欲しかったレコードを見つけるのに四十年かかったよ。エジプトで見つけたんだ」とか言っていたみたいで、欲しいものは必ず見つかる、だから絶対に諦めないことだよ、など、好きなものがある人たちの会話は素敵だなと思いました。

不登校を単品で取り上げれば、悪いこと、学校に行けるに越したことはないこととして捉えられるのだと思います。でも、不登校にならなければ、モッフォに出会うこともなく、モッフォを通じて感じた喜びに出会うこともなく、なんとなくみんなと同じであることに命を燃やして、大量生産の安い鶏肉みたいな生き方をしていたかもしれません。人生を物語として見る時、私は、神の粋な計らいが働きまくっていることを感じざるを得ません。あらゆる体験が「ああ、このためにあったんだ」と思える瞬間を内包しているのだとしたら、伏線回収するまでは死んでたまるかと思います。

だから、また俺たちはこの往復書簡で、勇敢に、間違いを恐れずに、なんならそれをサーフボードに見立てて、この小器用で薄汚れた、間違いを嫌い、多様性が口癖の、得だけをしたい人間の繰り出す世界の悪波を、歓喜とともに乗りこなしていきやしょう!!ふるえるぞハート!燃えつきるほどヒート!!おおおおおっ刻むぞ血液のビート!(ジョジョの奇妙な冒険第一部「ファントムブラッド」作中でのジョナサン・ジョースターの台詞参照)
よろしくお願いしゃーーーーーーーーーーーす!!

よろしゃーーーーーーーっす!!しゃす!!しゃす!!しゃーーーーーーーーっす!!!!!!!愛されるよりも肉薄したい!!ま・じ・で!!!壇珠さん、あたしゃ思うんですが、愛とか言う人に限って、全然愛していないと思うんです。愛って言葉を隠れ蓑に使って、傷つかないで済むように、嫌われないで済むように、踏み込まれないで済むようにしている、臆病な冷血人間に見えるのです。本人も、おそらく、そんな自分のキモさに薄々勘づいているのだと思うのです。そこに蓋をするから、嘘くさい菩薩が蔓延して、菩薩そのものまで胡散臭く見られてしまうのだと思います。

私は言いたい。愛はいらねえ。恋をくれ。愛ならあるぜ。全部愛だぜ。愛じゃないものなんて一つもないぜ。だから、お前はいちいち愛さなくてもいいんだぜ。愛に逃げるな。恋にぶつかれ。愛愛愛愛おさるさんみたいなことばかり言ってたら、どんどん恋から遠ざかるぜ。どんどんときめきから遠ざかるぜ。人間を輝かせるのは恋なんだよ。ときめきなんだよ。ときめきを諦めた人間から、老いぼれて行くんだよ。自分を見限っちゃいけねえよ。人間を見限っちゃいけねえよ。恋を止めると老けるぜベイベー。許すとか聞き心地のいい言葉で、諦めている場合じゃないんだよ。愛はいらねえ。恋をくれ。愛に逃げるな。恋にぶつかれ。

愛より恋だろ。ときめきだろ。声を聞くだけで気持ちが高揚する。これが恋だ。せっかく生まれてきたのだから、男なら「君を好きになったこと。それが僕の誇りだ」とか言って、死にたいじゃありませんかぁ?!?!ふぉ〜!!壇珠さん、俺もこの小器用で薄汚れた、間違いを嫌い、多様性が口癖の、得だけをしたい人間の繰り出す世界の悪波を、歓喜とともに乗りこなしていきたいです。この気持ちは恋です。恋の往復書簡です。俺は世界に恋をして、今も世界に恋をしているんです。この世界には俺もいて、壇珠さんもいて、ジョナサンジョースターもいて、テルマ&ルイーズもいるんです。ここに全員いるんです。だから全員、かかって恋!!ばっち恋!!どっからでも恋!!愛より恋!!恋だろ恋!!こいこいこいこいこーーーーい!!恋!!!!!!!!!!!!!!!

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坂爪圭吾
バッチ来い人生!うおおおおお〜!

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【往復書簡】愛はいらねえ。恋をくれ。|坂爪圭吾
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