「ベル先輩、明日、私にオラリオを案内してくれませんか?」
ニイナたってのお願いで迷宮都市の案内をすることになった。それは構わない、というかむしろ歓迎だ。
「それでお願いがあってね、学区に来た時の恰好でお願いしていい?」
何故かラピの恰好で案内をすることになった。よくわからないが別に構わない。
「ね、ラピくん。私オラリオに訪れたら行ってみたかった場所があるんだけど、いいかな?」
どこに行こうか考えていたのでニイナから提案してくれるのはとても助かる。女性にリードさせるなんて師匠に見られたら大変だけど。
「豊穣の女主人っていう酒場で、お姉ちゃんがたまに行ってるんだって!ラピくんも知ってるかもしれないけど、あのロキファミリアも遠征のお祝いとかで利用したりするみたいで!」
あ、終わった。
いや諦めるのは早い。今の僕は事情を知らない人からすればベル・クラネルではなくラピ・フレミッシュにしか見えない。そもそもこれはただの変装ではなくランクアップした冒険者すら騙せた魔法道具。何も問題はないはずだ。
そう、例えば魂の色を見れるような神様がいない限りーー
「いらっしゃいませ!おや、学区の方ですか?ようこそオラリオへ!」
ーーいた。
満面の笑みで薄鈍色の従業員、シルさんは僕たちを迎えてくれた。笑顔から冷ややかな視線が突き刺さっているのは気のせいだ。多分。きっと。
「うわぁ見て、ラピくん!まだお昼前なのにこんなに賑わってるなんて!すごいすごい!流石オラリオ!」
「うふふ、そうでしょう?ゆっくり楽しんでいってくださいね?」
一方、僕の事情など全く知らないニイナは初めての場所に目を輝かせていた。そうだ、これは彼女にとっては初めての体験なのだ。僕のせいで変な思い出にさせるわけにはいかない。
とりあえず案内された席に着くと、やはり笑顔を浮かべたシルさんからメニューを渡される。僕もニイナも日替わりメニューを頼むことにした。
注文してすぐにナポリタンが運ばれてくる。品の良い学区では通常見ないほど大盛りにされたナポリタンにニイナは目を点にしていた。
「ラピくん?これって二人前が一つのお皿に盛られてたりするのかな?」
「いや、これで一人前だよ。」
「お待たせしたニャ!」っとアーニャさんが僕の分を運んでくる。
「冒険者はいっぱい動くからさ、その分食べないといけないんだ。…食べきれなかったら僕が食べるから。」
「うん。ありがとう。でもとっても美味しいし大丈夫だよ!」
僕が食べ終わった後もニイナの目の前のナポリタンは半分の量から減っているようには見えない。
見かねた僕が自分の皿に取り分けようとすると。
ニイナは何か決心したような顔で、頬をまるでナポリタンのように赤く染めながらフォークを、正確にはナポリタンがクルクルと巻かれたフォークを差し出してきた。
「ラピくん?あ、あーーん。」
「え?」
「ほ、ほらっ!恥ずかしいから早く食べて!」
「え、あ、うん!」
さっきまで美味しいと思えていたけれど、もう味がよくわからない。ニイナは僕が食べている様子をじっと見つめている。僕が咀嚼し終えると次の一口を差し出してくる。まるで餌付けされているみたいで、変な感覚だ。
「ヒューヒュー!学区のカップルは昼間っからお熱いニャー!」
「カ、カップルじゃないですよ!ただの級友です!」
面白いものを見つけたと言わんばかりにアーニャさんにからかわれるが慌てて否定する。ニイナは「もー!」と頬を膨らませる。ここの勘が鋭い従業員たちに囲まれればいつバレるか分かったものではないと、急いで食べ進める。
「ニャニャ!学生なのにすごい食べっぷりニャ!将来は立派な冒険者になれるニャ!」
「確かにすごいですね。これは将来半年で第一級冒険者になって最大派閥を打ち倒してついでに美の女神からの告白も振ってしまうような冒険者様になるに違いありません!」
「ニャ?どういう意味ニャ?」
アーニャさんにもう一人前の冒険者です、と心の中でツッコミながらようやく食べ終える。シルさんにこれ以上余計なことを言われないよう、代金をミアさんに渡して帰ろうとした。その時。
ドカン!とおよそ酒場に似つかわしくない、しかしこの酒場では日常茶飯事の爆音が店内に響いた。
どうやら冒険者の集団が代金を払わないまま店を出ようとしたようだ。そんなこと許されるわけもなく、何処からともなく飛んできたジョッキによって気絶させられた彼らは財布を漁られ店の外に放り出されてしまった。
変な印象を持たれてはいけないと訂正しようとする。
「え、えっとね?ニイナ今のは…」
「すっごーい!観光ガイドには書いてあったけど、ほんとにあるんだ!」
歓声を上げながら共通語で書かれたガイドを見せてくれる。…どうやらオラリオの外からすればアレも名物の一つらしい。安心して胸をなでおろす。
「あはは…見れて良かったね。」
「うん!…実はね、冒険者がたくさんいるって聞いてね、ちょっと怖かったの。悪い人もいっぱいいるって言うし。」
ニイナがこっちを振り向く。学区の制服が、ブラウンの長髪が、ふわりと舞う。
「でもね、ラピくんがいてくれたおかげで今日も楽しかった!これから先もずっと、ずーっと一緒だよ?」
「ベルさん、すこーしお話があるんですが、いいですか?いいですよね?」
後日、あの日と同じ笑顔でホームを訪れたシルさんに僕は笑う事しかできなかった。