私は党の愛と恩恵を
裏切りました
ハングル文字で走り書きした1枚のメモ。そこには遠く離れた北朝鮮への思いが連なっていた。
Visual investigation
ロシアによるウクライナ侵略が始まってから3年。兵員不足に悩むロシアは北朝鮮が派遣した1万人超の兵士の多くを戦線に投入し、約4千人が死傷したとみられる。彼らは最期に何を思い、異国の地で倒れたのか。ウクライナ当局や元北朝鮮兵の協力を得て、戦場に残された数々の遺留品を分析した。
日本経済新聞はウクライナ特殊作戦軍から戦死した兵士らの手記やメモの写真の一部を入手した。北朝鮮文化に詳しい韓国人翻訳者の協力を得て解読したところ、極限の精神状態や朝鮮労働党への忠誠、かすかな希望が読み取れた。
メモをのこしたのは「ジョン・ギョンホン」と名乗る男性兵士。ウクライナに国境を接するロシアのクルスク州で遺体で見つかった。
祖国に凱旋し「母なる党」への入党を請願する――。自己批判を重ねたメモの最後をこう結んだ。
「党員資格は何よりも大事だ。北朝鮮社会を生き抜くために欠かせない」。取材に応じた元北朝鮮兵のイ・ヒョンスン氏(39)は語る。「生きて帰れば党員になれる可能性が高い。困難な状況下のささやかな希望だろう」
党員には名誉と優遇があり、進学や就職などで有利に働く。誰もが入党できるわけではないからこそ、兵士らは戦果を得るのに必死だ。
父親が党幹部だったイ氏も元党員のひとり。2002年に軍に入隊し、今回ロシアに送り込まれたとされる特殊部隊を訓練した経験を持つ。金正恩(キム・ジョンウン)体制の粛清から逃れるため、14年に駐在先の中国から米国に亡命した。
「亡くなった兵士は党員資格を持っておらず、多くは貧しい農村部出身であろう」。北朝鮮政治が専門の慶応義塾大の礒崎敦仁教授は指摘する。
未知のドローン戦
「ドローンを発見したら3人一組で、1人は誘導して残り2人は射撃する」。ジョンさんが残した別のメモにはドローンへの対応策を示した図解が記されていた。
ウクライナ軍は爆発物を搭載する無人機を使った21世紀の現代戦を展開する。一方、北朝鮮軍は1950〜53年の朝鮮戦争以降、実戦経験が乏しい。「北朝鮮兵は高性能な装備の訓練を受けていない。ドローンとの交戦は初めてだろう」(元兵士のイ氏)。韓国やウクライナ当局は2024年10月にロシアに派遣された北朝鮮兵をエリート部隊だと分析していたが、戦術や経験の差が北朝鮮軍の犠牲拡大につながっているとみられる。
浮かび上がる素性
遺留品の中にはロシア語で「兵役証明書」と記載された手帳も複数あった。生年月日が正しければ兵士らはいずれも20代で戦場に立っていたことになる。
出生地にはモンゴルの北側にあるロシア領内の共和国の名前があり、民間職種欄には「屋根職人」や「溶接工」と書かれていた。北朝鮮の派兵を隠蔽しようとするロシアが偽造した疑いがある。
韓国サムスン電子製の旧式の携帯電話のほか、「武器を捨てろ」などのロシア語の発音をハングル文字で記したメモも見つかっている。
25年1月、ウクライナ当局は北朝鮮兵を捕虜にしたと発表し、負傷した兵士2人が独特のなまりのある朝鮮語で会話する映像を公開した。
「ここがどこだかわかるか?」
「(首を横に振る)」「指揮官は何と言っていたか?」
「実戦演習と聞きました」
作戦内容さえ知らされず、最前線に送り込まれた疑念が浮かぶ。
兵士の足跡
彼らはどこからやってきたのか。韓国国家情報院(NIS)は24年10月上旬、衛星画像をもとに、北朝鮮内の3カ所から合計1500人の兵士がロシア船に乗り込んだと分析した。
同年10月18日には通信アプリ「テレグラム」に北朝鮮兵を目撃したとする動画が投稿された。場所はロシアのウラジオストクから北に130キロメートルほど。訓練場とみられる敷地内を列になって歩く様子が記録されていた。
ロシアの極東からウクライナ国境近くまでの詳しい足跡は分かっていない。約2カ月後の12月14日、ウクライナのゼレンスキー大統領はテレグラムへの投稿で、北朝鮮兵がロシアのクルスク州に派遣されていると述べた。
英シンクタンクの国際戦略研究所(IISS)の報告書「ミリタリー・バランス」の25年版によると、北朝鮮軍の総兵力は128万人にのぼる。このうち約1万人がロシアに展開していると分析する。
「金正恩」の手紙
ウクライナ軍が公開した遺留品の中には「金正恩」と末尾に書かれたメモも含まれていた。「無事に戻ってくるように、私がずっと祈り続けていることを一瞬たりとも忘れないでください」。真偽は定かではないものの、兵士をねぎらった激励のメッセージが並ぶ。
北朝鮮軍の現在のロシアでの活動状況については情報が錯綜している。米国が仲介する停戦交渉の行方が北朝鮮兵の命運を大きく左右することになる。
2024年12月。ここロシアの地で誕生日を迎えた、最も親しい戦友同志のソン・ジミョンさん
冒頭のジョンさんはドローン戦術や入党請願書とともに、親友の誕生日を祝うメモを持っていた。
健康を祈っています
そうメモは締めくくられていた。
出所:ウクライナ特殊作戦軍、米戦争研究所、韓国国家情報院、ウクライナのゼレンスキー大統領のテレグラム投稿