「——さぁ、喜劇を始めよう!」ドンドットット♪


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作:烏何故なくの
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一話 道化継承


 

 それは遥か太古から受け継がれる、英雄の歌。

 神時代には届かない、遠い過去の話。

 

 道化の船に乗り、人類の尊厳を取り戻そうと立ち上がった勇士達。

 彼らを待ち受けていたのは、地平を埋め尽くす魔物の群れ。

 

 人狼(ウェアウルフ)は怯んだ。

 土の民(ドワーフ)は震えを隠せなかった。

 女戦士(アマゾネス)は希望を見出せなくなった。 

 妖精(エルフ)は言った。「道化はもういない」と。

 

 だから、男はその場に立っていた。

 託された意思を示すため。

 悲劇を喜劇に変える道化は、ここにもいるぞ。と。

 

 ドンドットット♪ ドンドットット♪

 

 戦場に音が響きだした。軽快な、ドラムの音色が。

 男は全力を持って心臓に血液を送り続ける。

 

 ドンドットット♪ ドンドットット♪

 

 男が思い描くは二人の英雄の背中。

 一人は世界で一番自由な海賊王。

 一人は絶望を喜劇に変える道化。

 憧れを胸に、英雄願望を力に変え、男は叫ぶ。

 

 「——さぁ、喜劇を始めよう!」

 

 

 

 

◾️◾️

 

 

 

 

 「——なんだなんだ、どこぞの『兎』が一丁前に有名になったなんて聞こえてくるぞ!」

 

 酒場『焔蜂亭』での出来事だった。

 18階層での死闘を潜り抜け、生還を果たしたベル、ヴェルフ、リリルカ。

 生還の祝杯を酌み交わしていた彼らの耳に、小人族(パルゥム)の冒険者の大声が聞こえてくる。

 小人族(パルゥム)の冒険者はせせら笑いながら、ベルに聞こえるように侮蔑の言葉を放つ。

 

 「ほっとけほっとけ」

 「いかにも冒険者って感じですね……。品がない」

 

 ヴェルフもリリも言葉を受け流すが、冒険者の言葉はどんどんヒートアップしていく。

 

 「きっと主神が落ちこぼれだから、眷属も腑抜けなんだ!!」

 「ッ———」

 

 その言葉を聞いたベルの脳裏に、赤い電流が走る。

 我を忘れて席を立つベルが、あらんかぎりに叫ぼうとした瞬間だった。

 

 「ダセェことやってんじゃねぇぞアラン!!」

 「い、いってぇえええぇっ!!」

 

 『焔蜂亭』の入り口から雷のような声が走った。

 それとともに、小人族(パルゥム)の冒険者の頭に手刀が落とされる。

 

 異様な光景に酒場が沈黙した。

 おかしいのは、手刀を放った腕の長さだ。

 『焔蜂亭』の入り口から伸びたその腕は、2M(メドル)はあるだろうか。

 手刀を放った腕の先には、ボサボサの頭をした中背の男が立っていた。

 

 「ゴムの腕………。【アポロン・ファミリア】の【迅雷怒濤(ハヌマーン)】!」

 「あれがLv.4の第二級冒険者………」

 

 酒を煽っていた冒険者達が、突如現れた強者の気配に困惑の声を漏らす。

 

 思いがけない人物の登場に、小人族(パルゥム)の冒険者の仲間たちがどよめいた。

 その中でも一際長身で美丈夫な男が、ラテックスへと視線をぶつけた。

 

 「なぜ貴様がここにいる」

 「つれないこと言うなよ、ヒュアキントス。それともなにか、俺がここにいちゃ困ることでもやってんのか?」

 

 ヒュアキントスとラテックスは視線をぶつけ合う。

 第二級冒険者どうしの睨み合いに、酒場の温度が数度下がっていく。

 先に目を逸らしたのは。ヒュアキントスの方だった。 

 

 「行くぞ」と仲間の冒険者に声をかけ、ヒュアキントスは酒場から出ていく。

 

 「やっぱり疾しいことしてんじゃねぇか。……あー、うちの団員が迷惑かけて悪かったな。なんでもおたくらのベルなんとかってやつがウチの主神のお眼鏡にかなっちまったらしきてよ」

 

 ラテックスは鼻を鳴らすと、頭を掻きながらベルたちに向かって歩きだす。

 

 「しばらくはこんな感じのちょっかいが続くと思うから……………あ?」

 

 ラテックスはベルたちの顔をジッと見回すと、ベルの顔に視線を合わせたまま固まった。

 ベルはジッと見つめられ、困惑の瞬きを返す。

 

 挙動不審なラテックスを見て、リリもヴェルフも怪しいものを見る目つきになっていく。

 

 「あー、その、ウチのファミリアによる嫌がらせが続くと思うから、注意してくれや。な? 俺の言いたいことはだいたいそんな感じ。いざって時にはギルドにも連絡するから、とりあえず名前だけでも聞かせてくれや」

 「は、はい。ベル・クラネルです」

 

 それを聞いて、ラテックスは大事な物を見るような目つきでベルに語りかける。

 

 「ベル、ね………。俺はラテックス。【アポロン・ファミリア】の副団長をやっていて……。まぁちょっと地位のあるだけの、ただの道化だよ」

 

 そう言って、男はくしゃりと顔を歪めて笑った。

 

 

 

 

 「わははは! 案外飲めるじゃないか?」

 「おうよ、ゴムの体だからな! 胃が破裂するなんてこととは無縁だぜ」

 

 ヴェルフと酒を酌み交わしながら、ラテックスは豪快に笑う。

 すぐにラテックスに心を許したヴェルフに向かって、リリは呆れたような眼差しを向ける。

 

 「全く、ヴェルフ様は……」

 「あはは、まあまあ」

 

 リリを宥めながら、ベルはラテックスに視線を向ける。

 それに気付いたラテックスは、ベルに向かって声をかけた。

 

 「どうした? ゴムの体がそんなに気になるかい?」

 「は、はい。まるでジョイボーイみたいで……」

 

 ジョイボーイ。

 実在したか定かではない、太古の英雄だ。

 その体はゴムのように変幻自在で、あらゆる強敵に負けない無敵の腕力を持っていたとされる。

 空を駆け、大地を割り、さらには蠍殺しを成し遂げた、いつもおどけたひょうきんな英雄だと伝わっている。

 あまりに奇想天外な彼の活躍は只人の目に追えず、ジョイボーイの活躍を書き記したのは視力に優れた小人族(パルゥム)だったという。

 

 「やっぱりそんなスキルを持ってるってことは、ラテックスさんもジョイボーイがお好きなんですか……?」

 「好きって言うか、俺がジョイボーイだしな」

 「へ?」

 「前世の記憶っつうの? 何回か生まれ変わってんだけど、そのつど覚えてんだよね、俺」

 

 突然の発言に、惚けた顔を晒すベル。

 そんなベルを見て、ラテックスは「プッ」と吹き出した。

 

 「あひゃひゃひゃ! 道化の発言を真面目に信じてるぜコイツ!」

 「……思い出しました。虚言癖で有名な冒険者でしたね。【迅雷怒濤(ハヌマーン)】は……」

 

 リリの言葉に更に笑いながら、ラテックスは言葉を続ける。

 

 「変なとこで純粋なの、アルゴノゥトそっくりだぜ! 顔もそっくりだし、案外お前もアルゴノゥトの生まれ変わりなんじゃないか?」

 「あ、アルゴノゥト……。嬉しいような嬉しくないような……」

 

 喜劇の主人公にそっくりだと言われ、ベルは思わず苦笑いする。

 そんなベルを見て、更にラテックスは笑い出す。

 

 「くっくっく……。長い付き合いになりそうだな? ベル・クラネル」

 

 ラテックスは、再び酒をあおった。

 『焔蜂亭』での夜は、ゆっくりと更けていった。

 





ハヌマーンは猿神銃(バジュラングガン)の猿神の別名です。
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