「おはようございます、ヘルメス様」
「おや、おはようベル君。この前は災難だったね。戦争遊戯をアポロンの所に申し込んだって聞いたけど、大丈夫なのかい?」
「はい。戦争遊戯のルール次第にはなりますけど、ヴェルフに命さんにリューさんも、改宗までしてくれるって言ってくれたので。巻き込んでしまったようで本当はちょっと申し訳ないんですけど、とても嬉しかったです」
「そうかそうか。良い仲間を持ったじゃないか。それで、俺の所に何の用事なんだい?」
「実は、ヘルメス様に手紙を届けて欲しいんです。お義母さんの所に」
「っ……それは……大丈夫なのかい? 内容次第では、俺の依頼をほっぽりだしてこっちにすっ飛んでくるんじゃないかと思うんだが……」
「それについては心配しなくていいですよ。全部僕が自分で片を付けたいって書いてありますし、それぐらい僕も怒ってるとも書きましたから。お義母さんならそれで我慢してくれると思います」
「そ、そうかい。ベル君がそう言うのなら、きっとそうなんだろうね」
「ただ、それでも激怒はすると思うんですけど……だからヘルメス様も気を付けてくださいね、八つ当たりされないように」
「そ、そうか。うん、確かに承った。それじゃベル君、戦争遊戯頑張ってくれ。陰ながら応援しているよ」
「ありがとうございます、ヘルメス様。それじゃ、僕はこれで」
「…………はぁ、気が重いなぁ。きっとヘラも一緒にいるだろうし……余計に。行きたくないなぁ。けど、届けないわけにもいかないよなぁ……未来の英雄候補からのお願いだし……それこそ届けなかったら、俺がベル君の不興を買ってしまうよなぁ。やっぱあのベル君もヘラの系譜なんだなぁ。おお怖っ。そう思うとちゃんと届けなきゃいけないよな、ヘルメスの名にかけて。うし、取り敢えずは神会が終わってから届けに行こうそうしよう。決して、決っっして、できるだけ届ける時間を遅らせようとか、できることなら会いたくないとか、依頼を先延ばしにしようとしているとか、そういうことを考えているわけではないからな、ベル君。そこだけは信じてくれ。ああ本当に信じてくれベル君。だから君の優しさに甘えてしまう俺のことを許してくれベルくーん!!」
◆◆◆
「視線を切らさないで下さい」
「ぐべあっ!?」
「誰がどこにいるのか常に把握して! お弟子君! お弟子君の五感なら絶対できるから!」
「ごふっ!?」
「相手のレベルは高くはないが如何せん数が多い」
「あばっ!?」
「これも五日目なんだからいい加減に慣れただろ、兎」
「でべしっ!?」
「今の貴方に死角はほぼありませんが、それでも作ろうと思えば作れます」
「どばっ!?」
「そうそう! だから死角を作られないように立ち回るか、作られたら即座に潰すこと!」
「がふっ!?」
「かと言って作られた死角を囮に使われるかもしれん。このようにな。故に、すぐには飛びつくな」
「でぶらっ!?」
「相手の戦略戦術も考えて反応しろよ」
「あぶしっ!?」
「どうせ一対多数の戦闘をするのです。ほら、クラネルさんの方からかかって来なさい」
「はぁあああああ!!」
吹き飛ばされ、どつきまわされ、転がされ、ひたすら四人の本気の連携によって自分をボールにキャッチボールされるベル。
まあキャッチボールという表現はいささか可愛いすぎる気もするが、それは事実なのだから仕方ない。
【アポロン・ファミリア】と戦争遊戯をすることが決まってから五日。
その五日間、ベルとリリ、ヘスティアの三人は彼女達の好意に甘え『星屑の庭』に泊めてもらっていた。
【ヘスティア・ファミリア】の本拠が壊されてしまったというのもあるが、本命は今行われている通りベルの泊まり込みの修行。
この五日間、リュー達は普段行っている都市の巡回すら休み、ベルの為にほぼ一日中こうして修行をつけていた。
彼女達四人全員が都市の巡回を休むほど、【アポロン・ファミリア】には怒っているのだ。
それはリューを侮辱されたこともあるが、なによりも【アストレア・ファミリア】の準団員と言ってもいい弟分のベルが、それはもう大切に大切にしているあの教会を破壊したのだから。
こうしてレベル6二人とレベル4二人でレベル2のベルを鍛え上げるのも当然というもの。
当のベルはいつにも増して気合十分というか、【アポロン・ファミリア】への怒りもあるのだろうが、いつものように奇声を上げてはいるものの、いつもの五倍くらいにはキツイその修行にひたすらついていっていた。
「おはようございます輝夜殿ー! 自分とタケミカヅチ様も今参りました!」
「朝早くから精が出るな、輝夜、ベル」
と、今も宙を舞っている途中で輝夜にリューのいる方向へと吹き飛ばされ、その先で待ち構えていたリューに今度はアリーゼの進行方向へと地面を弾みながら転がされ、アリーゼはそれをまた胴を蹴り上げて空中に蹴飛ばしてと、散々な目に遭わされているベルを余所に、命とタケミカヅチが『星屑の庭』にやって来た。
「命も来たか。おはようございます、タケミカヅチ様。今は兎の相手をしてやっているので、しばらくの間は命の相手をお願いできますでしょうか? 私もすぐそちらに向かいますので」
「承知した、輝夜」
ベルがこうして『星屑の庭』で鍛えられ始めてから割とすぐに、命とタケミカヅチがその光景に加わっていた。
義理堅い命は当然のように戦争遊戯に参戦することを決め、こうしてベルと一緒に修行をつけてもらう運びとなったためだ。
「な、何度見ても見慣れませんね、タケミカヅチ様」
「そうだな命。あれをやる側もやる側だが、それについて行くベルもベルだな。さて、俺達も始めるぞ」
「はい! お願いいたします、タケミカヅチ様!」
命とタケミカヅチはベルの修行風景を見てそんな感想を漏らし、邪魔にならない距離を保って二人も組手を始めた。
命とタケミカヅチが来てからおおよそ十分後、少し休憩を挟むということでベルの修行は一度止まり、輝夜は二人の元へと向かって行った。
「そろそろ戦争遊戯の内容が決まる頃でしょうかね、リューさん」
「そうですね、クラネルさん。神ヘスティアとアストレア様の二人で時間を稼いでくれるそうですが、そろそろ限界でしょうし」
息を整えタオルで汗を拭いた後、隣で休憩しているリューにベルが話しかけた。
この五日間、ベルが修行をして可能な限りステイタスを伸ばせるように時間を稼いでくれている女神二柱。
いったいバベルでどんなやり取りが繰り広げられているのか、それはベル達の知るところではないが、それでも自分のために力を尽くしてくれているヘスティアとアストレアには感謝の念が尽きない。
「どんな内容になるんでしょうかね。有利とまでは言いませんけど、できれば人数の少ない僕達が不利になるような内容でなければいいんですけど……」
「そこは決まってみないとなんとも言えませんね。それぞれの【ファミリア】を代表した眷属が一騎打ちをする、少人数での勝ち抜き戦、などであれば大分楽ができるのですが」
「そうですね。ただ戦争遊戯って言うくらいですから、僕はこの字ずらから大規模な戦闘になるんじゃないかって、ちょっと嫌な予感がするんですよね」
と、そこまで話していると、神会に出ていたヘスティアとアストレアの二人が深刻な表情で帰って来た。
「あ、神様! 戦争遊戯の内容が決まりましたか? なんだかその表情を見てると、とっても嫌な予感がするんですけど……」
「そうねお弟子君。私もなんだか嫌な予感がするわ。どうなったんですか、アストレア様?」
ベルがヘスティアに聞き、ベルとは反対側のリューの隣に座るアリーゼもアストレアに尋ねる。
そしてヘスティアとアストレアは深刻な顔のまま二人同時に答えた。
「「攻城戦」」
「うわっ」
「げっ」
「流石にそれは……」
「はぁ、いったいどうしてそうなっちまったんですか、アストレア様?」
ベル、アリーゼ、リューの順に反応し、ライラが経緯を聞く。
聞かれた二柱は事の詳細を語ってくれた。
「まずはそうだね……戦争遊戯に参加できるのは結局ボクの眷属だけになってしまったよ」
「そうね。私達も事の発端は当事者だったから参戦したかったのだけど、流石にアリーゼと輝夜の二人がいるからダメだったわ。それじゃ勝負にならないって、娯楽好きな神達に反対されてね。今度何かの不祥事でも暴いてやろうかしら」
頬に手を当てにこやかに言うアストレア。
そんなアストレアにヘスティアは静止の声をかける。
「それは今度にしてくれアストレア。それでだけど、戦争遊戯の内容はくじ引きで決まったんだ。神々でそれぞれ一枚、試合内容を書いた紙を箱に入れてね。戦力差はあるけど、これが一番公平だからってね」
「それでそのくじを引いたのがヘルメスだったのだけど、ヘルメスったら『攻城戦』なんてものを引いちゃって。一応人数的に攻手は譲ってもらったわ。はぁ、今度ヘルメスが眷属達のレベルを偽っているの、ギルドに報告しようかしら」
これまた頬に手を当て、ヘルメスの後ろ暗いことをギルドに報告しようかと悩むアストレア。
そんなアストレアの報告に、ベルは【アポロン・ファミリア】を潰す覚悟はしているものの、情けない声を出した。
「ヘルメスさまぁ。なんてものを引いてくれるんですか……お義母さんに八つ当たりされないよう心配したの、ちょっと損した気分です」
寧ろ八つ当たりされてしまえと、今ではそんな風に掌を返すベル。
そしてそれに同意見だったのか、隣でベルの言葉を聞いていたリューが口を開いた。
「そういえばクラネルさんは手紙を出していましたね。でしたら神ヘルメスへの折檻はアルフィアに任せましょう」
「そうですねリューさん。お義母さんならきっと、ヘルメス様に八つ当たりぐらいはしますから」
「そうねリオン! あのヘルメス様だったらそれぐらいのことをされても文句は言えないわ!」
「そうだなリオン。アルフィアぐらいやり過ぎなほうがヘルメス様には丁度いいってもんだ」
口々にそう言う子供達。やはり普段の行いが悪いのがいけない。
それを聞いていたヘスティアもアストレアに提案する。
「それじゃあヘルメスへのお仕置きはアルフィア君に任せようじゃないか。な、アストレア。それで今回は我慢しようぜ」
「それもそうねヘスティア。アルフィアの八つ当たり程度なら問題ないでしょうし」
そうやってヘルメスへの矛を収めるアストレア。
いやしかし、アルフィアの八つ当たりというと、魔法を喰らって吹っ飛ばされるか、拳を頭の頂点に受けて地面に沈められるか、そのどちらかか、もしくは両方だろう。
ヘルメスの存ぜぬところで彼の男神への罰が勝手に決められたが、それはさておきとヘスティアが戦争遊戯の日程を語る。
「でだ、戦争遊戯は三日後に開催されると決まったよ。場所はこれから見繕うんだろうけどね」
「そうね。それじゃ、そうと決まれば早速改宗の儀式をしてしまいましょう。リュー、今更だとは思うけれど、心の準備は出来ているかしら?」
「はい、アストレア様」
アストレアに言われ、リューは改宗のためにその場から離れようとする。
そうして二柱の女神について行こうとしたリューに、ベルが「あの」と声をかけた。
「リューさん。前にも聞きましたけど、本当にいいんですか? 改宗までしてもらって」
二度目のベルの確認。いくらベルがリューの弟子だからといって、戦争遊戯のためだけに所属する【ファミリア】を変えてしまうことに、少しだけ忌避感を覚える。
リューにとって【アストレア・ファミリア】はとても大切な【ファミリア】だと知っているから尚更に。
前回聞いた時は「いいんですよクラネルさん」とだけ返されてその会話は終わってしまい、なんともベルは納得できないというか、少しだけもやっとしたのだ。
そう聞いたベルにリューはベルの方を向いて、前回と同じように答える。
「大丈夫ですよクラネルさん。改宗するとはいっても、アリーゼ達との関係が断たれる訳ではありませんので」
「そうねリオン! 住む場所がちょっと違くなるくらいだもの! ヘスティア様とも仲良くしてるしね!」
「おうともアリーゼ君! ボクだって君達のことは気に入っているんだぜ! ベル君やリリルカ君の面倒を見てもらってるんだからね!」
アリーゼに話を振られたヘスティアも振り向き、親指を立てて返事をする。
そんな彼女達を見て、リューは頷いてから言う。
「そうですね、アリーゼ、神ヘスティア。それに、あの教会を破壊までした【アポロン・ファミリア】には私だって怒りを覚えているのです」
「リューさんもですか?」
確かにあの教会はベルと実母を繋ぐ場所で、義母の大切な場所で、だからこそベルにとってもとても大切な場所だった。
リュー達がアルフィアがあの場所を大切に思っていたことを知っている、ということをベルは知っていたが、それでもリューにとってはあまり関わりのない場所だろう。
そんなことを考えているベルにリューは「ええ」と続けた。
「私もクラネルさんと同じですよ。クラネルさんが師匠の私の為に怒ってくれたのと同様に、私も弟子の貴方の為に怒っているのです。クラネルさんの中で、あの教会がどれだけ大切な場所なのかは知っていますから。その怒りを、私に少しでも共有させてください」
「リューさん……」
リューが自分の為に怒ってくれていると、それは自分がリューの為に怒ったのと同じだと、そう言ってくれたリューにベルはなんだか泣きそうになってしまう。
なんとか涙を堪えるベルに、リューは「それに」とまた続けた。
「改宗の猶予期間は一年間ですから。一年経てば、私は【アストレア・ファミリア】に戻れます。神々程ではないにしても、エルフの私からすれば一年なんてあっという間ですよ。クラネルさんがそんなに心配する必要はありません」
なんて、ベルからするとちょっと残念なことを言ってくる。
いやまあ一年間も同じ【ファミリア】で過ごせるだけ、十二分に嬉しいのだが。
それでもそんなことを言われて、溢れそうだった涙も思わず引っ込んでしまった。
だがしかし、リューの発言に待ったをかける人がこの場には一人だけいた。
「別に一年なんて言わないでずっと【ヘスティア・ファミリア】にいてもいいじゃない! お弟子君もいるんだし!」
――ナニヲイッテイルノダロウ、コノヒトハ。
アリーゼが、【アストレア・ファミリア】の団長がそんなことを言うものだから、ベルは混乱してカタコトでそんなことを思って、そのまま思考も体もフリーズした。
場の流れに置いてかれるベルを余所に、リューは困惑した様子でアリーゼに問う。
「何を言っているのですかアリーゼ? それは私にここには帰って来るなと、そう言っているのですか? 流石の私も貴方にそんなことを言われると、悲しくてこの薄い胸が張り裂けそうなのですが」
「そんなことは言ってないわ! そのままの意味よ!」
「そのままの意味で捉えても、どうしてもそう言っているようにしか聞こえないのですよ、アリーゼ。もしかしてわざと言っていませんか?」
「別に私はライラや輝夜みたいにひねくれてないわよ?」
「おい団長。輝夜は今ここにはいねえけど、アタシは隣で聞いてるんだぞ? 本人が目の前にいるのにいい度胸してんじゃねえか」
「それほどでもないわ!」
「あ、ダメだなこりゃ。リオン、団長のことは放っておいてさっさと改宗を済ませちまえ。それがいい」
「そ、そうですねライラ。アストレア様、神ヘスティア、行きましょう」
そうやって二柱の女神に促すリューであったが、それにも待ったをかける人――否、神が一柱いた。
「あら、私はリューが望むのなら、そのままヘスティアのところにずっといてもいいと思ってるのだけど。丁度いい機会だとも思うし。ね、ヘスティアもいいわよね?」
まさかまさかの【アストレア・ファミリア】主神のアストレアがそんなことを言ってのける。
そして同意を求められたヘスティアもまた、口をへの字にしながらも頷いた。
「ボクとしてはベル君のこともあるからちょっと複雑だけど……まぁエルフ君が望むのなら構わないよ」
オラリオでも屈指の善神二柱に冗談とも思えない許可を出され、流石のリューも取り乱す。
「あ、アストレア様!? それに神ヘスティアまで!? 丁度いいとはいったいどういうことなのですかアストレア様! まさか私は破門にでもされるのですか!?」
珍しく、本当に珍しく、なんなら五年ぶりくらいにそんな取り乱し方をしたリュー。
それを見たアリーゼとライラは驚愕のあまり唖然とした様子で口をぽかんと開け、未だに命に稽古をつけている輝夜も声を聞きつけ、顔だけリューがいる方へと向けた。
ベルは再起動しかけていたが、アストレアの言葉を聞いて二度目のフリーズをしていた。
そして取り乱すリューの主神のアストレアはというと、いたずらっぽい笑みを深めていた。
「そっちは今はどうでもいいのよ。それに私はリューを破門にすることなんて絶対にしないわ。例えリューが正義を見失って復讐に落ちてしまったとしても、絶対に」
「そんな怖い例えを出さないで下さいアストレア様! では何故神ヘスティアの元にずっといてもいいとおっしゃったのです!?」
「……冗談よ」
「いったいその間は何なのですかアストレア様!? アストレア様に笑顔のまま言われると本当に怖いのですが!」
「本当に冗談よ、半分はね」
「半分も本気で言わないで下さいアストレア様!」
「ふふっ、ごめんなさいねリュー。貴女のそんな反応が本当に久しぶりで、つい揶揄ってしまったの。ほら、改宗の儀式に行きましょう」
「か、揶揄わないでください、アストレア様……はぁ、わかりました」
揶揄ってしまったと、そう言われて落ち着いたのか、リューは溜息を吐きながらもアストレアとヘスティアについて行く。
そして最後に、アストレアは未だに呆然としている己の眷属二人に振り返って言った。
「アリーゼとライラも、そろそろ休憩を終わりにして訓練を再開したら? ベルはまだ固まったままみたいだけど、そのうち元に戻るでしょうし」
そう言われハッとしたのか、アリーゼとライラはタオルを置いて代わりに木剣を持つ。
ベルはというとまだ固まったままなので、二人に強制的に連行されていた。
その様はお縄にかかった兎そのものである。
連行されるベルはまだ動かないが、どうせ訓練を再開すれば動き出すだろうし、そうでなかったとしても強制的に動かされるだろう。
さて、取り乱しながらも神室へと向かい、背中のステイタスを待機状態にしてもらったリュー。
ベッドに座るリューとは逆に、立ち上がったアストレアは一度神室から退出し、そのままヘスティアが入って来た。
そして改宗してもらおうと、リューがベッドにうつ伏せになろうとしたところで、ヘスティアに止められる。
「ちょっとだけそのままの状態で話しをさせてくれないかな、エルフ君?」
「え、ええ。わかりました、神ヘスティア」
「ありがとう。ああ、上着は脱いだままにしといてくれ、すぐに終わるからさ」
話をすると言われ、上着に手をかけていたリューだが、ヘスティアにそう止められ、上半身が裸のままでベッドに座る。
別にヘスティアも女神なので問題ないのだが、それでも少しだけ彼女に肌を晒すのは恥ずかしかった。
嫌悪感を覚えないのは、ヘスティアが善神である証拠だろう。
そうしてリューの隣に腰かける炉の女神。
ヘスティアは指を一本だけ立てて、リューに問いかけてきた。
やはりすぐに改宗の儀式をするのか、その指は既に赤く染まっていた。
それをわざわざ見せたのは、ヘスティアがそのことを暗にリューに知らせるためだろう。
きっと嫌がらせなどの類ではないと、善神であるヘスティアを信じる。
「君には一つだけ聞きたいことがあるんだ。聞いてもいいかい?」
「私に答えられることでしたら、構いませんが」
「ありがとう、エルフ君」
再びリューに礼を告げたヘスティアは、リューに静かに問いかけた。
「エルフ君、君はボ・ク・の・ベル君のことを、どう思っているんだい?」
「クラネルさんのことですか?」
「ああ、ボクのベル君のことだ。先にこれだけは聞いておかないと、ちょっと改宗は認められないからね」
ボ・ク・の・と強調したのは気になるが、それでも答えないと改宗してもらえないのなら困る。
もし改宗が認められなければ、弟子を助けることができない。
そう思い、リューは思ったことを素直に答えた。
「そうですね。とても優しいヒューマンだと思っています。こんな私の為に、あそこまでの怒りを表してくれたのですから。少々怒りすぎな気もしましたが」
最悪人を殺していたかもしれないと、そんなことを弟子の主神には言えなかったため、リューは表現を柔らかくして伝える。
リューの優しいというベルの人物像に、ヘスティアはうんうんと頷いた。
「そうだね、ベル君はとても優しい男の子だ。この前だってボクはお姫様抱っこで運んでもらったんだから」
なんだか自慢のようにも聞こえる気がするが、きっとそれはリューの勘違いだろう。
それでもお姫様抱っこという言葉に、反射的にリューは以前弟子にしたことを話していた。
「そういえば、私も以前クラネルさんにしましたね、二回ほど」
「なに!? 二回もだって!? ……それも後で詳しく聞きたいけど、今はいいや。それで? まだ他にはないかい?」
とても驚かせてしまったようで少し申し訳ないが、続きを促されたのでリューは答える。
「あとは、純粋でお人好し、といったところでしょうか。それと少しばかり頑固な面もあるかと。お人好しというのは、神ヘスティアから贈られたナイフをアーデさんに盗まれたと知った後で、それでも彼女を助けようとしたのですから、そうも思います」
「そんなこともあったね。今でもその件についてはちょっとだけリリルカ君には怒ってるけど、今はもう許したし、リリルカ君もボクの眷属だ。大切に思ってるとも」
つい一月前のことだが、やはりそのことには怒ってはいるのかと思う。許しもしたようだが。
かくいうリューも、最初の印象は最悪だった。
なにせ自慢の弟子の主武装を、それも主神からの贈り物を盗んだのだから。
だがその後は捜査にも協力してもらい、神酒の克服までしたのだ。
以前弟子にも言ったが、あの姿を見せられては許しもする。
しかし、それを見てもいないヘスティアが許すとは。
彼女はとても心の広いお方だとリューは思い、それを口にする。
「やはり神ヘスティアはオラリオでも滅多に見ない善神ですね。なかなか貴女様のような心の広い神に巡り合えるものでもありません。クラネルさんはアルフィアに言われたように、良い神様に出会えたと思います」
「おだてたって何もでやしないよ。けどお礼は言わせてもらおうかな。ありがとうね、エルフ君」
「いえ、思った事を言っただけですので」
「君も中々にお人好しな子供だね。ベル君といい勝負だ」
弟子の方がリューよりもお人好しだろう。
リューならば、もしアルヴス・ルミナを一度でも盗まれでもしたら、その時点でその盗人のことなど許しはしないのだから。
そんなことを考えていると、ヘスティアはリューの主神へと話を変えた。
「それに善神って話なら、アストレアだって中々に珍しい善神だぜ。ちょっとだけお転婆だけどね」
それにはリューもヘスティアに同意だ。
首肯してから答える。
「そうですね。アストレア様には、暗黒期の時期、色々とヒヤヒヤさせられましたから。なんならついこの前も、クラネルさんの魔法とスキルを見たさに、本拠でそれらを使うのを止めませんでしたから。その後は使わないよう厳命したのですが」
確かに輝夜は本拠に被害を出さず、スキルで強化された弟子の魔法を木剣で斬って見せた。なんなら今日も。
だがその後にあの時着ていた輝夜のお気に入りの着物が焦げてしまっていたことがわかり、あの弟子のスキルの規格外さには驚いたものだ。
アストレアもあれを見てしまえば、流石に使わないよう厳命する。
そんな風に本拠であった出来事をかいつまんで話すと、ヘスティアは彼女の眷属でも知らないアストレアの天界時代の話をする。
「天界でもアストレアはお転婆で有名だったからね。ボクも見てたけど、そりゃあもう危なっかしかったよ。色々と助けたこともあったしね」
意外に思い、リューは再び思ったことをそのまま言う。
なんだかこのヘスティアという神には、スラスラと自分の感じたことを言えてしまう。
それは彼女が炉の女神だからなのだろうかと、そう思いつつも口を開いた。
「神ヘスティアにアストレア様がですか? あまり想像がつきませんが」
「君も結構ズケズケと言うねえ。あの極東の格好をした輝夜君? 程じゃないけど。それに今ので君がボクのことをどう思っているのか何となく察したけど、それは聞かないでおくよ」
「申し訳ありません、神ヘスティア。気を遣わせてしまいましたね」
こんなにも早く、ヘスティアの広い心に許してもらうことになるなんてと、リューは慌てて謝罪を口にする。
ヘスティアにはそういう風には見えていないだろうが、謝るリューにヘスティアも若干慌てた様子を見せた。
「ああいや、謝って欲しかったわけじゃないんだ。それだけは言っておくよ」
「お許しいただきありがとうございます、神ヘスティア」
「だからもういいって。ベル君から聞いてはいたけど、君って結構頑固だね。これもベル君とちょっと似てるし、やっぱり君たちは相性が良いよ。ベル君の主神のボクが保証する」
「やはりそうなのですか? 私にはあまり頑固という自覚がないのですが」
弟子と性格の相性が良いというのは聞き流す。
こんな自分と似ているなどと思われては、弟子もショックだろう。
確かに戦闘面での相性は良かったが。
それも初めての共闘であそこまで連携ができるほどに。
ただ弟子にも自分が頑固だと、そう思われていたのは少しショックだ。
ヘスティアにそう尋ねると、彼女は「ああ」と続ける。
「そういうところを頑固だと言うと思うんだけどね。それと、君達の本拠で修行中に何があったのかも、聞かないでおくよ。ベル君も巻き込まれたみたいだけど、どうせろくでもないことなんだろう?」
「……確かにあれはろくでもないことでしたね。私と輝夜の喧嘩に付き合わせてしまったので。クラネルさんの師匠として失格ですね」
ろくでもないことと、そう指摘され、こればかりは頑固と言われたくないのでそのまま認める。
事実、ろくでもない出来事だったのだ。リューと輝夜の勝負に弟子を巻き込んでしまったのだから。
リューが自分のことを師匠として失格などと言ったためか、やはり慈愛の女神であるヘスティアはゆっくりと首を横に振る。
「そんなことはないよ。ベル君がエルフ君のことを話す時って、大抵がずっと笑顔で話してるんだから。リューさんが凄い凄いってね。実はボク、ちょっとだけ嫉妬してるんだぜ、君に」
嫉妬してると、そう言われて、リューは思わず小首を傾げる。
あの弟子とリューもそれなりに長い時間を一緒に過ごしているが、それでも一番長い時間を過ごしているのは弟子の主神のヘスティアだろう。
改宗をすればその限りでもないのだろうが、それも一年間だけの話だ。
どうやらアストレアとヘスティアは、あまりそうなるとは思っていないようだが、今の所のリューの中ではその予定だ。
ヘスティアが自分の何に嫉妬しているのかわからないリューは、やはり思った事を口にしてしまう。
「神ヘスティアがですか? 私に嫉妬することなどそれこそないでしょうに」
「あまりボクの胸の辺りを見て話すのを止めてくれないかい? さっきも自分で言っていたけど、エルフ君って結構自分の体形のことを気にしてるみたいだね」
チラチラと、ヘスティアの豊満な胸を見ていたのはバレていたようだ。
まあ意識しなくとも身長差の関係で自然と目に入ってしまうのだが。
あまり頑固と言われたくもないので、今回は素直に認める事にする。
周囲から見れば素直ではないのだが、リューからすれば素直な方なのだ。
「それは……その、はい」
「今のは頑固って言われたくないから認めたみたいだね。やっぱり君は頑固だよ」
結局頑固と言われてしまい、やはり自分はそうなのかと思う。
直せればいいのだが、何分これも性分だ。中々直せるものでもないだろう。
黙ってしまったリューを気にしてか、ヘスティアは「っとと」とおどけて見せる。
やはりこの女神は善神だ。そして神格者でもある。
こんなにもまだ眷属ではない自分のことを気にかけてくれるのだから。
「それで、ベル君の話だったね。ちょっと話が逸れちゃって悪いね」
「いえ、私も話の流れに身を任せていたので。神ヘスティアと話していると、何故か自分の思っている言葉がすらすらと出てくるのです」
「そりゃ炉の女神の冥利に尽きるってもんだね。で、ベル君のことなんだけど、エルフ君は純粋って言ってくれたね。どうしてそう思ったんだい?」
話を弟子に戻されたので、弟子を何故純粋と思ったのか、それに纏わる出来事を話す。
「さきほど神ヘスティアもおっしゃっていた、極東の着物を着た輝夜の話なのですが、実は彼女は脱ぎ癖が酷いのです」
「おおう……エルフの君から脱ぎ癖が酷いなんて言葉を聞くとは思わなかったよ。それで?」
また驚かせてしまったようだ。
これは自分がエルフという種族なのも関係してそうだが、主に輝夜が悪い。
今度の模擬戦で一本とろうと心に決め、リューは話し出す。
「実は嘆かわしいことに、今でこそクラネルさんは慣れてしまったのですが、最初に輝夜の下着姿を見た時はそれはもう酷い慌てようでして……」
「な、なんだってー!? ベル君がその輝夜君の下着姿を見るような事態があったのかい!?」
話の途中だったのだが、大声で遮られてしまった。
ヘスティアはあまりにも驚いたのか、黒いツインテールがビーンと上に立っている。
これは自分の話し方が悪かったと、そのツインテールが一体どういう仕組みなのか気になるも、謝罪を口にしてから続きを話す。
「申し訳ありません、神ヘスティア。私の話す順序が悪く、貴女様を驚かせてしまいました。平にご容赦を」
「な、なんだかボクは君を謝らせてばかりで、ボクの方が悪いんじゃないかって思い始めたよ。あんなに大声で驚いて悪かったね」
「いえ、神ヘスティアが謝るような事では……」
「やっぱり君は頑固だね! それも筋金入りの頑固だ! 全知零能の
また頑固と言われてしまった。
そのことにリューの基準でしょんぼりしていると、ヘスティアが「さ、上着を着てもいいぜ」と言いながらベッドから立ち上がる。
「えっと、それはどういう……」
「改宗の儀式は終わったよ。悪いね、騙すような真似をしてしまって」
「いえ、そんな騙されるようなことをされた覚えは……」
と、言いかけて、最初にヘスティアが血の付いた人差し指を見せていたことを思い出す。
あれのことかなんて思っていると、どうやらそうではなかったらしい。
「君が極端に肌を許す人が少ない潔癖なエルフだって聞いてたからね。君の気を紛らわせるために、少しお話ししながら改宗の儀式をしていたんだよ。さっきも言ったけど、騙すような真似をして悪かったね」
「そんなに謝られることではないと思うのですが。触られているとは気づきませんでしたが、少なくとも、神ヘスティアに私の素肌を見られても嫌悪感を覚えなかったので」
やはりあれは嫌がらせだったのだろうかと一瞬だけ思うも、ヘスティアのことだ。偶然だろう。
そうリューが口にすると、ヘスティアは笑って言ってくれた。
「そうかい。君みたいなエルフにそう言われると、ボクも悪い気はしないよ。寧ろ嬉しいまであるね」
「そうですか? 確かに私は自分でも思うほど潔癖だと思うのですが、そこまでとは……」
そんなに褒められることでもあったのだろうかと、疑問に思う。
しかしヘスティアは首を横に振って答えてくれた。
「別にそれだけじゃないさ。確かに君は潔癖だけど、それ以上に純粋で穢れが無い。君にだったらベル君を任せられると、本当に心の底から思うよ。ちょっと悔しいけどね」
最後の悔しいというのはよくわからないが、それでも弟子のことならと、リューは上着を着つつヘスティアに答える。
「ええ、それでしたらお任せください、神ヘスティア。なにせ私は、及ばずながらもクラネルさんの師匠を名乗らせてもらっているのですから」
「そうだったね。さてエルフ君改めリュー君……と呼ぶのはなんか呼びずらいね」
「そうでしょうね。アリーゼ達にも同じ理由でリオンと呼ばれてますから」
「酒場の子達はリューって呼んでたのに、一番の身内が家名呼びなのかい? なんだか他人行儀すぎやしないか?」
「いえ、もう長い間そう呼ばれていますので」
「それもそうか。それじゃボクもリオン君と呼ばせてもらうぜ。改めて【ヘスティア・ファミリア】にようこそ、リオン君」
「はい、神ヘスティア。一年間、どうかお世話になります」
「その神ヘスティアって呼び名は今後直してもらうとして……本当にリオン君は一年だけでいいのかい? さっきもちらっと言ったけど、リオン君だったらずっとボクの【ファミリア】にいてもいいんだぜ? ベル君のことだってあるし」
やはり呼び名は直した方がいいかと、これは簡単な事なので心のメモに書き留めておく。
そしてヘスティアに聞かれた【ファミリア】に在籍する期間だが、これを譲るつもりもない。
なぜ弟子の名前が出てきたのかは定かではないが、それでも自分は【アストレア・ファミリア】の一員でいたいのだ。
例えそれが改宗してアリーゼ達との関係性が変わらないとしても、そこだけは譲れない。
だからこの気持ちは素直にヘスティアに伝える。
「申し訳ありません、ヘスティア様。やはり私はアリーゼ達との関係が変わらないとしても【アストレア・ファミリア】でいたいのです。ですので、この一年という期間は譲れません」
ちゃんと一回で呼び名を変えられた自分を褒めつつ、それでもこれだけは譲れないと固辞する。
そう言ったリューになんだかヘスティアは残念そうな、けれど見守るような、そんな笑顔を向けてくれた。
「そうかい……今は残念だけど、もし気が変わったらいつでも言ってくれ。アストレアだって、それを祝福してくれると思うぜ?」
「アストレア様が祝福、ですか?」
何故祝福なのだろうかと思うも、それをリューが問いに出す前に、今思い出したかのようにヘスティアが口を開いた。
「そうだリオン君。ボクは君のステイタスの更新は、ランクアップ以外でするつもりはないから、君もそのつもりでいてくれ」
やはりアストレアから聞いていたのだろう。
それでも一応聞いてみる。
「なぜなのですか、ヘスティア様?」
「アストレアから事情も聞いてるし、さっき君のステイタスや経験値の状態も直接把握した。その上でだ。ボクは君のステイタスを更新することはしない」
「私のアビリティが既に限界まで上がっている、そういうことなのですか?」
一応まだ伸びしろは残っているようだが、それも微々たるものだろう。
だがどうやらそうではないらしく、ヘスティアは少し困ったような顔をして答えてくれた。
「うーん、ちょっと違うんだけど、概ねその通りだ。ま、そういうわけで、今後ボクがリオン君の素肌に触ることは、ランクアップの兆しが来るまでないよ。だから安心して欲しい」
「私はヘスティア様にならば、手はともかく、普通に素肌を触られても大丈夫だと思うのですが……」
「そうかい? そこまで言われるとやっぱり嬉しいね。それじゃ、そういうわけだから。君が壁を乗り越えられるよう、ボクはいつも祈ってるし、リオン君の近くで見守っているからね」
「……はい。ありがとうございます、ヘスティア様」
◇◇◇
「さてリリっ子。今回の戦争遊戯が攻城戦って決まっちまったわけだが……」
「そうですね、ライラ様。攻城戦と決まってしまいましたが……」
「アタシの罠と……」
「リリの魔法で……」
「「色々と悪だくみができそうじゃないか(ですか)」」
「「……うっしっしっしっし」」
二人のパルゥムは、それはそれは悪い笑みを浮かべながら、二人で同じように笑い合った。
◇◇◇
ベル・クラネル
Lv.2 所属:【ヘスティア・ファミリア】
力 :SSS1676
耐久:SSS1932
器用:SSS1766
敏捷:SSS1983
魔力:SSS1496
幸運:H
《魔法》
【ファイアボルト】
《スキル》
【英雄願望】