女による女のためのR-18文学賞

新潮社

笑うワーキングレディ

斉藤(さいとう)時々(じじ)

 いつも通り六時に目覚めた。明け方の肌寒さにまだ布団を恋しがる体を引きずって、洗面台の鏡の前に仁王立ちになる。今日のコンディションを目視でさっと確認し、すうっと大きく息を吸う。
「あ、え、い、う、え、お、あ、お」
 顔全体の筋肉を叩き起こすように、ムンクの叫びもびっくりの表情を全力でつくる。
 私の一日は笑顔のトレーニングから始まる。自慢ではないが、中三のときからかれこれ十年間トレーニングを欠かしたことは一度もない。
 一通りのトレーニングを終えると、やっと朝の支度がはじまる。顔を洗い、歯を磨き、立ったまま朝食のパンを食べ、化粧をする。化粧の仕上げに、鏡に向かってにっこり笑う。頭の中のマリリンにOKをもらい、家を出る。
 もう十月だというのに、朝八時前の現在、体感気温はすでに三十度近くに達している。道行く人の多くは気怠いゾンビのようにしかめ面をして歩いている。地下鉄はいつも通り混んでいた。両脇を不機嫌そうなサラリーマンに挟まれながら、かすかに微笑む私が車窓にうつっている。
 ターミナル駅に到着した。会社の入ったビルは、地下でそのまま駅と直結しているため、太陽が照りつける地上には上がる必要はない。それでも、湿度の高い生ぬるい空気が充満している地下道を歩くと、すぐに背中が汗ばんできた。
 名前を知らぬ人のいない大企業A社。その100%子会社が私が勤める会社である。駅前の一等地に聳え立つA社の持ちビル、その地下二階にひっそりと弊社はお邪魔している形である。従業員数は十五人。そのうち八人が女性だ。
 会社に着くと、約半数が既に出社していた。いつも早い折本さんが「倉沢さん、おはよう」と声をかけてくれる。私は渾身の笑顔で挨拶を返した。
 突然だが、ここで私の顔面のつくりについて説明させて欲しい。
 私の顔は野球のホームベースの形をしている。エラが張っていて、顎はとがっている。目は若干つっている。そして何より、重要なのは口元である。口角がおもいっきり下がっているのだ。
 そういう人間が真顔でいるところを想像してみて欲しい。そう、ものすごく不機嫌そうに見えるのだ。
 真顔がなんか怖い、というのは私の幼い頃からのコンプレックスであり、それを言われるたびに私の口角はもう1ミリずつ下がっていくような気さえした。
 まったく怒ってないのに、怒ってる? ねえ、怒ってる? などと聞かれると、たとえ怒ってなくとも少しばかり怒ったりしたくなるものである。
 私の口角は私の周囲から人を遠ざけ、そこに口数の少ない性格もあいまって、なんだか近寄りがたくて友達のいない子どもにした。その傾向はだんだん強くなり、物心ついた頃には既に完全な陰キャとして定着していた。
 授業で当てられたとき以外は一言も言葉を発さない日がざらにあった。仲のいい子同士でグループをつくりなさいという無理難題を課されたときには、最後まで一人余って俯いていた。休み時間は自分の机で読書をしながら、早く授業が始まれとひたすら祈った。
 そんな惨めな子ども時代を送る私に解決策を授けてくれたのはマリリン・モンローだった。
――笑顔は女の子ができる最高のメイクよ
 中三の英語の教科書に載っていた彼女の名言に、私は目から鱗が落ちる思いがした。
 そうか、笑えばいいんだ。確かにシンジくんだって綾波に「笑えばいいと思うよ」って言ってたしな。私の顔面だって、笑っているときくらいは機嫌良く見えるはずなのだ。
 意識して周囲を観察してみた。友達が多く人気者の生徒たちは男女問わず、いつもニコニコして機嫌が良さそうな人間ばかりだと気づいた。私は愕然とした。なぜ今まで気づかなかったのか。生きていく上でこんなにも重要なことはもっと早くに教えておいてくれても良さそうなものである。
 私にとっては、話し上手な陽キャになることよりも、ニコニコしている無口になることの方が、格段に簡単で実行可能なことのように思われた。
 しかし、十五年間不機嫌フェイスを貫いた私が笑顔をキープするのは容易なことではなかった。気づいたら不機嫌な真顔に戻っているのである。
――口角を引き上げる頬の筋肉が怠けていやがる
 原因を突き止めた私は笑顔筋(正確には口角挙筋や大頬骨筋)のトレーニングに勤しんだ。特に効果があったと思われる三つのトレーニングをここに記そう。
 一 鏡の前で顔全体をつかって全力であ・い・う・え・お
 二 割り箸を咥えたまま口角を限界まで引き上げて10秒キープ
 三 空のペットボトルを唇で咥えて思いっきり息を吸い込み、ペットボトルをへこませた後、今度は息を吐いて元に戻すのを3セット
 これらのトレーニングは徐々に効果を表し、私は笑顔でいる時間を少しずつ伸ばしていった。なんなら受験勉強よりも圧倒的に頑張ったと思う。さぼらないために、ネットで検索したマリリン・モンローの写真を印刷して鏡の横の壁に貼ったりもした。
 そして私は高校デビューに成功した。いつも笑顔で感じの良い倉沢さんに生まれ変わったのだ。
 私の世界は変わった。友達ができた。友達とまではいかなくても、顔を見れば話かけてくる知り合いがたくさんできた。歩いていて知らない人から道を聞かれるようになった。驚くべき成果だった。私に必要なのは笑顔だった。
 しかし笑顔の効果も万能ではないことを、社会人になり学んだ。
 挨拶しても時々無視する先輩。親会社から降ってくる理不尽な通達。派閥争いとすら言えない謎の小競り合い。私が送信したチャットだけ既読数が微妙に少ないという怪奇現象。大人が集まってできているはずの会社という組織は、私が想像していたよりずっと幼稚でめんどうな集まりだった。
 私の仕事は特別きつい種類のものではないし、いわゆるブラック企業というわけでもない。しかしそれでも、会社に所属するということは、自分が常にまとっている安心毛布を他人から無遠慮に引っぱられたり、めくられたり、コーヒをこぼされたり、端っこを土足で踏まれたりするようなものではないだろうか。要するに、めっちゃ疲れる。
 いつも笑顔でいることの難易度は、学生時代と比べて格段に上がった。
 けれども、この会社に就職してよかったと思えることもあった。それは、岩橋さんの存在だった。

 岩橋さんを最初にちゃんと認識したのは、入社して一週間後のことだった。
 あまりにも簡単すぎる研修が終わり、私は宣伝部という部署に入れられた。同じ部署の先輩で、机も隣の岩橋さんは、身長百八十センチ超、体重も百キロは軽く超えているだろうと思われる、貫禄ある体型のおじさんだった。
 研修担当の折本さんが、あっさりした女性の先輩だったことは私にとって非常に幸運なことだった。男性、とくに「おじさん」と呼称される年齢の男性に苦手意識をもつ私にとって、この机の並びは少々気が重かった。
 とは言え苦手な相手にこそ笑顔を絶やさず、不要なトラブルを避けるべし。そう念じて、私は顔面の笑顔筋にぐっと力を入れた。
「倉沢です。よろしくおねがします」私は警戒心を笑顔の奥深くに隠して挨拶をした。
「倉沢さん、甘いもの大丈夫? これよかったら食べてみて」
 見ると私の机の端っこに和紙のような綺麗な紙で包装されたお菓子が置かれていた。スーパーで売られているようなやつではなく、デパートとか焼き菓子も扱うおしゃれな洋菓子屋で置いているような高級そうなものだ。
「え、いいんですか?」
 いきなりお菓子をくれると思っていなかった私は無防備に顔を上げ、驚きに目を見開いた。
「うちの近所のケーキ屋さんのバターサンド。美味しいんよ、これが。食べてみてぇ」
 あまりの屈託の無さと満面の笑みに私は一瞬呆気に取られ、岩橋さんの顔面をまじまじと見つめてしまった。
 なんだこの人の笑顔……!
 くりっと上がった二つの口角をつなぐ下唇の曲線は、ドラえもんの四次元ポケットのような美しい半円を描き、内側には形のよい前歯がまっすぐに整列している。ふさふさとした眉尻は目尻にくっつきそうなほど垂れ下がり、優しく細まった目元からは何本もの笑い皺が放射状に伸びている。ふっくらと盛り上がった頬は光を集め、ツヤツヤと輝いて見えた。これまで私が目にした中で一番の笑顔だった。

 その後一週間、となりの席で過ごしてわかったことは、岩橋さんはおじさんではなく、限りなく善良なおばさんに近い生きものであるということだった。
 岩橋さんは女性を値踏みする視線を向けることも、何かしらのアドバイスをしてやって感謝されようと無駄に相手の粗探しをするようなことも一切なかった。毎日ニコニコと機嫌良く仕事をして、飽きてくると今季の朝ドラについて熱心に語りはじめる。しかも悪口ではなく、脚本や役者のここがいいとか、主題歌が好きだとか、この後主人公と誰それがいい感じになると嬉しいとか、プラスのことばかりを言う。そして時々センスの良いお菓子をくれる。仕事を振るときは「この件、頼んでいい? 悪いね」と笑顔で謝り、チェックを頼むと「完璧、直すとこないわ。ありがとう」とまたまた笑顔で礼を言った。
 岩橋さんが仕事に対してあまり情熱をもっていないことはすぐにわかった。かなりいい加減な指示も多いし、手を動かしている時間よりおしゃべりしている時間の方が長いくらいだった。それでも、コミュニケーション能力は社内で群を抜いており、しかもその笑顔は、人間の明るさと善良さを濾過してできたような、ハッピーオーラ100パーセントの笑顔なのだ。私にとっては、マリリン・モンローよりも、オードリー・ヘップバーンよりも輝いて見えた。
 こんな素敵な笑顔のおじさんは芸能界にもいないに違いないと、私は折に触れて感心した。笑顔の天才の岩橋さんは私にとって憧れの存在となった。
 もちろん、岩橋さんに好感を抱く女性社員は私だけではなかった。というか、岩橋さんは社内の女性社員ほぼ全員からものすごく好かれていた。岩橋さんに話しかけるためにいつもたくさんの女性が机のまわりに寄ってきた。
「岩橋さんが昨日三越の地下におったの見たよ」とか、「部長が死ぬほどムカつくの聞いてよ岩橋さん」とか、「昨日うちの犬がめっちゃ面白い寝方してたの見て」とか、「夫が転勤になりそうでどうしよう」とか、彼女たちはそれぞれ話したいことを勝手に話すのだが、ひとしきり盛り上がった後、皆満足そうな顔で自分の机に戻っていく。しかも岩橋さんはしょっちゅう女子会に呼ばれていた。岩橋さんがいた方が楽しい、という純粋な理由で。そこには、岩橋さんには何を話しても大丈夫という絶対的な信頼のようなものが感じられた。岩橋さんこそは正真正銘、最強の八方美人だった。

「倉沢さん、もう煮えてるよ。先にとって」
 私は自分のお椀にたっぷりのキャベツとモツをよそった。はい、と笑顔でお玉を手渡すと、岩橋さんもいそいそと鍋に手を伸ばした。 
 湯気を立てる透明なスープをレンゲですくう。甘い脂が溶けたスープは深いコクがあり、乾燥気味の私の喉をやさしく通り抜けた。新鮮なぷりぷりのモツと、まだハリの残ったキャベツを口にほうりこむと、口の中で完璧に調和した。久しぶりに食べたもつ鍋の美味しさに私はため息をついた。
「もう本当にめちゃくちゃ美味しいです」
 岩橋さんはアイドルも裸足で逃げ出す笑顔で、「ね? ここのもつ鍋うまいやろ?」と嬉しそうだった。
 終業後、私と岩橋さんはもつ鍋をつついていた。最近はたまに二人で食事に行く。ふと我に帰ると、岩橋さんだって一応独身の男性だけど、そこんところ大丈夫か? と自問することもあるのだが、まあ岩橋さんだし、大丈夫か、という結論に至る。それに、岩橋さんは社内の色んな女性たちとも出かけているようだ。かなり気が強く、私が挨拶しても時々無視してくる林さんや、林さんと仲良しで同じくちょっと怖い森さんとも岩橋さんは良好な関係を築いている。ちなみに林さんと森さんは休日に二人で遊んだりしているようだ。この間はいっしょにK-POPグループのライブに行ったらしく、チケットを会社の机の透明なマットの下に飾っていた。私は彼女たちを勝手に森林コンビと名付け、心の中でそう呼んでいる。最初はどっちが林さんで、どっちが森さんか覚えにくかったのだが、茶髪のロングヘアで元ヤン風の林さんと、黒髪のショートヘアで椎名林檎に憧れている風の森さん、という感じで区別している。本当に元ヤンかどうかは知らないし、椎名林檎が好きかどうかも聞いたことはない。
「今度、A社からアマリンが一人くるらしいよ」二杯目をお椀によそいながら岩橋さんが言った。
「そうなんですか。あんまり面倒そうな人じゃないといいですね」と私は答え、烏龍茶のグラスに手を伸ばした。
 アマリンとは、親会社であるA社から出向してくる人間を指す隠語である。あまくだり、という音から来ているものと思われるが、正確な由来は知らない。出向と天下りはちょっと違うし、そもそも天下りは官から民に降ることを意味するらしいので間違った使い方だとは思うが、弊社では代々そう呼ぶらしい。
 大企業の子会社たるもの、出向者の受け入れ先となるのは宿命である。今の社長だって、元々はアマリンだったが、弊社に完全に転籍したクチだ。
 基本的にアマリンたちは、A社に置いておけない理由があって、数多いる子会社へと降りてくる。単に仕事ができないとか、頑張りすぎて体や心を壊してドロップアウトしたとかの場合は特に問題ない。弊社的にはアタリのパターンだ。そういう人は弊社でのんびり、ゆったりしているだけで、別に弊害は無い。中には弊社の一員となる自覚を持って、役に立とうとしてくれる人もいる。それが今の社長である。そうでなくても、弊社でのんびりしているうちに心身の傷を癒やし、またA社へ帰っていく人もいる。
 問題は、A社で何かトラブルを起こして、これ以上置いておきたくない(給料を払いたくない)と思われている、ハズレのアマリンのことである。トラブルはハラスメント系が多いが、中には少額の横領などという場合もあり、その内容は多岐に渡る。そういうアマリンたちは、子会社の間を行ったり来たりして、定年までの時を過ごす。古の大企業の美点なのだろうか、逮捕でもされない限りクビにはならないらしい。容易に想像がつくと思うが、ハズレのアマリンたちは人間性に難があることが多い。
 翌週、弊社にやってきた五十二歳男性のアマリンは、残念ながら大ハズレだった。まず初日の挨拶で「この会社は半数以上が女性だということで大変楽しみにしてきました」という、気持ち悪すぎる挨拶をぶちかました。
 社員教育と銘打って、女性社員を自分の机に次々と呼びつけ、うんちくや自慢話を永遠と披露した。その上、男性社員に対しては「A社の俺から言わせれば、この会社はぬるくてしょうがないんだよね。まあ、リソースが不足してるってことだろうけど」だの「この会社のダメなところを俺がいるうちに全部叩き直そうと思ってる。要はスクラップアンドビルドなんだよ」だの、カタカナ語を交えて声高に説教した。
 社員の疲弊度は日に日に高まっていった。中でも岩橋さんは当初からアマリンに目をつけられ、何かにつけてネチネチやられていた。多分、岩橋さんの周りに女性が集まることへの嫉妬からきていたと思う。岩橋さんは、最強の八方美人ぶりを発揮して、なんとかうまくかわそうと努力していた。
 事の発端はアマリンお気に入りの経理のゆかちゃんが、岩橋さんをランチに誘ったことだったと思う。二人がランチに出掛けていく後ろ姿を、アマリンがものすごい形相で睨みつけていたことを元ヤン風の林さんが目撃している。その日の午後、アマリンは岩橋さんに「この会社が行うべき経営改革を5つ考えて一時間以内に俺に提出しろ」と意味不明な命令をくだし、岩橋さんは困った風に笑いながらも、なんとか命令に従った。案の定、アマリンは岩橋さんが提出した内容をみんなの前で散々コケにした。「悪いけど、てんでお話にならないよ。岩橋君、君何年社会人やってんの?」と嘲笑った。はっきり言って、ただのいじめだった。けれども岩橋さんは、その後も何事もなかったかのように笑っていた。多分それがまたしてもアマリンの癇に障った。次の日も、その次の日も、毎日のようにそれは続いた。二週間後、アマリンが言った。「いい年してなにヘラヘラ笑ってんの?」と。
 次の日から、岩橋さんは会社を休んだ。

「倉沢さん、ちょっといい?」
 折本さんと二人でミーティングルームに入ると、室内の空気は冷蔵庫のように冷え切っていた。急いでエアコンのスイッチを入れる。生臭い温風が勢いよく吹きつけてきて、途端に気分が悪くなる。
「岩橋さんから個人的に連絡きてる?」折本さんは椅子に座りながらたずねた。
 私は「いいえ」と小さな声で否定する。折本さんも「そう、私も」と暗い声で言い、「これは社長から聞いたんだけど」と、個室なのに声を顰めて話し始めた。
「岩橋さん、一昨日の夜から緊急入院してるんだって」
 予想していなかった話に私は心底驚き、「それって、岩橋さん、もしかして大変な病気ってことですか」とたどたどしく尋ねる。
「顔がね、痛いんだって」
「顔……」
 私が無意味に繰り返すと、折本さんは何かを確認するように自分の頬に手を当てた。
「急に顔がものすごく痛くなって、それで鏡を見たら、左半分がひきつれるみたいに歪んでたって」 
 岩橋さんは自分でタクシーを呼んで救急病院に行き、そのまま入院となった。取り急ぎ行なった検査で、脳梗塞などの一刻を争う病気ではないことは判明したらしい。
 今すぐに命に関わる病気ではないと分かり、私は少し安堵した。
「結局なんの病気かわかったんですか?」
「いや、顔の神経に異常があるかも、とかなんとか。社長は顔面神経痛とか顔面麻痺とか、そういうのじゃないかって言ってたけど。ストレスとかも関係あるかもって」
 顔面麻痺。笑顔の天才の岩橋さんが。
 あの完璧な笑顔が歪んでいる様子を想像しようとして、うまく思い描けなかった。
「それって……」あいつのせいじゃないですか。そう言いかけて黙り込む。
 折本さんは私が何を言いたいかはわかっている、とでもいうようにうなずいた。
 二人で黙りこんで座っていると、生臭いエアコンの風が折本さんの頭頂部の毛をゆらすのが見えた。臭いものはいつだって、高い場所から下へ下へと流れてくる。このビルの最下層にいる私たちの頭上へと。
 それでも私たちはエアコンをつける。だって寒いから。凍えるよりはましだから。
「お見舞いに行ってもいいんでしょうか」
 私がポツリとこぼすと、折本さんは「そう、それよ」と顔を上げた。
「お見舞いに行っても嫌じゃないか、岩橋さんに直接聞いてみてくれない? 顔の病気だったら人に会いたくないかもしれないし、かえって迷惑になっても悪いしさ。倉沢さん、岩橋さんと仲いいでしょう」
 折本さんの口調には当て擦るような陰湿な音色は一切なかったので、私は安心して了承した。行っても大丈夫そうなら一緒に行こうと折本さんと約束をする。岩橋さんの分の仕事の振り分けについて少し話した後、ミーティングルームを後にした。
 エアコンのスイッチを消す私を眺めながら折本さんが「エアコン、そろそろ掃除しないと駄目ね」と、小さな声で言った。

 真昼みたいに明るいロビーには、真っ白いソファがずらりと並んでいた。天井からはデカデカとシャンデリアがぶら下がっている。なぜかコーヒーのいい香りがすると思ったら、大通りに面したガラス張りの空間にチェーン展開のコーヒーショップが入っていた。
「なんかいまどきの病院って感じですね」
 岩橋さんの入院先は病院というよりも高級なホテルのような雰囲気だった。キョロキョロと周囲を見回しながら、私は折本さんのうしろを歩いた。
 昼間のうちに岩橋さんに連絡してみたところ、「病院がめっちゃキラキラですごいから、もし暇だったら遊びに来て」と拍子抜けするほど明るい返信があった。
「セレブ向け病院って感じね。上には高級老人ホームが併設されてるみたいよ」
 妙に読みにくい書体で書かれた院内案内図のプレートを見ながら折本さんが教えてくれた。総合病院の真上に住めば、そりゃあ本人も家族も安心だろう。バカ高い入居料が払える人たちに限っての話だが。アマリンを始めとする親会社の面々が脳裏をよぎる。
 顔が麻痺しているなら食べ物の差し入れはよくないかもということになり、病院に来る途中に、書店で今人気だという動物の美しい写真ばかりが載っている図鑑を買った。
 入院病棟は4階~7階で、岩橋さんの病室は5階だった。部屋自体は四人部屋だが、そのうち二つのベッドは空いているようだ。窓際に岩橋さんがいた。その対角の通路側のベッドにもう一人の患者がいるようで、周囲がカーテンで覆われていた。
 岩橋さんはベッドに座ってテレビを見ていた。私たちの気配に気づくと、イヤホンを耳から抜き、ゆっくりと顔をこちらに向けた。そして「おお、二人とも来てくれたん。わざわざ悪いね」とたどたどしく発した。いつもの岩橋さんと比べるとかなり滑舌が悪かった。
 私は岩橋さんの顔を見て驚いたが、そのことを表情に出さないよう平静を装った。
 岩橋さんの顔の左半分は複雑な様相を呈していた。左眼を隠すように垂れ下がった分厚い上瞼。下瞼はめくれるようにずり下がり、ピンク色の粘膜が露出している。左の口角は顔の端っこまで下がり切っており、唇同士がぴったり閉じにくいらしく、少し隙間が空いている。そのせいで滑舌に支障が生じているのだろう。
 右側はいつものように明るい笑顔を形作ろうとしているのに対し、左側は何かにひどく憤っているような、悲しんでいるような表情に見えた。まるで、顔の左右それぞれに別の人格を宿しているようだった。
「急に入院なんてびっくりしましたよもう。具合はどうですか?」と、私は不自然に軽さを装ってたずねた。折本さんも「ほんとよもう。大丈夫?」と、心配を明るさでコーティングした声をかける。
「大丈夫大丈夫。ほんとに自分でもびっくりしたわ。まさかこんなよくわからん病気になるなんて」
 岩橋さんは右側だけでなんとか笑顔の印象を残そうと苦心してくれているようだが、かえって、意思に従わない左反面が強調されて見えた。
「まだ痛いんですか」
「ちょっと痛いけどこれしとったらだいぶマシ」
 岩橋さんは点滴の管が伸びている左腕を上げてみせた。顔ばかりに注目してしまったせいか、そのときまで点滴の存在に気がつかなかった。ベッドに備え付けられている小さな机の上にはちょっと高級な箱ティッシュが未開封のまま置いてあり、マジックで、早く良くなってね、またごはん行こうね、などの言葉が寄せ書きのように書かれていた。私がそれを見ていることに気づいたらしい岩橋さんが、「ついさっきまで林さんと森さんが来てくれてたんだよ。すれ違わなかった?」と言った。
 あの二人も来ていたのか。森林コンビにこんなに優しくされているのは多分岩橋さんだけだろう。
 岩橋さんは、自分の分の業務で負担をかけてごめんと謝っていたが、私たちが気にしなくて大丈夫と言うと、まあ二人とも仕事早いし俺の分の仕事くらいなんてことないか、と顔半分で笑っていた。
「あの人なんか言ってた?」岩橋さんがふいにたずねた。
 私と折本さんは一瞬かたまり、先に復活した折本さんが、あの人って誰のこと? とわかりきったことを聞く役目を担ってくれた。
「アマリン」
 私は、いやぁと言いながら首をかしげ、「特に何も言ってないと思いますけどね」ととぼけた。嘘だった。岩橋さんが病欠でしばらく休むと告げられた日、アマリンの顔に一瞬焦りのようなものが浮かんだように見えたが、その後はむしろ「急に休まれちゃみんな困っちゃうよな。ほんと、責任感がまるで無いんだから」とか、「俺のせいじゃないよね。むしろ根本的な問題は彼のメンタルの弱さにあると俺は思ってるんだ」などと方々で言って回っていた。
 そっか、と言ったきり岩橋さんは黙った。岩橋さんの心の内も、今回の症状と職場での出来事との関連性も、私が軽はずみに理解していると言えるようなものでは無いけれども、ただ、岩橋さんが心底疲れ切っていることだけはわかった。
 少しでも職場から岩橋さんの意識を背けようと、私はお見舞いの図鑑を手渡した。
 岩橋さんは早速ページをめくって、「時間は持て余してるんだけど、左目が見えにくくて文字を読むのも疲れるから本は読めないし、これは写真が大きいからありがたい」と喜んでくれたので、私はほっとした。折本さんも「いますごい人気らしいよ、それ」と嬉しそうに言った。
 岩橋さんのページを捲る手が急に止まった。私と折本さんは図鑑を覗き込んだ。大きく横に開いた口から前歯をのぞかせ、どう見ても笑っているようにしか見えない真っ黒いサルが写っていた。左下に小さく、スラウェシ島(インドネシア)・クロザル、と表記されている。
 笑っているみたいですね、と言いかけて、私は言葉を飲み込んだ。
「サルも笑うんだ」
 岩橋さんはポツリと言い、沈黙した。私も折本さんも声をかけられる雰囲気ではなく、豹変した岩橋さんの様子をひやっとした気持ちで見つめた。
 そういえば昔どっかで聞いたんだけど、と岩橋さんが低い声で話し始めた。
「哺乳類の笑顔って、口に入った有害なものを吐き出すときの動きが元になってるって説があるらしいよ」
 折本さんと私は、「あ、そうなんだ」「へえ、はじめて知りました」と曖昧な返答をした。岩橋さんは私たちの反応に構わず、一人で納得するようにひとつ、ふたつとうなずき、
「ひょっとして今でも人は毒を飲み込みたくなくて笑うのかな」と言った。

 結局、微妙な空気のまま病室を後にすることになってしまった。あの図鑑は失敗だったかと反省しつつ肩を落として歩いていると、折本さんが、ちょっとお茶して帰ろう、と言うので、1階のロビーにあったコーヒーショップに向かった。注文したラテを持って空いたテーブルを探す。「あ、倉沢じゃん」の声に振り向くと、林さんと森さんが座っていた。お見舞いの後、ずっとここでしゃべっていたらしい。一瞬同席するのをためらったが、二人が当たり前のように隣の椅子と丸机を引き寄せ、即席の四人用テーブルを作ったので、折本さんといっしょにそこに合流した。
「岩橋さん、やっぱり元気なかったでしょ」と林さんが言い、「顔のこともそうだけど、メンタルにきてそうで心配だよね」と折本さんは答えた。
 私は黙ってラテのカップを傾けた。口に入れる量の加減をミスってさっそく舌を火傷する。しかもあんまり美味しくない気がする。
 いつもはおしゃべりが止まらない森さんと林さんが、今はむっつりと押し黙り、とっくに飲み終わっているカップを手の中で弄んだり、コーヒーマシンを拭いている店員さんを凝視したりしている。折本さんは眉間に皺を寄せて不味そうにコーヒーを飲んでいた。私は飲むたびに舌がヒリヒリして、なんだか無性にイライラしてきた。
「てゆうか二人ともさあ、もうちょっとなんとかできなかった?」ずっと黙っていた森さんが私と折本さんに向かって言った。
「なんとかって何が?」折本さんが怖いくらい静かな声で確認する。
「岩橋さんがアマリンにいじめられてるとき、どうにかできなかったのかって言ってんの。二人とも同じ担当だし、席も近いでしょ」
 私はカっとなり「そんなこと言ったら森さんと林さんもアマリンと席近いじゃないですか。なんとかできなかったんですか」と、気づいたら口に出していた。
「はあ?」と二人から睨まれ、やばいと一瞬思ったが、知るか、そっちが先に言ったんだろ、てゆうか何時間店に居座ってんだよ、迷惑だろ、ともはややけくそな気持ちになり、謝らなかった。
「ちょっと、やめてよ。ここ病院よ」折本さんが嗜める。病院だからなんだというのか、わかるようなわからないような気がしつつ、私は再度ラテを口に含む。それにしても不味い。まだ8割以上残っていてうんざりする。なんでこんなものを我慢して飲まないといけないのか。立ち上がってこの不味いラテを一面ガラス張りの壁になげつけてやりたいという考えが頭に浮かぶ。一瞬、本当にやってやろうかと思い立ち上がりかけ、そして、ようやく気づいた。飲みたくなかったら、飲まなければいいのだ。
 カップをテーブルに置き、私は言った。
「アマリン、追い出しましょう」
 三人がえっ、という顔で私を見た。
「あの人といっしょに働きたくありません。出ていってもらいましょうよ」
「急に何言い出してんの」と森さんは眉を顰め、「そんなことできるならとっくにやってるわ」と林さんが呆れたように肩をすくめた。
 折本さんは神妙な顔で「確かに。それができたら一番いいけれど」と呟く。
「え、できるの? どうやって?」と林さんが腰を浮かせた。私は「わかりませんけど、要は自分から去ってもらうか、一緒に働けない理由を明らかにして、引き取ってくれるようA社に直訴するか、どちらかじゃないでしょうか」と言った。
「盗聴器しかける? それでハラスメント発言の証拠を集める」森さんが目を輝かせて言う。
「それだとA社からのうちの印象が悪くならない? アマリンが消えても、うちは永遠にA社の子会社なわけだし。てゆうか自分の勤めている会社とはいえ、勝手に盗聴器しかけたら犯罪っぽくない?」
 意外にも林さんが現実的なことを言ったので、みな少なからず驚いた顔をした。
「やっぱり、自分から去ってくれるのが一番いいんだけどねえ」と、折本さん。
「自分から去るとかあり得なくない? 悠々自適の天下り中だよ。なんの仕事もなくて、ただネットサーフィンしたり威張り散らしてれば給料たっぷりもらえるんだから」と林さんが苦々しい表情で憤る。
 顎に手を当てて何かを考えていた様子の折本さんが、「この会社はもう嫌だって思ったら、自分からA社の人事に相談したり、移動願い出したりするんじゃないかな」と言った。
「アマリンをいじめるってこと? シカトしたり机の下に画鋲撒くとか?」と林さんが言うと、流石にそれはちょっとねと、発言した林さんも含め全員が首を捻った。
 私は、思いついたことを披露しようか悩み、ああもう馬鹿にされてもいいや、と開き直った。
「あの、地味すぎて無意味かもしれないんですけど、ちょっとやってみたいことが……」
 
 そのささやかな運動について、最初に気づいたのは、先日派遣社員から正社員になったばかりのゆかちゃんだった。若くて可愛らしいゆかちゃんはアマリンの一番のお気に入りで、しょっちゅうくだらないことで、ゆかちゃん、ゆかちゃんと話しかけられている姿を目撃していた。微妙にセクハラっぽいが、あからさまなことを言ったりやったりしているわけではなく、ゆかちゃんが適当にあしらっているのを、みな心配ながらも眺めていたのだ。
「倉沢さんたち、なんかやってますよね。私も混ぜてください」
 ゆかちゃんの方からそう表明されたとき、私は驚き、そして、参加してくれるのはとても嬉しいが、アマリンに逆恨みされるリスクがあることについても説明した。
「嫌われるのはむしろありがたいです。いい加減うざいんで、あいつ」
 あいつ、の三文字にこめられた嫌悪に気押されて、私は運動の内容について説明した。ゆかちゃんは「それだけですか」と拍子抜けしたものの、「まあ、でも効果あるかも」とうなずいた。
 こうして運動に参加する女性社員は徐々に数を増やしていった。年齢層も二十代から五十代までと幅広かった。一番社歴の長い経理の海老沢さんは、「離婚してまいってたとき、岩橋さんがカラオケで竹内まりやの『元気を出して』を熱唱して励ましてくれたの。私も岩橋さんのために何かしてあげたい」と涙ぐんだ。岩橋さんの人望の厚さには驚くばかりである。
 私たちの運動に気づき参加したいと言ってくるのは不思議と女性ばかりで、男性たちは、なんかおかしいと違和感を感じてはいるようだが、その原因についてははっきりしないようだった。
 そうして、病院での会合から二週間が経つころには、社内の全女性社員が運動に加わった。
 四週間目の月曜日、アマリンが会社に来なくなった。
 その週の金曜日、アマリンの出向解除が決まったと社長から知らせがあった。
 
 その年の最終出社を終えた十二月の終わり、私たちは忘年会を兼ねてささやかな祝勝会を開いた。参加はもちろん自由だったが、今日から有給をとってひと足先にモルディブに旅行中の営業の山田さんと、娘のアリサちゃんとライブに行く約束してるからごめんと言って颯爽と帰っていった総務の三田村さん以外の、全女性社員が集まった。小雪がちらつく中、みな寒い寒いと文句を言いつつ、私が予約した会社近くのイタリアンレストランに移動する。乾杯の音頭を取りたがる人もいないので、みんな適当に周囲の人と乾杯をして、食べたいものを好きなように頼み始めた。社長から渡された軍資金の五万円があることは周知していたので、遠慮というものを知らないオーダーの仕方だった。
「五万もくれるなんて社長も気前いいよね」と林さんがワイングラスを片手に笑う。私もえらい気前がいいなと驚いたのだが、社長が「彼に払ってた高給に比べたら、五万なんて安いもんだからね。会社だってそんなに余裕あるわけじゃないし、出向期間が短く終わってくれて正直助かった」と言っていたのを思い浮かべ、複雑な気持ちになった。
「でも、今回やってみて気づいたんですけど、笑わないことってけっこう難しいですね」
 ゆかちゃんが鯛のカルパッチョに舌鼓を打ちながら輝く笑顔で言った。「今まで自分がどれだけ愛想笑いしてたか気付かされました」と続けると、みんな「まじでそれ」「私も」とうなずいていた。「面白くもないのに、空気を読んで笑う癖がしみついちゃってるのよね」と海老沢さんがしみじみと言った。
 笑わない。
 私たちがやったのは、ただそれだけだった。
 きちんと仕事をする。挨拶もする。用があれば今まで通り話しかけるし、話しかけられれば普通に会話をする。ただ、にっこり笑いかけない。誰に対してもずっと真顔でいる。それだけ。名付けて「真顔運動」である。
 正直なところ、ここまで上手くいくとは私も思っていなかった。作戦の結果、イラついたアマリンが岩橋さんにしたような攻撃を私たちにしてくるかもしれないので、そうしたらそれを地道に記録して、A社のハラスメント窓口に持ち込むつもりだった。けれども、そこまで待つ必要はなく、数週間であっけなくカタがついてしまった。社内で女性社員が笑わない。それだけのことで、アマリンは会社に来れなくなってしまったのだ。
 女性社員の様子がおかしいことに段々と気づいたアマリンは当初、お気に入りの人たちに「なんか暗いけどどうしたの。なにか悩みがあるなら話聞こうか」などと頓珍漢な歩み寄りを見せたが、真顔で「何も悩んでないので大丈夫です」と一蹴されていた。次第に「なんでそんなに怖い顔してるの。笑ってる方が可愛いよ」「女性はいつも笑顔でいなくちゃ」と混乱した様子で喚きはじめた。相手にする必要がないほど馬鹿なことを言われたら、ただ黙って真顔で見返す、という方針を決めていた私たちは、着々とそれを実行した。何言ってんだこいつ、と思ったときは「何をおっしゃっているのかわかりません」と素直に伝えることもあった。アマリンはみるみる元気を無くし、話しかけてこなくなった。と思ったら、会社にも来なくなった。随分とあっけない幕引きだった。
「アマリン、A社の人事になんて言ったんだろうね」不思議そうに言う折本さんは、クワトロチーズピザを意外にも豪快に食べ進めている。
 女性社員が笑いかけてくれなくて辛い、なんて、プライドの塊のようなアマリンにはたして言えるだろうかと、私は首をかしげた。
「真顔運動」を遂行するにあたり一番困難だったのは、当たり前だが、うっかり微笑んでしまわないように気をつけることだった。特に私の場合、長年の筋トレの効果もあり、気を抜くとついニコニコと笑いかけてしまいそうになることが何度もあった。その度に、上がりそうになる口角に急ブレーキをかけた。私の笑顔筋はさぞ混乱したことだろう。え、口角上げなくていいの? 筋トレの成果見せなくていいの? と。
 しかし、私以外の女性たちにとっても、ずっと真顔でいるのは意外と骨が折れたらしい。それは別に、仕事中に面白おかしいハプニングがしょっちゅう発生するからとか、誰かが渾身の持ちネタを披露して笑わせようとしてきて困るということではもちろんなかった。ただ、業務中のなんでもない会話においても、笑っていないとなんとなく申し訳ないような、笑って場を和ませることを期待されているような、謎の罪悪感や圧迫感に屈しないことの難しさだった。
「女性が笑ってると会社が明るくなっていいなんて昔からいろんな人に言われてきたけど、結局のところ男性が気分良く過ごせるように空気を読めっていうのが本心だったかもしれないわね」海老沢さんが海老のアヒージョのオイルにフランスパンを浸しながら苦笑した。
 お誕生日席に陣取った林さんが、このパスタめっちゃうまいとはしゃいでいる。森さんはいつの間にかシャンパンを頼んでいる。折本さんはもはや何枚目かわからないピザに必死の形相でかじりつき、ゆかちゃんは、一回デザート挟もうかな、と言って真剣にメニューを見ている。みんなの表情は、にやけたり、しかめ面だったり、眠そうだったり、色々だった。当たり前だけど全員が全員、違う顔の人間だった。
 ふと、実家の部屋の壁に今でも貼ってあるはずのマリリン・モンローのことを考えた。実はマリリン・モンローが生涯を通じてうつ病や不安障害に苦しんだ挙句、三十六歳の若さで亡くなったことを私は知っていた。大学生のときに見た伝記映画の中の彼女は、決して幸せそうではなかった。周囲から求められる役割と、本当の自分との乖離に苦しんだと言われるマリリン。それすらも、周囲が勝手に想像して「本当はこんな人であったはず」のマリリン像を創り上げているだけのことかもしれないけれど。誰もいない私の部屋で一人、マリリンは今も笑ってくれているのだろうか。「あんたちっとも帰ってこないし、ずっと笑ってるのも大概しんどいからいったん真顔に戻るけど、笑いたいときは勝手に笑うから放っておいてちょうだいね」そんな風に言ってくれたら嬉しいなあなんて、妙な想像をしてみる。
「年が明けたら岩橋さん戻ってくるかな」森さんが前のめりになって言った。
「多分ね。この前連絡したら、症状も落ち着いたし、そろそろ復帰できそうって言ってたから」と海老沢さんが嬉しそうに教えてくれた。岩橋さんは先日退院し、現在は自宅療養中だった。
「岩橋さんが戻って来たら、また女子会やろうよ」と林さんが提案すると、みんな「やろうやろう」「次は絶対に中華」などと盛り上がる。いつになく晴れやかな気持ちで、私たちは年の瀬を迎えた。

 新年最初の出社日は、年末の寒波が嘘だったかのように、柔らかい日差しが降り注ぐ小春日和だった。私は十年続けてきた笑顔筋のトレーニングを完全にやめた。その結果、朝の時間に余裕ができた。おかげで今朝はストールを絶妙におしゃれな風合いで巻くことに成功した。いい気分だった。今年はいい年になりそうな予感がする。私はめずらしく軽い足取りで出社した。
 出社して自分の机に向かい、すぐに違和感に気づいた。となりの、岩橋さんの机からものが綺麗さっぱり無くなっていた。そして私の机の上には、小さなお菓子がひとつ載っていた。岩橋さんが初めてくれた、あのバターサンドだった。
 十分後、社長が新年の挨拶とともに告げた。大変残念ながら、岩橋さんは昨年末をもって退職されました、と。
 社長によると、どうにかして引き止めようと説得したが、岩橋さんの意思は固く、異例のことだが休み中に会社に来て私物を整理していったらしい。みなさんにはお世話になったのに挨拶もせず本当に申し訳ない。よろしく伝えて欲しい、とのことだった。
 私は、社長の言葉が聞こえてはいたが、うまく咀嚼できずにいた。まわりを見ると、みんなそんな感じだった。ポカンとしていた。
 なんだか浮ついたような、混乱した気持ちのまま、とりあえず仕事についた。社内のあちらこちらで「岩橋さんのこと知ってた?」「いや、全然知らんかった」という確認が何度も行われていた。誰にも言わずに、岩橋さんは会社を辞めてしまった。
 その日の夜、さんざん悩んだ末、私は思い切って岩橋さんに電話をかけた。着信拒否とかされてたらまじで泣くかもと心配していたけれど、あっさりと電話はつながり、2コール目で岩橋さんが出た。
「なんか急に辞めちゃってごめんね。俺のためにいろいろやってくれたって社長に聞いたよ。本当に感謝してる。ありがとうってみんなにも伝えてもらえる?」と、岩橋さんはいつもと変わらぬ明るい声で言った。
「それはいいんですけど、なんで辞めちゃったんですか? もうあの人いないし、みんな岩橋さんが戻ってくるの楽しみにしてたんですよ」いいんですけどと言いながら、本当は全然いいとおもっていない私は、我ながら矛盾したことを言っているなと思う。
「……なんていうか、俺、あの会社向いてないみたい。こんなこと言うのもあれなんだけど、会社の人とあんまり親しくしすぎたっていうか、距離感を間違えてたっていうか」
 私が何も返せずにいると、岩橋さんが続けた。「次の仕事ももう決まっててさ、冷凍食品工場の生産課長なんだけど。工場内はマスク着用、おしゃべり厳禁らしいから、無理に笑ったり喋ったりしなくていいし、ちょうどいいと思って」
 私は半開きの口から空気がぷしゅーっと抜けていくような気がした。
「あ、そうなんすね」と私が言うと、「そうそう。実は結構しんどかったんだよ、あの会社の人間関係」と岩橋さんはうんざりした声で言う。
「倉沢さんもいろいろ大変だと思うけど、これからも笑顔でがんばってね。今までありがとう」岩橋さんが会話を締めにかかったので、私は「あ、はい、どうも、あざっした」と気の抜けた声で返し、電話を切った。
 
 トイレを出てぼんやり手を洗っていると、となりの洗面台に並んだ林さんが同じように手を洗い始めた。
「倉沢さあ、まだあれやってんの?」
「あれってなんですか?」私はポケットからハンカチを出して手を拭いた。
「真顔運動。あんたずっと笑ってないけど大丈夫?」
 思いがけず優しい言葉をかけられ、私は驚いて顔を上げた。心配そう、というより、不審なものを見るような林さんの顔が鏡に映っていた。
「私、笑ってませんか?」
「全然。前はいつもニコニコしてちょっとうざいなって思ったりしたけど、あれはあれでよかったんじゃん?」
 途端に、目頭が熱くなった。目の内にみるみる涙がたまり今にもこぼれ落ちそうになる。鏡に映る自分の顔をまじまじと見た。相変わらず、エラが張っていて、目が若干つっていて、そして口角はおもいっきり下がっている。
 私は久しぶりに、笑顔筋に力を入れた。ちょっとぎこちない動きながらも、口元は綺麗な弧を描いた。悪くない笑顔だった。細めた目から決壊した涙がこぼれ落ちる。この笑顔のために、ずっと努力してきた。馬鹿みたいだけれど、この笑顔こそが私の努力の証だった。
 となりで林さんがぎょっとしているのがわかる。やばい、泣かせたと焦っている。その顔がおかしくて、口角がもう1ミリ上がった。

〈了〉