亀田 俊和

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亀田 俊和
@kamedatoshitaka
南北朝期室町幕府の政治史・制度史を中心に研究しています。おいもの形に似た南の島でのんびり暮らしています。リサーチマップはこちら→researchmap.jp/read0066419原則として、歴史ファンの方にフォローしていただいたら、こちらからもフォロー返しする方針です。
Taipei City, TaiwanJoined April 2014

亀田 俊和’s posts

さっきコンビニで、店員の女の子に「お前、毎日同じものばっか買ってんな」と言われましたwその中国語が聴き取れたことがうれしかったです☆
「なぜ頼朝は鎌倉を本拠地に選んだのか?」の理由の1つとして「防御に適した地形」ってのがあって、実際私もそう教えてきたんですが、現実としては鎌倉って攻められたらほぼ必ず陥落してるんですよね。少なくとも、これは理由にはできないのでは?
大河ドラマ『太平記』だって、たとえば尊氏の幼少期のシーンなんか全部創作ですよ(本当に史料ナッシングですから)。だからと言って史実ガーなんて無粋だし、ドラマの価値を何ら損なうものではありません。
「尊氏は鎌倉に居座って無断で恩賞充行を行ったために後醍醐を怒らせて討伐軍を派遣された」というのが通説で私も支持していましたが、これも最近「実は後醍醐の許可取っていたんじゃね?」って論文が出ています。
NHK大河ドラマ『太平記』総集編視聴完了。何つーか、戦に勝ち続けた勝ち組のはずの足利尊氏がいちばん不幸に見えるドラマですね。勝てば勝つほど、どんどん戦いたくない相手と戦わざるを得ない羽目に陥っていく…。
だから高師直が「天皇なんか木か金の像にして安置すればいい」発言は、政敵が彼を貶めるために捏造した讒言なんですよ。少なくとも、確実な史実ではない。この一事からもわかるように、“通説”を改めるのは本当に大変です。
・尊氏の弁明を聴かずに討伐軍を派遣。 ・成良親王を皇太子にして後醍醐院政の可能性を残すという尊氏の寛大な講和条件を破棄し、吉野に亡命して南朝政権を樹立。 ・正平の一統を一方的に破棄。 南北朝という時代にしてしまったのは、どちらかと言えば後醍醐天皇と後村上天皇に見えますけどね。 x.com/minatogawajinj
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大河ドラマ『太平記』がBSで再放送されているためか、最近また拙著の売れ行きがいいようです。本当にありがたいことです。篤く感謝申し上げます。
ふと思い出したんですが、私が南北朝時代に興味を持ったきっかけって、小学生の頃に読んだ漫画日本の歴史で、楠木正成が100万の鎌倉幕府軍を千早城で迎え撃ったってので、100万の数字に驚いたことですね。ほかの時代の戦争ではまず見ない数字だったので。
江戸時代の幕府や藩の改革で感心するのは、どんなに財政が苦しくても教育と歴史資料や文化財の保存に全力を尽くしたことですね。そのおかげで、現代の歴史研究者も恩恵を多く受けています。大変なのも理解できますが、これは参考にすべきだと思いますね。
新田義貞の部将としての力量ですが、私はやっぱり何だかんだ言って優れていたと思いますよ。鎌倉幕府の本拠地を攻め落としたのはやっぱりすごいです。
こんなにたくさんの方々に誕生日をお祝いしてもらえて、とてもうれしいです。ありがとうございます。最近、「やさしさ」を追求しようと思っています。今まで以上にやさしい人間を目指してがんばりたいです。今後とも、何卒よろしくお願い申し上げます。
「さようなら」を「再見」というのは中国語をまったく知らない人にもかなり知られたことで教科書にも書かれていますが、実戦で実際に聴いたことはまったくありません。みんな、「ばいばい」と言っています。日本語と同じじゃねえか?w
正成を大絶賛して戦死を惜しんだ尊氏、正行の首塚の隣に自分の墓を建てさせた義詮、長年戦い続けた正儀の帰参を認めた義満、改めて彼らの度量の大きさに感心しますね。
和泉国中徳政事、 依百姓等訴訟、申聞 分畢、早速申付者也、 仍下知如件、  天正五年十一月十五日信長(朱印)        和泉国百姓中 だと思いますたぶん…。
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前原誠司
@Maehara2016
支援者の会社で、織田信長直筆の文を拝見しました。約450年前に書かれた文。私には達筆すぎて読めませんので、どなたか教えて頂ければ幸いです。宜しくお願い致します。(誠) #織田信長
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厳密に言えば、頼朝はそう考えたかもしれないけど、少なくとも南北朝以降は防御に適さない土地であるのがわかったにもかかわらず、古河公方まで関東の首府として続いたのが不思議だなあと…。
拙著『観応の擾乱』(中公新書、2017年)の重版が決定しました。7刷8万2千部となります。本当にありがたいです。 最近出した「学界動向 南北朝期室町幕府研究とその法制史的意義―所務沙汰制度史と将軍権力二元論を中心に―」(『法制史研究』68、2019年)ともどもよろしくお願い申し上げます。
室町幕府ってのは、鎌倉幕府の下知状や建武政権の綸旨でも平気で採用して、裁判で勝訴させる政権なんですよね。まったく個人的にですが、こういうところに何となくやさしさを感じますね。
拙著『観応の擾乱』がKindle化されました。実は私もたった今、このツイートで知りましたw以前からかなりのご要望があったので、私もうれしいです。よろしくお願いします。
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電子書籍新着情報
@amaebooknew
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観応の擾乱 室町幕府を二つに裂いた足利尊氏・直義兄弟の戦い (中公新書) (亀田俊和) が、Kindle化されました。金曜配信。 j.mp/2RIRJiG
「暗殺されるような政治家や武将は無能」ってイメージ、日本史だけですかね?西洋史なんか、むしろ暗殺された政治家ほど高く評価されてる観すらあるんですが…。
尊氏理念ない疑惑ですが、私はあったと考えています。できるだけ多くの味方の武士に恩賞を与えて、満足させるという理念が。むちゃくちゃ立派な理念ではありませんか?
『太平記』の序文を見ると、「君主も臣下もアホだから戦乱が起こるんだ(意訳」って書いてて、結局これが『太平記』が言いたいことなんじゃないですかね?少なくとも序文からは、後醍醐の鎮魂とか、もっと言えば室町幕府の正史ってニュアンスはまったく感じられないです。
拙著『観応の擾乱』が重版されるとのことです。これで6刷目で、計7万7千部となります。みなさまに、篤く御礼申し上げます。
ありがとうございます。8刷8万5千部となります。今後とも、何卒よろしくお願い申し上げます。
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中公新書
@chukoshinsho
「室町幕府を二つに裂いた足利尊氏・直義兄弟の戦い」の副題を持つ、亀田俊和著『観応の擾乱』の重版が決まりました。これで8刷となります。室町幕府中枢が分裂し、諸将の立場も真っ二つに分かれ、さらに権力奪取を目論む南朝も蠢動。情勢が二転三転した内乱を、丁寧に描いた話題作です。
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相変わらず根強い直義合戦に弱い説ですが、13年間幕政を主導し、その間軍事指揮権を一元的に行使して南朝軍に京都に近づかせさえしなかった実績があるんですよね。これに注目する人がほとんどいないらしいのが残念です。
又吉イエスさん、亡くなったんですね。昔、京大の大学祭に来て講演したのを聴きに行ったことがあります。講演用のお水をおいしそうに飲んで、「ああ、水はおいしいですね」とおっしゃったとき、いい人だなと思いました。
これも以前つぶやいた気がしますが、アンリ4世が好きです。フランス最高の貴種として生まれながら、自らの実力のみで戦いを勝ち抜き、新教のリーダーなのに旧教に改宗するというマキャベリズムを発動して天下を統一。その後も富国強兵に邁進する最中、キチガイに殺される最期。最高じゃないですか?
六波羅探題は京都をガチガチに要塞化して、何が何でも死守しようとした。しかし、後続の建武政権と室町幕府はいったん京都を敵にわざと占領させ、後から包囲して奪回する戦術を採用しました。考えてみれば、けっこうすごいことだなあと思います。
私が高校生や大学学部生の頃は、中公新書はとても立派な雲の上の先生が書く本だと思っていました。それが今では、「私が好きな中公新書」に拙著を挙げていただける。本当に光栄でありがたいことです。
これも言った記憶があるのですが、私は歴史学が万能無敵とは思っておりません。研究すればするほど不確実な学問分野であることは否定できないと思っていますし、好き嫌いや向き不向きもありますので、すべての人間が歴史や歴史学を好きになる必要もないと考えています。実用性も少ないのも確かだし。
これ、インタビューに答えたものなんですが、正直に言って、私「後鳥羽上皇は鎌倉幕府打倒を目指していなかった」と言ってないんですが…。
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猫の泉
@nekonoizumi
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第二章 中世篇 解説:亀田俊和(台湾大学助理教授) ≪テーマ≫ ◆後鳥羽上皇は鎌倉幕府打倒を目指していなかった。 ◆観応の擾乱の本当の勝者は足利義詮だった。 ◆日野富子は応仁の乱の原因ではなかった。 …
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「隙あらば寝首をかこうとおたがい狙い合っていながら、なぜか親友」というのが小説などでよく見る尊氏と導誉の関係ですが、それが一次史料からけっこう窺えてしまうのが観応の擾乱のすさまじさでして…。
斯波氏も名称的に不思議な一族ですよね。当時の史料で「斯波」と呼ばれている事例を、私はほとんど知らないのですが。
要するに、尊氏は本当に幕府なんかやる気なかったんですよ。なので後継者問題も直義と師直に丸投げしてたら、この2人が突然喧嘩し始めたって感じだったと思いますね。
「兄の尊氏は敵ではない。私はただ兄を惑わす師直兄弟を倒したいだけ」という直義の強烈な想いが伝わる文書ですね。
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試験
@siken_d
みんな大好き田代文書を見てきました。 「師直!師泰!誅伐!」という単刀直入さが清々しいね。#観応の擾乱
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必要があって『オトナ帝国の逆襲』をまた見ています。私も昭和時代の空気を少し覚えていますが、そんなに理想的な社会だったかなあという気がします。「現代人は金にしか目がくらんでない」なんて当時もさんざん言われてましたし、公害問題で未来への希望もだいぶ失われていました。
こんな尊氏だったら、内乱なんか3年くらいで終わってますよねw
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しろちち@C105月曜西 え21b
@shirochichi0707
Replying to @shirochichi0707
そこから頁が改まっての尊氏公は、これはもう希代の怪物の迫力。未だ本心が底知れない辺り(「帝を支える」は本心かも…?とも思わせる)も、正にこの時代のラスボス感がありますね。そして初登場の高師直公!これは強い…強すぎて観応の擾乱で敗死するイメージがわかない(笑)! #逃げ上手の若君
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「四国の長宗我部問題で信長に不満を抱いていたところ、信長が油断して少人数で京都に宿泊したので魔がさして後先考えずに襲撃した」が現時点では最大公約数の見解なのではないでしょうか?これを主題に据えた論文や著書が見あたらないのは、まあたぶん結論としてつまらないからなんでしょうね。
ザビエルが大内義隆に説法したとき、はじめは機嫌よく聴いてた義隆が、「同性愛は悪魔の所業」と言われた途端にマジギレして奥に引っ込んだなんてエピソードもあるそうですね。それでも布教を許したのは器が大きいと思いますが。
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まとめ管理人
@1059kanri
織田信忠といえばキリスト教の宣教師に「いいこと考えたんだけどさ、君のところの教えに同性愛禁止ってあるでしょ?アレ廃止したらもっと日本人信者増えると思うんだ!どうかな?」という好意に満ちたアドバイスをして宣教師を心から戸惑わせたエピソードが忘れられない。
「現職の天皇でありながら仏事を行った後醍醐天皇は異常だ」とかよく言われますが、その数百年前に尼の身分で重祚した称徳天皇に比べりゃはるかに穏当で常識人ですよね。
歴史好きの人すべてが、歴史学の手法を身につける必要はないと考えています。向き不向きもやはりありますし。ですが、「歴史好きは大学の史学科に行ってはいけない」とまで言われると、それは違いますとしか申し上げようがありません。
小説家を目指すところだと勘違いしている人が、京大工学部の大学院生にすらけっこういました。
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忘却散人:『仮名読物史の十八世紀』発売中
@iikurayoichi
文学部不要論をいう人が、文学部を誤解しているケースが非常に多い。たとえば「国文学」は源氏や太宰を読んで感想を言い合い、短歌や俳句の作り方を教えていると思っていて、その勝手な文学部イメージで、文学部批判をしている人が、大学人にすらいる。
ちなみに私はツイッターの「非専門家」の御意見で拙著の着想を得たり、拙著の内容を大幅に訂正したこともあります。刊行後に足利直冬に関して見解を改めたこともたびたび触れるとおりですし。ツイッターがなければもっと低レベルだったのは間違いないです。 x.com/kamedatoshitak
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そもそもたくさん恩賞をもらったことに感謝していっそうの忠誠を尽くすって、何か悪いことなんですかね?むちゃくちゃあるべき理想の道徳だと私は思うんですが…。
こうして見ると、これを蹴散らした尊氏ってやっぱすごいですよね。
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八十八
@yasoya_night
ニコ動向け次回歴史動画に向けて只今シナリオ作成中 図は武蔵野合戦。足利尊氏が今まで築き上げてきたもの全てに南朝が代理を仕立てて攻めてきた。もしここで尊氏が討死してたら、太平記の第三部(観応の擾乱編)は美しく締めくくれたろうにと思うことがある。
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宝塚の師直の演技がむちゃくちゃ大好評で、私もとてもうれしいです。ツイートが大量すぎて、RTといいねを断念しました…。
私は、歴史をどのように楽しんでも大いに自由だと考えておりますので。
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ロコロコ丸
@lokoroko5656
亀田俊和先生、オタク文化的に南北朝時代を消費されることでより理解を広めたいのかもしれないが、 真面目な学術書の著者が「実在した歴史人物のTS絵」リツイートしてるの自由すぎでは??