【目的と手段】左派と右派の分類基準
こんにちは!高校2年生のYushiです。
極左と極右が同じように見えるという批判がありますが、それは【採用する手段】だけに目を向けている狭い視野の意見だと思います。
ある思想を左派・右派という大枠に分類する際に、どのような基準で分類すればよいのでしょうか。それを今回は、あなたと考えていきたいと思います。
分類基準を確立するにあたって、自分が注目したことは、思想の「目的」と「手段」です。
思想の目的が「国家とそれに属する集団の単位としての国民」にあるのであれば「右派」とし、思想の目的が「個人への帰結」にあるのであれば「左派」であると考えます。
極左と極右が同じように見えるという批判でよく挙げられるのが「共産主義」と「国粋主義」です。ですが、これは先ほども言ったように、少し強引な批判です。
共産主義は、手段として「集団主義」を採用しているのであって、その思想の目的は「個人主義」なのです。これは相反するように見えて、的を得た指摘だと思います。というのも、共産主義は「平等」という前提に反しない限り、あらゆる個人の幸福追求を否定しません。ですから、平等を達成し、維持するための手段として「集団主義」を採用しますが、その手段の目的は「個人」に帰結するのです。
一方で、国粋主義(右派)は「目的」が「国家とそれに属する集団の単位としての国民」にあります。国家に属する集団の単位としての国民が、共通して求める利益・幸福のためには全力で底上げしようとする思想が国粋主義であって、個人個人でばらつきのある幸福追求には冷徹な姿勢であるのが右派の特徴です。
それに対して共産主義(左派)は、平等という前提のために集団主義を採用するのであって、その手段と目標に同調しない人には冷徹な姿勢であることが左派の特徴です。
マズローの5段階欲求説という有名な考え方がありますが、これに基づくと、右派は「生理的欲求(生存の欲求)」を主眼に置く思想的枠組みであり、左派は「社会的欲求」を主眼に置く思想的枠組みであると考えます。
多様性・ジェンダー・女性の地位向上・少数派の擁護といった「社会的な欲求」に由来する要求は、基本的に左派から主張されるものです。
日本や欧米といった先進諸国で国粋主義が忌避される理由は、単に第二次世界大戦の惨禍による影響があるだけでなく、生存条件が揃っていることがほとんどであるため、生存欲求に主眼を置く右派思想は、需要が少ないというのもあります。
ただし、国家安全保障・食糧の生産・シーレーンといった部分では、生存欲求に対する人々の不安要素が常に維持されるため、右派思想が根強い分野であることも理解できます。
もちろんこれは、どちらが「よい」「悪い」という話をしているのではありません。単なる分類基準の話をしております。
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