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ばるぼら。2001年からインターネット系。インボイス課税事業者ではありません。近況:新刊『コミティア魂』が2024年3月2日に出ました。近況らしい近況はない。
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うちの会社の忘年会改革のための新ルールで「人の飲み物・食べ物を取り分けないこと、自分の分は自分で取ること」を決めたところまではよかったんだが、上司が「ルールを破った人は来年からの忘年会参加禁止」を追記したせいでみんな我先にと他人のビールを注ぎはじめてしまい改革失敗した
Twitterの規約が変わって、端末情報や位置情報やウェブ閲覧情報やビジネスパートーナーと共有した追加情報をもとに表示するもの変えるよ、と知らせがあったので、すみやかに「設定とプライバシー」→「プライバシーとセキュリティ」→「カスタマイズとデータ」を全オフにしました
若者のあいだで流行ってる言葉を使うのは中高年でもできる。中高年ができないのはその言葉の「やめどき」の見定めである。……と昔書いてる人がいたのを、2000年代前半の2ch語(キボンヌ、スマソ、やめろください……)を未だに使ってるアカウントを見て思い出す。寒くて震える
ロシアの乳製品メーカーが2020年にリニューアルした牛乳パッケージがかわいすぎて死ぬ。ブランドの「M」の字もよく見るとかわいい。かわい死 depotwpf.ru/portfolio/milg
今回の開幕式で話題になった(らしい)ピクトグラム、もとは1964年東京五輪のためにデザインされたもの。担当したのは当時の若手デザイナーたちで、3ヶ月ほぼ無給で働いた彼らが得たものは、入場チケットの現物支給と著作権放棄の契約書へのサイン。そして未来まで語られる時代の熱気と美談
槇原敬之が逮捕され判決が出た後、無期限の活動停止状態にあったときに、「クリスマスのコンサートにゲストで歌いにきませんか?」とメールで面識のない槇原(YMOファン)を誘ったのが坂本龍一。なので、教授が電気グルーヴのCD回収に対して意見してるのも本心からだと思っている
分野は書かないが、ワタシの知人は仕事で絶対に二案以上持って行くと言っていた。理由は「一案だけだと相手は『ダメ出し』が仕事だと考える。でも複数持って行くと相手は『選ぶこと』が自分の仕事だと考える。そうやって仕事をやりやすくしてく」とのことであった
クレス・オルデンバーグ氏死去 米彫刻家 jiji.com/jc/article?k=2 93歳。パブリックアートの巨匠。オタクの人も、あのノコギリの作者だと思うと、追悼したくなるのではないでしょうか(写真はGoogle Mapより)
え、マジで!!??!と一人でパソコンに向かって声をあげてしまった。Internet Archiveに雑誌『FRUiTS』の初期50号ぶんのバックナンバーが2013年からPDF公開されているのを今知る。原宿ファッションが過激だった時代の記録ですね archive.org/details/fruits
23日夜通知で24日からビッグサイト使用禁止はやばいね。東京都に全額補償させないと悪しき前例になるぞ。しかも正確には使用禁止じゃなくて無観客開催は可(五輪は無観客だからOK!)になってるのもやばい
メモ:原稿の推敲・校正・リライトを支援する3つの文章チェックツールを作りました! tokimaki.hatenablog.com/entry/2016/10/ 多用・乱用しがちな文章表現をハイライト、接続詞を自動抽出してハイライト表示、小説原稿から会話文だけを抜き出して一覧表示。
どうもこのブラジリアンミクのイラストを発端として、その国々のスタイルの初音ミクの絵を描くのが流行してるみたいで、リンク辿ると無限に出てくる。各地に溶け込んだ自由な見立てが面白く、かわいい
コンビニのエロ本は2004年に中を見れないようシール留めする自主規制を始めたことで、表紙しか情報伝達手段がなくなったため、情報過多で扇情的な表紙デザインに変わってしまった。エロ本が昔よりひどく下品に見えるのはそのせいだと思う。『URECCO』の2004年12月号と2005年1月号を並べるとわかる
Hello Spank at the cinema. The first film about the unforgettable 1980s cartoon artribune.com/arti-performat 「おはよう!スパンク」、未だにイタリアで人気があって、今年のバレンタイン期間に1982年公開の劇場版アニメがイタリアの映画館で初めて上映されると盛り上がっている
国会図書館デジタルコレクションの個人向け送信資料のインパクト、あんま人に教えたくないけど、ちょっと雑誌系をおすそ分け。登録してログインしてから御覧ください。所蔵バックナンバー全号読めるヤツの中で、個人的に興味のあるカルチャーモノを以下に
ヴィレッジヴァンガードの話になると思い出すのは、昔ネットで読んだ「普通の本屋で隅に追いやられてる本を好んで読んでたら、そういう本だけが全面的に展開されてる本屋ができて、自分の趣味性がこうやって棚になると、自分は所詮カテゴライズされた人間なんだとガッカリした」という話である
花火の音が聞こえて「どこの花火だろ?」って時に「どこの花火だっていいじゃないか。耳を澄ましてごらん」みたいに返されるの、発言者が粋な振る舞いをするための小道具にされた感があってウザい。どこでやってる花火か知りたいんだよ
ユーミンは1989年12月のバブル景気最高潮の時に「ひばりさんが日本の復興の象徴だったとしたら、あたしは繁栄の象徴なんです」「もしあたしが売れなくなるとしたら、日本の社会が何か変わる時だと思う」と発言しており、実際に1990年代が終わるとベスト盤以外売れなくなったのが良い。何かが変わった
病院の先生に「ワクチンさっさとスーパーとかで打っちゃえばいいのにね!」と言われ、「専門家じゃない人に打ってもらうの怖くないですか?」と聞くと、「筋肉注射だから超簡単だよ、麻薬中毒者もプルプルしながら自分で打ってるでしょ?ああいう感じ!」と言われ、喩えがひどいが簡単さは伝わってきた
歌声合成ソフトウェア「Synthesizer V」に声提供したシンガー花譜が、新verを使ったデモソング発表後に「本人そのものすぎる」として新ver発売にストップかけて無期延期に。すごい時代だなあ
今日はネット世代に「90年代の別冊宝島を古本で何冊か買ったんですけど、みんな本当にあの濃い内容を気軽に買ってたんですか? 基礎教養の違いを感じます」的に言われ、ああいうムックが知的好奇心を満たす為だけの暇潰し用途で何万部も売れてたのはまだまだ幸せな時代だったのかもなと思い直しました
5年前にセンスいい作品作ってるなこの学生……と気にしてたアカウント、2年前からなんのツイートもしなくなってサイトも消え、しかし一ヶ月前に突然復活して普通に会社の話とか書き始めた。自分の創作はしなくなったのかなー。惜しいなー。そういう人が社会のあちこちにいるんだろうなー…
音楽家の内橋和久さんが住宅確保給付金の申請に行ってきた話をFacebookに書いている facebook.com/photo.php?fbid フリーランスを対象に拡げたと言いながら、職安で常勤仕事を探してる人のみを対象としており、フリーターとフリーランスを混同しててまったく使えなかった、とのこと。なんだそれ……
今回の著作権改悪法案、とにかく日本人全員が何らかの罪を犯している状態にしておいて、捕まえたいときはいつでも捕まえられるようにしておきたい、という警察国家の強い意思が見える
すっかり電車で寝落ちしていたワタシは、この前100円で買った『マンボへの誘い』(1955、河出書房)という本を読みながら終点駅で折返し発車を待っていた。するといつから近くにいたのか分からない70歳すぎの御婦人に話しかけられた。「あの、ごめんなさいね、その本が気になって」。え、マンボが?
最近、バンドブーム期の雑誌記事をよく見てたんだけど、久々にP-ROCKという言葉が目に入り、ちょっと探してたら、山本恭司もBUCK-TICKもそうだったんだーと必要ないことを確認した。こういうのって今見たら100%意味不明だね。本当に日本の音楽シーンにあったムーブメントなんですが……
KISSのジーン・シモンズの『才能のあるヤツはなぜ27歳で死んでしまうのか?』というタイトルの本のオビにYOSHIKIが書いてるコメント「なぜ、僕は生きているのだろうか?」が最高だった
メモ:中川いさみのマンガ家再入門-中川いさみ 【第17話】 鴻上尚史、再び登場! 「創作がガラッと変わった95年という年」 moae.jp/comic/mangakar
town.okutama.tokyo.jp/kurashi/sekats 東京の奥多摩町はこのままだと2040年までに町が消滅するほど人がいないので「0円空家バンク」っていう活用するならただで物件あげるよって企画があるのだが、ちょっと見たら想像以上にハードコアな場所だった。とくに3番目
Amazonが提携してる地域限定の配送業者 #デリバリープロバイダ が、遅延&不便でまるでダメみたいで、Amazonやめようかなとか言われ始めてるのを見るに、やはりAmazonが便利なのではなく日本のまともな配送業者が便利だったのだと再確認する
TwitterでRTされてるの見たけど、1960年代末、東大紛争の最中にマイクロフィルム(約4000巻の外交文書)がぐちゃぐちゃになったのは本当。当時の法学部教授の丸山真男は学生に研究所を追い出されており、機動隊に感謝した。(写真『毎日ムック 1968年 バリケードの中の青春』p106より)