カスタマーレビュー

  • 2017年11月24日に日本でレビュー済み
    『ニコマコス倫理学』は、これまで加藤信朗訳(岩波・旧全集)を愛読してきたが、最近はいくつもの新訳で読めるのが嬉しい。中でも、この渡辺訳は、引き締まって明快な訳文が快いだけでなく、詳細ですばらしい解説が付せられている。『ニコマコス倫理学』が、近代の倫理学や現代の我々の倫理感覚と共通するところ、異なるところを指摘しているのは特に貴重である。評者もこれまで感じていた多くの違和感や疑問が氷解した。たとえば、アリストテレスの言う「幸福(エウダイモニア)」は、長い人生の全体の中で実現するものであり、近代人の言う「幸福」が「幸福感」のような主観的な感じ方であるのと異なること。「選択」は、近代の、あれか/これかの「自由意志」とは違って、定まった人柄からなされる行為だからこそ、その行為を、その人の「選択」であると言えること。人は、過去のたくさんの行為の仕方によってまさに今の自分になること、つまり人間は可塑性を持つものであり、行為の「自発性」も人柄の全体性から捉えられるべきことなどである。『ニコマコス倫理学』はユーモアもあって本当に面白い。加藤信朗訳と本訳の一節を比べてみよう。/「だが、ひとを笑わせるようなことの方がもてはやされるものであり、大抵のひとは相応しい程度以上に戯れからかうことに喜びを見いだすゆえに、道化ものが高雅なひととみられて、機知あるひとと呼ばれることもある」(1128a加藤訳)/「ところで、笑いのねたになる事柄はどこにでもあり、ほとんどの人は娯楽とからかいをしかるべき程度以上に楽しんでしまうものなので、悪ふざけする人々も、センスのある人間という意味合いで<機知に富んだ人>と呼ばれている」(渡辺訳)
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