弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

大学教員の労働問題-幾ら折り合いが悪くても意向確認することなく指導担当教授を変更し、所属を曖昧にさせたことは不法行為に該当するとされた例

1.指導教授の変更に係る問題

 以前、アカデミックハラスメントとの関係で、

アカデミック・ハラスメント-指導担当教員の変更、学位論文審査委員からの除斥の権利性 - 弁護士 師子角允彬のブログ

という記事を書きました。

 この記事の中で紹介した、岐阜地判平21.12.16 LLI/DB判例秘書登載は、ハラスメントを受けたことを理由に大学院生が指導教員の変更を申し出たという事案で、

被告大学法人は原告に対し、在学契約に基づき、被告大学法人が定めた指導担当教員資格を有する教員を研究指導教員とする義務があったこと、それにもかかわらず、被告大学法人は、研究指導員としての資格のない被告Aを原告の研究指導員に選任して指導にあてたことが認められる。

「そうとすると、被告大学法人には、原告の研究指導教員の選任やその変更につき在学契約上の債務不履行があったというべきである。」

と指導教授を変更しなかったことが問題であると判示しました。

 こうした判断自体、珍しいものだったのですが、近時公刊された判例集に、指導教授を変更したことが問題視された裁判例が掲載されていました。一昨日、昨日と紹介を続けている、名古屋高判例6.10.3労働判例ジャーナル155-34 国立大学法人三重大学事件です。

2.国立大学法人三重大学事件

 本件で原告になったのは、三重大学大学院工学研究科の助教として採用され、准教授として勤務していた方です。工学研究科の教授らから種々のハラスメント行為を受け、採用以降、不当な地位に置かれ続け、研究者及び教育者として適切な環境を与えられず、その人格を著しく傷つけられたなどと主張し、慰謝料等を請求する訴えを提起しました。原審が原告の請求を棄却したことを受け、原告側が控訴したのが本件です。

 原告(控訴人)が問題にした行為は多岐に渡りますが、その中の一つに、

指導担当教授を一方的に変更するなどして、構造系から事実上排除されたこと、

がありました。

 この論点について、裁判所は、次のとおり述べて、指導担当教授の一方的変更の違法性を認めました。

(裁判所の判断)

「建築学専攻は、教育研究分野の相違によって、構造系(建築や都市の設計に関する分野)と呼ばれる分野や計画系(力学的な物理的挙動の考究や建築の材料を検討する分野)と呼ばれる分野等の複数に分かれているところ、控訴人の指導は、その着任後、同じ構造系の教授であるCが担当していた。」

「しかし、控訴人とCは、折り合いが悪く、平成21年4月以降には別々に学生を指導する状態になっていたことなどから、前記・・・の任期の件について控訴人から相談を受けたことのあったJが控訴人の指導を引き受けることを承諾し、C及びDは、控訴人の意向、希望を確認することなく、平成22年4月以降の控訴人の指導担当教授を、計画系の教授であるJに変更した。これに伴い、控訴人がそれまで指導していた学生2名は、構造系の教授であるC及びKによって指導されることとなったが、上記変更の経緯等につき、CやDから学生や他の教職員らに対して説明はされなかった。」

「また、控訴人は、平成22年から平成23年までの2年間、建築学専攻の構造系卒業論文発表会の開催に関する案内の配布を受けなかった。これは、Nにおいて、控訴人は、上記のとおりの指導担当教授の変更により、Jと共に計画系卒業論文発表会に出席し、同時開催の構造系卒業論文発表会には出席しないであろうと推測し、控訴人の意向等を確認することなく、上記案内の配布を取り止めたことによるものであったが、DがNに対して不適切な対応であるなどとして注意指導したため、控訴人は、平成24年以降、上記案内の配布を再び受けるようになった。」

「上記のような経過等から、控訴人は、構造系に所属していたにもかかわらず、構造系から事実上排除され、構造系内で孤立した状況に置かれていた。」

(中略)

「認定事実・・・によれば、CやDは、指導担当教授という控訴人にとって極めて重要な事項につき、控訴人の意向等を全く確認することなく、構造系のCから計画系のJに変更し、また、このことが、Nにおいて、控訴人に対して建築学専攻の構造系卒業論文発表会の開催に関する案内を2年間配布しなかったことにもつながったものであり、その結果、構造系に所属していた控訴人は、その所属が曖昧となり、教育研究活動上、構造系から事実上排除され、構造系内で孤立したような就業環境に置かれていたものと認められる。」

「上記認定の事実に加え、CやDが控訴人の上記のような就業環境を改善するための対策等を講じた形跡がうかがわれないことを併せ考慮すれば、指導担当教授の変更自体については、Cと控訴人との折り合いが悪く、適切な指導関係を期待し難い状態にあったという、一定の合理的理由があったといえることや、控訴人が当時上記変更につき強く反対した形跡はうかがわれないことを斟酌しても、就労に関わる事項において控訴人の意に反する不適切な言動により控訴人に不利益を与えたものとして、控訴人に対するハラスメントに当たるものと評価するのが相当であり、いわば村八分の状態に置かれていたのであるから、社会的にも明らかに不相当であって、不法行為を構成し、国家賠償法1条1項の適用上、違法なものといわざる得ない。

「これに対し、被控訴人は、控訴人の研究内容が構造系のCよりも計画系のJに近かったことから、上記のとおり指導担当教授を変更した旨主張する。しかし、控訴人の研究内容が構造系のCよりも計画系のJに近かったことを認めるに足りる証拠はないし、そもそも控訴人本人に確認することなしに、周囲の教授が控訴人に無断で決定すべき事柄ではないというべきである。」

「被控訴人は、指導担当教授の変更について、Cが控訴人に対して事前に説明した旨主張する。しかし、本件調査委員会の聴き取り調査において、控訴人は、『私の意向は、一度も聞かれたことはありません。』などと、上記のような説明を受けたことを明確に否定している一方で、Cは、『記憶にないですね。当時のこと。説明はしたと思うんですけれども。あまり、丁寧には説明してなかったかもしれないですね。』などと曖昧な説明をしていること・・・に照らせば、被控訴人の上記主張は、理由がない。」

「また、被控訴人は、指導担当教授の変更について、控訴人が異議を申し立てず、Jと親しい関係を維持していることなどからして、控訴人にとって不利益となるものではなく、控訴人の承諾があったというべきである旨主張する。しかし、上記変更後の経過にすぎない被控訴人の主張する事情から控訴人の承諾があったと推認することはできず、被控訴人の上記主張は、理由がない。」

3.折り合いが悪かったとしても指導担当の一方的変更は許されないこともある

 指導担当からの指導の在り方が問題視され、指導担当を変更「しない」ことの違法性が問題になった事案は一定数あります。

 しかし、指導担当との折り合いが悪かったことに触れて、それでもなお、指導担当の一方的変更が許されないとされた例は、極めて珍しいように思います。

 このような判断が出た背景には、専攻分野や所属が重要な意味を持つ大学教員ならではの事情があるように思われます。

 大学教員をめぐる労働問題に取り組むにあたり、稀少な先例として、本件は実務上参考になります。