第3話 歓迎会
「新居、ねえ」
俺は皮肉たっぷりに言ってやったが、そもそもが皮肉と捻くれと小癪な賢さを虚無で包んで一切を溶け落として飲み下したような女であるジュラは、「人気がない。曰くつきか」と言いながら、その建物に踏み入った。
「あー、そこそこ地雷があるぜ」
「馬鹿が」
嘘じゃないのに、と思った次の瞬間、地雷——おそらくは、下層区域流の「出迎え」が発動した。
爆風は扇状に拡散しない。縦方向への爆圧になっており、それはつまり、足を砕いて足止めではなく、確実に息の根を止める殺傷用のそれ。
俺は肩をすくめる。ジュラの間抜けっぷりではない。歓迎にしては、ぬるいことにだ。
ジュラの右足が「組成変異」で異形の甲殻に覆われており、爆風ごと地面を踏み潰していた。地中へ押し付けられた爆発力は周囲の土を粉砕し、粉塵だけを派手に舞い上げたのである。
正面九時方向、約六五三メートル。
俺は瞬時にルー=ガルーをバックラーにモードチェンジ。一瞬後にはそれで、飛んできたタングステン・カーバイト被甲の重機関銃弾を弾いていた。
対物ライフル——サイボーグといえど、直撃は避けたいものだ。
俺は周囲のバラックをスキャン。人払いが済んでいるってのは、ようするに「歓迎会」のためだろう。
なら遠慮はいらない。
容赦なく、俺は目の前のバラックにさながら闘牛よろしく突っ込んだ。ベニヤとトタンの壁をぶち破り、敵の狙撃の目を掻い潜りつつ突き進む。
狙撃の基本は撃って、移動である。
(スポッター込みで最低二人、多分、班単位。残り二人、ライフルマンがいるんだろうが……いや、企業軍の編成を丸々真似るか?)
と、俺は機械的な感知ではなく、人間だった頃の動物的直感でそれを悟った。
咄嗟に家屋の中で横に飛び跳ねる。弾丸が壁を貫いて、今し方俺がいた場所を抉った。俺の体重と加速力で追突されたタンスが砕け散り、女物の衣類が飛び散る。
明らかにスケスケの勝負下着が顔にかかり、「くそ」と吐き捨てつつ取っ払った。
確信。敵は、最低一人特別な目を持っている。
俺のボディは一般的な無人機などに搭載されている赤外線やサーモを欺瞞する迷彩が施されており、普通の無人機や監視カメラでは捉えることができない上、いざとなれば光学迷彩も使える。
ただし、どうしても滲む、——コーパル反応。俺の動力源を掴む特殊なセンサーなら別だ。
サイボーグか、あるいは、亜種人外。
顔の左右に分かれていたバイザーを閉鎖。出力補正を戦闘モードへ移行する。
ルー=ガルーを、パルス式のブルパップライフルにモードチェンジし、俺は天井へ発砲した。
青緑のパルス弾丸が廃材を吹き散らし、俺は跳躍。一気に、地上三十メートルまであがった。
——下層区域と聞いていたが、なるほど、そもそもが地下数千メートル。天蓋は、遥か彼方というわけだ。
俺が左腕のグラップルアンカーを狙撃兵がいる石の塔へ向けて射出したのと、狙撃のマズルフラッシュが瞬いたのには、一瞬の差があった。
軍配は俺に上がる。体がグラップルアンカーで引っ張られ、狙撃弾が右太腿の装甲を掠った。
姿勢が乱れ、舌打ち。
目の前には、狙撃兵がいるだろう古びた石塔の壁があり、俺はそこへ思い切り叩きつけられた。
それはほとんど、砲弾の弾着を意味する。凄まじい轟音と振動が石の塔を襲い、俺はホロブレインのエラーでわずかにスタンする。
グラップルが強制解除され、俺は地面に落下した。何がそんなに気に食わないのか、俺の体は脳天から地面にぶつかり、しかもそれでスタンが解除されるんだから、本当に嫌になる。
「くそったれ。機能麻痺はなれねえな」
吐きそうになるのを堪える。サイボーグが吐くものかって? それは、あとで説明してやる。
俺は塔の正面扉を蹴ったくった。だが、びくともしない。
「おい! ドアのそばにいるんなら離れてろ! 爆薬で吹っ飛ばすからな!」
一応警告しておいた。不意打ちしてきた相手に、破格の善意。
俺は腰から超小型かつ、超高性能なコーパル爆薬を取り出して設置。
離れて適当な石塀の影に隠れた俺は、自ら送った起爆信号でそれを起爆した。くぐもった爆音がし、門が叩き折られたかのように吹っ飛び、爆圧の関係上塔の内側へとすっ飛んでいく。
歓迎にしては、なんとも手が混んでいる。まあ、俺らのような珍しい人種がきて、はしゃいでいるのだろう——下層区域の「王」は。
「降参するなら一発ぶん殴るだけで勘弁してやる。戦うなら、負けを認めるか死ぬまで殴る。好きな方を選べ」
正面三時方向。俺は物陰から突き出された、炭素鋼のナイフを察し、その右手首を左手で掴んで捻り上げた。
コンマ秒で、俺の右拳がそいつの鳩尾をぶち抜き、加えてすかさず顎を掴んで壁に叩きつける。
相手は若い男だった。アンスロである。獣人系、毛皮に覆われた狼のような男だ。
「質問に答えろ。これは、歓迎、ととらえていいのか?」
「ぐ、く……」
「答えないならこのまま顎を砕く。二度と喋れなくなるぞ」
「し、試験だ! ボスが、あんたらをシマに入れる以上は、ナマな野郎なら、見せしめに吊るし首だって!」
手を離した。若い狼男は咳き込んでいた。
「骨は折ってない。内臓も、お前なら平気だろ」
「殺さないのか」
「やることがある。不必要に敵は作りたくない。どけ、お前は負けた。邪魔はするな」
「わ、わかった……降参だ」
狼男はナイフを投げ捨て、両手を頭に置いてうつ伏せに寝そべって、降参の姿勢をとった。
「だから処刑なんかしねえよ。塔から出てボスとやらに、新入りが面会したいと言っていると伝えろ」
「あ。ああ……あんた、殺し屋じゃないのか?」
「……どういう伝わり方したんだ。ただのアートだよ」
俺はいっぺんに馬鹿らしくなり、ため息をついて塔の階段を登る。
時計塔だ。しかも、鐘撞きは人力である。
「懐古趣味……? なんかのシンボルか?」
上階にあがると、二人、男女がいた。
一人は明らかにアンスロ。爬虫類系の女だ。リザードウーマンとでもいうべきか。くすんだ緑の鱗と、その鱗が生地を破く関係上、頑丈な、ゼノシス素材の毛皮のコートを着ている。
もう一人はサイボーグの男。多分、偵察や斥候モデルのボディで、装甲は最低限。ステルス性能と動きやすさに重きを置いており、こいつがスポッターだ。コーパル探知ができる目を持っているのだろう。
俺は腰に引っ掛けていた、ハンドガンモードのルー=ガルーを向けた。
「どうする?」
「こっちは二人よ」
「俺は一騎当千だ」
リザードの女がふっと笑い、右手を差し出してきた。
「合格よ。まさか傷ひとつつけられないなんて」
「いや、足をやられてる。掠ったとはいえ、お前らが本気を出して兵隊を編成していれば、制圧されてた。まあ、やってみないことには負けを認める気はないが」
「ふぅ……だから僕は、ユラを下に配置するのに反対だった。この、例のハウンド君が冷酷非道な男だったら、大切な仲間を失っていたんだぞ」
「あんたはコーパルを見る目はあっても、人を見る目はないのね。私にはわかったわ。こいつは、信念のために戦う闘士だってね」
勝手に人を評価するなと思ったが、何も言わなかった。
俺は銃を腰に戻し、質問する。不毛な身内ノリに付き合う気はなかった。
「さっきの狼男にも伝えたがお前らのボスに会いたい。歓迎のつもりだろうが、こっちは不意打ち喰らったんだ」
「いいわよ、合わせてあげる——っていうか、ボスもそのつもりだったし。あっちのお医者さんは?」
「ああ見えて自称戦える、だ。実際、あんたらの地雷で吹っ飛ばなかったろ」
「確かにね。普通の腕自慢なら、あれで体の左右半分どっちかが吹っ飛んでる」
サイボーグの男がそう言って、立ち上がった。スポッターだろうが、偵察用サイボーグの特権か、スコープの類は持っていない。己とスナイパーを守るためのサブマシンガンを二丁持っているが、それ以外の装備は最低限の、必須装備のみだ。
一方リザードの方は、身の丈ほどはある対物ライフルを引っ提げている。まかり間違っても、人間に向けるもんじゃない、と俺は思う。アンスロであっても、ノーだ。その口径は、どう考えたって二〇ミリ。装甲をぶち抜く「狙撃砲」だ。
「もう会わせてくれるのか?」
「会いたいんじゃないの?」
「いや、話が早いな、と」
「もともとボスは君たちが合格する方に賭けてたくらいでね。僕らが勝つか君らが勝つかで、盛り上がってたよ」
「おちょくってんのか」
思わず口に出てしまったが、二人は肩を揺すって笑うだけで、別段、不機嫌になる様子はかけらも見せなかった。
なんだか俺だけがガキのようで、無性に腹が立った。