疾風に一目惚れするのは間違っているだろうか


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作:如月皐月樹
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4:教会


「リオン、昨日の夜は何があったの? お弟子君たちと楽しくお食事をしてたんじゃなかったっけ?」

 

 弟子が『火蜂亭』で暴れ回った日の翌日。

 流石にあんなことがあった後で早朝の訓練はできまい。

 そう思ったリューはリリに弟子への言伝を残し、早朝の訓練は今日はお休み。

 今はアリーゼ達と一緒に朝食を食べていた。

 

 そんな中でいつもは来るはずの弟子が来ないことに疑問を覚え、昨夜のリューの様子から何かがあったのだと察したアリーゼの質問がこれである。

 リューは気持ちを落ち着かせるため一度水を飲み、アリーゼの質問にぽつりぽつりと静かに答えた。

 

「最初はそうだったのですが、途中で【アポロン・ファミリア】に絡まれまして」

 

「【アポロン・ファミリア】に? 絡まれたって、別に喧嘩を吹っ掛けられたって訳じゃないんでしょ? リオンもいたんだし」

 

 物理的な喧嘩であれば、あの場にレベル4のリューもいたのだからいかに【アポロン・ファミリア】といえど手を出そうとはしないだろう。

 あそこの団長のヒュアキントス・クリオがレベル3なのだから。

 そう思ってのアリーゼの疑問だったのだろうが、リューは首を横に振る。

 

「いえ、それがほぼほぼその通りなのです。実は、クラネルさんが神アポロンに目を付けられたらしく……」

 

「ああ、あの神なら兎に目を付けそうではあるな」

 

 リューの確信に近い推測に輝夜が同意し、それにリューも首肯する。

 

「そうですね、輝夜。それで、クラネルさんに対して、あそこの団員の一人が口で挑発をしてきたのです。クラネルさんの方から問題を起こさせようとしたのでしょう」

 

「で、その挑発に乗っちまったのか? リオンもいたなら止められただろ?」

 

 ライラのまっとうな疑問に、再びリューは首を横に振る。

 

「途中までは止めたのです。ですが、その後止められようもない程、クラネルさんが激怒してしまい【アポロン・ファミリア】の団員に殴りかかったのです。もしあのまま暴れていたら、最悪一人ぐらいは死んでいたかもしれません。私には、彼の背中からアルフィアのような姿が見えましたから」

 

 そう話すリューに、その場にいる四人が目を丸くする。

 全員疑問に思うだろう。なにせあのお人好しでアルフィアとは似ても似つかない弟子の事だ。

 そうそうリューが止められないほどに怒るとは、ましてや死人を出すかもしれない程怒るとは思えないのだろう。

 三人と一柱を代表してアリーゼがリューに聞いてくる。

 

「いったいなんてお弟子君に言ったのよ? 【アポロン・ファミリア】の団員は」

 

「それが……私が腑抜けた、と。私がランクアップしていないことを、彼等はそう揶揄したのです」

 

 意図的に省いた言葉。

 だがそれはリューがわざと省いたと、アリーゼ達にはバレている。

 寧ろバレない方がおかしいだろう。

 

「確かに兎なら怒りそうだが……それだけで死者を出しかねない程怒り狂うとは到底思えんな。いったい何を省いた、リオン」

 

 輝夜に催促され、これは話すしかないかと、リューは意を固めた。

 

「……五年前、ネーゼ達が亡くなって私が腑抜けたと、あそこの団員は言ったのです」

 

 たったそれだけで、弟子が何を思い、何に気付いたのかをその場の全員が察し、沈鬱な表情で納得する。

 しばし食事を取る手も止まり無言の時間が続いたが、そこでアリーゼが口を開いた。

 

「そりゃ、あのお弟子君でも怒るわよ、そんなこと言われたら。私だって、今怒ってるんだもの。お弟子君がリオンが止められないぐらい怒ったってのにも、納得しちゃう。色々と気付いちゃったんでしょうね、お弟子君」

 

 そうアリーゼに言われ、その後の顛末までリューは語る。

 

「ええ。そしてその後が酷かったのです。私とクロッゾさんの二人がかりでも抑えられず、さらには魔法まで使っていましたから。初めて、あの場に【凶狼】がいて良かったと、そう思いました」

 

「ベート君が? もしかして彼がお弟子君を止めてくれたの?」

 

「はい。【アポロン・ファミリア】と怒りのままに乱闘をしていたクラネルさんを彼が気絶させて、その場は一応納まりました。これが昨日の出来事の全てですね」

 

 全てを話し終えたリューは、話し始めた時と同じように水を飲む。

 リューだって、まさかあの弟子があそこまで怒りを露わにするとは思わなかった。

 

 いくらアビリティの数値が高いからといって、レベル2の弟子をリューが止められない道理がない。

 それでも止められないほどに怒り狂っていたのだ。

 あの弟子の怒り様は、ステイタスそのものを無視していたと言っても過言ではない。

 ただ、あの時確かに納得した。弟子はあのアルフィアの息子なのだと。ヘラの系譜なのだと。

 

「はぁ、にしても、これだとアポロン様の術中だな。絶対にこの後何か仕掛けてくるに決まってる」

 

 少ししんみりした空気の中、ライラがその空気を変えようと溜息交じりに話を【アポロン・ファミリア】の事へと持っていく。

 それに反応したのは今まで黙っていたアストレアだった。

 

「そうでしょうね。今朝がた、アポロンから神の宴の招待が届いたもの。それも眷属を一人帯同させることって趣で。これはベルを狙い撃ちしたつもりでしょうけど、今はリリルカもいるからどうするかはベル次第でしょうね」

 

「最初から全部仕込んでいたか、神アポロン。アストレア様、その宴では神アポロンはどう出ると思われますか?」

 

「そうねえ。ベルが眷属を傷付けたとか難癖をつけて、ヘスティアに戦争遊戯でも仕掛けるんじゃないかしら?」

 

「なるほど……ありがとうございます、アストレア様。それで、もしそうなった時、私達はどうする団長? 私達も当事者だ。ちょっとした介入ぐらいならできるだろう」

 

 まだそうなるとは決まっていない。

 だがあのアポロンだ。気に入った子供は地の果てまで追いかけるあのアポロンだ。

 そうなる可能性は高いと、仮定の話ではあるが輝夜はアリーゼに問う。

 アリーゼは考えるように目線を上にあげて答える。

 

「うーん、お弟子君は助けたいけど、今の私達全員が直接介入するのは流石に無理よね。たとえ当事者だとしても。出来るとすれば、リオンかライラの片方が助っ人に入る、ぐらいだと思うわ」

 

「でしたら……その時は私にやらせてください、アリーゼ」

 

 仮定の話に仮定を重ねた未確定な未来の話に、それでもリューはアリーゼにお願いした。

 

 その時は直接弟子の力になってやりたいと、弟子に降りかかる火の粉を自分で振り払いたいと、そう思ったから。

 元々は自分がランクアップできていなかったから、そこに目をつけられて挑発されたということもある。

 

 そんなリューにアリーゼは普通に許可を出す。

 

「うん、いいけど……ねえリオン。なんだか、ちょっとだけ嬉しそうな顔をしてるのはなんでなの?」

 

「……そうですね。少々場違いではありますが、クラネルさんが私なんかの為にあそこまで怒ってくれたのが、今になって少し、嬉しく思えたのです。本当に、クラネルさんは他人を思いやれる優しいヒューマンなのだなと」

 

 優しい微笑みを浮かべ、リューはそんなことを言った。

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

「ごめんなさい神様。昨日、アポロン様にあんな挑発するようなこと言ってしまって」

 

「別に謝らなくていいぜ、ベル君。それだけの事をアポロンはしたんだし、ボクもアポロンが嫌いなんだ。それにボクは君があんな事を言うのも当然だとも思うし、嬉しくも思ったんだぜ」

 

「嬉しい、ですか? これから厄介なことに巻き込まれるかもしれないのに?」

 

「そりゃそうだともベル君。だってあれは、ボク達のことを心の底から思ってくれている君の優しさなんだからね。それに、どっちみちあのアポロンに目を付けられちゃったんだ。厄介ごとなんて今更さ」

 

 アポロンが開いた神の宴の翌日、そんな会話をベルはヘスティアとしていた。

 記憶も朧げなほどに暴れ回り、その後本拠で目覚めて少し落ち着いたベルは、結局アポロンが開いた神の宴に参加した。

 

 本当はアポロンの顔なんか見たくもないほどに怒っていたし、自分の姿をアポロンなんかに見せたくもないほど怒っていたが、それでもそれ以上に直接言いたいことがあったから、それを伝えるためだけに参加した。

 

「ベル様。昨日はアポロン様に何を言ったのですか? よければリリにも教えてくださいませんか?」

 

 そこで、昨日の神の宴には参加できてないリリが、何があったのかを聞いてくる。

 そのリリの質問に、ベルではなくヘスティアが答えた。

 

「それがねリリルカ君、ベル君ってばかっこよくアポロンにこう啖呵を切ったんだよ。『これ以上僕の大切な人達を傷つけるような真似をするなら、僕は僕の全身全霊を以って貴方達を潰します。なんなら貴方を僕の手で直接送還します』ってね」

 

 自分の手でアポロンを送還するとまで言ったベルには、流石のヘスティアも驚いた。

 それだけベルの怒りを買ったというのもそうだが、なによりもそれだけエルフ君のことを大切に想っているのだと、ヘスティアはそう思うと同時に、嫉妬までしてしまったのだから。

 そしてリリも同様に驚いた様子で両目を見開いていたが、それでも気を取り直してベルにお礼を告げる。

 

「……ありがとうございます、ベル様。そんなにもリリ達のことを大切に思ってくれているのですから、ヘスティア様が言う通り、リリも嬉しく思いますよ」

 

「そんな、お礼なんていいよリリ。神様は【ファミリア】の主神で、リリは同じ【ファミリア】の仲間なんだから。これぐらい当然っていうか……そのせいで余計に酷いことに巻き込まれないといいんだけど」

 

「だとしてもですよ、ベル様。その時はリリだってベル様と一緒に戦います。リリにとっても、ベル様やヘスティア様は大切な人達なのですから」

 

「……うん。ありがとう、リリ」

 

「さ、ベル君、リリルカ君、ご飯にしようか。ちゃんと食べるものを食べないと、アポロン達にちょっかいをかけられても戦えないぜ?」

 

「そうですね、ヘスティア様」

 

「はい、神様」

 

 そうヘスティアに言われてから三人で揃って朝食の準備をし、食べ終わって片付け始めた頃だった。

 

「……っ!?」

 

「ベル様、どうかされたのですか?」

 

 急に窓の外へと顔を向けたベルに、リリが不思議そうに聞いてくる。

 ベルはリリに答えることはなく、驚愕に目を見開いて外の気配を探る。

 

 まさかと思った。

 

 確かに挑発するような言葉ではあったが、あれは最大限脅しの意味も込めてアポロンに言ったのだ。

 正確には異なるが、下界の子供の禁忌とされる神殺しをするとまで言ったのだから。

 あの場に居た神々のそのほとんどが、ベルが言った事に驚いた様子を見せていたのだから。

 

 まさか、そんな事を言われたすぐ翌日にこんな暴挙を働くなんて、いくらアポロンといえど、子供の嘘を見抜ける神がそんな真似をするなんて想像もできなかった。

 

「リリ! 神様!」

 

 膨れ上がる魔力の気配。

 狙いは間違いなくベル達の本拠。

 気づいた時にはベルはリリとヘスティアを引っ掴んで、本拠から飛び出していた。

 

 ベル達がいきなり本拠から飛び出してきたことに面食らったのか、外で待ち構えていた【アポロン・ファミリア】の団員は一瞬硬直するが、それでも準備を終えていた魔法をそのまま撃ってきた。

 

 轟音と共に崩れ落ちる廃教会。

 その様にヘスティアが叫び声を上げる。

 

「ああ!! ボクとベル君の愛の巣がぁ!?」

 

「【アポロン・ファミリア】!? っ、ヘスティア様! そんな呑気な事を叫んでる場合じゃありませんって! それに今はリリだっているのですから! 忘れないで下さい!」

 

 ベル達が自分達の手で綺麗に掃除をしていたとはいえ、既にボロボロだったその教会が、見るも無惨な瓦礫の山になってしまった。

 唖然として、ベルはリリとヘスティアを抱えたままその場に立ちすくむ。

 

「べ、ベル様? 一度下ろしてもらえませんか?」

 

 リリの言葉は聞こえているのだろう。

 言われた通り、リリとヘスティアの二人を抱えていた腕からそっと下ろすベル。

 ただ、そのベルはただただ無言であった。

 何やら様子がおかしいベルに、今度はヘスティアが話しかける。

 

「ベル君? ()()()は君のおかげで無事だから、安心してくれ」

 

 そう、ヘスティアが言った時だった。

 一瞬だけ、ベルの綺麗な白い髪が逆立ち波打ったように、リリとヘスティアの目には見えた。

 

 ベルは無言のままその場にいる【アポロン・ファミリア】に向き合う。

 そのベルのあまりにも冷え切った極寒の目線で睨まれた【アポロン・ファミリア】の団員は、全員が金縛りにでもあったかのように動きを止める。

 そしていつもとは異なる口調と呼び方で、自分の背後にいるリリに話しかける。

 

「リリルカ、ヘスティアを連れて『星屑の庭』まで行け。そしてアリーゼに『教会が壊された』と伝えろ。それだけで察してくれる」

 

 底冷えするような低い声音で、スキルを使いながらリリに告げるベル。

 あまりのベルの豹変しようにリリは酒場の一件の時のように呆気にとられるも、ここは大人しく従った方がいいとヘスティアの手を取った。

 

「ヘスティア様、ここはベル様に任せて行きましょう」

 

「あ、ああ。そうだね、リリルカ君」

 

 そうしてその場を去ろうとする二人に、さっきまで硬直していた【アポロン・ファミリア】のエルフの青年が動き出す。

 

「ま、待て! 逃がすとでも思っているのか!」

 

五月蠅い(ファイアボルト)

 

「があっ!?」

 

 チャージ十秒。

 速攻魔法でその青年は吹き飛ばされた。

 流石に死んではないだろうが、それでも重症ぐらいは負わせたはずだ。

 

「動くな。もしリリルカとヘスティアに何かする素振りを見せたら、その時は今程度のことでは済まさんぞ、屑共」

 

 一瞬の出来事とベルの脅しに再び動きを止める【アポロン・ファミリア】。

 彼等を余所に、ベルは最後にこれだけは言わないといけないと、顔だけ振り向いてヘスティアに話しかけた。

 

「ヘスティア」

 

「な、なんだい、ベル君?」

 

 とても優しい慈愛の女神。

 眷属である自分達をいつも見守ってくれているヘスティアのことだ。

 きっとそんなヘスティアなら許してくれるだろうと、彼女の優しさにこの時のベルは甘えた。

 

「貴女の命を()に預けてくれるか?」

 

 私と、これまた普段とは違う一人称にヘスティアは驚くも、即答する。

 

「当たり前じゃないか、ベル君。君の怒りはボクの怒りでもあるんだ。あの教会の姿を見れば、君の怒りももっともだ。ベル君、ボクの命、君に預けたよ」

 

「ありがとう、ヘスティア」

 

 ベルがお礼を告げるころには、リリとヘスティアは【アポロン・ファミリア】に邪魔されることなく走り出していた。

 そして再び、ベルは【アポロン・ファミリア】を凍りつくような瞳で睨みつける。

 

 教会が、実の母が大切にしていた教会が、育ての母が大切にしていた教会が、()()義母が大切にしていた教会が、ベルが大切にしていた教会が、【ヘスティア・ファミリア】の本拠が、破壊されたのだ。

 

 ベルの怒りは酒場と昨日のこともあって、一周どころか二、三周まわって逆に冷静になっていた。

 ベルは自分の身体に義母が乗り移っているような、そんな感覚を覚えていた。

 怒り心頭だが先日のように暴れはせず、話もできるベルに流石に慣れたのか、髪の赤い少女の方から話しかけてきた。

 

「ねえ、できれば大人しく私達について来てくれない? 私、これから仲間になる君にあまり乱暴な真似はしたくないんだよね」

 

「五月蠅い、囀るな小娘」

 

「小娘って、私の方が年上だと思うんだけど」

 

「囀るなと聞こえなかったのか? あの能無しの馬鹿神は昨日わざわざ私が直接言ってやった言葉も聞こえてなかったようだが、その眷属も眷属だな。いったいどれだけ私をイラつかせれば気が済むのだ、貴様等屑猿の巣窟は。貴様はまだマシだから、小娘程度で我慢してやっていると何故わからん」

 

「っ……」

 

 再びスキルを使っているベルを見て、流石にその少女も気が付いたのだろう。

 しかも今度はゴーン、ゴーンと脅すような鐘の音が響いている。

 これ以上何か言えば、今度は自分が魔法で吹き飛ばされると。

 そしてそれは先程の比ではないと。

 口を噤む少女にベルは静かに、しかし激怒しながら続ける。

 

「それでいい小娘。私は貴様らの指示ではなく、私の意思で貴様等の屑団長の所へ行ってやる。貴様一人で案内しろ。他の屑猿は余計だ。そいつらがいると流石に怒りを抑えきれん。最悪、()()()

 

 指揮官のような少女はギリのギリギリまだマシだ。

 彼女の言葉から察するに、本意ではないようでもある。

 だが教会に直接魔法をぶち込んだ下手人共には我慢がならない。

 殺すと、そうまで言ったベルに少女は了承の意を示す。

 

「……わかった」

 

「だ、ダフネちゃん!」

 

「カサンドラいいから。彼を刺激するような真似しないで。手を向けてるの見えてるでしょ。火傷するわよ」

 

「わ、わかったよ、ダフネちゃん」

 

 ベルの命令に同意した彼女を止めるように、藍色の髪の少女が彼女の名前らしきものを呼ぶ。

 だがベルが示威行為として右手を向け、赤い少女が藍色の少女を諫めたことで引き下がる。

 そこまでして、ようやくベルはチャージを止めた。

 虚脱感が身体を襲うがそんなもの今は些事だ。

 

「さっさと糞猿のところに案内しろ小娘」

 

「……わかった。ついて来て」

 

 ベルが団長のことを糞猿と呼んだことに何かを思ったのか、赤い少女は少し間を空けるも再び了承し、他の団員について来ないよう言ってから、ベルを案内するように歩き出す。

 それでも幾人かはついて来ようとしたが、それをベルはただの一睨みでとどまらせる。

 

 手を直接出さないだけ、まだ義母よりかはマシだろう。

 どうせ後で始末するのだから、早いか遅いかの違いだが。

 歩く道の傍ら、ベルは赤い少女に再び命じる。

 

「小娘、貴様の付けているその白い手袋を貸せ。必要になる」

 

「……いいけど。本当にやる気なの?」

 

「当たり前だ小娘。あれだけ脅してやったのに手を出されたのだからな。貴様も昨日聞いていただろうに」

 

「……そうね」

 

「それに、どうせ()()が一方的に蹂躙するだけだ。小娘、貴様は逃げたいのなら逃げてもいいぞ。貴様はまだ幾分か他の猿共よりマシだ。それぐらいの恩情はかけてやる」

 

「残念だけど、私は逃げられないわね。まあ君がウチの【ファミリア】を本当に潰してくれるっていうのなら、その時は抵抗しないでいてあげる」

 

「十分だ。どうせ貴様が抜ければ指揮系統も碌に機能しない猿山軍団が出来上がる。それだけでも、十分だ」

 

「君、よくそこまで見抜けたわね。あと、はい、これ」

 

「助かる」

 

 赤い少女から白い手袋を受け取る。

 そこからは特に話もせず、ベルは【アポロン・ファミリア】団長、ヒュアキントス・クリオの元に辿り着いた。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

「アリーゼ様! いらっしゃいますか!?」

 

「リリちゃん? それにヘスティア様も。リリちゃん達がこんな朝早くに来るなんて珍しいわね」

 

「アリーゼ君、朝早くから済まないね。少し【アポロン・ファミリア】のことで話がしたいんだ。本拠に上げてもらえるかい?」

 

「昨日の今日で【アポロン・ファミリア】ですか。お弟子君はいないみたいですけど……わかりましたヘスティア様。上がっていってください」

 

 ベルに言われた通り『星屑の庭』にやって来たリリとヘスティア。

 リリがアリーゼの名前を大きな声で呼び、呼ばれたアリーゼは二人を出迎え本拠にあげる。

 アリーゼ達もちょうど朝食が終わった頃合いだったのだろう。テーブルの上にはいくらか食器が残っていた。

 

「アストレア、おはよう。朝早くからお邪魔してすまないね。ベル君にここに来るよう言われたんだ」

 

「おはようヘスティア。別にいいのよ。いつもはベルが早朝から来ているのだもの。それで、ベルからここに来るようにって言われたのよね。何か伝言でもあるの?」

 

 アリーゼから椅子に座るようにと促されるままに、リリとヘスティアは席に着いた。

 その場には今オラリオにいる【アストレア・ファミリア】が全員揃っている。

 恐らくは【アポロン・ファミリア】の件で話に来たのだろうと、全員察しがついているだろうが。

 

 アストレアの疑問にリリが「はい、アストレア様」と、ベルに伝えて欲しいと頼まれた言葉をその場の全員に語る。

 

「『教会が壊された』と、伝えて欲しいとリリは頼まれました。今朝になって【アポロン・ファミリア】に襲われたのですよ。リリ達【ヘスティア・ファミリア】が」

 

 その一言と事実だけで、【アストレア・ファミリア】の面々は目を見開き、「ああ、【アポロン・ファミリア】は終わったな」と確信した。

 そしてそれを聞いたアストレアは溜息を吐いた。

 

「はぁ、昨日あんなことまで言われたのにそれでも襲うなんて……アポロンってそんなに馬鹿だったかしら」

 

「そんなもんだぜ、アストレア。だってあのアポロンだ。ベル君の気持ちなんて全く考えずに、自分の欲望だけで動いたに決まってるじゃないか。ついさっき、教会が壊された時のベル君を見たけど、あんなに激怒した姿をボクは一度だって見たこともないよ」

 

「あの……アストレア様。少しお聞きしたいのですが、昨日言われた事というのは何なのですか? アリーゼとアーデさんも知っているようですが」

 

 なにやらアストレアとヘスティアで通じ合う話に、リューが口を挟む。

 それに答えたのは、アポロンの神の宴に参加していたアリーゼだ。

 

「そういえばまだ話してなかったわね。実はねリオン、昨日お弟子君がアポロン様に向かって直接言ったのよ。『これ以上僕の大切な人達を傷つけるような真似をするなら、僕は僕の全身全霊を以って貴方達を潰します。なんなら貴方を僕の手で直接送還します』ってね。あれには私も痺れたわ。一度くらい言ってもらいたいもの」

 

 リリからすれば、つい先ほど聞いたのと一言一句違わぬ同じ言葉。

 だがそれを知らなかった三人は、再び目を見開き驚きを露わにする。

 

「そうね、アリーゼ。あの言葉に嘘はなかったのに。本当にベルに送還されたいらしいわね、アポロンは」

 

「まったくだぜアストレア。今頃ベル君は戦争遊戯を【アポロン・ファミリア】に吹っ掛けてるだろうさ。ボクも許可を出したしね。さて、どうしたもんかねアストレア」

 

「そんなの決まってるじゃない」

 

「それもそうだね」

 

「「「「「「「【アポロン・ファミリア】ぶっ潰す(します)」」」」」」」」

 

 怒れる女神二柱に正義の眷属四人、そして炉の女神の眷属一人は口を揃えてそう宣言した。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

「貴様から出向いてくるとはいささか感心ではないか。まあ、何故貴様のような蛮族をアポロン様が欲しがるのか甚だ疑問だが、それでも我が主神の命だ。ついてこい。貴様をアポロン様の元まで連れて行く」

 

「ついて行くわけがないだろう、蛮族以下の糞猿に。下界の子供の嘘も見抜けないような馬鹿神の所に、私が行くとでも本気で思っているのか糞猿が。主神が主神ならその眷属の団長のお里も知れるというものだな、糞猿」

 

 糞猿とそう何度も連呼するベルに、ヒュアキントスは顔を顰める。

 

「貴様、私を糞猿と呼ぶとはどういう了見だ。我が主神を侮辱したことといい、この場で殺されたいのか?」

 

「糞猿は糞猿だ糞猿。人の気持ちを理解できない人以下の存在を他にどう表現する? あの馬鹿神も全知を謳っているそうだが、これではそれも怪しいな。本当は神などではないのではないか?」

 

「貴様ぁ……もういい、殺しはしないが今ここで死ぬよりも悲惨な目に遭わせてやる」

 

「はっ、否定しないのなら本当にあれは神ではないようだな。それに格下に口で勝てないからといって暴力に訴えるとは、貴様の方が蛮族ではないか。いや、蛮族以下であったからそれはそれで本物の蛮族に失礼だな」

 

「言い残す言葉はそれで終いか?」

 

 ヒュアキントスは既に波状剣(フランベルジュ)を抜いている。

 対してベルの方は無手。流石にその状態で格上のレベル3相手にこの場で勝てる訳がない。

 故にベルは返答はせず、ただ赤い少女から借りた白い手袋を投げつけた。

 

「……なんのつもりだ貴様?」

 

「まさか知らんのか? これだから猿の相手は困る」

 

「知っているに決まっているだろう!」

 

「そうか、知っていたか。他にいくらでも罵倒の言葉を浴びせられるが、これ以上の問答も煩わしい」

 

 波状剣の切っ先を突き付けてきているヒュアキントス。

 その青年に対しベルは全く動じず、絶対零度の深紅(ルベライト)の瞳で睥睨しながら宣言する。

 

戦争遊戯(ウォーゲーム)だ。【ヘスティア・ファミリア】は【アポロン・ファミリア】に戦争遊戯を申し込む。蹂躙される準備はできてるか? 糞猿共」

 

 

 

──────────────────────

色々捕捉

 

ベートさんはベルを腹パンして気絶させました。

ベートさんの目から見ても、ベルは人を殺しかねない勢いでしたので。

「こんな雑魚共相手に殺しなんてもったいねえ真似すんじゃねえ」って気絶させました。

ベートさん結構ベル君のことを認めてますし、ベル君が切れた内容も内容なので余計にって感じかな?

 

アポロンの神の宴は全カット。

アポロンが原作よろしくヘスティア様に戦争遊戯を仕掛けて速攻で断られました。

その後にベル君があの言葉を残して二人で帰りました。

 

リリもあの教会をベルが大切に思ってることを知っています。

流石に【ヘスティア・ファミリア】になって一か月以上経ってますからね。

 

アリーゼ達はリリから報告を受けた後、急いでベル君を探しに行きました。

本編であまり慌てた様子でもなかったのは、リリとヘスティアが傷一つない状態で彼女達が慌てた様子でもなかったから。

実際あの状態のベル君を見て、二人とも多分怪我をすることはないだろうなと思ってました。

結局は戦争遊戯を申し込んだので、ベル君がヒュアキントスにやられることはありませんでした。

ダフネもその場に居たしね。彼女なら多分止めるでしょ。

 

神の宴の次の日、ベル君が早朝の訓練に行かなかったのは警戒していたから。

まさか翌日に襲撃が来るとは思っても居ませんでしたが、それでもヘスティアに何かされるのではないかと思って、本拠にいました。

 

アルフィアに育てられたから怒りが限界突破してアルフィアみたいになってしまったベル君。

他の方の二次創作でも読んだことがあるので、私も真似してみました。

いかがだったでしょうか?

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