「ネアンデルタール」という言葉を哲学上・政治上の意味で多用したのは人類史で私が最初だが,実はニーチェ研究に依るところが大きい。
「ツァラトゥストラ斯く語りき」にて表現される「畜群」の行動様式と,人類学上のネアンデルタールの行動様式と比較した結果,両者が一致したのだ。
科学的にネアンデルタール遺伝子が現在も地球上に多数生息している事実が証明され、2022年度ノーベル医学生理学賞が授与されたことは記憶に新しい。
超人(ユーベルメンシュ)が,「普通の人間」なのだ。
ようするに,昔から人類はネアンデルタールが嫌いであった。ただ,擬態能力が優れているため,人類の博愛精に寄生していたため,生き延びることが出来た。
現在も海の向こうからきたネアンデルタールが私たちの医療と福祉に寄生している。
ただ、いくら人類に博愛精神があるといっても,細菌に感染したとき「細菌を殺さないように自己免疫能力をなくしましょう」といった結論にはならない。抗生物質を使うのが普通だ。
あとは,これが「人間の下層」と、つまり「人間の一種」という科学的な錯誤することなく,「そういう種族なのだ」と科学的に正しい理解をすることだ。
例えば、幼児性愛。ネアンデルタールの生殖適齢期は八歳だ。だから,ネアンデルタールは人間の八歳の少女と性行為をしたいと願っている。
例えば、死体遺棄。ネアンデルタールに埋葬習慣はない。(1950年代に化石と共に花粉がみつかったことから空想されたにすぎない)
その他,窃盗,強姦,器物破損など,ネアンデルタールの脳には,「所有権」や「貞操観念」や「契約」といった概念自体が無いのだ。ないのだから教えることはできない。あなたの飼い犬に,契約とは何かを教えることかできるだろうか?
それが自然の姿なのだ。本来の姿なのだ。
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