可愛いにゃん
メリッサの足が、ピタリと止まった。
無関心に見えた彼女の背が、わずかにこわばる。
少しの沈黙の後――
「へえ…?」
先ほどの子供をあやすような声と打って変わり、地の底から這い出るような声になる
「お子ちゃまの癖にずいぶん昔の名前知ってるんだね? 物知りだね〜、君って」
ゆっくりと振り返ると、唇は三日月のように歪み、獲物を捉えた捕食者のような目を浮かべた
(………っ!?)
シルティは思わず後ずさる。本能で動いたのかもしれない…ただ一つ言えるのは『死が近づいている』だった
「そんな昔の名前使って何がしたいのかな? 嫌だなぁ…そういうの」
『死』が一歩近づく
「なんで知ってるのかなぁ〜? どこで知ったのかなぁ〜?」
また一歩近づくごとに、シルティは呼吸を忘れる
「はぁっ、はぁっ…!!」
鼓動が高鳴り、音量が上がっていくのを感じる
「教えてよ。なんで知ってるの?」
耳元で甘く囁く。だがその甘い声には脅しとか恐怖とか、そういう次元のものではない。
それ以上の『深いもの』が含まれていた
シルティは息が荒くなる中、こう答える
「いや…冗談じゃ、よ…あはは…ちょっとした…の…」
「へぇ……冗談ね〜…」
『一刻も早くこの場から逃げたい』…そんな思いからか、冗談と言った
誤魔化せるはずもないのに……
「そ、そうじゃ!! 冗談じゃ…あはは…」
「じゃあさ、もっと面白いの聞かせてよ」
「へっ……??」
「お姉さん、もっと聞きたいな〜……だめ?」
ふざけた口調…だが、それが余計恐怖を引き立たせる
(まずい…まずいまずいまずいまずい…!!!)
喉がカラカラに乾くが、水分などどうでもいい。
『とにかく逃げたい』という思いが勝る
「うっ……うっ……」
体や心が、『恐怖以上のもの』で涙目になり、震わせ、視界を狂わせる
「あ〜もう、泣かないでよ……」
メリッサはシルティを抱きしめ、そっと頭を撫で、あやすような声で
「ほら、怖くな〜い怖くな〜い♬ お姉さんが抱きしめてあげるね……」
ぎゅっと、しっかりと
逃がさないように力を強める
「……で? 教えてくれるかな?」
抱きしめたまま、微笑む
「あ……う……あ……」
「ん〜? 聞こえないなぁ~?」
(言うしかない……言うしか……)
「か、会議の…時に……知って…」
「会議?」
「それで主を知って…ここに……」
「ふ〜ん……」
――じゃあ、消しちゃおっか♬
「へっ………???」
その言葉に自分の耳を疑った
消す? 消すって? 自分を?
(嫌だ…嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ……!!!!!!)
「な〜んて、冗談だよ♬」
メリッサは柔らかく微笑み、シルティの背をポンポンと優しく叩く。
「ほら、怖くな〜い怖くな〜い♬」
――怖くないわけがない。
体は震え、心臓はまだバクバクと鳴っている
「じょ、冗談…?」
「うんうん、大丈夫だって! そんなことするわけないよ」
「よ、よかった……」
「でもね、次言いふらしたら……どうしよっかなぁ……」
ニタリとした笑顔には、底なしの闇が見えた
「ひぃっ!? もういいから!! なんでもするから許してくれ!!」
「へぇ……なんでもね〜…」
縋るような瞳で必死に頷くシルティ。
――その様子を見た瞬間、メリッサの目が細められる。
「うーん……どうしようかなぁ〜?」
彼女は軽く考えるように首を傾げ、口元に指を添える。
「なんでもしてくれるって言うけど、例えばぁ……」
そして、悪戯っぽく微笑みながら――
「この場で土下座して『メリッサ様、偉大で超美人なお姉さんだにゃん!』って三回言ってくれる? あと可愛く猫ポーズで」
「へっ…?」
彼女の口から告げられたのは、いわゆる『辱め』だった。予想外な命令にシルティは呆然とした
「ほらほら〜、早くやりなよ〜♬ 早く早く〜」
「ぐぬぬぅっ……!!」
(や、やるしかない……!!)
震える手を地面につけ、ゆっくりと膝を折る
そして屈辱と羞恥で頬を赤くしながら言った
「メ、メリッサ様、偉大で超美人なお姉さんだ……にゃん…」
「あと2回〜」
「ぬぅっ……、メリッサ様……偉大で……超美人な、お姉さん……だ、にゃん……」
「頑張れ〜、あと一回だよ〜」
そのまま涙目で
「メリッサ様、偉大で超美人なお姉さんだにゃん!!!!」
メリッサはシルティを見つめ――
「ぷっ、あはははははははは!!!!! 可愛い猫ちゃんだね〜!!」
シルティは俯いたまま、肩を振るわせる
「もう、殺せ……」
「え〜、せっかく可愛いのに〜」
「う、うるさい!!! もうやったからいいじゃろうが!!」
メリッサはニヤリと笑いながら、彼女の頭を撫でる
「よしよし、頑張ったね〜! 偉い偉い♡」
「くっ……!! ふざけるなああああ!!!」
「はいはい、じゃあ行っていいよ」
「え……?」
「もう今日は満足したし、行っていいよ」
「いや、人にこんなことさせといてそれか!!」
「え? もしかしてもっとやりたいの〜?」
「したくないわ!!」
「あはは、じゃあ私はこれで〜」
「ちょ、おい!!」
そのままメリッサはそそくさと去っていった……
取り残されたシルティは呆然とする
「ぐっ……今に覚えておれ…!!」
「ふふ……相当遊ばれたみたいやね〜」
横から聞こえた声の主は千尋だ
「ち、千尋!? いつからいたのじゃ!?」
「結構前からかなぁ? 『メリッサ様、偉大で超美人だにゃん』言うたとこやけど……可愛らしかったで♬」
「お主……わかって放っておいたな……!!」
「ボクも楽しなってもうて笑い堪えんのに必死やったわ〜。しかも顔真っ赤っか……タコさんみたいやねぇ〜。あ、それかキャンキャン吠える柴犬?」
「タコと一緒にするなぁ!! あと犬ってなんじゃ、吾輩を小動物と言いたいのか!?」
「だって実際そうやろ?」
「ぐふぅっ!?」
何故かシルティは回転しながら吹っ飛んだ
「吾輩に身長分けて欲しいわ……千尋はメリッサより高いじゃろ? 何食べたらそんな大きくなるんじゃ……」
実は千尋は七大魔女で一番の身長を持っている(ちなみに184cm)
「せやなぁ〜、とりあえずここ揉んだらええんちゃう?」
千尋は揶揄うように自身の豊満な胸を持ち上げる
「吾輩が言っているのは身長じゃぞ!? どこのこと言っとるんじゃ!!」
頬を赤くしながら必死にツッコむ。もう完全にツッコミ役になってしまっている
「お〜、怖い怖い。食料に揶揄われた人喰い種族の『グール』のお子ちゃまが怒ってはるわ♬」
「ぐぬぬぬ……!! 誰がお子ちゃまじゃ!! 吾輩は立派な――」
ズイッと千尋が顔を近づけ、ニヤリと笑う。
「ほな、怒ったお詫びに抱っこしたろか?」
「誰が抱っこされるかぁ!!!」
即座に跳び退るシルティ。しかし千尋はそんな彼女を面白そうに見つめながら、わざと両腕を広げた。
「ええやんええやん。ちっちゃくて可愛らしいんやから、お姉さんが優しく抱っこしたげるで〜?」
「い、いらんわ!! ふざけるなぁ!!」
「いやいや、そう言わんと〜。ほれ、こっちおいで?」
「吾輩のそばに近寄るなああーーッ!!!」
ディア◯ロの如く叫び、必死に抵抗するシルティ。しかし、千尋の腕の中に収まるのは時間の問題かもしれない……。
――――――
自宅に戻ったメリッサはテーブルに顔を突っ伏した
「はぁ……七大魔女って変人しかいないのかなぁ〜。なんだか色々と疲れちゃった」
すると、ドアが開く音が聞こえる
「先生、ただいま帰りました!」
「あぁ…リディア……お帰り……」
「先生!? すごい干からびたような顔してますよ!?」
「う、うぅん……ワタシハコノトオリゲンキダヨ〜……」
「もう棒読みじゃないですか!! 何があったんですか!?」
「いや〜、今日実は七大魔女の一人のシルティ・マティアナスっていう子のに会ったんだけど……まあ、色々あったんだよ……」
「シルティ・マティアナス? どんな人だったんですか?」
「簡単に言うとツンツンしてて、ちっちゃくてプライドの高い子だけど、なんだか遊びやすいんだよ」
「遊びやすい…? まさかその人に変なことしたんじゃないでしょうね…?」
いやいや、そんなことないよ〜? ちょっと、『メリッサ様、偉大で超美人なお姉さんだにゃん』って三回言わせただけで……」
「……先生、それ普通にアウトですよね?」
リディアは呆れたようにジト目でメリッサを見つめる。
「いや〜、でもさ〜? すごく面白かったんだよ? 顔真っ赤にして、涙目になりながら『にゃん』って言うの、もう可愛くてさ〜!」
「……先生って、時々すごく性格悪くなりますよね」
「そんなことないよ! ちゃんと褒めてあげたし、頭も撫でてあげたし!」
「それ、絶対にフォローになってませんから!」
リディアは思わず頭を抱えた。
「はぁ……それで、そのシルティさんは最後どうなったんですか?」
「『ぐっ……今に覚えておれ…!!』とか言ってたかな〜?」
「……それ、絶対に根に持たれてますよね」
「うん、ワタシもそう思う!」
「だったら最初からやらないでください!!」
リディアの叱責を受けながら、メリッサは「でも可愛かったんだよな〜」としみじみと思い返していた。
――――――
「あ、そういえば会長から帰る時に、手紙を貰ったんですけど……」
リディアは懐から一通の手紙を出すと、テーブルに置いた
「へ〜、誰からの?」
「どうやらセリアからのものらしいですよ?」
セリアからの手紙とは何があったのだろうか。とても重要なことかしれないので、とりあえず開けてみる
その手紙の内容はーー
『エリィ・アウェルさんへ
突然ですが、リディアを短期間で首席へと育て上げたことで、貴方は学園の講師に任命されました。
ちなみに会長のアイザックさんと私が学園長に報告しました
とりあえずこれから頑張ってください★
セリア・グレイスより』
「「………」」
二人の間に沈黙が生まれる
それがしばらく続いた後、第一声が
「ねえ、リディア。君のお姉ちゃんってこんなノリ軽い人だっけ? あとこの文章、どこかすごいテキトーな感じするよね?」
これだった………
はい、メリッサがなんと教師になります
ついに学園編スタート……めっちゃノロノロ感じがする……