魔法少女、敗北。(R15版)
そこには、人間の暮らしがあったはずだった。
家族の笑い声、子供の足音、街灯の光。そんな日常が、この街を満たしていた時代が確かにあった。
だが今は、廃墟が果てしなく広がっている。
地面のアスファルトはひび割れ、深い裂け目はまるで地獄への入り口のように底が見えない。崩れ落ちたビルの瓦礫が無秩序に積み上がり、かつて修羅級と呼ばれた侵略者が暴れ回った爪痕を生々しく残している。
この街は、辛うじて人間が居住を続けている。だが夜の闇に沈むと、まるで死に絶えたかのように静まり返る。
車のエンジン音も、話し声も、何一つ聞こえない。ただ、息をひそめるような沈黙が支配し、鬼に見つかることへの恐怖が空気を重くしている。
そんな重い空気の中を、新城秋奈たち、三人の魔法少女は歩いていた。このような異常な状況でも、気後れはしていない。戦闘経験が豊富な彼女たちにとっては、いつもの光景である。
「ここの人たち、避難は間に合ったんでしょうか?」
「分からないわ。先に、自衛隊と一緒に戦闘試験をした人間兵器がいたらしいけど……駆逐できなかったみたいね」
「人間兵器?」
「ええ、私も詳しくは聞いていないけどね。さあ千冬ちゃん、おしゃべりは程々にしましょう。鬼の駆逐が最優先。人命救助は、自衛隊の皆さんに任せましょう」
「秋奈さん……あっち、まだ動いてる。最悪、一番汚いタイプだ」
先を歩いている千堂夏樹が、ショートカットの黒髪が逆立つような勢いで、低く唸るように報告する。かつてはバスケ部で活躍していた褐色肌の少女は、青を基調として可愛らしくアレンジされたフリル付きのスーツから、鍛え抜かれた腕と脚をむき出しにしている。
もっとも、魔力をまとっているため、露出している部分にも防御力はある。肉体へのダメージはすべて吸収してくれる。魔法少女の生存率を高めるため、最新の科学技術と魔法技術が融合して作り上げた傑作である。
視線の先に見えたのは、崩れかけたビルの陰でうごめく『侵略者』たち。角を持つその容姿から『鬼』とも呼ばれている。腐った脂のような気色悪い体液を滴らせ、半ば崩壊した身体を引きずるように、ゆっくりと秋奈たちへ迫ってくる。
『鬼』の中でも最弱の、小鬼級たちである。普通の少女ならば、悲鳴を上げて腰を抜かし、恐怖に怯えることしかできないだろう。しかし魔法少女たちは、その景色に慣れすぎていた。
(だけど、慣れたところで、怖いものは怖いし、臭いものは臭いのよね)
心臓がどくんどくんと鳴っている。嫌な汗が首筋を伝う。その冷たさが、自分の体温をどんどん奪っていくような感覚を覚えてしまう。
「ほんと、いつ見ても気持ち悪い連中。小鬼級と……鬼級が1体、後ろに控えています。編成としては弱いですね」
「そうね、でも油断したらダメよ?」
「分かっています。秋奈さん、私が先制しますね」
夏樹が軽く毒づき、後ろにいた相原千冬が声をかけてくる。銀髪を小さなリボンで後ろにまとめた彼女は、まるで氷のように冷たい魔力をまとっている。
「千冬ちゃんなら、大丈夫。お願いね」
秋奈は振り返り、穏やかな口調で返す。千冬は少しだけ微笑みを見せるとすぐに真剣な表情に戻って、固有武器である長槍を構えなおす。
「……氷華裂閃!」
千冬の鋭い声が響き、槍を一閃させる。雪のように淡い光を纏った刃が、鋭く伸びて侵略者を切り裂いていく。バキン、と凍てつく衝撃音とともに腐臭が辺りに立ちこめる。
千冬は病弱だった身体を魔法の力で支えており、氷の魔力を使った中距離攻撃を得意としている。今も恐怖心を隠しながら、必死に鬼たちと戦っている。
「うおらぁっ ……紅蓮焔舞!」
夏樹が拳を振り抜いた瞬間、爆発的な熱気がほとばしった。赤い閃光が帯状になって数体の侵略者をまとめて吹き飛ばし、灰色の街並みに焦げ跡を刻む。すさまじい破壊力……この魔法少女たちが、侵略者に対抗できる日本の最高戦力なのだ。
しかし、敵の数は多い。ビルの隙間から次々と増援のように湧き出て、腐った唸り声を上げた。秋奈は自分の胸があの感情で軋むのを感じながら、自慢の豊かな胸に手を置いて深呼吸をする。
「殲滅しきれないか……私も出るしかないわね」
『秋奈さん、決して無理をしないでください。自衛隊の特殊班も向かっています』
「ありがとうございます、藤野さん。でも戦わせてください。私だって、魔法少女なんです」
秋奈は金髪を靡かせながら固有武器の銃字架を構え、足元に魔法陣を浮かび上がらせる。橙色の光が身体を包み込むのと同時に、秋奈の心の奥から、あの感情がどろりと這い出てこようとしてくる。それを、理性で必死に押さえ込む。焦りを覚えながら、魔法を発動させる。
「砲哮……、破軍!」
銃口から無数の魔弾が飛び出し、侵略者たちを容赦なく穴だらけにしていく。腐肉がちぎれ、異様な臭気が鼻を突いた。秋奈はうっと喉の奥で吐きそうになるが、こらえる。鬼級はダメージを受けているが、まだ斃れていない。
(戦いはまだ終わらない。ひるんでいる場合じゃない……っ!)
「秋奈さん、お願いです。下がって!」
その時、千冬の悲鳴じみた声が秋奈の耳に届いた。振り返り、千冬の蒼白な顔を見て、自分の状態に遅れて気付く。
『秋奈さん、しっかりして!』
「くそっ、こんな時に鬼級の増援かよ! 千冬先輩、秋奈先輩を護って! 鬼級はボクが対応するから!」
(あれが、来ちゃう。こんな時に……!)
「秋奈さん……秋奈さん! 戻ってきて!」
(ダメ。やめて。私はまだ戦える……魔法少女として、戦えるの。今はまだ、来ないで……、夏樹ちゃんだけで、鬼級二体の対応は……!)
秋奈の精神を侵食する感情は、疲労感や恐怖とは別物だった。それは、戦いの果てに心を蝕む、甘美で危険な衝動である。
【ねぇ、敗けちゃおうよ。もう頑張らなくていいよ。楽になろうよ。】
秋奈の心に、甘ったるいささやきがぬるりと忍び込んでくる。それは母親の子守歌のように優しく、毒のように理性を溶かしていく。秋奈の瞳が虚ろになり、金髪が汗で額に張り付く。
「くそぉっ! 秋奈さんに近付くな! あっちに行けよ、お前らああああああ!」
夏樹の叫びが遠く響き、千冬が必死に秋奈の肩を揺する。
『千冬ちゃん、夏樹ちゃん、回収班が急行してるわ! もう少しだけ粘って!』
インカム越しの藤野の声が切羽詰まり、秋奈の耳には届かなくなっていた。視界が暗転し、周囲の音が水の底に沈むように遠ざかる。
もう、ここで負けてしまいたいという、甘い甘い、底なしの誘惑。日本政府によってつけられたこの異常の名称は、『敗北欲』という。
【ねぇ、死んじゃおうよ。死んだら、●●から解放されるよ。●●できるんだよ。】
戦いから逃げられないなら、敗北して死のう。そんな甘いささやきが、頭の中を覆い尽くす。心臓が嫌な鼓動を刻む。足が震え、呼吸が詰まりそうになる。敗けるために、鬼の前に無防備な姿をさらしたくなる。この魔法少女のボディスーツを引き裂かれ、露わになった胸に角を突き立てられて、心臓を止められたい。
「秋奈さん、ダメ! 今は、動かないで!」
『秋奈さん、秋奈さん……っ!』
「千冬ちゃん、私は……」
(踏みとどまらないと……千冬ちゃんも夏樹ちゃんも必死に頑張っているのに、【ここで私だけ死んで楽になる】なんて、できない。戦わなきゃ。鬼を、侵略者を斃して、平和を取り戻さなきゃ)
そう思いながらも、秋奈の身体は死ぬために前に出ようとする。必死に羽交い絞めする千冬を振りほどこうとする。ふと、何かが首筋にチクリと当たる感覚があった。途端に、意識はふっと遠のいていく。
「秋奈さんっ!」
千冬の声が闇の奥に消えていった。
**********
目を覚ましたとき、真っ白な天井が視界に飛び込んできた。だが、その清潔な白さは俺に安心感を与えてくれない。異世界の血と泥に塗れた空しか知らない俺にとって、日本という場所はまだ異邦の地でしかない。
あっちで十年を過ごし、帰還して半年だ。戸籍上は十七歳だが、精神はもっと老いている。あの地獄のような世界――剣と魔法が支配し、仲間が次々と死に、俺の手が血で染まる日々を生き抜いた分、心が擦り減っている自覚はある。異世界の皇帝に仕えた最後の戦いで、俺は仲間を盾にしながら敵を殲滅した。あの記憶が、今でも夜ごとに蘇る。
そんな奇妙なギャップを抱えたまま、俺は日本政府の帰還プログラムを数ヶ月受けた。家族はもういない。異世界に家族ごと転移して、俺以外は死んだ。だから、今でも政府が用意したこの拠点で暮らしている。
だが、昨夜から俺の居室は新しいビルに移っていた。下はショッピングモール、中層は高級ホテル。そして、上層の数フロアが拠点である。これまでの拠点と比べても、格段に居住環境が良い。
(しかし、さっきまで見ていたのは、ただの悪夢なのか?)
廃墟をさまよう少女たちが腐臭を放つ敵と戦い、秋奈と呼ばれていた金髪の美女が何かに必死に抗っている光景が、今でも脳裏を離れない。
実に、嫌な夢だった。
俺が異世界での能力を発揮してもまともに倒せなかったあいつらを、他の誰かが代わりに戦って倒している。いや、聞いてはいる。あれが、魔法少女と呼ばれている存在なんだろう。
「ふぅ。とりあえず、朝の鍛錬でもしておくか」
ベッドから立ち上がると、眼を閉じて気を練り上げていく。体術が、俺の武器だ。異世界ではこの拳に気をまとわせて、殺意をむき出しにしてくる敵と、息をつく間もなく戦い続けて来た。あっちの世界は嫌な思い出ばかりだ。
鍛錬を続けていると、不意にドアが開く。昨日の顔合わせの際に緒方優月と名乗った、黒いスーツを着た色っぽい女性が静かに入ってきた。茶髪をショートカットにした、いかにも快活そうな印象だ。しかし、ノックも無しとか、俺にプライバシーはないのか?
「おはようございます、佐々木さん」
「ああ、おはようございます」
俺は調息を解いて、あいさつを返す。しかし、このお姉さんは大きいな……胸がスーツを押し上げている。あの秋奈という美人も、すごく大きい胸をしていた。そんなことをついつい考えてしまう。 気が付くと、緒方さんの視線が俺の股間に刺さっていた。
「すみません。これは生理現象で……」
「構いませんよ。健全な男子なんですから」
俺は少し恥ずかしさを覚えつつ、着替えを済ませると連れ立って部屋を出る。
「ここはね、ちょっと特殊なの。あなたはまだ知らないことも多いでしょうから、説明もしていかないとね。今から行くのは、ビジネスフロアの会議室よ。朝食は用意してあるから、食べながらでお願いしますね」
「分かった」
通路は豪華なホテルと一緒であり、ビジネスフロアとか、政府の拠点という雰囲気はない。普通に一泊したら、相当な値段がするだろう。
「豪華な建物だな」
「ええ、一流ホテルと変わらないでしょう? 私もね、秘書官として隣の部屋なの。あなたの生体認証で開くようになってるから、ムラムラして襲いたくなったらいつでも襲ってね」
「……だが、俺は役立たずだとすでに判明している。こんな厚遇を用意してどうしたいんだ?」
「そこは、審議官に教えてもらって。さあ、着いたわよ」
入室すると、絨毯張りの部屋に、多くのディスプレイが設置されていた。中央にいた三人の男女が立ち上がって、俺に向かって一礼をする。
「ようこそ、佐々木くん。内閣官房、侵略者対策本部で審議官を務めている日下部です。東日本本部の統括を仰せつかっています」
「同じく、参事官を務めている丹野です」
「同じく、医系技官の公文です」
「丹野くんは防衛省から、公文さんは厚生労働省から出向してもらっています。他にも様々な省庁や民間企業から出向して、この本部は構成されています……さあ、どうぞお掛けください」
日下部と名乗った物腰の柔らかい男性は40代後半、丹野と名乗る頑健そうな男性は30代後半くらいだろうか。公文という女性は若そうだ。俺と目が合うと、にこりと微笑んでくれる。良いところのお嬢様な感じがして、この場に似つかわしくない。
入室して楕円形の会議机に向かって進むと、ホワイトボードが目に入った。貼られた写真には、四人の少女の名前が書かれている。金髪の少女は秋奈、銀髪の少女は千冬、黒髪に褐色肌の夏樹――そしてもう一人のピンク髪の少女は、小春という名前らしい。
「朝からすまないね。ただ、このホテルの寝心地は良いだろう?」
「実地の戦闘で小鬼級しか倒せなかった……侵略者相手に役立たずだった俺に素晴らしい待遇と役目をもらえて、嬉しい限りです」
「そう卑下しないでくれ。自衛隊が通用するのも、小鬼級までなんだ。火砲をもってしても、鬼級には傷を付けて怒らせる程度にしかならない」
丹野さんが、俺を値踏みするような視線を送りながら説明してくる。俺の裂帛の一撃が鬼級にまともに通用しなかったのは、映像を見て知っているだろう。
「そう言ってくれると嬉しいよ……では、説明を始める前に、魔法少女たちの戦闘を見てもらおうか」
戦闘記録をドローンで収めた動画が、ディスプレイに再生されていく……俺は息を飲んだ。さっきの夢に出てきた少女たちが、戦っている。炎、氷……すさまじい魔法が発動され、あの手強かった侵略者たちが次々に葬り去られていく。
負傷したのか、金髪の少女がいなくなった後も、二人は息の合ったコンビネーションを見せながら戦う……映像が早送りされ、二体の鬼級が斃れるところで、映像は終わった。あれは、正夢だったのか?
「……強いですね」
「ああ、強い。魔法少女だけが、侵略者を安全に駆逐できる」
「それで、俺を呼んだ理由とは何の関係が?」
そこで日下部審議官から聞かされたのは、単純明快ながらも、思ってもみなかった任務だった。
「君にはね。この子たちを『敗北』させてほしいんだ」
俺はこめかみに手を当てて、少しの間思考する。日下部審議官から課せられたミッションは、正直なところ意味不明だった。侵略者を駆逐し、日本を守るために命を賭けているあの魔法少女たちを、なぜ『敗北』させなきゃいけない? 俺の拳は鬼級に通用しなかったが、彼女たちは違う。あの映像で見た圧倒的な力。あれが、日本最後の希望だと聞かされているのに。
すでに京都をはじめ、多くの都市が侵略者によって灰燼と化していると説明された。異世界で見た焼け野原と変わらない惨状が、頭に浮かぶ。こいつら、日本政府の名を借りた反政府組織じゃないのか?
そんな疑念が湧くが、日下部の真剣な目と、公文の穏やかな声には、覚悟がある。この目を、俺は知っている。魔族との会戦で敗走する中、囮となって殿軍を申し出た姫様の目だ。混乱が頭を支配する中、審議官の説明は淡々と続いていく。
「魔法少女は、非常に強力な存在です。だが、大きな欠点を抱えているのです」
「先程の映像を見てもらいますね。右下を見ていてください」
公文さんが別角度からの映像を再生させる。秋奈という金髪の少女は強力無比な一撃を放った後で、急に苦しみ始めた。熱にうなされたようにふらりと歩き始めたところで、千冬という銀髪の少女に羽交い絞めにされている。
そして駆けつけて来た自衛隊によって何かの処置をされ、気を喪って運ばれていった。再生が停止され、公文さんが話を続ける。
「彼女の名前は、新城秋奈。東日本本部に籍を置く魔法少女の中では一番の古株で、もっとも強力な存在です」
「……今の苦しみ方が、欠点ということですか?」
「はい。魔法少女特有の症状で、私たちは『敗北欲』と呼んでいます」
敗北欲? 字面で、意味合いは何となく理解できる。そして先程の秋奈という少女の様子から見ても、深刻なものなのだろう。日下部審議官と視線が合う。
「もう少し、教えてくださいますか」
「ええ。魔法少女は侵略者との戦闘を続けるうちに、例外なく『敗北欲』と呼ばれる衝動を高めていきます……文字通り、敗北を求めるのです」
「敗北、ですか」
「もちろん、侵略者に敗北する……そのことは死を意味します。彼女たちを死なせないためには、強制的にそれを発散させるしかないのです」
「最初のうちは、些細な敗北で良いの。じゃんけんでも、ゲームでも、何でも。でもそのうち、我慢できなくなる。ちょっとした勝負では、敗けたことにならなくなるんです」
「自衛隊の女子レスリングのメダリストと試合をさせて、敗北させたこともある」
「だが、新城秋奈さんについては、もうそれでは解消できない水準まで敗北欲が侵食している。我々は、魔法少女として敗北する必要があると分析しています」
「だけど、難しいのよ。あの子たちの服は特殊素材に魔力が練り込まれてできていて、すごい防御力だから。ダメージすら与えられないの」
三人は口々に、状況を説明してくれる。後ろにいる優月は少し退屈そうだ。気が弛緩しているのが分かる。本当に俺の秘書としての役割が本分なのだろう……俺が侵略者に通用することを期待して用意されていたことは薄々理解できるので、申し訳ないと思う。
「ですが、俺は……」
「君の戦闘能力が超一流であることは、一連の戦闘訓練で理解している。ただ、侵略者と相性が悪い、それだけだろう? 本気を出せば、彼女たちも制圧できると思っていたが、違うか?」
「……できるか、できないかで言えば、できると思います」
俺はさっきの魔法少女たちの戦闘記録を思い出していた。籠手を使っている夏樹という少女が格闘のセンスは一番ありそうだが、それでも俺にしてみれば児戯だ。仮に殺せと言われれば、難なく遂行できるだろう。
「特に秋奈くんの敗北欲は、本気で戦って敗れないと満たされない」
「見たでしょう、あの発作を。千冬ちゃんと夏樹ちゃんでは、鬼級の相手が精一杯なの。これまでも、悪鬼級が出現したら秋奈ちゃんがメインで対処してた……でも、今の秋奈ちゃんを出撃させたら……」
「敗北を求めて死んでしまう、ですか」
「そう言うことです。よろしく頼みます、佐々木さん。秋奈くんの敗北欲を、解消させてあげてください」
俺は頭の中を整理する。つまり、俺の役目は『魔法少女を叩きのめす』ことによって、彼女たちが敗北の誘惑に囚われるのを防ぐということか。どこまで本当なのか疑わしいけど、依頼主である日本政府は……日下部審議官たちは真剣だ。
「俺がやらなければ、秋奈という少女はいつか死ぬんですか」
「いつかは分からない。だが、そう遠くはない」
「それに、悪鬼級以上が出現したら……どこかの街が、壊滅することになるわ」
街が壊滅するという言葉に、異世界での悲惨な記憶が甦る。焼き尽くされた家々、石ころのように転がっている死体、踏みつぶされた人形の傍らにある、小さな手……二度と同じ思いは味わいたくない。
「正直、変な任務だと思いますが……分かりました。やらせてください」
「ありがとう、佐々木くん。君の存在もまた、この国を救ってくれるのです」
あの魔法少女たちを救うためなら、非常識な手段でも構わない――そう自分に言い聞かせ、俺はこの妙ちくりんなミッションを引き受けることにした。
「それで、魔法少女たちはどちらにいるんですか?」
「もちろん、このビルにいます。早速ですが、顔合わせをしましょう」
**********
すぐに面通ししようと言われて、同じフロアの別室に連れていかれる。広々としたホールのような造りで、戦闘訓練にも用いられているらしい。
そこには、体操服を着た三人の少女が待っていた。写真通りの顔ぶれだが、実物はもっと印象的だ。
秋奈はどこか儚げな雰囲気を漂わせ、金髪が柔らかく揺れる。その瞳には、戦場の記録映像で見せた強さと脆さが混在している。
夏樹は人差し指でこめかみを掻き、苛立ちを押し殺すように唇を噛んでいるが、その視線は秋奈をチラリと見て、すぐに逸らされた。
千冬は膝を抱えて座り、不安げな眼差しを隠しきれていない。その手が秋奈の腕にそっと触れているのが目に入る。
この少女たちが命がけで日本を守っているのか……実際に見ると、戦闘のイメージとその可憐さがあまりにもかけ離れていて、驚きを抑えられない。
「こんにちは。私は魔法少女の秋奈です。こちらの銀髪の子が千冬ちゃんで、黒髪の子が夏樹ちゃんです。いつも助けてくれてる、大切な仲間よ」
「千冬です…よろしくね」
「……夏樹です。秋奈先輩には負けたくないけど、いつもボクが助けてもらってます」
「俺は佐々木。政府から君たちに『敗北を味わわせる役』を頼まれてる……変な話だけどな。これから、よろしく頼む」
そう言い終わるか否かのうちに、夏樹がまっすぐな視線をぶつけてきた。
「ほんとにできるの? ボクたちを倒すなんて。こう言うのもなんだけど、死んじゃうよ? 魔法少女の戦闘は、遊びじゃないんだけど」
苛立ちと戸惑い、そして何よりも心配が混じった声だ。まぁ、普通はそんな反応になるだろうな。俺は苦笑いを浮かべるしかない。
「やりたくてやるわけじゃない……だが、俺は君たちを倒せる。だから、敗北を教えてやる」
「本当に、私たちを倒せるんですか?」
「ああ、不安なら実演してやろうか。言っておくが、俺は強いぞ」
俺たちのやり取りを、少し離れた職員の後ろで、刀を抱える小柄な少女がこちらをじっと聞いている。ピンク色の髪色が特徴的な、写真で見た『小春』だ。魔法少女は魔力の影響で、髪の色が変質するらしい。
か細い体つきに似合わない大きな刀を、ぬいぐるみのように抱く姿は実に弱々しい。一瞬、目が合ったけど、すぐに逸らされる。まだ魔法少女として覚醒したばかりで、実戦経験がないと聞いている。
「ちょっと、お兄さん。こっち見てよ」
夏樹が不満そうに声をかけてくる。俺が怯む様子を見せないことに、プライドが傷付いたのだろう。俺は肩を叩こうとしてきたその腕を一瞬でひねり上げ、制圧する。あまりにもあっさりと動きを封じられたことに、三人が驚くのが伝わってくる。
「へえ、すごいね。でも、レスリングのお姉さんたちも、これくらいはできるよ」
「もう、夏樹ちゃんったら。……佐々木さん、あなたは私に、魔法少女としての敗北を教えてくれるんですか?」
「ああ、教えてやる」
「嬉しいです。どうか、よろしくお願いします」
体操服のシャツ越しにも優月にも負けないほどの大きさだと分かる胸を揺らしながら、秋奈が一礼をする。俺はこの優しい雰囲気を持つ美少女を、今から蹂躙して敗北を認めさせないといけないのだ。異世界では戦争に駆り出されて女性と戦ったこともあるが、罪悪感を覚えてしまう。
「では、日下部さん。始めさせてもらいます」
「では、私たちは退室しましょう。公文技官、あなたは残ってください」
どういう訳か、日下部審議官も丹野さんも、その場にいた男性はすべて退室していく。特に丹野さんは、俺の戦闘を見たがると思ったが……気合を入れ直して、夏樹に向き直る。
「映像は見せてもらった。俺の方が強いと判断しているから、遠慮なくかかってこい」
「ボクに勝てると、本気で思ってるの? ちょっとムカつくから、折れたりしない程度に強めに戦っちゃうよ?」
「だから、手加減は不要だ。いつでも良いぞ」
夏樹の戦闘力は把握済みだし、俺の予測が確かなら、そもそも勝負にすらならないだろう。
「じゃあ、変身するよ……マジカルスーツ、顕現」
夏樹の魔力に呼応して、籠手に収納されていたバトルスーツが自動的に装着されていく。身体のラインが出るが、フリルなどもついている。
「実用性が高い割に、可愛らしい衣装だな」
「えっ? ああ、そうだよ。ボクたちのリクエストで、飾ってくれてるんだ。戦闘のたびに修復してもらってるけどね」
変身風景を眺めていた俺は、変身が完了した瞬間に全力で腹に拳をめり込ませた。
「う゛っ……ぐほぉっ!」
「油断したか? だが、これは戦闘だ」
くの字に身体を折り曲げた夏樹に鳩尾へ追撃の蹴りを入れると、受け身も取れずにごろごろと転がっていく。ちょっと可哀想に見えるが、事前のレクチャー通り、夏樹自身に衝撃はあるもののダメージはないようだ。
「夏樹ちゃん……っ!」
「言っただろう? 俺は強いって。これは戦闘だ。卑怯も何もない」
ダメージを身代わりに受けたバトルスーツが、ビリビリに破れていく。鍛えられた身体が露わになり、可憐だった魔法少女は一転して無防備な姿になる。
秋奈と千冬が大きすぎて目立たなかったけど、思ったより発育が良いな……ちょっと目のやりどころに困るほどだ。男性陣が退席した理由が分かった。
「うっ……あ゛ぁあっ……」
「動画を見たが、固有武器として籠手を使う割に、意外と接近戦は不慣れか?」
俺は倒れている夏樹に近付いて、ショートカットの髪の毛を引っ張って身体を強引に起こす。これくらいしてあげないと、敗北したことにはならないだろう。
「敗北を認めるか?」
「認めます……敗けました」
乳房を露わにしながら敗北を宣言するその表情に、悔しさなどは微塵も見当たらない。むしろ顔は上気し、耳はほんのりと赤く染まっている。そしてその瞳にあるのは……実に昏い情欲だ。それが、敗北の宣言とともに霧消していくのが分かる。
「これで分かったな。俺は、本気のお前たちを敗北させることができる」
「うん。ボク、本気で敗けちゃったよ」
「一瞬で敗けたのね、夏樹ちゃんが」
「私たち、敗けても良いんですね……」
「ああ、その通りだ。秋奈、千冬。お前たちも敗北させてやるから、変身しろ」
千冬は声にならないため息のように、魔槍を握りながら小さな息を吐く。その目はすでに、大きな期待の色で満たされている。秋奈もまた、嬉しそうに微笑みながら、銃字架を手に握りしめる。
「優月、夏樹に服を与えてやってくれないか」
「あら、紳士なのね。この流れなら、おっぱいを揉んでも怒られないわよ?」
「ちょっと、緒方秘書官!? そういう不純な発言は自粛してください! どうかしら、夏樹ちゃん。調子は大丈夫?」
「はい。痛いところもないですし、すごくスッキリしてます。ちょっとイライラしてたのも、消えちゃいました」
「そうか、良かった」
(……今度こそ、俺は守れるのだろうか)
異世界で失った家族の顔が脳裏をよぎる。血溜まりの中で、絶望に染まった仲間の瞳を見つめるしかなかった記憶が、今もなお胸を軋ませる。
今度こそ、俺はうまくやる。この可憐な魔法少女たちが敗北欲で壊れ、戦死してしまうのを防いでやる。殴ることが幸せに繋がるなら、いくらでも拳を振るう。
独りだけで日本に戻り、鬼級の侵略者を屠れなかった時には歯がゆい思いをしていたが……俺はどうやら、ここに居て良いらしい。秋奈と千冬が、俺に近付いてきて頭を下げる。
「あの、よろしくお願いします」
「ああ、変身しろ。今度は、さっきのように不意打ちすることを宣言してやる……だが今のお前たちは、変身直後に隙があるようだな。一方的に嬲られて、戦死する確率を減らすために学習するんだ」
「分かりました」
「私たちも、敗北させてください」
緊張した様子で、二人がうなずく。それぞれの魔力が胎動するのが伝わってくる。だが、俺が操る気とはやはり系統が違う……このわずかな違いで、俺の攻撃は侵略者にはうまく通用しないのだ。この少女たちに戦わせないためにも、魔力を入手する手段を模索しないといけない。
「マジカルスーツ、顕現……ぐぶぉぉぉっっ!」
「マジカルスーツ、顕現……ん゛ぐ……っ、や、……ぁっ!」
変身直後の秋奈の顔面に掌底を叩き込み、千冬の顎を蹴り上げる。よろけたところに、さらに蹴りを入れる。ダメージを肩代わりしたボディスーツが破れ、そのきれいな肌と引き締まった身体を露わにしながら、二人とも壁まで転がっていき、大きな音を立てて跳ね返った。
あれは、デカいな……特に秋奈。思わず、スーツ越しにも大きいと分かる優月のものと頭の中で比較してしまう。俺の見立てが確かなら、秋奈の方が少し大きい。
「佐々木さん。今、私と比べましたね?」
「いや……気のせいだろう」
「不潔ですね。あとで、男避けスプレーをネット通販で検索しておかないと……」
公文さん。そんなもの、売ってるのか?
まあ、今は敗北を宣言させることが大事だ。衝撃で呼吸がうまくできないでいる二人に近寄ろうとすると、小春と目が合った。まだ魔法少女として戦闘経験がない小春は、敗北させる必要がない。
「……あっ……」
何か言いたげに唇を結んだままだが、刀を抱え直すと、こちらに向かってほんの少しだけ頭を下げた。俺は軽く会釈しながら通り過ぎると、千冬のおさげ髪を引っ張って持ち上げ、秋奈の金髪の頭を踏みつける。
「敗北を認めるか?」
「はい、認めます……♡」
「嬉しい。本当に、私たちを敗北させてくれるんですね……」
二人はスッキリした表情で、敗北を宣言する。先ほどの夏樹の時と同じように、昏い欲望が霧消しているのを、俺の第六感は敏感に感じ取っていた。しかし……。
「秋奈。まだ、足りないな」
俺は爪先で秋奈の身体を転がして、仰向けにする。上半身が、ぶるんと揺れてさらされた。しまった……後ろから、女性陣の視線が痛いほどに突き刺さる。だけど、まずは秋奈のことだ。
「正直に答えろ。まだ、敗北欲が解消しきれていないな?」
俺は秋奈の瞳を覗き込む。そこには、さっきまでのスッキリした表情とは裏腹に、微かに揺れる昏い光があった。
「はい……多分、そうです。夏樹ちゃんが言ってたみたいに、スッキリした感じはあるんですけど……」
秋奈が言葉を濁すと、細い指が無意識にバスタオルの端を握り潰す。その声には、隠しきれない疼きが滲んでいた。
【もう一度、敗けたい。もっと深く、壊されたい】
そんなどす黒い言葉の塊が、俺の心に届く。思わず、背筋が震える。これが、秋奈が抱えている『敗北欲』なのか……平静を装いながら、俺は公文さんを振り向いた。
「そうか。じゃあ、もう一度戦闘するか……公文さん」
「何ですか、女の子を露出させるのが好きな変態さん」
「いや、そう言わないでくれ。バトルスーツが破れる箇所を選んでるのは、俺じゃないんだから。それよりも、バトルスーツの代わりはあるのか? このダメージの状況でもう一度戦闘をすると、防御を貫通してしまうのが怖い」
近寄って来た女性陣は、千冬と秋奈にバスタオルをかけてやりながら、顔を見合わせる。
「どうですか、藤野さん」
「いえ、予備はありますが……もし、その状況で侵略者が出現したらということを考えると、ちょっと厳しいですね」
「そうよね。このスーツの修復には、三日はかかるわ」
「ですが、秋奈ちゃんの敗北欲の解消も急務ですし……」
女性陣が視線を合わせながら悩む様子を見せていると、床に座り込んだ秋奈が俺の腕を引いた。バスタオルをはだけさせて、もう一度上半身を露わにする。金髪の髪に、白い肌……破れたバトルスーツが、あまりにも暴力的に女の魅力を引き出している。
「ちょっと、秋奈ちゃん!? 見えちゃってるから隠しなさい!?」
「いえ、公文さん。お見せしているんです……敗北の証として」
そう言いながら、秋奈は体育座りの状態から脚を開いていく。そこもダメージを受けて破れていて……見えてしまう。俺の視力には暴力的なほど、濡れ光っているのが分かる。
「ちょ、ちょっと。さすがにダメよ、秋奈ちゃん」
「そうです。バスタオルで隠して……佐々木さんは男の人なんですから!」
慌てて制止しようとする優月と藤野に視線を送って、秋奈は微笑んだ。そしてその艶やかな唇は、思わぬ言葉を口にした。
「佐々木さん……」
秋奈の声が小さく震える。美しい金髪が緊張の汗で額に張り付き、破れたバトルスーツから覗く白い肌がホールの照明を浴びて、薄く光る。
「女には、戦う以外にも敗北する手段があるんです……私を抱いてください。身体ごと屈服させて、敗北を心に刻み込んでほしいんです」
……今、秋奈は確かに『私を抱いてください』と告げた。抱くという言葉には、深い意味が込められている。
「俺とセックスをしたいということか?」
「いえ、そうではないんです。戦いに敗けた私が……味わうべきは、完全な敗北でしょう? 私を抱いて、負けた実感を与えてください」
他の女性陣も、唖然としている様子が伝わってくる。ただ一人、千冬だけは予想していたかのように、秋奈を見てうなずいている。
「……本気か? 初対面だぞ、俺たちは」
「そうよ、秋奈ちゃん。自分を大事にして」
「ありがとう、公文さん。でも、私は本気です。実は、侵略者に対抗できるかもしれない人間へい……強い方として、あなたの情報は事前に聞いていました」
「そうか。でも俺は、小鬼級しか通用しなかった。役に立てないで、すまない」
「いえ、そんなことは良いんです。佐々木さんは私に、敗北を与えてくれました。とても逞しくて、同い年くらいなのに大人びていて、素敵な人……お願いです。可哀想だと思うなら、敗者の責務を果たさせてください」
「秋奈ちゃん。でも……」
「藤野さん、バトルスーツは無駄遣いできないでしょう? それに、ただ誰かに犯されるだけじゃダメなんです。私を敗北させた佐々木さんに、女としても敗北する……私の心は、それを求めているんです」
俺はもう、抑えきれなかった。男として、そういう行為が嫌いなわけがない。秋奈は金髪の美人だし、スタイルは素晴らしい……ダメージを肩代わりしてビリビリに破れたバトルスーツは、劣情を否応なく刺激している。
だが、敗北の証として身体を差し出すというのは、気の毒でもある。俺は秋奈の前にしゃがみ込み、欲情で潤んだ瞳を見つめながら、肩を抱き寄せる。
「……分かった。できるだけ優しくする」
「いえ、これは敗北なので。情けは……不要です。できれば、みんなが見ている前で嬲ってください」
「ダメだ。俺の部屋へ来るのが、条件だ」
「えっ……秋奈先輩、今からこのお兄さんとセックスするの?」
「いや、聞いてたよね。理解できてなかったの、夏樹ちゃんだけよ」
夏樹が目を白黒させているのを見て、藤野さんが突っ込みを入れる。ちょっと笑いが入って場が和んだところで、俺は秋奈の身体を抱き上げた。慌てて、千冬がバスタオルを上からかけ直す。
「じゃあ、良いですね」
「だって、秋奈ちゃんがそれを望んで、敗北欲の解消になるなら……私にそれを拒絶する権限はありません。秋奈ちゃんをよろしくお願いします」
公文さんの了承を得た俺は、訓練場を出る。廊下に出たところで、慌てて優月が追いかけて来た。
「待って、秋奈ちゃん。アフターピルはちゃんと飲んで、避妊しなきゃ。どうせ、敗北だからって、無茶なことをしようとしてるんでしょ?」
「その通りです。ありがとうございます、緒方秘書官」
微笑みながら、アフターピルを受け取った秋奈は口に含んで、俺を見つめてくる。察した俺は、彼女の手を軽く握って頷いた。秋奈は目を閉じて、薬を飲み込んだ。
「ありがとう……これで、心置きなく敗北して、処女を喪うことができます」
「……いや、待て。まさか、処女なのか?」
「ええ、そうですよ?」
きょとんとした様子で、秋奈は当然のように答えてくる……急に頭が痛くなってきた。初対面の処女を犯すのが、俺の仕事なのか?
「佐々木さん。分かってると思うけど」
「分かってる……あまりプレッシャーをかけないでくれ」
俺は秋奈を抱えたまま、自室へと移動していく。途中で誰にも出会わないのは、配慮がされているのだろう。
ここが俺の部屋だ。私物はほとんどないし、昨日からだから殺風景だが、大きなベッドだけは目立つ。俺は秋奈をそっとベッドに下ろした。
「ここで……俺に敗北を刻んでほしいんだな?」
「はい。戦いで負けただけじゃ足りないんです。身体ごと屈服して、初めて楽になれるんです」
秋奈の声は震えていた。俺は彼女の瞳を見つめながら、そっと肩に手を置いた。
「分かった。できるだけ優しくする」
「いえ、これは敗北なので。情けは……不要です。できれば、私を抱いてください」
「ダメだ。俺が決める。お前を壊すつもりはない」
秋奈は少しだけ目を伏せて、唇を噛んだ。それでも俺の手を握り返してくる力に、彼女の覚悟が伝わってくる。
俺は彼女を抱いた。行為は荒々しくもあり、優しさも込めたものだった。終わった後、秋奈は汗に濡れた顔で俺を見上げた。
「ありがとう……すごく、スッキリしています。こんな風に、敗北を感じられて」
「そうか。良かった……すまなかった。お前をこんな目に合わせて」
「気にしないでください。私も、これで良かったんです。荒々しくても優しくて、嬉しかったです。次も、期待していますね」
「次も、か……」
俺は苦笑いを浮かべながら、彼女の手を離した。そして今度は、戦士としてではなく、ただの人間として秋奈に寄り添った。
「今から、魔法少女じゃなくて、新城秋奈として、少しだけ話をしよう。良いな?」
「はい……嬉しいです」
そうして俺たちは、静かな時間を過ごしたのだった。
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朝が来た。窓から差し込む光が、ベッドの秋奈を照らす。俺はシャツを着て立ち上がり、調息をする。しばらくすると、身じろぎしながら秋奈が目を開けた。
「おはようございます、佐々木さん」
「ああ、おはよう。まだ疲れがあるだろう……ゆっくり休め」
「いいえ、大丈夫です。ちゃんと『敗北欲』が解消されたか、メディカルチェックを受けに行ってきます」
そして俺は昼になって、ブリーフィングルームへ呼び出された。優月が俺に同行しながら、にやついて夜の営みの感想を聞いてくる。
「ねえ、私があなたのサポートのために呼ばれたって、知ってるんでしょう?」
「知らんな」
「嘘つき。お姉さんの目を見て言ってみなさいよ。正直に答えてくれたら、私と秋奈ちゃんの二人で、良いことをしてあげても良いんだけどな?」
「女性がそういう軽い調子で絡んでくるとな……」
「へえ、秋奈ちゃんにはずいぶん優しく抱いてたらしいのに?」
秋奈もおしゃべりだな……だが、口が達者そうな優月との言い争いは分が悪い。俺は口を閉じて、あとは無視しながら廊下を進んだ。入室すると早速、日下部審議官の眼鏡の奥の目が俺を値踏みする。
「ありがとう、佐々木くん。秋奈くんの状態は安定したと報告を受けた。よくやってくれた」
「任務だからな。だが、他の魔法少女はどうなんだ?」
医系技官の公文さんがタブレットを手に、情報をディスプレイに表示させていく。
「秋奈ちゃんほどではないですが、千冬ちゃんと夏樹ちゃんにも敗北欲の兆候はあります。特に千冬ちゃんはよろしくないですね……昨日の佐々木さんとの戦闘を経ても、脳波が安定していません」
「分かった。俺が敗北させてやる。それが、あいつらを救うことになるのならな」
「頼りにしてるよ。侵略者たちの侵攻はいつ来るか分からない……彼女たちの運命に、まだ終わりは来ないんだ。できれば、戦闘訓練もしてやってくれ。小春くんのことも、初陣の前に鍛えてやってほしい」
「ええ、俺にできることなら喜んで引き受けます」
退出すると、俺は拳を握り潰した。異世界で失った家族や仲間の顔が、脳裏に浮かぶ。だが、今度は救える。救うしかないんだ。あの可憐な少女たちを、死なせたくはない。
「秋奈、千冬、夏樹……そして、小春。俺がお前たちを護る」
世界を救うために、救世主である魔法少女を敗北させ、凌辱する。矛盾したような俺の使命は、こうやって始まったのだった。
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