前に聖徳太子を日本古来の伝統なるものと結びつけて礼賛しようとする傾向の例に触れましたが(こちら)、怖いのはそれが政治と結びつくことです。その可能性がある一例が、
橋本晋吉「聖徳太子の御聖業―神仏融合と"和"の精神」
(『在野史論』第18号、2023年11月)
です。
『在野史論』という雑誌名が示すように、専門家ではない歴史好きの人たちがやっている雑誌であって、橋本氏はこの雑誌にしばしば投稿しています。
大学や研究所や自治体の歴史調査部門などに勤務している人であっても愚劣な論文を書く例は多く、たとえば、通説をひっくりかえしたと称して学問ごっこを楽しんでいる九州王朝論者の典型である古田史学会の事務局長氏などは、大学で実務系の授業を担当する非常勤講師のようですが、「大学講師」の肩書きで古代史関連のトンデモ説を書き散らしており、中には資料の改変や孫引きの隠蔽をしているひど論文もどきもあります(こちら)。
また、多くの粗雑な本を出しまくっている著名な関裕二氏も、宣伝のためなのか、大学の研究所のメンバー、それもスペシャルアカデミックフェローという偉そうな肩書きを得て、論文の書き方も知らない、ひどい駄作を書いています(こちら)。スペシャルというのは、並みのアカデミックフェロー(学術研究員)とは違い過ぎるということなんでしょうか。
逆に研究職ではなくても堅実な研究成果を発表している人も少なくありません。ただ、文献や考古資料を扱う訓練を受けていないと、文献の真偽や成立年代を無視し、想像にはしりがちな人がいることは確かであり、橋本氏のこの論文はその一例です。
たとえば、冒頭で聖徳太子は「皇位を継ぐ「皇太子」となり、「摂政」に就任し」たと断定しています。『日本書紀』における「摂政」は動詞であって、そのような職位はなかったことはよく知られていますが、昔の常識のままです。また古代の日本では「移」は「や」と発音されていたことを知らず、「元興寺露盤銘」について触れた際、「有麻移刀」に「うまいと」とルビを振っており、これだけ見ても学術論文のレベルには遠く達していないことは明らかです。
本書の問題点は山のようにありますが、神話化が進んだ『伝暦』の記述を史実として扱っている箇所が多く、『伝暦』の過剰な記述についても、「太子の少年期の利溌さ、聡明さをより深く洞察し、神格化されたものであろう」などと述べています。「利溌」は「利発」の誤記であるのはともかく、「より深く洞察」すると大げさな記述が可能になるとは、初めて知りました。
引用しているのは、坂本太郎先生などの古い論文ばかりで、最近のものはありません。「(帰化人系である)馬子の専横は、朝廷内で目にあまるものとなった」などと書くなど、戦前の史観そのままです。蘇我氏が皇室を無視して専横に振る舞ったのは帰化人だからという見方ですが、父方・母方ともその蘇我氏の血を引いている聖徳太子は「帰化人系」ということになりますし、馬子の娘を妃としているため義理の息子であって、一緒に政治をし、飛鳥から斑鳩までの斜め直線道路を建設してもらっていることはどう考えるんでしょう。
三経義疏については、「「現世利益」の『法華経』、「女性を対象」とした『勝鬘経』、「在家教義」の『維摩経』」と書くなど、古田史学会なみの仏教常識知らずです。『法華経』は成仏が目標であって「現世利益」は副次的なものですし、『勝鬘経』は勝鬘夫人が説いたものですが女性相手でありません。何かの概説をうろおぼえにして書いたのか。
とにかくひどい内容を並べ立てたうえで、最後に「太子の御聖業は何物にも代え難い」と結んで終わっています。
こんな素人の感想文をとりあげるのは嫌なのですが、この橋本氏をネットで検索したら、「国を護り、民を護り、国民を保守する政党」と称する「新党くにもり」にかなりの額を寄付していました。
史実を無視して聖徳太子をやたらと持ち上げる傾向が政治と結びつくと危険なことは、戦前・戦時中の状況が示している通りです。そう言えば、「新しい教科書をつくる会」の理事氏も、『日本書紀』『古事記』に「厩戸王」の名が見えないことに気づかずに国会議員たちにレクチャーし、後でそれをごまかすエッセイを書いてましたが(リンク)。