1.執務室へのカメラの設置
ワーキングスペースにカメラを設置することの可否が問題になることがあります。
労働者からすると感じの良いものではないとは思いますが、カメラの設置の可否については、一概に「良い」とも「悪い」とも言い切れません。
例えば、防犯目的でコンビニエンスストアに店内を撮影範囲とする防犯カメラを設置することは、一般に不適法とは理解されていないように思います。
しかし、従業員の粗を探すために追い出し部屋に監視カメラを設置するような行為は、下記の記事で紹介した裁判例も示唆しているとおり、適法性に問題があります。
追い出し部屋への配転の慰謝料 - 弁護士 師子角允彬のブログ
このような状況の中、近時公刊された判例集に、執務室内にカメラを設置することがプライバシーを侵害する違法な措置だと判断された裁判例が掲載されていました。昨日もご紹介した、名古屋高判例6.10.3労働判例ジャーナル155-34 国立大学法人三重大学事件です。
2.国立大学法人三重大学事件
本件で原告になったのは、三重大学大学院工学研究科の助教として採用され、准教授として勤務していた方です。工学研究科の教授らから種々のハラスメント行為を受け、採用以降、不当な地位に置かれ続け、研究者及び教育者として適切な環境を与えられず、その人格を著しく傷つけられたなどと主張し、慰謝料等を請求する訴えを提起しました。原審が原告の請求を棄却したことを受け、原告側が控訴したのが本件です。
原告(控訴人)が問題にした行為は多岐に渡りますが、その中の一つに、
執務室内にカメラを設置し、執務状況を撮影されたこと
がありました。
裁判所は、その違法性を認めましたが、注目すべきはその理由です。執務状況を監視する目的で設置されたものではないとしつつ、着任にあたって説明がなかったとして、プライバシー侵害(不法行為)を構成すると判示しました。
裁判所の判断内容は、次のとおりです。
(裁判所の判断)
「控訴人は、平成20年4月1日、Cから指定された執務室である建築学科棟3階××××号室(以下『本件執務室』という。)において、別の技術職員1名と共に同室のスペースを半々で使用するかたちで、執務を開始した。」
「被控訴人大学は、平成16年頃以降、幹事校であるf大学からの依頼により、中部地域広域の地震被災状況をモニタリングするために活用するとともに、相互に状況を確認できるシステムの設置を通じて大学間の平常時からの共同体制(大学間地震情報共有ネットワークシステム)を構築するため、本件執務室の出入口付近の壁にウェブカメラ1台(本件カメラ)を設置していた。本件カメラは、別途設置された地震警報受信装置及び地震情報送信装置と連動して、撮影された映像のうち、過去一定時間の映像並びに地震計トリガ作動時における地震記録及びスキップバック映像が自動的にサーバに保存されるとともに、ネットワークを介してf大学のサーバにも送信され、リモート画面で確認し得る仕組みになっており(同様のウェブカメラは、上記共同体制に参加している他の複数の大学にもそれぞれ設置されていた。)、被控訴人大学においては、K助教(肩書きは当時のもの。以下『K』という。)がこれを管理していた。」
「本件カメラは、少なくとも平成16年当時、本件執務室の窓越しに、耐震改修工事がされていなかった向かいの建物(分子素材工学科棟)を撮影対象としていたが、その後上記建物の耐震改修工事が行われたことから、遅くとも平成20年4月当時、本件執務室の室内を撮影対象としており、本件執務室内における控訴人の執務区画も撮影対象の範囲に含まれていた。」
「控訴人は、着任に際して、本件カメラの存在について知らされていなかったところ、平成20年4月下旬頃、これに気付き、自らの執務区画が本件カメラの撮影対象の範囲に含まれていることを知ると、これを撤去し、仮に撤去することができないのであれば撮影方向を変更するよう抗議した。これを受けて、本件カメラは、その頃、その撮影方向が変更されるなどした。その後、控訴人は、Jに対し、同年7月頃、本件カメラの撤去等について相談し、JがDと交渉するなどした結果、本件カメラは、f大学との協議を経て、同年8月頃に撤去された。」
(中略)
「認定事実・・・によれば、本件カメラは、控訴人の執務状況を監視する目的で設置されたものであると認めることはできないし、そのような目的のために控訴人の着任後にも設置されていたと認めることもできない。これに反する控訴人の主張は、確たる裏付けを欠いていて、憶測の域を出るものではなく、理由がない。」
「しかし、少なくとも被控訴人大学における本件カメラの管理者であるKが、控訴人に対し、その着任に際して、本件執務室内に本件カメラが設置されていることやその設置目的、控訴人の執務区画がその撮影対象の範囲に含まれていることなどを説明しなかったことは、本件カメラにより撮影された映像がネットワークを通じて被控訴人大学外の第三者も閲覧し又は閲覧し得るかたちで送信されるシステムになっていたことも併せれば、控訴人のプライバシーを不当に侵害するものであって、不法行為を構成し、国家賠償法1条1項の適用上違法というべきである(なお、仮に控訴人の執務区画が本件カメラの撮影対象の範囲に含まれていなかったとしても、認定事実・・・によれば、本件執務室内における控訴人の行動が本件カメラの撮影対象になり得ることは明らかであるから、上記結論は左右されないというべきである。)。」
「これに対し、被控訴人は、本件カメラは地震発生時に録画されるものであり、常時撮影されて一般公衆に向けて送信されるものではない旨主張する。」
「しかし、認定事実・・・のとおり、本件カメラは、撮影された映像のうち、過去一定時間の映像並びに地震発生時におけるスキップバック映像がサーバに保存されるとともに、ネットワークを介してf大学のサーバにも送信される仕組みになっていたものであるから、常時撮影、録画されるものであったと認められる。また、確かに、本件カメラにより撮影された映像は、一般公衆に向けて送信されるものではなかったが、被控訴人大学外の第三者も閲覧し又は閲覧し得るかたちで送信されるシステムになっていたことからすれば、控訴人のプライバシーを不当に侵害するという結論が左右されるものではない。」
「したがって、被控訴人の上記主張は、理由がない。」
3.追い出し部屋以外にもカメラ撮影が違法とされる場合がある
従来、執務室のカメラ撮影が問題にされてきたのは、追い出し部屋やハラスメントとの関係(人格権侵害)が多かったように思います。人格権侵害を認めるためには、合理性の欠如(執務状況監視目的)が必要であり、控訴人も、これを意識した法律構成を採用していたのではないかと思います。
しかし、本件は、
カメラの設置は自身被災状況のモニタリング目的であって、執務状況監視目的ではないとしつつ、
その着任に際して、本件執務室内に本件カメラが設置されていることやその設置目的、控訴人の執務区画がその撮影対象の範囲に含まれていることなどを説明しなかったことはプライバシー侵害を構成する、
と述べ、プライバシーとの関係で、カメラ設置の違法性を認めました。
職場という社会に開かれた場所にプライバシーがあるのかは、割と難解な問題で、一義的に結論が決まるようなことではありません。そうした状況の中、高裁が執務室内にプライバシー性を認めたことは、画期的な判断であり、実務上参考になります。