Yahoo!ニュース

赤いきつねと非実在型炎上

鳥海不二夫東京大学大学院工学系研究科教授
炎上する赤いきつね(ChatGPT生成)

赤いきつねの炎上

赤いきつねの新CMが性的ではないかと炎上したという記事が流れましたが,それは非実在型炎上ではないかという指摘があり炎上しているようです.

ややこしい.

非実在型炎上とは,メディアなどが実際には炎上していない事象についてあたかも炎上しているかのように取り扱うことで,実在しない炎上させた人たちを非難するなど別の炎上が生じる現象のことを言います.・・と思っています.

しかし,炎上が実際に非実在だったのかどうかはデータをちゃんと見てみないとわかりません.そこで,実際メディアで扱われるまでにはどの程度のポストがX上にあったのか分析してみました.

なお,本分析結果は,当該CMの良し悪しについて結論を出しているものではありませんのでご注意ください.

時系列分析

まず,どのタイミングで炎上がメディアに使われたのかというところですが,とりあえずYahooNewsにも転載されたネットメディアLASISAの記事が2月17日6時頃配信されており,本件を炎上と表現した初期の記事のようですので,そちらに注目してみましょう.

カップ麺【赤いきつね】アニメCMが “性的表現”? SNSで炎上、「エロ要素なくない?」反論も… あなたはどう思う?

によると,

 同月16日頃から拡散され、同日22時までに3500万回以上の表示回数と、2.2万件以上の“いいね”、1万件以上のリポストを記録しています。

とのことです.

とりあえず,Xにおいて2月16~18日に「赤いきつね」が含まれる投稿がどのくらいあったのかを調べてみました.その結果がこちら.

赤いきつねのXにおける投稿数(筆者作成)
赤いきつねのXにおける投稿数(筆者作成)

1時間ごとの投稿数を示していますが,2月16日の段階でポスト・リポスト合わせて15,000件ほどありました.炎上としては小規模です.ただ,18日まで含めると21万ポスト程度となるので,ここまでくるとそれなりの炎上といってもよさそうです.

リプライ分析

炎上の出元を見ていくといくつかあったようですが,東洋水産の公式アカウントで当該CMを紹介したポストのリプライ欄にはかなり多くの意見が寄せられていたようです.

こちらのポストについた投稿時から2月16日16時までの500リプライを根性マイニング(筆者が目で見て頑張って判断するマイニング手法)を使って,批判的かどうかの分類を行いました.

その結果,2月6日の投稿から15日までは批判的なリプライは全く存在しませんでしたが,16日から批判的なリプライが増加したことがわかりました.批判的リプライの変化は以下のグラフ通りです.なお,累積でカウントしているため,縦軸は批判的リプライの総数となります.ちなみに500リプライしか分析していないのは,筆者の根性が切れたからです.

批判的リプライの累積数(筆者作成)
批判的リプライの累積数(筆者作成)

この結果からみると,500リプライ中批判的リプライは63件で,全体の12.6%でした.リプライから見る限り,批判的意見がなかったということはありませんが,それほど大きなものではなかったようです.

クラスタ分析

先ほどは東洋水産のポストへのリプライを分析しましたが,それ以外のところで炎上していた可能性も十分にあります.そこで,「赤いきつね」が含まれるポストを収集し,その中から「赤いきつねのCMが性的だ」「キモイ」とする,投稿と,「そんなことはない」という反論を分類してみましょう.ここでは,拡散の多かったツイートの分類を行ってみました.2月16~17日の炎上初期のデータのみに注目して分析しました.ここには26,496ポストと,102,166リポストが含まれていました.クラスタリングした結果が以下の通りです.

クラスタリング結果(筆者作成)
クラスタリング結果(筆者作成)

右側にある比較的小さい塊がCMが「性的である」というポスト群で,左側にある塊がそれに対する反論系です.ここでは,数の多い反論クラスタをA群,性的であると主張するクラスタをB群としましょう.
ざっと計算したところでは,

A群にはポスト数386,リポスト数68,018,アカウント数38,466

B群にはポスト数175,リポスト数11,931,アカウント数5,769

でした.リポストベースで5倍,アカウントベースで6倍くらい反論クラスタが多そうです.少ないとはいえ,2月17日まで含めると「性的である」という主張についても1万回以上の拡散があり「実際には存在していない」意見について炎上しているわけではなさそうです.あれ?非実在とは.

拡散分析

次に,どのタイミングでどちらのクラスタの拡散があったのかを累積で求めてみました.非実在型炎上だとすると,「性的だ」という主張もメディア記事が出た後に急増した可能性がありますので,メディア記事の前にどのくらい存在していたのかの確認を行います.

その結果が以下のグラフです.ただし,このグラフでは拡散数はオリジナルポストが投稿されたタイミングでカウントされていることにご注意ください.いくつか急激な増加がありますが,拡散がそのタイミングで一気に起きたわけではなく,拡散のもととなるオリジナルポストが投稿されたポイントだと思ってください.

各クラスタの拡散の変化(筆者作成)
各クラスタの拡散の変化(筆者作成)

この結果から,当初はB群(性的主張)のクラスタの拡散が一定数存在していましたが,2月16日の正午くらいにはすでにA群(反論側)の方が多くなっていることが分かります.先に挙げた記事が2月17日の6時くらいに出ていますが,その時点まででA群,B群合わせて3万程度の拡散でした.その後当該記事が出た後に一気にA群(反論側)の拡散が増えていったことは間違いないようです.その後,2月17日11時ごろGLOCOM小木曽さんのYahooのコメンテーターコメントがX上で言及され「非実在型炎上」という言葉とともにA群(反論)の情報の拡散が増加したようです.

ただし,実際に性的だという主張が全くなかったわけではなく,2月16日のうちに1万近い拡散が存在していたため,完全に非実在型炎上だというのは難しいかもしれません.
過去の非実在型炎上の事例を見ると,ウマ娘の件だとトータルで71件だったり,鬼滅の刃の作者が女性だったことで炎上したという件だと全体の0.5%だったり,非実在型炎上という言葉を最初に使ったコロナ禍初期の「東京脱出タグ」や「サザエさん炎上」でも100件程度しか元のツイートはなかったということを考えると,1万件近くの拡散はあったので,「非実在」というには多すぎる気がします

1万回拡散されれば十分トレンドに乗りますからね.

結論

赤いきつねの炎上は非実在型炎上であるという言説が流れていましたが,分析の結果,確かに赤いきつねのCMに対する批判は少なかったものの,ほとんど存在しないといえません.さすがに1万リポストは「小規模な炎上」ではあっても「非実在」ではないでしょう.2020年くらいに我々が提唱した非実在型炎上という概念が本件で急に注目されたので,非実在型炎上であった方が個人的には盛り上がったのですが,データを見た限り「赤いきつねのCMの件は非実在型炎上とは言えない」が結論です.非実在型非実在型炎上

非実在型炎上という言葉がキャッチーだったため「赤いきつねのCMの炎上は非実在型炎上」と広まってしまったようですが,データを確認することは大切です.実のところ,そもそもどのくらいの規模から炎上という定義もないので,データを確認したうえで「このくらいの数なら非実在型炎上だ」というのであれば,そういう捉え方を否定するものでもありません.

しかしながら,非実在型炎上かどうかはさておき,一部メディアが小規模な炎上をあえて取り上げることによって,本来であればそれほど注目されなかったであろう炎上を大きくするという風潮に本事案が当てはまっていることは間違いありません.「炎上している」という情報はバズりやすいわけですからメディアやインフルエンサーが小規模炎上を煽るのはよくあることです.「炎上しているらしい」という話に関しても本当に炎上しているのか,注目を浴びるために小規模炎上を大げさに言っているのではないか,といったことまで注意しながら情報を摂取するように気を付けないといけないのが今の情報空間です.大変だ.

本炎上のまとめ:

赤いきつねのCMが炎上したかと思ったら非実在型炎上だったと思って調べたら実在している小規模な炎上だった.

やっぱりややこしい.

ちなみに,2月16~18日の間に「非実在型炎上」「非実在型ネット炎上」は18,848回拡散されたようです.むしろ「非実在型炎上」が小規模に炎上したといってよいのでは!?

  • 812
  • 391
  • 130
ありがとうございます。
東京大学大学院工学系研究科教授

2004年東京工業大学大学院理工学研究科機械制御システム工学専攻博士課程修了(博士(工学)),2012年より東京大学大学院工学系研究科准教授,2021年より現職.計算社会科学,人工知能技術の社会応用などの研究に従事.計算社会科学会副会長,情報法制研究所理事,人工知能学会前編集委員長.人工知能学会,電子情報通信学会,情報処理学会,日本社会情報学会,AAAI各会員.「科学技術への顕著な貢献2018(ナイスステップな研究者)」

鳥海不二夫の最近の記事

あわせて読みたい記事