疾風に一目惚れするのは間違っているだろうか


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作:如月皐月樹
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3:魔法斬り/【アポロン・ファミリア】


落差!
今回はちょっと短めです。


「【ファイアボルト】!!」

 

 スパッとリューに斬られるベルの炎雷。その数なんと十五個。

 ベルが撃った魔法、その全てがリューに斬り捨てられた。

 

 ベルのレベルが上がり、魔力のアビリティも順調に伸びて、今までよりも格段に威力が上がっているベルの速攻魔法。

 それでもレベル1の時と同様に斬られてしまう。

 ――訓練用の木剣で。

 

 流石にまだ無理かとそんな予感もあったため、ベルは既にリューの懐に突っ込んでナイフを振るい、やっぱり少しの攻防を繰り返しただけでリューに吹き飛ばされる。

 

 いつもの早朝の訓練。ベルがレベル2になってから三週間ほど経った日の事である。

 そしてその様子を、今日は主神も含めて【アストレア・ファミリア】の全員で眺めていた。

 

 再びリューがベルの魔法を全て斬り落とす。今度は二十個。

 何度も見ているその光景に、ライラが思わずといった様子でアリーゼに問いかけた。

 

「団長……リオンのあれ、真似できるか? アタシには無理だけどよ」

 

「う〜ん……今の私ならできないことはないでしょうけど……私がリオンと同じレベルだったら絶対ムリ。輝夜はどう?」

 

 今度はアリーゼが輝夜に問う。ちなみにちゃんと着物を着ている。

 輝夜の技量はリューとほぼ同格かそれ以上。

 アリーゼも多分できるんだろうなとは思っているが、それでも気になったので聞いてみた。

 問われた輝夜は当然とばかりに、リューに見せつけるように挑発的な笑みを浮かべて答える。

 

「あの糞雑魚妖精にできて、(わたくし)にできない道理などありませんなぁ」

 

 その輝夜の笑みが見えていたのだろう。

 やはりリューはベルの相手を片手間に、その挑発に乗ってやると言わんばかりに輝夜に提案する。

 ――付き合わされるのはリューではなく、彼女の弟子なのだが。

 

「そこまで言うのでしたら輝夜、私と同じ条件でクラネルさんの魔法を斬ってみせてはどうでしょう?」

 

「おやおや、貴女様からそんなことを言い出すなんて……今日は槍の雨でも降るんでしょうか? 今降っているのは炎の雨ですが」

 

「先に挑発してきたのは貴女の方ではないですか。それとも、できないのですか?」

 

 明確に輝夜を挑発する意図が込められたリューの言葉。

 それを聞いて輝夜はさらに笑みを深めた。

 

「いいでしょう。やって差し上げます」

 

「うーん。輝夜さんはレベル6ですし、結果が分かりきってませんか? あんまりやる意味がないと思うんですけど」

 

 と、輝夜がそこまで言ったので、一度訓練は休憩。

 ベルとリューの二人は手を止めて、輝夜が別の木剣を取ってくるのを待つ。

 

 そしてベルの疑問ももっともだ。そのままやっても意味がない。

 結果は火を見るよりも明らか。ベルの魔法は火であるから、火を見ることにはなるのだが。

 それならばと、リューが少々、いや結構危険なことを提案してきた。

 

「でしたら私とのレベル差を考慮して、クラネルさんにはスキルを使ってもらいます。よろしいですね、輝夜」

 

「リューさん!? スキルも使うなんて危険ですよ!? 黒いゴライアスの頭を吹き飛ばしてたの見てましたよね!?」

 

 それに慌てるはベルの方だ。

 自分で言うのもなんだが、ベルのスキルはかなり強力だ。

 

 フルチャージでない一分のチャージでも、あの推定レベル5の黒いゴライアスの顔面を吹き飛ばせるぐらいの威力が出せる。

 慌てるのも当然というもの。

 しかしリューは平然とした様子で「大丈夫です」と続ける。

 

「あの程度の威力であれば、レベル6の輝夜は耐えられるでしょう。発展アビリティもありますし、死ぬことはありません。ですがそうですね……本拠のことも考えれば、三十秒程度のチャージ、といったところでしょうか」

 

「本当に大丈夫なんですか!?」

 

 それに答えたのは戻って来た輝夜の方だった。

 輝夜はベルの正面からだいたい15Mほど離れた位置に立っており、リューは輝夜と入れ替わるようにベランダに座っていた。

 

「問題ありませんとも兎様。いくらスキルを使うとはいえ、レベル2程度の魔法など、(わたくし)が斬って差し上げましょう」

 

「相当自信があるようですね、輝夜。私の弟子に泣かされないといいのですが。ええ、私の弟子に」

 

「ぶぅぁあああかめ! レベル2の糞雑魚な弟子のスキルと魔法なんかで私が泣かされるわけがないだろう糞雑魚妖精!」

 

 私の弟子と、そう強調されてベルはなんだか嬉しい気もするが、それでも心配というか驚きというか、これは何が始まってしまったんだと混乱する。

 

「あの! いったいこれはなんなんですか!? 僕はいったい何に巻き込まれてるんですか!?」

 

 それに答えてくれたのは、この謎の事態をただ眺めるアリーゼとライラの二人。

 

「「二人の喧嘩と腕試し」」

 

「ええ!?」

 

「本当に仲が良いわね、あなたたち」

 

 あのアストレアですら微笑みながら眺めており、しかもなんだかちょっとワクワクしている様子であった。

 そのアストレアの姿を見て、やっぱりこの神様もちゃんと神様なんだなと思うベル。

 

 アストレアはお淑やかなお姉さんに見えて、しかしながらお転婆な神様であるからさもありなん。

 既に始まってしまったこの勝負を止めるものは、この場には誰もいない。

 

「ほら兎様、さっさとスキルを使ってくださいませ。貴方様が準備を始めないと、斬れるものも斬れませんから」

 

「輝夜さん!? 本当にいいんですか!?

 

 二度目のベルの確認に、輝夜は猫を被った口調から素の口調に切り替える。

 

「いいと言っているだろう。来る方向もタイミングもわかるのだから、最悪の場合でも避けられる。さっさと準備しろ、兎」

 

「……はぁ、わかりましたよ。どうなっても知らないですからね、輝夜さん」

 

 これを止めるのは無理だと思ったベルは、仕方なくスキルを発動させチャージを始める。

 大鐘楼はならせないので、リンリンと鐘の音が鳴り始め、ベルの右手に白い光が集束する。

 その間、輝夜は木剣を居合の構えのように、腰だめに構えていた。

 そしてきっかり三十秒、スキルで強化された魔法をベルが輝夜に向かって放つ。

 

「【ファイアボルト】!」

 

 ゴウッ放たれる極大の炎雷。

 すぐ近くのベランダで見ている三人と一柱にまで、その炎の熱が伝わる。

 そして訓練で使っているものとは比較にならない炎弾が輝夜目掛けて一直線に向かっていき――、

 

「っ……」

 

 スパッと、居合の構えから木剣を抜き放った輝夜に左右真っ二つに斬られ、ベルのスキルを使った魔法は上空へと消えていった。

 

「「おおーー」」

 

「……」

 

 パチパチパチと、アリーゼとライラの二人は、見事ベルのスキル有りの魔法を斬って見せた輝夜に拍手を送り、リューはというと無言で輝夜を睨んでいた。

 アストレアはニコニコ笑っているが、内心ではベルの魔法の威力の高さに本拠が壊れなくて良かったと思っている。

 

「やっぱりレベル6は規格外ですね、輝夜さん。……輝夜さん?」

 

 スキルを使った魔法を斬った輝夜にベルは称賛の声をかけるも、なにやら輝夜の様子がおかしいことに気付く。

 よくよく見ると、流石に威力が高かったからか、輝夜が持っていた木剣は柄を残して刀身がなくなっていた。

 そのことを気にしているのかな、なんて思っていると、どうやら少し違うらしい。 

 

「……はぁ。規格外なのは貴様のスキルの方だ、兎」

 

「えっと……確かに強力なスキルだとは思ってますけど、輝夜さんには傷一つ付けられませんでしたよ?」

 

「そうではない。おい、リオン。黙って私を睨んでないで兎との稽古を再開させろ。私もそれに加わってやる」

 

「……そうですね。再開しましょう、クラネルさん」

 

 ずっと黙っていたリューも口を開き、しかも輝夜が加わることに何も言わない。

 これまで輝夜が訓練に加わることなどなかったため、ベルは驚愕の声を上げる。

 

「え!? 輝夜さんも加わるんですか!? アリーゼさんはともかく、輝夜さんは今までそんなことしなかったのに!?」

 

「そうだな、今日は特別に私も加わってやる。それに団長もだ。兎、今日は三人の美女が相手してやる。喜べ」

 

 まさかの三人がかり。

 いくらレベル2になったからといって、それはあまりにもあんまりだ。

 あんぐりと口を開け絶句するベルを余所に、アリーゼも否やはないのか元気に返事をする。

 

「わかったわ輝夜! 私も混ざりたいと思ってたところなの! お弟子君もレベル2になったし!」

 

 これでアリーゼが加わることも確定し、それでベルは再起動。

 輝夜に抗議の声を叫ぶ。

 

「輝夜さん!? これレベルが上がると一人増えるシステムだったんですか!? レベル6二人とレベル4一人の三人がかりは不味いですって!?」

 

「黙れ兎。貴様に拒否権はない」

 

「そんな横暴な!? それじゃ輝夜さんお義母さんとそんなに変わらないですよ!?」

 

「あのクソババアを出してくるとは。死にたいらしいな、兎」

 

「死にたくないから言ってるんですよ!? ら、ライラさん! 助けてください!」

 

 リューにも輝夜にもアリーゼにも、何を言っても解決しないだろうからと、ベルは最後の一人に助けを求めた。

 しかし無常ながら、ライラは両手を合わせてベルに向かって合掌していた。

 まだ死んでないのに。

 

「アタシには無理に決まってるだろ、兎。大人しく三人に稽古つけてもらえ。諦めろ」

 

 ライラからの死刑宣告に顔を青くするベル。

 

「そんなぁ!? って、待ってください三人とも! 本当の本当に死んでしまいますって! レベル2相手にレベル6二人とレベル4一人は本当の本当に死んでしまいますから! って、あーもうやってやりますよこんちくしょう!!」

 

 哀れ、兎。

 今回は悲鳴を上げることなく、自分から勢いよく三人に立ち向かっていった。

 

 三人にもみくちゃにされ、ひたすらに連撃を叩きこまれるベルを見ながら、ライラはその訓練に対する感想を口にする。

 

「おうおう、兎の癖に頑張るじゃねえか。……ってありゃ、三人ともかなり本気の連携してんな。それにほんの少しとはいえ対応できてる兎も兎だけど。あ、吹き飛ばされた。んで、そのまま追撃もくらってやがる。容赦ねえな、あの三人。特に輝夜が。マジでどうしたんだよ、輝夜の奴」

 

 その日着ていた輝夜のお気に入りの着物がほんの少しだけ焦げていたことが、後日判明した。

 本当に、兎は哀れである。

 とんだとばっちりであった。

 

 なお、やはりあの威力には流石のアストレアもビビったのか、ベルに本拠でスキルは使わないよう厳命したと、ここに書き記しておく。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

「それじゃあヴェルフのランクアップを祝って、乾杯!」

 

「「「乾杯!」」」

 

 ベルが乾杯の音頭を取り、他の三人が追随しジョッキを打ち合わせる。

 朝には三人がかりでボコボコにされたベル、した側のリュー、本拠で寝ていたリリ、武器を鍛えていたヴェルフの四人は『火鉢亭』でヴェルフのランクアップのお祝いをしていた。

 飲み物を一口飲んで料理を待つ間、ベルが改めてヴェルフにランクアップのお祝いの言葉を贈る。

 

「前にも言ったけど、本当におめでとう。ヴェルフ」

 

「リリも前に言いましたが、おめでとうございます。ヴェルフ様!」

 

「私はまだ言っていませんでしたね。その時は街の巡回でいませんでしたので。ランクアップおめでとうございます、クロッゾさん」

 

「ありがとうな、ベル、リリ助。それと【疾風】も。できればいい加減、家名で呼ぶのをやめて欲しいんだがな。けど、あんたにその気はないんだろう?」

 

「すいません、性分なもので。ですが、これで貴方にも二つ名がつきますし、その時はそちらで呼ばせてもらいますのでご安心を」

 

「この前神会があったばかりだから、三か月は待たなきゃならないが……まぁいいか、それぐらいは」

 

「ヴェルフの二つ名はどんなものになるんだろうね? 髪が赤いし、炎の魔剣を鍛えてたし、やっぱり炎っぽい二つ名になるのかな?」

 

 リューとヴェルフの二人で会話をしていたので、ちょっと気持ちがもやっとしたベルがヴェルフに話しかける。

 ヴェルフに嫉妬してしまったと、ちょっと罪悪感もあるがこれぐらいは許して欲しいと、頼りになる兄貴分に心の中で謝っておく。

そんなベルの疑問に答えてくれたのはヴェルフではなくリューだった。

 

「そうとは限りませんよ、クラネルさん。確かに冒険者の見た目にあやかった二つ名も多いですが、その冒険者を象徴する二つ名がつくこともまた多々ありますから」

 

「そうですねベル様。例えば【九魔姫】なんて代表的な二つ名だとリリは思います」

 

「そうですねアーデさん。あとは同じ【ロキ・ファミリア】の【千の妖精】なんてものもあります。どちらも強力な魔法にあやかった二つ名ですね」

 

「だったらヴェルフもそうなるんじゃないかな? ヴェルフの魔法も強力だし」

 

「そうかあ? 確かに俺の魔法は強いが、少し地味だと思うんだが」

 

「そんなことはありませんよ、クロッゾさん。確かに地味に見えますが、貴女の魔法は魔導士にとっては天敵です。かくいう私もエルフで魔法を使うので、貴方の魔法を見た時は驚きました」

 

「じゃあヴェルフの二つ名は【魔導士殺し(マジックキラー)】なんてものになるのかな?」

 

「それはちょっとダサくないか? ネーミングセンスがないと思うぞ、ベル」

 

「それはヴェルフにはちょっと言われたくないかな。だって牛若丸に変な名前つけようとしてたし」

 

「別にいいじゃねえかミノたん。俺は結構気に入ってたんだけどな」

 

「なんだってー! レベル1の癖にミノタウロスを倒してランクアップをした新人がいるそうじゃねえか! 驚いたなあ! そんな恐れ知らずな新人がいるなんて!」

 

 そんな風に料理が来るまでの間二つ名について話していると、これ見よがしにベル達に聞かすような大声で、そんなことを話すパルゥムの少年がいた。

 明らかにベルのことを話しているので、四人は顔を見合わせる。

 

「なんなんですかね」

 

「なんなんでしょうね、ベル様」

 

「なんなんだろうな、ベル」

 

「あれは……【アポロン・ファミリア】ですか」

 

 太陽と弓のエンブレムを見たリューが呟く。

 あまり聞いたことのない【ファミリア】だと、ベルはリューに尋ねた。

 

「【アポロン・ファミリア】ですか? 僕に知り合いとかはいませんけど、どんな【ファミリア】なんですか?」

 

「そうですね……あそこは構成員の数は多いですが、上級冒険者が少ない中堅どころの派閥ですよ、クラネルさん」

 

「リリは噂程度ですが聞いたことがあります。なんでも【アポロン・ファミリア】の主神のアポロン様は多情な方で、気に入った冒険者を無理矢理派閥に入れるのだとか」

 

「それは事実ですよ、アーデさん。問題行動も多いので【アストレア・ファミリア】も注視している派閥の一つです」

 

「ということは……」

 

「そうですね。どうやらクラネルさんが目をつけられてしまったようです」

 

「そういうの、僕はちょっと御免なんですけど。神様のところから改宗したくないですし、リリとも同じ【ファミリア】でいたいですし」

 

「そうですねベル様。リリもベル様と同じ【ファミリア】でいたいです。離れ離れになるなんて御免です。無視しましょう、ベル様」

 

「そうだね、リリ」

 

 なんて話して、パルゥムの少年のことを無視すると決めた四人。

 そんな四人に苛立ったのか、パルゥムの少年は大声で話し続ける。

 

「レベル1でミノタウロスを倒すなんて話信じられるわけねえよなあ! なあ! 巷じゃ【未完の少年(リトル・ルーキー)】なんて呼ばれてるけど、俺達冒険者の中じゃインチキ・ルーキーって呼んでるやつもいるぜ!」

 

 周囲の客に同意を求めるように話すパルゥムの少年。

 四人は無視をすると決めたはいいものの、彼が話しているのはベルの事だ。

 故に話題もそちらへとずれていく。

 

「インチキ・ルーキーって言い得て妙ですけど、ミノタウロスを倒したのは事実ですし……」

 

「そうですねベル様。リリもリュー様も、その瞬間をしかとこの目で見届けましたから」

 

「そうですねクラネルさん。貴方が勇ましくミノタウロスと戦う姿は見ていましたから。あの場にいた【ロキ・ファミリア】の方々も、貴方の勇士に中てられてその後の遠征で大暴れしていましたし」

 

「俺はその時はまだベルと出会ってなかったが、そんなに凄い戦闘だったのか【疾風】?」

 

「はい、それはもう凄まじい戦いでしたよ。私も師として胸が熱くなりましたし、【ロキ・ファミリア】の幹部陣もべた褒めしていましたから」

 

「そこまで言われると流石に僕も照れますよ、リューさん」

 

 なんて四人が歯牙にもかけないため、パルゥムの少年は話の矛先をリリとヴェルフに変えた。

 

「なんでも役立たずなサポーターと売れない鍛冶師を腰巾着にして、自分のことを持ち上げさせてるそうじゃねえか! そんな真似オイラには恥ずかしくてできっこねえよ!」

 

 そんなことを言われても、やはり歯牙にもかけない四人。

 

「別にリリは役立たずなんかじゃないし、ヴェルフももう上級鍛冶師(ハイスミス)だし……」

 

「リリもベル様を褒める事はあっても、それはベル様が確かな実力をお持ちですから当然です」

 

「売れない鍛冶師ってのは事実だが……これからは俺の作品も売れてくだろうからな。関係ねえ」

 

 やはりやはり歯牙にもかけない四人に、パルゥムの少年は苛立ったのか、今度はリュー達のことをやり玉に挙げた。

 

「なんでもその新人は正義の眷属様達におんぶに抱っこだそうじゃねえか! ミノタウロスも正義の眷属に助けてもらいながら倒したんじゃねえのか!」

 

 そんなことを言われるも、リューは涼しい表情で聞き流し、ベルは苦笑いを浮かべる。

 

「おんぶに抱っこっていうのは事実ですし……なんならリューさんに抱っこされたこともありますし……ごにょごにょ」

 

「私達もクラネルさんだから助けているのです。あんな戯言耳に入れる価値もありません」

 

 なまじ事実なため、ベルは怒りではない感情で顔を少し赤らめる。

 それでもベル達を怒らせたいのか、パルゥムの少年は今度はリューの事を単体攻撃してきた。

 

「なんでもその恐れ知らずの新人はあの【疾風】の弟子だって話じゃねえか! 弟子がそんな情けない真似をしてるなら師匠も師匠だなあ!」

 

 これには義母とは違って比較的温厚なベルも顔を顰めた。

 リューの方は相変わらずだが、それを見たパルゥムの少年はこれだとばかりに続ける。

 

「その【疾風】だって何年もランクアップをできてないそうじゃねえか! 他の正義の眷属がどんどんランクアップをしてるっていうのになあ!」

 

 こればかりはベルも椅子から立ち上がりかけた。

 リューが気にしているだろうことを大声で罵倒したのだから。

 だがそれはリュー本人に手を掴まれて止められる。

 

「リューさん……」

 

「いいんです、クラネルさん。事実ですから」

 

 それを見たパルゥムの少年はここぞとばかりに畳みかけてきた。

 それは言ってはいけないことだろうに。

 

「なんでも五年前にお仲間が沢山死んじまって腑抜けたって話だぜ! その【疾風】はよお!」

 

 瞬間、ベルは立ち上がっていた。

 気付いた時にはリューの手を無理矢理振り払い、彼女が自分の名前を呼んでいることにも気付かずに、走る勢いそのままパルゥムの少年の顔をこれでもかとぶん殴っていた。

 その一撃でパルゥムの少年は頬骨を砕かれ気絶しているも、そのことにも気付いていないベルは怒鳴り声を上げる。

 

「取り消せ!! リューさんに謝れ!!」

 

 今までに見たことが無い程怒り散らすベルの姿に、リューは灰色の魔女の姿を幻視する。

 あまりのベルの怒りように、リリとヴェルフも椅子に座りながら呆然としていた。

 

 息を荒げてその場にいる【アポロン・ファミリア】を親の仇だと言わんばかりに睨みつけるベル。

 そんな彼の姿にほとんどの団員が委縮しているが、一人だけそうではない青年がベルの前に立つ。

 

「うちの大切な団員にいきなり何をする【未完の少年】」

 

「あ゛!? だったらあんなこと言わせんな糞野郎!!」

 

 あの温厚な少年が、あの優しすぎる程に優しいあのベルが、怒髪天もかくやと怒り狂っている。

 言葉遣いが乱れる程に怒っている。

 

 そんなものベルにとってみれば当たり前だ。

 自分の師匠を、憧憬を、好きな人を侮辱され、それも一番繊細な部分に土足で踏み込まれたのだ。

 ベル自身だって、家族を失う辛さは知っているのだから尚更に。

 

 ずっと不思議に思っていた。

 どうしてあんなに『星屑の庭』に空き部屋が多いのか。

 都市外にも団員がいるのは知っていたが、それにしては部屋の数が合わない。

 

 だが今のパルゥムの少年の言葉で気付かされてしまった。気付いてしまった。

 彼女達から話してくれるのを待っていたのに。こんな形で知りたくなどなかった。

 ベルの怒りにはそれも含まれている。

 

「何を勘違いしているのかは知らないが、先に手を出したのはお前だ【未完の少年】。相応の覚悟はしてもらうぞ」

 

「うるせえよ黙れよ糞野郎!! 覚悟決めんのはお前らの方だ(ごみ)が!!」

 

 そこから先のベルの記憶は朧気だ。

 ひたすらに店内で暴れまわり、目につく【アポロン・ファミリア】の団員を殴り、蹴り、なんなら魔法まで使った。

 

 リリは悲鳴を上げて店の外へ助けを求めに行き、リューやヴェルフに止められようとするもベルはそれすら振り切って【アポロン・ファミリア】を痛めつけた。

 灰色の狼に気絶させられるまで、ベルの暴行は続いた。




書きたかったけど書きたくなかった、そんなシーン。
原作があるからこそ余計に辛い。
私も書いてる途中で辛かったです。
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