「これはまた……とんでもないものを置いて行ったわね、アルフィア」
「そうだな、団長。今日はこの辺りにしておくか。ここはあまりにもきな臭い、きな臭すぎる」
「そうだな、団長。アタシも団長じゃねえが、ここは嫌な予感がビンビンする。この面子でも危なそうだ」
18階層、東。
その一つの領域で、ベルから渡されていた『ダイダロス・オーブ』なんて代物を片手に、アリーゼ達は険しい顔で会話していた。
ここに来る途中で落とし穴に嵌まってしまったが、それでもレベル6二人とレベル4一人。
中で待ち構えていた
ちなみにリューがいないのは、今はベルと一緒にリヴィラの街に行っているためだ。
ちなみにちなみに【ロキ・ファミリア】の面々はもう18階層から出ている頃合いだろう。
今頃はゴライアスと戦っているのだろうが、アリーゼ達はやることがあるからと言って、とっくの昔に別行動をしている。
そしてクノッソスへ入るための大きな扉を再び閉じ、アリーゼ、輝夜、ライラは現在はリヴィラの街を見に行っているリュー達と合流しようと、その場から足を遠ざけた。
その道のかたわら、輝夜はアルフィアへの悪態をついた。
「兎も詳しいことは聞いていないようだが……あの女王のことだ。どうせこれも『修行の一環』とやらなのだろう。まったく、あのクソババアは私達に楽をさせるつもりがないらしい」
「そうね! そのせいでレベル3、4の時のアビリティ評価はお弟子君ほどじゃないにしても、色々とおかしかったもの!」
「ああ。明確にアビリティに現れるほどのことをされてきたのだから、癪ではあるが当然というものだ」
「そんな数値になったのは、団長と副団長が揃ってあの化物に何度も何度もぶっ飛ばされてたからだろ。自業自得だ、馬鹿二人」
「私は馬鹿じゃないわ!」
「私も馬鹿ではない」
「そういうところだってのに……ん?」
と、そこまで話していると、
なんとも既視感のある揺れ方に、三人は思わず足を止める。
「……なあ、団長」
「ええ、輝夜。なんだか昔にもこんな事があったような気がするんだけど……」
「おいおいおい、いったいどっちだよ! 神威を解放しちまったのは!? ヘスティア様はないだろうし……まさかヘルメス様か!?」
ライラが叫んだ内容に普段のヘルメスの行いが現れているも、今回はヘスティアが原因だ。
今の三人は知る由もないが、ヘスティアは冒険者に攫われ、その後、トラブルを納めるためにわざと神威を少しだけ解放してしまった。
もっとも、そうなってしまった原因を作ったのはヘルメス。
ヘルメスは今のベルの実力を自分の目で見てみたいと思い、リヴィラの街の冒険者をベルにけしかけていた。
やはりヘルメスが悪い。
そしてけしかけられていたベルはというと、姿が見えない冒険者相手に最初は戸惑っていたが、少しの戦闘をしただけで慣れそのまま圧勝。
ベルの戦う姿を見たヘルメスは大満足だったのだが、ヘスティアが神威を解放してしまったことは流石に予想外であったため、現在は大量の冷や汗をダラダラと流している。
さて、そんな裏事情を知らない三人は、
「あれは……黒いゴライアスだと!?」
「ね、ねえ輝夜……あれ、私の見間違いじゃなければ、なんか二体いるような気がするんだけど……」
「言ってる場合か馬鹿二人! 確かに階層主が二体同時なんてありえねえけど現実だ! さっさと行くぞ! 今第一級は団長と輝夜とアーディしかいねえんだ! 多分階層の移動もできねえ! あれはそういうやつだぞ!」
呆然と立ち尽くすアリーゼと輝夜の二人にライラが叫ぶ。
現在の18階層の状況を正確に見抜いているライラ。
その言葉にハッとしたアリーゼと輝夜は既に先を走っているライラに追いつこうと駆けだした。
「輝夜! ライラ! まずはリオン達と合流! その後は私と輝夜は二人別れてそれぞれのゴライアスに対処する! たぶんアスフィちゃんがボールスあたりに話は通すだろうから街の冒険者も来るはず! 急ぐわよ!」
「「了解!」」
◇◇◇
「神ヘスティア! なぜ神威を解放してしまったのですか!?」
「エルフ君! やっぱりあれってボクが原因なのかい!?」
「そうです神ヘスティア! 以前にも似たようなことが邪神によって引き起こされたことがあります!」
「ボクは邪神なんかじゃないんだけどねえ!」
「二人ともそんなこと言ってる場合じゃないですって!? リューさん! アーディさん! それにみんなも! 早く行きましょう!」
「そ、そうですねクラネルさん。アンドロメダ! 貴方はボールスの所へ! 街の冒険者総出でなければいくらアリーゼ達がいるとはいえあれ二体には勝てません!」
「わかりましたリオン」
こんな緊急事態にもわちゃわちゃとやり取りをするリューとヘスティア。
そんな二人にベルが叫び、ハッとしたリューを含めて、その場に居るヘスティアを除いた全員が黒いゴライアス二体に向かって走る。
ゴライアスは巨大なため遠近感が狂うも、それぞれが離れた場所に出現していた。
ゴライアスに向かう面子はベルのパーティ三人、リュー、アーディ、【タケミカヅチ・ファミリア】の四人。
アスフィは既に
「リューさん、あのゴライアス黒いですけど……レベルっていくつぐらいなんでしょうか」
「それは戦ってみないことにはわかりませんが……恐らくはレベル5以上でしょう。それが二体同時など、正気の沙汰ではありませんが。あのアルフィアだって、流石にここまでの事態に私達を放り込むような真似はしないでしょう」
「そうですね。流石にお義母さんでも、階層主を二体──それも強化種を同時に相手しろなんてこと、しないと思います」
それだけの異常事態。あのアルフィアですらやらないであろうということが、今の事態の深刻さを物語っている。
そんな中、ヴェルフは一人口の中で呟いていた。
「……『意地と仲間を秤にかけることはやめろ』か」
「ヴェルフ? どうかしたの?」
なにやら決心した様子のヴェルフに、ベルが問いかける。
若干俯いていたヴェルフはベルに問いかけられると、顔を上げた。
その顔には迷いなど微塵もなく「ああ」と、ヴェルフは話し出した。
「すまないベル。俺はちょっと忘れ物があるから、さっきのキャンプ跡にまでいったん戻る。すぐに合流するから、先に戦っててくれ」
「忘れ物って、あの白い布にくるまれていた?」
「そうだ」
「わかった。リリはどうする?」
その場から一度離脱するヴェルフを見送ってから、ベルはリリにも問いかける。
リリもあのゴライアス相手では戦力になれないと考えていたのか「はい、ベル様」と、
「リリはあそこに行ってもお役に立てそうにないので、ヴェルフ様と一緒に行きます。道中のモンスターはヴェルフ様に対処してもらいます。リリは武器でも集めて戦闘のサポートに回ろうかと」
「うん。それじゃあお願い」
そう言ったリリも離脱し、ベル達の背後でも【タケミカヅチ・ファミリア】の人達が同様のやり取りをしていた。
そしてゴライアスに向かうメンバーが、ベル、リュー、アーディ、命、桜花の五人になったところで、アリーゼの声が聞こえてきた。
「リオン! やっと会えた!」
「アリーゼ! メンバーの振り分けはどうするのですか!?」
「私とライラは右手のゴライアス! リオンと輝夜は左手に! アーディはスキルの範囲内に前衛が収まるように陣取って!」
「アリーゼ!? そんな無茶言わないでよ! 距離感狂うけどあれでも結構距離離れてるよ!?」
「レベル5なんだからいけるわ!」
「ええい! 人使いが荒いなあ!」
なにやらコントのようなやり取りを繰り広げるアリーゼとアーディだが、アリーゼはともかくアーディは結構本気でそれを実行しようと考えているようだった。
それを見ていたベル達レベル2組にも、アリーゼがどうするのかを尋ねてくる。
「お弟子君と命ちゃんと桜花君は!? どっちに行くの!?」
だがそれにベルが答える前に、リューの方から指示があった。
「クラネルさんは私と来てください。異常事態ですがこれもいい機会です。師匠の本気の戦闘を間近で見るように」
そういえば今までリューが本気で戦う所など見たことがなかったなと、ベルはそう思いつつも返事をする。
「はいリューさん! どのみちそのつもりでしたから!」
「そうでしたか。では戦う際には私から離されないように。貴方のアビリティ評価なら、今の私にもギリのギリギリでついてこれるでしょうから」
「わかりました!」
その師弟のやり取りを見ていた輝夜も、リューと同様のことを、理由は異なるが言い始める。
「そうだな。よし、今回の怪物進呈の罰を今ここで済ませてしまおう。命、桜花、お前たちも私と一緒に来い。こき使ってやる。特に桜花、お前にはあのゴライアス相手に一人で
「レベル2の俺があれ相手に一人で壁役なんてできるか!?」
「できるできないの話ではない。やれ」
「命! 助けてくれ!」
「自分では無理です桜花殿! 応援していますから頑張ってください!」
「命ぉ!?」
ここに桜花の罰が決定し、そういった振り分けになるならと、アリーゼが再度アーディに指示を出す。
「なんだかよくわからないけど……その振り分けならアーディは私の方に来て! それで丁度バランスが取れる!」
「良かった! 言われたこと実行しようとしたらきっと中途半端に役立たずになるところだったよ!」
そうして一度合流した彼等は今度は二手に別れて走り始め、ベルの目にもようやくゴライアスの姿が近くに見えてきた。
それはゴライアスも同じで、ベル達の姿を視認すると咆哮を放ってくる。
「ウォオオオオオ!!」
「っ、散会!! 避けろ!!」
輝夜が危機を感知し素早く指示。
全員が密集体型からバラバラに動き出した所で、先程まで走っていた地面が爆ぜた。
「なんなのですかあれは!?」
「咆哮の衝撃波だ! 魔力を使って遠距離攻撃までしてくるとは! ええい、これだから漆黒のモンスターは厄介極まる!」
命の疑問に輝夜が答え、その間にも咆哮が飛んできている。
再び爆散する地面を見たベルは、アレをまともに喰らえば今の自分ではほぼ再起不能になると直感する。
そんなベルを傍目に、リューは疑問に思っている事を輝夜に尋ねた。
「輝夜、やはりアレも再生能力持ちだと思いますか?」
「どうだろうな。持っていると考えた方がいいだろうが、どのみち倒さなければならないのは変わらん」
「それもそうですね。攻撃してみればわかりますし」
ひとまずは、再生能力を持っているという仮定で戦おうと、リューと輝夜の二人は結論づけた。
そしていよいよゴライアスに近接攻撃を仕掛けられる距離に入り、それぞれの師弟で別れて攻撃を加えていく。
「クラネルさん! 知っているかとは思いますが超大型との戦闘では基本足を狙って頭を落とさせます! 私に合わせて下さい!」
「はい!」
言いながら、リューは既に攻撃を加えているも、その感触は芳しくなく、顔を若干顰めていた。
ベルは得物のリーチが短いこともあり、何度か斬撃をゴライアスの腱のあたりに叩き込むも、あまりの硬さにリューと同様顔を顰める。
ベルはその結果を踏まえ、ゴライアスの顔面に【ファイアボルト】を連射し視界を遮断。
追撃されないようにして、リューと一緒にその場から離脱する。
「これメチャクチャ硬いですよリューさん。倒せるんですか?」
「私ならスキルを使えばなんとかできます。輝夜ならば綺麗に腱を切断できるでしょう……やはり再生持ちのようなので、同時に切らなければ倒せませんが」
「今の僕じゃ難しそうです。僕もスキルで特大の一発は打てますけど、今使うのはちょっと……」
「確かに、聞いた限りではこのゴライアスにもクラネルさんのスキルならば通用するでしょう。ならば今は街の冒険者が来るまでの時間稼ぎです。魔法の砲撃も来るでしょうし、ここぞという時のために心の準備だけはしておいてください。もう一度行きますよクラネルさん!」
「はい! 僕もナイフで攻撃しますけど効果が薄いので魔法で撹乱します!」
師弟揃っての一撃離脱。
元々戦闘スタイルの似ている二人。
ここ二週間はしていなかったとはいえ、それ以前の一ヶ月はほぼ毎日稽古をつけてもらっていたのだ。
手に取るようにとまではいかないものの、互いに考えていることはなんとなく察することができる。
故に、初めての連携とはいえ、二人のそれは様になっていた。
リューがゴライアスにアルヴス・ルミナで斬りかかる瞬間、彼女が攻撃を受けないようにベルが魔法で視界を奪う。
そしてリューの攻撃によってできた隙に、ベルもヘスティア・ナイフと銀色のロングナイフで連撃を放つ。
そんな息のあった連携を見せる二人とは対照的に、もう一方の師弟はドタバタと忙しないやりとりを繰り広げていた。
「命! 二歩出遅れているぞ! もっと先の予測を立てて行動しろ! 桜花! なんだその防ぎ方は! それではまったく攻撃できる隙が生まれん! いない方がマシだ!」
「はい! 輝夜殿!」
「俺にだけ酷くないか輝夜! 俺にも助言をくれ!」
「貴様にするような助言などないわ青二才! これも罰の一つだ! 自分で考えろたわけ!」
「命! お前から輝夜に何か言ってくれ!」
「ですから自分では無理です桜花殿! 頑張ってください桜花殿!」
「命ぉ!?」
先程と同じやり取りを繰り広げる命と桜花。
そんな二人に対し、今もゴライアスの太く硬い脚を易々と第一等級武装『ソメイヨシノ』で斬り裂く輝夜は罵声を浴びせる。
「貴様等もあの兎を少しは見習え! こちらの方が人数が多くかつ私がいるというのに、向こうと戦果が変わらないとはどういうことだ! 私に恥をかかせるつもりか貴様等は!」
「分かりました輝夜殿! 自分、精進いたします!」
「あの冒険者のステイタスはおかしいだろう! 本当に俺たちと同じレベル2なのか!? あれは絶対にレベル3目前の動きをしているぞ!」
「命はいい! その調子だ! だが貴様はダメだ青二才! ステイタスなんかの話をしているのではない! だから貴様はダメなのだ! このポンコツ二号!」
「二号とはなんだ二号とは! いったい一号は誰なんだ!?」
「あのポンコツエルフに決まっているだろうたわけ!」
「あのエルフがか!? あれでポンコツ呼ばわりされるのならいったい俺はなんなんだ!?」
「ポンコツ以下だ筋肉達磨!」
「それでは格が下がってないか!?」
「ええい! 無駄口を叩いている暇があれば攻撃に加われ! 私にちゃんと合わせろ! あの馬鹿師弟達より私達の方が出遅れるようになってきたぞ!」
輝夜の言う通り、この僅かな時間の中でベルとリューの連携の練度はどんどんと高まっている。
今の二人はファーストアタックの時とは比べようもないほど加速していた。
輝夜が憎たらしいと思い、さらには自分の弟子達が不甲斐ないとも思う程に、あの師弟の戦闘面における相性は抜群だ。
このままいけば、長年一緒にリューと戦い続けている【アストレア・ファミリア】での連携と遜色ないレベルに練度を高めるだろう。
流石にこの戦闘中にそうはならないだろうが、そんな予感を輝夜は覚えた。
そんな風にベルとリューが共闘する姿を視界に収めながらも、なおもゴライアスの脚をズタズタにする輝夜に桜花が叫び、そして吹き飛ばされていった。
「レベル6にそんな簡単に合わせられる訳がないだろう! !? ぐわああああ!!」
「お、桜花殿ー!!」
仲間を案じ叫んだ命は吹き飛ばされた桜花の様子を見に行こうとしたが、それは輝夜に止められる。
「ちっ、やはり使えん。命! 桜花は放っておいてもいい! どうせ直ぐに立ち上がる! お前は並行詠唱とまでは言わんが下がりつつ詠唱してろ! あの魔法は時間稼ぎにはピッタリだ!」
「畏まりました輝夜殿! 【掛けまくも畏き──」
指示された通りに下がりつつ、命は【フツノミタマ】の詠唱を開始する。
それを視界の端に収め、そしてさらに後方から魔力の高まりを感じた輝夜はリューに指示を飛ばす。
「リオン! そろそろ魔法の援護がこちらに来る頃合いだ! ボールスもいい判断をしている! 貴様もそれに合わせられるよう詠唱に入れ!」
現状大きな火力が足りていないのは、ベル達が相手にしているゴライアスの方だ。
もう一体の方にはアリーゼとアーディがおり、第一級冒険者が二人いるあちらの方が火力は高い。アリーゼにはあのスキルもある。
ライラとアスフィのレベル4二人も援護に入っているから尚更だ。
輝夜に指示を受けたリューは、若干間を置きつつも魔法を放つ準備に入る。
「……わかりました。【今は遠き森の空──」
攻撃、防御、回避、移動、連携、詠唱と、なんと六つの事をゴライアスの強化種相手に同時高速展開するリュー。
義母に勝るとも劣らない異次元の並行詠唱を始めたリューにベルは驚愕し、もはやそれを見慣れている輝夜は命に向かって叫ぶ。
「命! お前はリオンの並行詠唱をよく見ていろ! あそこまでとは言わんがいずれは出来るようになれ!」
まだ詠唱の完了していない命は返事はせず、ただただリューのオラリオで一、二位を争うレベルの並行詠唱を瞳に焼き付ける。
それを見やり、魔導士の攻撃が直撃しやすいようにと、輝夜も己の魔法を使う。
「こちらもそろそろ断てそうか。【禍つ彼岸の花】──【ゴコウ】」
「ゴァアアアアッッ!!」
生み出されるのは回避不能の斬撃──それが五つ。
その全てがゴライアスの脚に叩き込まれ、右脚を足首のあたりから切断した。
途端、バランスを崩して片膝を着くゴライアス。
そして下がった顔にリューとベルは斬撃を入れすぐに退避する。
「──星屑の光を宿し敵を討て】──【ルミノス・ウィンド】!」
詠唱が完了し、後方の魔導士の砲撃と一緒にリューの風の光玉がゴライアスの顔面に直撃。
ゴライアスの顔面の半分ほどを吹き飛ばした。
「っ、やはりこれで倒せるほど甘くはないか」
「そうですね輝夜。奴の体を吹き飛ばすか、魔石ごと破壊するほどの威力でないと厳しいようです」
しかし見る見るうちに魔力が燃焼し、再生が始まるゴライアスの脚と顔。
リューと輝夜は冷静にゴライアスの状態を把握し、意見を交わす。
後方からは歓声が上がっていたが、それは既に悲鳴に変わっていた。
「っ、不味い! 狙いは後ろか!」
「ウォオオオオオ!!」
そうして再生が完了したゴライアスは、仕返しとばかりに特大の咆哮を放ち、魔導士達を狙い撃った。
階層主戦で必須とも言える火力担当が一瞬でやられたのを見て、ベルは覚悟を決める。
「リューさん! スキルを使います! ちょうど他の冒険者も来ましたし僕は一旦後ろに下がります!」
「わかりましたクラネルさん! 咆哮には気を付けなさい!」
「はい!」
返事をし、命と同じ辺りまで下がるベル。
リューはベルの特大の一発に合わせようと、もう一度魔法の詠唱に入っていた。
そのやり取りを聞いていた輝夜は、新たに命と桜花に指示を飛ばす。
「命! 詠唱はもう済んでいるな!」
「はい!」
「よし! 兎にタイミングを合わせろ!」
「畏まりました!」
「桜花! 流石にもう立ち上がってるな!」
「おう!」
「なら貴様は兎と命を咆哮から守れ! 今の貴様でその程度もできないようなら今後指導など一切つけんぞ!」
「それは困る!」
輝夜の指示通り、既に復帰していた桜花はそのまま後方に残り、ベルと命を盾で守る態勢に入る。
そしてベルはスキルを発動。チャージを始める。
リンリンと鐘の音がなり始め、右手に白い光が集束していく。
そしてベルがチャージしている間、さらにベルの後方からヴェルフの声が聞こえてきた。
「ベル! 待たせたな!」
「ヴェルフ! ずっと気になってたけどそれは!?」
「俺が鍛えた魔剣だ! 今すぐにでも使うか!?」
「それはちょっと待って! 今僕もスキルを使ってるしリューさんも詠唱に入ってる! それに合わせて! 狙いは胴体の魔石付近!」
「了解だベル!」
クロッゾの魔剣と聞き、それを知っているベルは待ったをかける。
ベル、リュー、ヴェルフと、特大の火力が三つ揃った。
先程の魔導士達となんら遜色のない火力だ。
これならばいけるとベルは確信し、さらにチャージを進め──。
「──一分、これ以上は待たせられないか。リューさん! ヴェルフ! 命さん! いきます!」
「了解だベル!」
「承知しましたベル殿! 【フツノミタマ】!」
「!? ォオオオオオ!」
最初に発動したのは命の重力魔法。
それがゴライアスの巨体を地面に縫い留め、移動を許さない。
前衛でゴライアスを引き付けていたリューと輝夜、その他の冒険者は既に退避している。
そしてゴライアスが動き出す前にと、ベルとリュー、ヴェルフはそれぞれの火力をほぼ同時に解放した。
「っ、【ファイアボルト】!」
「【ルミノス・ウィンド】!」
「【火月】!」
リューの魔法とヴェルフの魔剣は狙い通り胴体に直撃した。
しかし一瞬だけベルの方を睨み、咄嗟といった様子で咆哮を放ってきたゴライアスのせいでベルの狙いだけがそれ、胴体より上の喉元から下顎の辺りに当たる。
「やったか!?」
「桜花殿! それは神々の言う『ふらぐ』というやつです! 言ってはいけません!」
「そうなのか!?」
「そうだぞ大男! あれを見ろ!」
リューとヴェルフの攻撃は確かに効いたようで、胴体からは魔石がチラリと確認できるもギリギリで届いていない。
ベルのスキルと魔法は、その一撃でゴライアスの頭を吹き飛ばすほどの規格外の威力であったが、それでもゴライアスを倒すのには届いていない。
しかも既に両方とも再生が始まっており、追撃も叶わない。
もしもベルの狙いが逸れていなかったら、ゴライアスが咄嗟に咆哮を放っていなければ、結果は違っただろう。
これはゴライアスの作戦勝ちといってもいい。
「っ、もう一度スキルを使います! 今度はさっきより長く溜めるのでもっと時間を稼いでください!」
「っ、危ない!」
スキルの反動で虚脱感を覚えるも足を踏ん張り、もう一度スキルを使おうと思った時だ。
ベルの死角から咆哮が飛んできて、それに気付いた桜花がベルを庇うように咆哮との間に入った。
瞬間、ベルと桜花は二人してその場から吹き飛ばされる。
「クラネルさん!」
「今のはもう一体の方か! いったい団長は何をやっているのだ!」
輝夜は遠目に見えるもう一体のゴライアスとアリーゼへと視線を向ける。
アリーゼはほぼ一人でゴライアスを相手に前線を維持しており、エンチャントが青くなっていることから三つ目のスキルも使っている様子だった。
「流石にあれでは回避の方向にまで気を付けるのは無理があるか。リオン! お前が前線から抜けるのは許さんぞ!」
弟子の無事を確認したかったのだろう。
リューはベルが吹き飛ばされていった方向に足を向けていたが、それを見た輝夜に止められる。
「ですが!」
「兎なら大丈夫だ! 最後に桜花が庇ったように見えた! 死んではおらん! それよりも私達も前線に復帰するぞ! 今畳みかけないでどうする!」
「っ、わかりました輝夜」
不承不承といった具合でリューは輝夜の指示にしたがい反転。
再びゴライアスに突っ込んでいく。
それを見た後、輝夜は後方で棒立ちになっていた二人に新たに命じる。
「命! 鍛冶師! お前たちも一緒に来い!」
「はい! 輝夜殿!」
「こいつはともかく俺はまだレベル1だぞ性悪女! まだ魔剣も一回だけなら使える! 俺はベルの様子を見に行ってくる!」
「っ、それならば仕方ないか。さっさと行くぞ命! 私から離れるな!」
「はい!」
◇◇◇
かつて、お義母さんが言っていたことを思い出す。
「あの狒々爺が言っていることを伝えるのは気に食わんが、確かに的は射ている。故に、私からお前に伝えておく。あの狒々爺に先に言われるのも癪だからな」
それはいつもの鍛錬が終わった後の事だった。
いつも通りボロボロになって死にかけた僕に、お義母さんがお祖父ちゃんが言っていた言葉と、そう言って僕に伝えてくれた。
「もし、英雄と呼ばれる資格があるとするならば、剣を取ったものでもなく、楯をかざしたものでもなく、癒しをもたらしたものでもない」
『英雄』になりたいと、『最後の英雄』になると、そう言った僕だからこそ、お義母さんはその言葉を僕に送ってくれたのだろう。
「己を賭したものこそが『英雄』と呼ばれるのだ」
己を賭す。
すっと、その言葉が僕の心に入ってきた。
「別に女だけを救わなくていい。お前が助けたいなら、男でも女でも助ければいい。だが変な女を救って惚れられるような真似だけはするな。お前に変な雌犬が付き纏うようになるのは御免こうむる」
多分、そこだけはお義母さん自身の言葉だろう。
お祖父ちゃんだったら真逆のことを言うのだろうから。
「仲間を守れ、己を賭けろ、折れてもいい、挫けても構わない、大いに泣け、勝者は常に敗者の中にいる。私は負けたことがないから、常に勝者だったが、お前は負けるだろうからな」
それはお義母さんが規格外だったからだろうなと、僕は思う。
そして僕はなんなら今だって負け続けている。
毎日のように、
「願いを貫き、思いを叫べ」
自分の願い。
『英雄』になりたい。
自分の思い。
『最後の英雄』になる。
「さすれば、それが一番格好のいい男だ」
最後に、お義母さんは珍しく両目を開けて、微笑んで言ってくれた。
「私も、そう思っているぞ。ベル」
◇◇◇
頭から血を流し、それでもベルは立ち上がった。
近くでリリの声が聞こえた気がする。
けど、申し訳ないとは思うけど、今のベルにリリの言葉を聞く余裕はなく、リリに差し出された何かしらのモンスターのドロップアイテムであろう黒い大剣を受け取った。
大剣を両手で握りしめる。
【
【
思い浮かべる『英雄』は、ベルの義母。
灰と緑の瞳を持った、灰色の髪の魔女。
義母──アルフィアが両目を開け、微笑んでくれた姿を思い出す。
ゴーン、ゴーンと、大鐘楼の鐘の音が鳴る。
その音を聞いて、その鐘の音を聞いて、義母が一緒に戦ってくれていると、そう感じられた。
「この鐘の音は……」
「そうだなリオン。あのクソババアにそっくりだ。流石は親子といったところか」
「そうですね。ですが……」
「ああ、嫌な感じはしないな。行くぞ」
「はい」
ベルがチャージする時間を稼ぐために、リューと輝夜の二人はゴライアスに向かって何度目ともわからない斬撃を、魔法を放ち、脚を断ち、文字通り足止めに徹する。
大鐘楼の鐘の音が二つの戦場に鳴り響き、冒険者達の戦意をこれでもかと高揚させる。
チャージ三分。
フルチャージ。
大鐘楼の鐘の音が鳴り終わったその瞬間、ベルは再び駆け出した。
それとほぼ同時。
アリーゼの火力も最大に高まり、彼女の炎のエンチャントは白く染まる。
彼女の周囲には陽炎が揺らめいていた。
駆け出す二人。
放たれる一撃はまさに『英雄』の一撃。
同時に二人の『英雄』が斬撃を放つ。
ベルの一撃は下段からの振り上げ。
ゴライアスの上半身を吹き飛ばし、魔石を露出させた。
アリーゼの一撃は頭上からの真っすぐな振り下ろし。
「【
魔石ごと焼き斬られたゴライアスは炎に焼かれる前にそのまま灰となり、ドロップアイテムを落とした。
ベルが魔石を露出させたゴライアスは、そのままベルが魔石を破壊し、同じくドロップアイテム──ゴライアスの硬皮を落とす。
ここに、二つの戦場が幕を下ろした。
──────────────────
色々捕捉
アリーゼ「
輝夜 「やめろ団長」
ライラ 「やめてくれ団長。パクリは困る」
リュー 「?」
私はFateを見たこともゲームをやったこともありません。
あと今回書いた内容、どっかで読んだことがある気がするんですよね。pixivとかで。
もしご存知の方がいらっしゃったら、作品名を感想欄にて教えてもらえるとありがたいです。