そのギルド職員は
五年前に
だが、本日はロイマンが慌ただしく主要なファミリアを呼び寄せ会議を始めていた。
それだけではない、その中にかつての最強である【静寂】と【暴食】までも含まれていたのだ。
――今回は自分が動くべき事態だ。
そう判断した『信者』は応接間の隣の部屋に密かに入り込み、魔道具で盗聴していた。
壁は分厚く、大きな物音を立てない限りは露見する心配はない。
そうして息を殺していたのだが、衝撃的な会話が何度も何度も飛び出してきて、彼女は幾度となく声に出しそうになった。
しかし、彼女は忠実な『信者』である。使命を全うするために出そうになる声を押し込め、盗聴を続けていた。
……のちに後悔することを知らずに。
「――では、大方自決装置への対策はまとまったな」
フィンの締めの言葉に誰も異論を唱えなかった。
現状で考えられる対策は出し尽くした。あとはその時が来るまで水面下で動くのみである。
「よーし、終わったか! んじゃ、さっそくベルからポケモンもろてもええか?」
「ロキ、はしたないわよ」
話は終わったとばかりに、はばかることなく堂々とおねだりしたロキに対しフレイヤが窘める。
しかし彼女も神であるが故に、未知への興味が隠せないでいた。
瞬きの回数が多かったり、眉がぴくぴく動いたりと内心はしゃいでいる主神を見たオッタルとヘディンは、珍しく普段の仏頂面を緩ませていた。
「いえ、大丈夫ですよ。本当はじっくり皆さんに合うポケモンを考えたかったんですけど、あんな未来が見えてしまったんです。ひとまず『テレポート』を使えるポケモンをこの場で各ファミリアに一匹ずつお譲りします」
「ありがたい。一刻を争う事態になった時、一瞬で移動できれば対処の幅が広がる」
ベルの惜しみない献身に、リヴェリアが感謝の念を伝えた。
しかし、アーディはそのことに複雑そうな顔をしてベルに問いかける。
「でもいいの? ベル君のお友達なんだよね。嬉しいんだけど、気が引けるというか……」
「気遣ってくれてありがとうございます。でも、新しくポケモントレーナーになる人にポケモンを譲るのは、先輩トレーナーの役目ですから」
「ポケモントレーナー?」
「僕のいた世界ではポケモンを手持ちにして、育てて戦わせる人のことをポケモントレーナーって呼ぶんです。縮めてトレーナーですね」
そういうベルに対し、ガネーシャが大きな声で宣言した。
「つまり! この場でオラリオ初のトレーナーが! 五人も誕生するのだな! ガネーシャの名に誓って、祝福するぞおおおおお!!」
「静かにしてください、ガネーシャ様!」
騒音公害と化したガネーシャに、アルフィアが不機嫌そうに瞳を閉じる。
うっとうしいが頼れる主神を
だが、アルフィアは確かに声の大きさに不快を感じていたが、それよりも言葉の内容に不快感を露わにしていた。
「……お前たちがオラリオ初のトレーナーなどではない」
「どういうことですか? 確かにクラネルさんは元々この世界出身ですが、向こうで育ったのです。純粋なオラリオ初のトレーナーとはいい難いのでは?」
リューの疑問に答えたのはザルドであった。
無骨な大男に似合わぬ、まるで新しい玩具を見せる子どものような笑顔で彼が答えを見せる。
「それはな――こういうことだ」
ザルドに合わせて、アルフィアも懐から出したボールを放り投げた。
「ふーぅ」
「……………………やぁん?」
ボールから飛び出したのは、女魔法使いを連想させるどこか妖艶なポケモンと、片腕を巨大な貝殻に食いつかれた間抜けそうなポケモンであった。
出てきた二体に対し、コライドンとネイティオが腕を上げたり羽を広げたりして挨拶している。
「なるほど……先んじてポケモンを譲り渡していた訳か」
「はい。お母さんが出した魔女のようなポケモンがブリムオン。ザルドおじさんが出した額や腕などが紫色になってるポケモンがヤドランといいます。といってもおじさんのヤドランは、通常のヤドランじゃなくてガラルのヤドランなんですけど」
オッタルの納得に対し補足をしたあと、ベルは自身のヤドランをボールから出した。
「……やぁん?」
そのヤドランはザルドのヤドランと違い、尻尾を貝に噛みつかれていた。紫に変色した部分も見受けられない。
呼ばれたヤドランの背中を撫でながら、ベルが説明を続ける。
「こんな感じで同じポケモンでも、住む地方や環境によって姿や能力が変わるんです。これをリージョンフォームといいます」
「へえー、面白いな。環境に応じて姿が変わるなんて。モンスターにも変異種はいるが環境適応とは異なるし、やっぱりポケモンはどちらかといえば動物に近いな」
ヘルメスは感心しながら、お互いに何度も何度も「やぁん?」と鳴きながら挨拶(?)をするヤドランを眺めた。
「しかし、なんというか……【静寂】のポケモンはイメージに合うのですが、その……」
「厳つい俺には似合わんか? まあ、そうかもしれん」
アスフィの歯に挟まった物言いを気にした風もなく、ザルドは肩を竦めた。
「ベルには色々なポケモンを勧められたが、どうせなら俺の命を救ってくれたポケモンと関係ある奴が欲しかったからな。その結果、こいつが俺の相棒になったという訳だ」
「……そうか。異界の未知で毒を反転させたといっていたが、このポケモンの力だったか。『みらいよち』といい、奇異な姿をしていてもポケモンは侮れん」
ヘディンが眼鏡のつるを弄りながら、ベルのヤドランとネイティオを見遣る。
二匹はまるでシンクロしているかのように、首を右へと傾けた。
それを見たブリムオンが可笑しそうに笑っている。目を凝らすと髪の中から小さな手が見えた。
「この【静寂】のブリムオンって子、とってもプリティーね! よーく見ると長い髪の中に小さな女の子が隠れているのね! ねねっ! ちょっと抱っこしてもいーい!?」
ブリムオンに目をつけたアリーゼが、にじり寄りながら大きな声で話しかける。不審者さながらの赤毛の女に、ブリムオンが顔を不機嫌に歪ませるも彼女はとまらない。
それを見たベルが慌ててとめようとするが、あまりにも遅すぎた。
「ふーぅしゃ!」
「ふふふ、さあ、大人しくこの私に――ぶへらっ!!」
ブリムオンは帽子の先の箒のような触手で、近寄る
「アリーゼえええええ!?」
「気をつけろ。ブリムオンは『せいじゃくポケモン』と呼ばれるほど雑音を嫌う。怪我をしたくなければ、お行儀よく静かにすることだ」
リューがアリーゼに駆け寄る中、アルフィアがどこか満足げに説明をした。ブリムオンもアルフィアの隣に立ち、小さな胸を張っている。
トレーナーになったばかりのアルフィアだが、すでに絆が出来上がっているようだ。……いったい何がきっかけだったんだろうか?(すっとぼけ)
その瞬間、応接間にいる者のほとんどの心中が一致した。
(…………【静寂】がもう一人増えた!?)
まるで音がなくなったかのように静かになった者たちに、ベルとザルドが申し訳なさそうに頬を引きつらせていた。
「……おほん。アリーゼは油断していたとはいえ立派な第二級冒険者。それを殴り飛ばせるってことは、かなり強い子よね。付き合いが長そうだけど、譲ってもよかったの?」
気を取り直したアストレアの疑問に、ベルは縋りつくように答えた。
「は、はい! 大丈夫です。もともと卵から産まれたばかりの子で、誰かに譲ろうかと考えていましたから。お気遣いありがとうございます」
「あら、そうなの。ならよかったわ。でも、ポケモンって卵から産まれるのね。…………え、待ってちょうだい。今、産まれたばかりっていわなかったかしら?」
もしそれが本当ならば、ポケモンはモンスターと同じで産まれた時から強者なのかとアストレアは思ったが、返ってきた答えは斜め上のものだった。
「そうです。でも、産まれたばかりだと碌に戦う力はないので、けいけんアメをひたすら舐めさせた後、ハーブをキめてドーピング漬けにしました」
「話の半分も理解できないけど、滅茶苦茶やってるのは理解できたわ! えっ? 薬漬け? そんな危ないことして大丈夫なの!?」
「安心してください。今まで健康に害が出たポケモンはいません」
そういってにっこり笑うベルに、すでに知っているアルフィアとザルド以外の誰もが思った。
この白兎怖い……やっぱり【静寂】の子なんだな。
微妙な空気を気にもせず、ベルは今まで出したポケモン達をボールにしまい始めた。それに倣ってアルフィアとザルドも自身の相棒をボールに回収する。
「では、皆さんお待たせしました。この子達が貴方たちのパートナーになるポケモン達です!」
代わりに新たなモンスターボールを五つ抱え込み、一斉に放り投げた。
出てきたのは、眠っているポケモン、目元が隠れたポケモン、子犬のようなポケモン、縫いぐるみのようなポケモン、そして妙に角ばったポケモンであった。
それぞれ皆、姿形が異なる多彩なポケモン達にさきほどの空気はどこへやら、神々も冒険者たちも目を輝かせる。
無関係なはずのロイマンも、ようやく慣れてきたのか興味深げに覗き込んでいた。
「こいつらが冒険者に与えるポケモンか。渡す相手は決まっておるのか」
「会議が始まる前にお話ができたアストレア、ヘルメス、ガネーシャ・ファミリアは決まっています。ただすみません、ロキ、フレイヤ・ファミリアの皆さんは簡単な自己紹介しかできなかったので、オードソックスな『テレポート』を使えるポケモンから選んでいただこうかと思ってまして」
そういって、ベルは二体のポケモンを両手で抱き上げて、両ファミリアに見せた。
「こっちの眠ってばかりいる子はケーシィ。でも
ケーシィはベルに抱かれたまま、安心しきって眠りこけていた。ラルトスは人の視線を感じ取り、恥ずかしそうに身じろぎしている。
「どちらも必ず皆さんのお役に立てるポケモンです。すみませんけど、話し合ってどちらが良いか決めてもらってもいいですか?」
「おー、どっちもかわええ子やん。悩むなぁ」
「甲乙つけがたいわね。……ここはパートナーになる子供に好きに選んでもらおうかしら」
フレイヤは自身の眷属に目配せする。すると、ヘディンがすぐさま名乗り出てきた。
「貴重な『テレポート』持ちを貴様のような突撃馬鹿に預けられん。フレイヤ様。私がトレーナーになります」
問答無用で否定されたオッタルの顔が、少しばかり悲しそうなのは気のせいだろうか。
オッタルの機微に気づいたフレイヤは、それでも笑顔でヘディンの申し出を了承した。
「んじゃ、うちらもトレーナーになる子に選んでもらおか。フィン、リヴェリア。どっちがなる?」
「んー……。ベル、のちほどポケモンを選ばなかった方も貰えるということでいいのかな?」
「はい。その時はお話を聞いて合う子を紹介するつもりです」
「僕はそちらの方が興味があるな。リヴェリア、君は?」
「私はどちらでも構わない。ならば、一足先にポケモンを譲り受けておこう」
リヴェリアがトレーナーになることが決まった瞬間、先にポケモンを選択する権利は決まった。
「リヴェリア様、お先にお選びください」
「……いいのか?」
「フレイヤ様から好きに選ぶよう命じられております。ならば私は貴女に選択肢をお譲りしましょう」
「そこまでかしこまらなくても良いのだが……好意は素直に受けておこう」
ヘディンに礼を述べ、リヴェリアがベルに抱き抱えられた二匹の前に出た。
自身のパートナーになる二体を眺める。口元に手をやり考え込むも、なかなか決められない。
ケーシィが大きく船を漕いでがくりと項垂れた。
「いざ選ぶとなると悩むものだな……ううむ、どうしたものか」
「新人トレーナーあるあるの悩みですよね。好きな子を選んでくれといわれても、そう簡単に決められません」
どちらを選んだものかと悩んでいると、ラルトスがリヴェリアとヘディンを交互に眺め始めた。
ヘディンを見た時、ラルトスの身体が怯えるように微かに震えた。しかし、続いてリヴェリアを見た際、震えがとまる。
目元は見えないが、リヴェリアのことをじっと見つめていた。
「ん? どうした?」
そうリヴェリアが問いかけると、ラルトスはベルの腕から飛び出して、リヴェリアの胸元へとしがみついた。
「ととっ。な、なんだ? どうした急に?」
「どうやら気に入られたみたいですね。リヴェリアさんの感情が好みだったんだと思います」
「つまり、リヴェリアママのママみを感じ取ったっちゅー訳か」
「だからママと呼ぶな」
ロキに文句をいいながらも、リヴェリアはラルトスをしっかりと抱きしめていた。
腕の中のラルトスを優しく見つめる。
「共に来てくれるか?」
「ぴょう!」
ラルトスは元気よく返事をした。
新たなポケモントレーナーの誕生を、ベルが笑顔で祝福する。
「ならば、私の相方はそいつになるのか。……起きる気配もないな」
「一日18時間も眠って過ごしてますからね。でも、寝ていても起きてる時と同じくらいの活躍ができますから安心してください」
「もはやポケモンの生態についてとやかくはいうまい」
そういいながらも、ヘディンはベルからケーシィを受け取った。少々ぎこちないが、落とさないように丁寧に抱き抱えている。
オッタルが意外そうな顔でじっと見つめてくる。あっ、少しだけ口元が綻んだ。
それに対してヘディンは盛大な舌打ちをした。
それでもケーシィは起きないで抱かれるままであった。