ベル・クラネルは皆の注目を一身に集めていた。
先ほどからベルと話していた神や冒険者はもちろん、会話に加われなかったリューも、ようやく生き返ったオッタルも、コライドンを恐れて遠くに逃げていたロイマンも、異世界帰りのベルがいう実利に興味深々であった。
「とりあえず、手っ取り早く実例をお見せします」
そういってベルはもう一つモンスターボールを取り出し、床へと放り投げた。
……そこから出てきたのは、奇妙なポケモンであった。
人間のように真っすぐに立つ緑色の鳥。白い羽が前へと折りたたまれ、前掛けのように身体を覆っている。
特徴的なのはその瞳だった。壁画に描かれているような特徴的な目つきをしていて、じっと見つめていると吸い込まれそうになる。
「むう……。なんだ、その……独特なポケモンだな」
異様な雰囲気を持つポケモンに、シャクティが思わず声に出してしまう。すると、その鳥ポケモンは首をぐるりと動かし、シャクティをじっと見つめた。
「うっ……」
不気味にこちらを見つめるポケモンに、シャクティがたじろぐ。
すると、そのポケモンは嘴も開かずにシャクティに向かって一言鳴いた。
「トゥートゥー」
「…… トゥートゥー?」
やけに耳に残る謎のポケモンの鳴き声。ついシャクティが真似して口からもらしてしまう。
すると、再びそのポケモンは鳴き始めた。
「トゥートゥー」
「な、なんだ。私に訴えたいことでもあるのか?」
「トゥートゥー」
「いや、そういわれても言葉がわからな――」
「トゥートゥー」
「だから――」
「トゥートゥー」
「その――」
「トゥートゥー」
「トゥートゥー」「トゥートゥー」「トゥートゥー」「トゥートゥー」「トゥートゥー」「トゥートゥー」「トゥートゥー」「トゥートゥー」「トゥートゥー」「トゥートゥー」「トゥートゥー」「トゥートゥー」「トゥートゥー」「トゥートゥー」「トゥートゥー」「トゥートゥー」「トゥートゥー」「トゥートゥー」「トゥートゥー」「トゥートゥー」「トゥートゥー」「トゥートゥー」「トゥートゥー」「トゥートゥー」「トゥートゥー」「トゥートゥー」「トゥートゥー」「トゥートゥー」「トゥートゥー」「トゥートゥー」「トゥートゥー」「トゥートゥー」「トゥートゥー」「トゥートゥー」「トゥートゥー」「トゥートゥー」「トゥートゥー」「トゥートゥー」
「ああ、ああああ……トゥ、 トゥートゥー!」
目をぐるぐる回し、シャクティは「トゥートゥー」と言葉を繰り返す壊れた人形になってしまった。それを見た鳥ポケモンが満足そうに「トゥートゥー」と言葉を返す。
「ギャッス?」
心配そうに鳴いたコライドンに顔を舐められてもピクリともしない。
「お、お姉ちゃんが壊れちゃった……」
「シャ、シャクティさん!? ごめんなさい、これ食べて下さい!」
そういってベルが鞄から見慣れぬ赤桃色の木の実を取り出し、シャクティの口に放り込んだ。
「……………………はっ! わ、私はいったいなにを?」
「ほんと、ごめんなさい! 普通、ネイティオって滅多に鳴かないポケモンなんですけど、僕のネイティオはよく鳴く子で。……理由はよくわからないんですけど、ずっと聞いてると『混乱』しちゃうんですよ」
「いや、まあうん。なんか聞いてると深淵に飲み込まれそうになるもんね。お姉ちゃんみたいに間近で聞かされたら、私も危なかったかも」
「トゥートゥー」
呆然とするシャクティをアーディが支えながら、今も続けるなんとも耳に残るその鳴き声に言及した。
「……おい。第二級冒険者すら混乱させる力が、貴様のいう実利なのか?」
「いやいやいや! ち、違います! もっとちゃんとしたやつですから!」
ヘディンすら毒気を抜かれたのか、どことなく覇気のない声で問いかける。それをベルは首をぶんぶん横に振って全力で否定した。
「ネイティオは「せいれいポケモン」と呼ばれていて、過去と未来を見ることができるといわれているポケモンです」
「精霊? 君が飛ばされた世界にも精霊がいるのかい? いや、それより過去視と未来視ができるのか!?」
フィンが驚きを露わにし、周りの者たちも騒めく。
もし、それが本当のことならとんでもない力であった。
未来が見えれば、
過去が見えれば、理由のわからなかった
「あくまで真否は定かではなく、そう信じられているだけなんですが、僕のネイティオは本当に過去も未来も見られます。といっても、万能の力という訳ではなく、完全に狙ったものを見ることができませんが……」
「ううん、十分過ぎるわ! ベル、さっそく未来を見ることができるかしら!?」
「はい、やってみます。――ネイティオ、『みらいよち』頼める?」
「トゥートゥー」
アリーゼが興奮しながら頼むと、ベルはネイティオに指示を出した。ネイティオは一言鳴くと翼を一度羽ばたかせる。
その後は虚空を見つめて動くことも鳴くこともしなくなった。
一分、いや二分経っただろうか。固唾を飲んでネイティオの様子を見守る。
すると、ネイティオの目が突然怪しげに光りだした。
その瞬間、この場にいる全員に起こりうる未来を幻視させた。
――
――その少女に、アーディが必死に笑みを浮かべて手を差し伸べている。
――しかし次の瞬間、胸に隠していた装置を少女が起動させ……。
――大規模な爆発が起こり、少女をアーディ諸共、跡形もなく消し飛ばした。
…………誰もが絶句した。まるで現実であるかのように見せられた、これから起こる未来に、神も人も声を出せないでいた。
絶望の未来を見せられたアーディ本人も、瞬きすらしないで立ち尽くしてる。
その静寂を彼女の親友の妖精が打ち破った。
「……なんだ……これは。なんだこれは!! 何故、アーディが!? 彼女が消し飛ばされている!?」
リューが我を忘れるほど取り乱し、あってはならない未来へ叫んでいた。
歯を食いしばり、その瞳に涙を浮かばせ、最悪の未来を見せたネイティオに詰め寄る。
そんなリューをネイティオは感情が見えない瞳で、黙ってじっと見つめていた。
「……こんなことは嘘だ。嘘だといってください。でないと私は――」
「リ、リオン! ちょっと落ち着いて――」
「落ち着いていられるか!!」
アリーゼが宥めようと伸ばした手を払いのける。赤くなった手を押さえて、アリーゼは哀しそうにリューを見つめた。
しかしすぐに我を取り戻し、いつ蛮行に出るかわからないリューをとめようと再び手を伸ばし――。
その前にベルがリューの前に立ちはだかった。
「リューさん。落ち着いてください」
「……クラネルさん。どいてください」
「いいえ、どきません。リューさん、ネイティオに当たっても仕方ないことなんです」
「あんなものを見せておきながら、仕方ないことだと? どの口がそれをいう!?」
ベルの襟元をつかみ上げ、リューは鬼のような形相で睨みつけた。
第二級冒険者が放つ鬼気とした威圧。
冒険者でもない者が受ければ、それだけで気絶するものを、ベルは優しい微笑みで迎え入れた。
思わぬ反応に怯んでリューが力を抜くと、ベルはその華奢な肩をそっと抱きしめる。
間近で見せつけられたアリーゼが、小さく「わお☆」と驚きの声を上げた。
「ク、クラネルさん? いったいなにをして――」
「リューさん。今見せられたのは、まだ起こってもいないただの未来の光景です。僕たちの手で変えられる。変えることができる未来です」
「……クラネルさん」
「だから、落ち着いてください。落ち着いたら、どうすれば未来を変えられるか、一緒に考えましょう」
そういってベルは安心させるように、歯をむいて大きく笑って見せた。
どこか中性的な印象のあるベルの男らしい笑顔を受け、リューも可笑しくなって笑ってしまった。
「あのー、お二人とも。いちゃついてるところ悪いんだけど、皆が見ているからいったんやめようね」
「なっ!? アーディ!? い、いえ、いちゃついてなどいません!!」
いつの間にか隣にいたアーディに制止され、リューは顔を真っ赤にしてベルから離れた。
それを皆が微笑ましいものを見るような目で見つめていた。……一部、なんか睨んでいたが。
「あのですねアーディ。私は別に抱きしめられてドキドキしたとか、異性に抱きしめられるとはこういう感じなのかと考えていた訳ではなく――いや、そんなことより大丈夫なんですか!?」
「あはは、なんだか忙しそうだね」
「アーディ。だから、そんなことよりも――」
「私は大丈夫だよ、リオン」
そういってアーディはリューに微笑む。
自身の死を見せられたというのに、その笑顔には恐れがなかった。
「だって、このままだとあの女の子が自爆して死んじゃうんだよ。だったら、くよくよしてる暇なんかない。どうにかして助けてあげないとね」
彼女に恨みや憎しみの感情はまるで見られなかった。自分が殺されたというのに、そんなものは関係ないといわんばかりに、ただ少女のことを案じていた。
「……アーディ。貴女は……」
正義を体現したかのようなアーディの言葉に、正義の使徒が打ち震えた。
その心は他の者へも伝播する。
「……そうだな。少女を救うため、先ほどの未来から情報を整理しよう」
「リヴェリア様。昨今起こっている撃鉄装置の盗難は、火炎石と組み合わせて自決装置を作るためのものかと」
「あー、なるほどなあ。そう繋がってくるかあ。なら、次は自爆する前になんとかする手段を考えんとな」
リヴェリアの言葉を受け、ヘディンがすかさず提言する。それを聞いたロキが、対抗手段を練らんとする。
フレイヤもまた、自身の最強の眷属に問いかける。
「オッタル、貴方なら爆発させる前に押さえられるかしら」
「可能です。アレン達幹部もできましょう。しかし、相手は数で攻めてくるはず。手が圧倒的に足りません。……ベル・クラネル。お前の仲間ならばとめる手段はあるか?」
「はい! 自決装置を持っているかどうか見破れます。その上で無傷で奪うこともできますし、爆発自体させなくすることもできます」
「うわあ……。そんな簡単にいってのけるのか。マジでベル君のポケモンはチートだね」
ベルの清々しいまでのチートっぷりに、ヘルメスが苦笑いを浮かべる。
実利で冒険者を殴ると宣言したベルの力を遠慮容赦なく借りるため、フィンが更に訊ねた。
「ベル。君のネイティオの未来視は完全に狙ったものは見られないんだったね。他に事前に自爆を慣行する日を特定できる手段はあるか?」
「あります。正直にいえばあまり使いたくない手段なんですけど……あんな小さな女の子を自爆させるような奴らに、容赦するつもりは全くありません」
「うん、頼もしい言葉ね! 悪い奴らにはやっぱりきつーいお仕置きをしなくちゃ! そうですよね、アストレア様!」
「ええ。私もできる限り協力するわ」
アリーゼの言葉を受け、いざという時は自分も出ようと考える、意外にお転婆なところがある正義の女神様であった。
まさか前線に出るとは思いもよらず、アリーゼはなら今度膝枕でもしてもらおうかしらと考える。
そんな不埒なことを考えるアリーゼを余所に、アスフィも自分ができることをしようと決意していた。
「相手が自決装置を使ってくるとわかっているなら、私も無力化してとめる魔道具を作り上げて見せます」
「さすがは『
「ぬーん…………はっ! そうだ、ベル! お前のポケモンを借りられないか!?」
「ガネーシャ様! いきなりなにを厚かましいことを――」
「いいですよ」
「!? い、いいのか?」
まさかのベルの発言に、シャクティが驚いてベルへと振り返る。
「はい。元々、ここにいる冒険者の皆さんにポケモンを一匹ずつ託すつもりでした。今はそれ以上ポケモンを差し上げることはできませんが、信頼できる人にポケモンを貸すだけなら大丈夫です。実利でぶん殴るっていいましたからね」
「マジか!? ベル、ほんま太っ腹やなあ」
喜ぶロキを余所に、それを聞いていたロイマンが慌ててベルをとめに入った。
「いや待て! お前がモンスター……いや、ポケモンを使うのはもはやとめん。だが、まだ冒険者がポケモンを使うのには早すぎる! もう少し溝を埋めるのを待ってだな――」
「ちなみに各ファミリアに託す子に、必ず一匹『テレポート』を覚えさせてあります。『テレポート』を使えばダンジョンから一瞬で拠点に帰れるようになりますよ」
「ロイマン、わかってるね」
「余計なことをいえば潰すぞ、豚」
あらゆる探索系ファミリアにとって喉から手が出るほど欲しい鬼札を切り出され、フィンが恐ろしいほどの笑顔で、ヘディンが汚物を蔑むようなキレ顔で、ロイマンに詰め寄る。
「…………ぐぬぬぬぬ」
ロイマンはもはや黙っていることしかできなかった。
それでもギルドマスターの意地で反論しようとした時、ベルがポロリと言葉をもらす。
「安心してください。ギルドにも後ほど必ず利益をもたらしますから。例えば、さっきシャクティさんの混乱を治した木の実を納品するとか。それ以外にも色々と」
「仕方ない。今は暗黒期。特例で認めてやろう」
手の平大回転でロイマンは自身の言葉を撤回した。
(……まあ、医療系ファミリアとの兼ね合いを考えて、木の実の種類と量は絞るけどね。それに新しいポーションを開発できるかどうか、医療系ファミリアにも配るつもりだし)
主にザルドおじさんの人体実験で検証した木の実の効果を鑑みたアルフィアにいい含められていたベルは、小躍りするロイマンを余所に内心ひとりごちた。
とはいえギルドを味方につければなにかと便利ではあるので、懐柔に手を抜くつもりはない。
「ベルの奴、事前の打ち合わせがあったとはいえなかなかのやり手だな。もう冒険者どもに馴染んでいる」
「当たり前だ。私の子だぞ」
「…………もう何もいわねえよ。見守る時間は終わりだ。
そういって、外からベルを見守っていたアルフィアとザルドたちも会議の輪に加わった。
コライドンとネイティオも参加しているつもりなのか、しきりに「アギャッス」「トゥートゥー」と鳴きあっている。
誰もが
リューは輪の外からその光景を呆然と見つめていた。
「……私は
「ふふっ、これもベル君がこの世界に来てくれたおかげだね。じゃないと、あんな簡単に対策なんて考えられなかったよ」
そういって隣にいるアーディが笑いかける。その眩しさにリューは目を細めた。
「たしかにそうかもしれません。でも、きっかけはアーディ、貴女です。あんな未来を見せられても少女を救いたいと願った貴女が、皆を動かしたのだと思います」
「そうかな? そうだと嬉しいな」
しばらく黙って話し合いを続ける皆を眺めていると、アーディが不意に口にした。
「ねえリオン。私は『正義』は廻るって信じているんだ」
「……正義は、廻るですか?」
オウム返しに問いかけるリューにアーディは頷く。
「うん。『正義』は廻る。私があの子を助けたいと願ったら、その心を受け取ってくれた皆も助けたいと思ってくれた。こんな感じに、誰かの『正義』が誰かに伝わって、廻り廻って続いていくと信じてるんだ」
「ふふ、なるほど。アーディらしい、とても良い考えですね」
リューの笑い声を耳にしながら、アーディが瞳を閉じる。
「……例え私がいなくなっても、きっと『正義』は廻ってくれる」
「アーディ……不吉なことをいわないでください。クラネルさんのいった通り、未来は変えられます」
「うん。もちろん死ぬ気はないよ。でもね、そうやって遺っていくものがあると信じているから、私は頑張れるんだ」
アーディは真っすぐに自分の心を受け取ってくれた者たちを見つめた。
そんなアーディにリューも信じたくなった。
「『正義』は廻る……私も、そうであると願いたいと思います」
そういって、正義の妖精は心の中で祈った。
アーディの願いがきっと叶いますようにと。