NHKアカデミア

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NHKアカデミア 第40回 <小説家 吉本ばななさん>③

<人間関係で悩まないために>

まず、徹底的に「自分は一人だ」というふうに自覚することですね。生まれてきた時もそうだし、多分死ぬ時もそうだし、本当に自分一人で立ち向かわなければいけないことばかりなんだなって思うと、逆に、人間ってみんな助けてくれるなと思うようになります。だから、誰々がいつここに来て、こうして欲しいって思うことをやめれば、それさえやめてしまえば、とても楽になって、誰でも助けてくれるし、意外にこっちから来たこの人も助けてくれたとか、タクシーの運転手さんは優しかったとか、急に食べ物をくれた、優しいとか、みんなが私に良くしてくれるってなるはずなんです。

だから、人間関係で苦しむのは、期待とか、この人はこうしてくれるべきとか、そういうのがいっぱいあればあるほど人間関係は難しいというふうに最近は捉えています。それからあと、先ほども申しましたけれども、10年たったら誰もいないです、だいたい。残っている人は本当に仲のいい人で、10年たったら毎日遊んでいた人、誰も一緒に遊んでないです。そのことを本当に自覚すれば、いつどういうきっかけで離れていくか分からないけれども、人と人って、今会えていることのほうが珍しくて奇跡的だから、なるべく楽しく過ごそう、嫌なことを思わないでって思うようになると思います。

<吉本ばななの生き方>

最近思うのは、そのときにできることを思いきりした方がいいということで、この年齢になって気付いたらできないことが結構増えていて・・・例えばビキニを着るとかですよ。若い時は「今ビキニ着なきゃ」と思って着ていたわけじゃないけど着ていて、「いつか着れなくなる」なんて思ってなかったんですよね。あと短パンとかね。80歳になったら急にビキニを着出すかもしれないですけれども、やっぱり20歳で着ているのとピチピチ感が違うじゃないですか。だから、そのときにしかできないんだって、自覚してやるということは、朝まで飲むとかね、最近もうできないから・・・「あんなに朝まで飲んでいたのに、今はもうそれは苦行」と思って。でもあのときは一瞬で時間がたっちゃって、「すごい、もう朝じゃん」ってなっていたのに、「もう二度としないな、きっと」と思ったら、そのときにバカだなと思ったり、無駄だなと思っても、やっておいてよかったって思うんですよ。で、縁起のいい話じゃないけれど、飲み仲間とかもだんだん死に始めて、この年齢になると(笑)。やっぱり飲んでおいてよかったわと思ったので。「今、私は、自分にちゃんと規律正しくして自分を成長させなきゃ」って、若い時は思いがちだけれど、そんなことはなく、全部、そのときにしかできないことをやったほうがいいです。

あとは、できなくなったからといって不幸になるわけではなくて、私は、例えば骨折してから山とか登れなくなりまして、もともと山登りは好きじゃなかったから、別に全然いいんですけれど、「山に登れないんだ。一生」と思うと、ちょっと感慨深いものがあって。でも山に登らないかわりに、その時間でできることっていうのが無数に増えていて・・・それは大豆を煮るとかそういうようなことで、あまり派手な代わりになることではないかもしれないけれど、あのとき時間がなくて大豆とかゆっくり煮なかったけど煮ようとか、そういったことがどんどんできるようになっていっているんですよね。だから、今できることってあるんだって、いつでも用意されていると思って。例えば、これから年をとって歩けなくなったりしたら、もうそのときは何が何でも頭だけははっきりさせておいて、見たかったドラマを全部見ようとか。必ずそのときにしかできないことってあるので、そのときにできることを、その時々にやっていって、人生を終えたいなと思います。

<Q&Aパート②>

コトモリさん「先ほど前半のお話の中で、自分の救済のために書いているが、読者の存在を感じるようになって、ちょっと変わってきたみたいなことをおっしゃっていたかと思うんですけれども、読者の存在というのは、テーマを設定するときとか、文章をはじめに書き始める瞬間から、意識の中にはあるものなんでしょうか」

吉本さん「私の中にやっぱり個人名ではないんですけれども、例えば、コトモリさんみたいな感じではないんですけれど、“絶対読者”という感じのイメージはあります。それで、そこに向かって書いているということはあるんです。あとは、編集の方ってすごく大変な仕事なんですよ。わけの分からない小説家の話を深夜まで聞いたり、家まで送っていったり、ごはんをおごったり、そういう大変な裏方というか、基本そういうお仕事だから、編集の方が求めているものには若干寄せるんですけれど、その他には、絶対読者というのは、私がうそをついたら絶対に許さないんです。だから絶対なんですけれど。だから、その絶対読者に恥じることのないようなものであろうというのは常に意識しています。

というのは、これだけ長くやってくると、『昨日ね、私の愛する人が死にましたけれども、その人の枕元には吉本さんの本が最後までありました』とか、『うちの子どもは本を読むことができないけれども(子どもさんが亡くなってね)、代わりに私は買って、私があなたの本を読んでいます』とかいう人が、たくさんたくさん出てきて、そういう人たちが、『吉本さん、気を抜いているな』とか、『適当に書いているな』って思うものじゃないものを書こうという気持ちは、いつも持っています。それがある意味、読者を意識していると言ったらそうなのかもしれないです」

コトモリさん「あっ。そういうことはとても伝わってきます。読んでいて」

吉本さん「『そんなチャラチャラ書いているくせに何言ってんだ』と思われてなくてよかったです(笑)」

コトモリさん「これからも読ませていただきます。ありがとうございました」

ちほりさん「私もいつもばななさんの作品に助けていただいています。本当にありがとうございます。私は今、学校司書として、高校の図書館に勤めているんですけれども、生徒は学校生活が忙しくて読書どころではない状況があります。10代の多くの子どもたちが1冊の本を読み通すことに困難さを感じているのではないかと思いますが、そんな思春期の子どもたちに、読んでおいたら楽になれるんじゃないかなと手渡すとしたら、ばななさんはどんな本を選ばれますか。お勧めの本をご紹介いただけましたら幸いです」

吉本さん「私がもし今10代だったら本を読まないだろうなって(笑)。こんなに手近に刺激があって、文字もちょっとSNSとかを見れば読めるし、なんならもうTikTokとか見ていたら何にもしなくたって時がたっていくし、それなりに刺激が向こうから来るしで。あと今新しく曲を作っている人とか、ネットだけで〇〇をしている人っていう、ネットだけで文章を書いている人も、とにかく山盛りいくらでもあるから、私でも読めないよねと思うので、もう読んでくれとは言えないんですけれど、でも、人間ってとことんやると飽きるようにできているので、とことん短いものを見たり聞いたり読んだりして、短時間で解決することを全部やって飽きたら、初めてちょっと長いものを読もうかなとなる人が何割かいるような気がするんですね。

そのときに書店に行って読みたいものが見つからないということであれば、ここまで言ってのことなんですけれど、私はやっぱりアーサー・コナン・ドイルが好きで、昔から。『シャーロック・ホームズ』シリーズ。名探偵のコナン君でもなく、とにかくいたんだよって、それを教えてあげたいです。それで、そんな何百年も前のしかもイギリスのみんなろくにお風呂も入っていなかったような、馬車とかが走っているような時代の人が、どうしてこんなに自分の気持ちが分かるんだろうと思うんですよね。文章もすばらしいし、描写もすばらしいし、わくわくドキドキもあるし。だから『その中の1個か2個、古くさいなと思いながら読んでみたら?』って私は言うと思います。

そして、もうちょっと上になって、18歳とか19歳とか、これから大学に行くようだったら、トルーマン・カポーティの『遠い声 遠い部屋』という小説があるんですが、小説としては全然まとまりがないんだけれども、これを書いたのは25歳とかだよっていう・・・。たしかカポーティが20代の前半だったと思うんですよね。今、正確なデータがないんですけれども。こんなことを書くなんてすごくないっていう観点からすすめてしまうと思います。

あとやっぱりサガン。フランソワーズ・サガンがいちばん初めに書いたのは『悲しみよ こんにちは』だっけ。それは、やっぱり若い時に書いたんですよね。確か18歳とか19歳とか、それも同じぐらいの年齢だよって言ったら、急に読む気が出るような気がするので、私は今の3つをあげると思います」

ちほりさん「ありがとうございます。しっかり届けられるように頑張ります」

吉本さん「でも押しつけたら絶対嫌がるから、もう飽きるまでほうっておくというのが、すごく大事な気がします」

ちほりさん「はい、種をまくつもりで紹介します」

吉本さん「本を読むのが好きな子って、『教えて』って思っているから、そういう子には本当にどんどんどんどん入っていってもらいたいです、読書の世界に。すごく楽になるよって」

ちほりさん「ありがとうございます」

吉本さん「良い先生であってください」

おおとかげさん「最近、吉本ばななさんの『「違うこと」をしないこと』という本を拝読いたしまして、その本のテーマで書いてらっしゃったことに関連してお聞きしたいんですけれど、自分にとって、違うことなのか、それとも自分がやりたいことをやるために乗り越えるべきハードルなのかという見極めが、自分はなかなか難しい感じがしていまして、よく迷うことがあるんです。それをうまく見極めるためのヒントというかコツといいますか、もしあれば教えていただけないでしょうか」

吉本さん「あのですね、『「違うこと」をしないこと』というのはですね・・・あ、全然否定してるんじゃないんですよ、おおとかげさんを。あの、違ったことをしないというのを、好きじゃないことをしないと捉えている人がとても多いんだけれど、実はあの本の趣旨はそういうものではなく、もっと武道みたいなことなんです。もっと言ってしまうと、サムライみたいな意味で。例えば一つでも動きが違ったら自分は死んでしまうという瞬間の話なんですよ。つまり、相手が剣を持って、自分も剣を持っていて、よけられなかったら自分は斬られて死んでしまうというような意味での、そのときに違う動きをしないというような厳密な話なんですね。

私は全然武道はできないですけれども、小説をものすごく熱心に考えて書いていると、一語でも間違ったら違っちゃうんですよ。それってもう真剣勝負と同じで、ここに書いた『だけど』っていうのを、一行前に持っていっちゃうと、もう全部が変わっちゃう。実は人生ってそういうもので、それだとすごく大変だから、みんなちょっとぼやかしているだけで。本当はこの瞬間に私たちがするべきことって一つしかないというのが、どんどんどんどん突き詰めていったら分かってきてしまったんですよね。だから、突き詰めて考えていくと、ちょっとね、私の脳みそがどうにかなってんじゃないって思うかもしれないですけれども、この電車じゃなくて、1本前の電車に乗っていたら、もう全然人生が違うんだとかいうのが、バリエーションで見えてきちゃって。それはもう突き詰め過ぎたんですけれど、そんなに突き詰め過ぎなくてもいいから、今この時間に世界、宇宙、もうなんでもいいですけれども、大きいものが自分に要求していることは何なんでしょう?というのをすごく真剣に考えると、これは違うなっていうのもおのずと分かってくるので。だから、刀で斬られるぐらいの気持ちで考えると、すごくいろんなことが見えてきます。そうすると、自分からあまりにもかけ離れた本当にしなくていいことというのが何かも、分かってくるんだと思います。だから、したいことをするために我慢することっていうのは、実はありそうでないというか。まずその我慢で気付いちゃう我慢のところに、自分が追い込まれているということは、違う瞬間をいっぱい重ねてきちゃって、追い込まれているだけで、本当はその嫌な我慢というのは、人生には1秒も、宇宙、世界は要求していないと思います。わかります?」

おおとかげさん「なんとなくですけど・・・」

吉本さん「だから、今、自分がいるめちゃ気に入らない場所というところにいるのは、さかのぼったら小学生の時ドジョウをとったのがやばかったぐらいたどれるんですよ。あれでヌルヌルが嫌いになって、だから水産学校に行かなかったんだよなみたいな感じの形で分かってくるので。だからそれを防いでいけば、より自分にとって不快が少ない未来がやってくると思います」

おおとかげさん「ありがとうございます。吉本さんは、例えば今電車1本ずらしただけで何かが違うというふうな話をされましたけれども、電車を1本ずらしたらこうなるみたいなイメージがぱっともう頭の中でわくような?」

吉本さん「そうなんです。でも、いちばんいいのは、『結果、どっちでも良かったじゃん』ってなることです。この電車に乗ったらこうなった。この電車に乗ったら若干こうなった。『まあどっちでもいいじゃん、どっちも楽しいから』みたいになるのがいちばん最強じゃないですか。それを目指していくというのが。人によっては、これは違うことかもとか、次の電車に乗ったほうがいいのかもなんとなくとかなっちゃうんだけれど、そういうことでもなく、どっちでもいいっていうのがいちばんいい。ということは、どっちでもいい構えを作っておくことだなという結論になるわけですよ。飲み会行こうが行くまいが、楽しかろうがどっちでもいい、俺は楽しいから・・・みたいな方向性を目指すと、多分だんだんずれなくなってくると思います」

おおとかげさん「ありがとうございます」

MKさん「私は同じ世代で、吉本ばななさんの小説には折に触れて非常に励まされてきました。同世代で、今これから求職活動をする状態なんですが、やはり年齢もあって、しかも自分に自信がなかったり、あとやはりできることも選択肢も限られてくる中で、やりたいことをすべきなのか、それとも見つけたことに自分を合わせていった方がいいのかというのを今すごく悩んでいます。その辺のことのアドバイスを頂戴できたら非常にありがたいです」

吉本さん「私だったらですけれども、でも私も引きこもれるほどお金がないからまだ働きます。あと、できればずっと家にいたいんですけれども、なぜか今ここにいるっていう、たまにこういうこともあるっていうふうには思っているんです。私だったらまず、MKさんを見て一目で分かったことは、紹介です。紹介しかないです。絶対に求人誌とか見ないで、飛び込みもやめて。募集とか、あと自分が好きな感じのどこかに飛び込みではなくて、紹介がいいと思います」

MKさん「本当ですか」

吉本さん「それで、紹介された仕事が意に沿わなければ、週5とかにしない方がいいと思う」

MKさん「すごく的を射ていると思います(笑)」

吉本さん「意に沿うんだったら、週7でもいいと思う。私は一人で見つけたいと思って面接とかに行って、自己肯定感が下がるようなことを言われたりするのは避けてほしいタイプ。占い(笑)?」

MKさん「すごく、言い当てられてる、今」

吉本さん「それよりも、あなたのことを分かっていて好きで理解してくれる友達に、『仕事お願い。見つけて』とか言ってばらまいて、その中から2つ3つでもいいし、例えば週2回とかいろんな仕事でもいいし、その中から伸びそうなものを増やしていくとかでもいいから。絶対入ればやる人だと思います。だけど、意に沿わないことを週5回やりそうなところもありそうなので、そこはだから、自分でちょっとコントロールして、合わないから3日でいいか、そのうち1日は好きなところでバイトをしようとか、そういうふうに調整していけば生きていける気がします。職種はわからないが・・・うん」

MKさん「本当におっしゃる通りだと思います。相談してよかったです」

吉本さん「よかった。役に立ててよかった。たまには出てきてみるものです」

MKさん「ありがとうございました」

吉本さん「頑張って」

とにかく実験してみること、好奇心を持って実験してみること。それが、毎日をどんなに彩るかということを、皆さんにもう一度思い出してもらいたい。というのは今やはり、これからはどんどん人間が意識だけを飛ばす時代ですよね。ネットでもそうだし。人間がどんどん体から離れていく時代だからこそ、毎日の実験をたくさん増やして、楽しんでほしいって思います。そのためには自分から自分が離れないようにすること。この表現はとても難しいと思うし、伝わらないって分かっているけれど、ちょっとでも心の隅に置いておいてもらえれば。今は自分の意識だけを遠くに飛ばせる時代ですから。

私がこういうふうに言うと、「じゃあ体を動かせばいいんですね」とか、「旅をすればいいんですね、実際に体を使って」とおっしゃる方が多いんですけれども、そういうことじゃなくて、自分自身の意識と自分を近くしておいて、自分が今いる場所を物理的にいつも確認しておくこと。そうすれば、どんな実験をしても危険にならないと思います。

ちょっと複雑なメッセージですけれども、これが今いちばん伝えたいことなので、人生をそうやって楽しんでいきましょうっていうふうに思います。ありがとうございました。