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音楽の力

Don't trust over thirties. =30歳以上の奴など信じるな。

ミック・ジャガーかピート・タウンゼントか、誰が言ったかは諸説があるけれど、1960~70年代、ロックが世界を変えるかのような勢いだった頃、ロックに感化された若者の心情を見事に表した言葉として有名だった。

ところが今や自分が50歳を超えた。50歳になった秋、70歳になったポール・マッカートニーが日本に来るとアナウンスされた。

行く予定ではなかった。掠れた声のポールが歌うなつメロ大会には興味が無かった。でも前週に偶然にも、友人が“自分のために買っておいたのだけれど、仕事の都合でどうしても行けなくなったので譲ります”というチケットが舞い込んできた。

なつメロ大会どころではなかった。

月曜日の夜、東京ドームでポール・マッカートニーがエイト・デイズ・ア・ウィークを歌い始めた瞬間、私の目から涙が溢れ、2時間40分後に二度目のアンコール最後のゴールデン・スランバー~キャリー・ザット・ウェイト~ジ・エンドのメドレーの最後の一行を歌い終わるまで、目から涙が零れ続けた。2時間40分もの間、泣き続けたことは、人生で初めての出来事だった。

ビートルズの音楽に意識的に接したのは中学生の頃。ビートルズは既に解散し、ジョンは育児休業中。ポールはウィングスを率いてアメリカをツアーしていた。その時ですら、多くの曲は“どこかで聴いたことがある”という印象だった。それくらいビートルズの音は世の中に溢れていたのだろう。私はビートルズの音楽を意識的に聴くようになってからも、決してビートルズ・マニアという訳ではなかったし、ビートルズの中ではポールよりジョンに傾倒していた。ましてやエイト・デイズ・ア・ウィークという曲は、特に好きな曲ではない。

それなのに、その曲をポールが目の前で歌い始めた瞬間に、私の目からは涙が溢れた。

音楽は記憶を呼び覚ます。

呼び覚まされる記憶は、その曲を聴いた“いつか”の瞬間の記憶ではない。かつてその曲を聴いた遠い昔と、今目の前で同じ曲をポールが歌っているその瞬間を結びつけ、その間に蓄積された“思い”に被せられていた蓋を抉じ開ける。中学生の頃から今まで、40年近く歩んだ人生の間に自分の中に積もった心の澱。普段は蓋をした心の奥底に沈んでいる澱。音楽はその澱を溶かし、それを涙に変えて溢れ出させた。

10代の頃、人生は出会いの連続だった。夢は未来を実現するためにあった。ビートルズの音楽を聴き始めた頃の自分も、出会いの連続の中でビートルズと出合った。でも年齢を重ねるにつれ、出会いと別れが錯綜し、そして次第に二度と会えない別れが増える。多くの人は、夢は夢として現実と戦っている。

音楽は思いを鼓舞する。

だから1965年にシェアスタジアムを埋めた平均年齢20歳くらいと想像される5万人の記憶の総量と、2013年に東京ドームを埋め尽くした平均年齢50歳を超えるであろう5万人の記憶の総量は、比較にならないほど違う。そこにいる人々の思いの濃密さも、比べることも出来ないほど違う。

ポールも当日、これはジョンのために歌います、これはジョージの曲です、これはリンダのために書いた曲です、と紹介しながら歌っていた。ポールの人生にとってかけがえのない存在で、でももう既にこの世を去った人々への思い。

だからと言って、彼らに対するセンチメントで歌っているようには聞こえない。生き残ったポールが、大切な人を失っても、声が出なくなっても、前を向いて歌っている。ジョンやジョージやリンダの代わりに、ポールは歌い続けている。

1967年にジョンの息子のために歌ったヘイ・ジュードと、2013年に東京ドームで歌われたヘイ・ジュードでは、観賞用の音楽としては1967年のほうが完成度は高いであろうけれど、そこに込められたポール自身の思いは、2013年の掠れた声のヘイ・ジュードのほうが比較にならないほど深く優しい。そして後半のコーラス部分の5万人の大合唱。ポールの音楽に聴衆が応えているのではない。5万人の大合唱自体が壮大な一つの音楽になっていた。

そして開演前のジングルに引用された一行と、2度目のアンコールの三曲目の最後の一行は、全く同じ言葉で繋がれていた。

And in the end, the love you take is equal to the love you make.

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音楽の力|斎藤陽
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